『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
● I am an honorary HUNTER
――意識を取り戻した視界が見たのは、透明な七色の反射の右半分と、抜けるような青の左半分だった。
頭をわずかに動かして、“エリア外”だとすぐに分かる。
身体中が割れるように痛い。
生きてるのが不思議なくらいだ。
ああ、またかクソ。
いつだったかバニィさんが言ってたじゃないか。『尻尾の攻撃があるから、欲張らずに回避すること』って。
相変わらずの“名誉ハンター”っぷりだな。
あたしに脇腹を見せて通り抜けるはずだったティガは、突進のエネルギーを死の物狂いで回転に変換し、その場でコマのように尻尾を振り回したんだ。
……いや、違う。
瀕死の突進から突然ショートジャンプに移行したってことは、それだけの俊敏性を隠してたってことだ。
あたしたちの油断を誘った?
何のために?
“エリア外”に弾き飛ばすため?
半日前に、あたしがティガを出し抜こうと氷塊から突き落としたように?
なら、ティガはこっちに来るのか?
動き出さなきゃ。
ああダメだ、痛い。
中心から指先まで、痛みが各所の脈動ごとに波紋のように重なって広がってくる。指先を動かそうとするだけで、鋭くも鈍くある痛みが走り思考を埋め尽くしてしまう。
氷に接している肌が、ホットドリンクの熱で溶けた水でじっとりと湿っている。
立てるか?
うつ伏せに回転して起き上がろうと手を突っぱるも、肩と背骨と腰の痛みが倍増した。全身の痛みはたぶん、尻尾が直撃した衝撃と、氷の上をバウンドして転がったせいだ。生きてるのが不思議なのは確かだけど、それに見合うダメージも頂いてしまった。
自分で両肩を抱くような格好で氷の上を転がるも、落下の衝撃で右腕の傷も開いたみたいで、転がる行為自体さえ封じられる。
痛みの中で、閃光のように姉の言葉が頭を貫く。
『自分以外には誰もできないことが必ずある。それをやり通すまで死ぬな』
そんなの分かってるよ。
でも、もう身体が動かせないんだよ。
自嘲するも、体勢が変わったことで、あたしの視界は東側を捉えることができた。
遠くの方の氷塊で、鮮やかな橙色と青色が動いている。ティガ、それにたぶん三人がその辺りにいるんだろう。ティガの色は確実に近付いてきてる。焦点がうまくあわないから、距離は分からないけど。
もっと手前、あたしが転がっている氷塊には、あたし道具たちが転がっていた。
ティガの尻尾はあたしの背中に当たったから、あたしの身体の前にバックパックを砕いていたんだ。
裂けたバックパックの布地、割れた応急薬のビン、潰れたペイントボール、たいまつ、弾薬セットに少量の弾丸、へこんだ双眼鏡、マヒダケ、零れて氷を溶かすホットドリンク、小説を書き付けるノート、そして――
「ああ、クソ……」
――ページがやぶれて散らばった『アシラ一家のお引っ越し』の絵本。
手を延ばすも、“ハンター”と子アシラが食事をしているページに届いただけだ。
バックパックはやぶれてるみたいだし、もう持って帰れないじゃないか。どうすりゃいいんだよ。
「……は、はは」
全身を打ち付けて激痛に苛まれ、ティガがこっちに迫ってきてるかもしれないのに、あたしの命を救ったバックパックが愛読書を救ってくれなかったことの方に苛立つのか。
「なんだあたし、余裕じゃん……」
前腕を氷に押し付け、咆哮するティガのように上半身を持ち上げる。鎖骨が折れているのか、痛みと吐き気が脳天を突き抜ける。
氷に映ったあたしは、“紅彩鳥”の服とは対照的に血の気の引いた顔で、身体中に痣と裂傷があるひどい状態だ。
でも、垂れて凍った唾液に血は混じってないし、幸運にも背骨も折れてない。
まだ生きてる。
前腕を覆う服の羽根で滑るように身体を動かし、マヒダケを掴む。
ピンチになったって、いつも誰かが都合よく助けに来てくれるわけじゃない。
“エリア3”の時とは違う、指向性を有するティガを引き留めるのは、バニィさんたち三人がかりでも無理だ。
ネコタクもアイルーも、“エリア外”のここでは来てくれない。
トン殿の親衛隊は一人が北の方から走ってくるけど、介抱してもらったら当然“一乙”扱いだし、それを待ってたらティガに追いつかれる。
あたしは“名誉上位ハンター”だ。それは認めるしかない。経験不足で迂闊な行動ばっかりで、経験を埋められる知識はないし、観察力も自分への自信の不足で不発気味。姉の言葉で背中を押してもらわなきゃ、何もできない。
マヒダケの傘を慎重に噛みちぎり、飲み込む。
嚥下する間もなく、唇に痺れが走る。舌の感覚も怪しくなって発声に影響が出そうだけど、些末な問題だ。
応急薬にも含まれているマヒダケの麻酔成分は、人間なら体重一キロ当たり約五〇ミリグラムで深麻酔が得られる。
でも今はそんなにいらない。あと数十分、この痛みを抑えられればそれでいい。
傷みが遠ざかるにつれて感覚が茫洋となり、思考が落ち着いてくる。
立てるか?
ボウガンハンターは南の方で、ジュンさんたちとティガの動きに対応しようとしている。
片手剣ハンターは、あたしを助けようと北の方から走ってくる。
トン殿は見えない。
ティガはもう二〇メートルも離れてない。
マーキさんたちはその向こうだ。
立たなきゃならない。
『自分以外には誰もできないことが必ずある。それをやり通すまで死ぬな』
あたしは小説を書く。それが“あたしがやらなきゃ誰もやらないこと”かどうかは分からない。
だけど少なくとも、あたしが生きて帰らなきゃこのクエストは小説にならない。未来の“ハンター”への明るいハッピーエンドなお話も、トン殿が求める本当のお話も、日の目を浴びることはない。
あたしの決断は、近い未来にウソ吐きのレッテルをあたしに与えるだろう。もしかしたらまた勲章をもらって“名誉上位ハンター”の道を少し前進することにもなるんだろう。
でも、そのレッテルもあたしの納得の結果だ。それを得られるまでは――
「――あたしは死ねない……!」
意識が少しだけ、身体とずれたように感じる。
動く身体を、意識が観察してるように感じる。
立てる。
追いついた片手剣ハンターが何かを言うけど、手のひらで制する。
バックパックの切れ端を投げ捨て、マヒダケとノートをポーチにねじ込む。
跳躍したティガがあたしのいる氷塊に着地して、絵本のページを舞い上げた。
ストラップで肩にかけていたボウガンを抜銃、ティガの鼻先に向ける。
あるページはティガの鼻息で吹き飛ばされ、あるページは踏まれて破られる。
でももう、その実体には頼らなくていい。
拠り所は、あたしの中の英雄で十分だ。
あたしを助けられるのは、あたしだけなんだから。