『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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● interlude part2

「鎖骨はヒビで済んでるけど、無理すると治療に悪影響があるニャ。走り回るなんて言語道断ニャ」

「ちょっと無理しなきゃいけなくて。ごめんね」

「君がどうなろうとボクの知ったことじゃないけど、謝られるのはヤブサカじゃないニャ」

 なんか聞き覚えのある言い回しに苦笑するも、不凍液の応急薬で冷たくなったガーゼを右腕の傷に当てられた時には変な声が出て、

「いて、いててて! もうちょっと優しくやってよ!」

 更にその上から包帯で容赦なく締め付けられた時には思わず叫んでしまった。

「じっとするニャ! きついぐらいがちょうどいいんニャ!」

 腰と背中は打撲だったために湿布で対応、左肩もポッキリ折れたわけじゃないからそのまま。乱暴なようだけど、まあいつものこと。

「ほい、できたニャ。我慢できなかったら定期的にマヒダケを食べるニャ。でも痛くないように動いてほしいニャ」

「うん、ありがとね」

 立ち上がり、トントンと片足跳びをしてみる。治療の間に数度食べたマヒダケの効力もあるだろうけど、とりあえず問題ない。座りっぱなしで湿ってるお尻にぱたぱたと空気を入れて、ついでに右腕だけで伸びもする。

 そんなあたしを見てアイルーは『やれやれニャ』とでも言いたげに肩をすくめたけど、ティガの遺骸の方へと四足歩行で走って行った。

 あたしの応急処置と一緒に始まり、今まさに終わった剥ぎ取り成果を運ぶために。

「…………」

 無性にこみ上げるものを感じ、胸が詰まる。

 顎をあげて浅く呼吸を繰り返し、瞼に涙が溜まるのを感じる。

 ああ、ダメだ。こんなことじゃ――

「エリ」

 ――驚いて振り返ると、バニィさんが立っていた。

 見上げた拍子に涙がはじけて凍り、それに気付いたバニィさんが察するように目を逸らした。

 あたしは慌てて目元を拭うと、

「お疲れ様でした。ようやく終わりましたね」

 あえてカラッとした声を出す。

 バニィさんは驚きを顔に出さず、口元を緩やかに曲げて笑う。

「お疲れ様。身体は大丈夫? アイルー、ずいぶん頑張ってたみたいだけど」

「あ、はい、マヒダケは食べてますけど、大丈夫ですよ。肩はヒビで済みましたし、他も問題ないです」

「そっか」

「はい」

 バニィさんはティガの方を見る。

 ぎこちない会話。もっと言うことあるでしょ、あたし。

 と、バニィさんの方を見ると……なんか、こっちはこっちで変な感じだ。

 よくみたら後ろ手になにかを持ってて、顔はティガの方を見てるのに視線をあっちこっちに振ってて、そわそわしてるみたい。なんだなんだ?

「あのさ」

「はい?」

「ああその、えっと、なんて言えばいいんだろ」

 なんだよ。

 妙に改まった態度で、慣れないことをしようとしてる感じがする。

 後ろ手に持ったなにかを渡す、慣れないこと……?

 あー。

 え、いやいや、今そういうところ?

 そりゃ“秘境”から移動する時、そんな話をしたり勘違いされたりもしたけどさ。

 なんか、その、唐突すぎない?

 そりゃあたし、さっきまで悲しい気分だったし、そんな顔しちゃったけど、急にそんなこと――

「――これ」

「えっ?」

 ぽかん、と口を開けてしまう。

 ……ああ、あたし頭回ってないな。バニィさんと似たような勘違いするなんて。

 バニィさんが手渡してきたのは、あたしが持ってた絵本――『アシラ一家のお引っ越し』だった。

「我々が集めてきた。遠慮せずに受け取れ、下々の人間よ」

 と、いつの間に近付いてたのか、親衛隊の片手剣ハンターが言う。

「もしかして、集めてきてくれたんです?」

 あたしが意外そうなトーンで言うと、彼は鼻を鳴らして横を向いた。

「お前は私の手助けを断り、あろうことかトン殿のお力で生き延びたではないか! 不肖“軽剣七一番”とて、マスターブ家親衛隊としてトン殿の手を煩わせたまま、すごすごと帰れるほど落ちぶれてはいない!」

 要約すると、『仕事しないで帰るのかっこ悪いから、やれること探してやってきたよ』って感じね。相変わらず面倒くせえヤツだな。

 でもまあ、不遜な口調に不純な動機だけど、もう二度と手にすることもないと思ってたものを集めてきてくれたことに違いはない。

「ありがとうございます」

 素直に頭を下げると、軽剣七一番さんは憎まれ口を予想してたのか咄嗟に言葉を紡げず、

「別に、下賎のものの感謝などなんの意味もないわ」

 と口にした。ああ、さっきのアイルーと似たタイプの人っぽいね。

 ページをペラペラめくり――ゆるく息を吐いた。

 四分の一、八ページだけしかなかった。そのページも湿ってインクが滲んで紙がクタクタだし、一部傷付いてるものも多い。

 まあ分かってたことだ。吹き飛ばされたページやティガに踏まれて破れたページも多かったんだし。

「いや、回収可能なページがそれだけだったんだ。不満があるなら自分で取りに行くがよい」

 肩を落としたあたしに慌てたか、片手剣ハンターが慌てて付け加えた。あたしは小さく首を振って応える。

 どこかの“ハンター”をモデルにした、子供向け絵本。

 子アシラを助け、アシラの縄張りを荒らした“モンスター”を撃退し、人間とアシラのお互いが安全な場所までアシラを引っ越させた、英雄のお話。

 現実を受け入れる基盤のない子供たちに、“ハンター”の世界の魅力の一部を伝えるお話。

 あたしが卒業した世界のお話だ。

 顔を上げ目を戻す。

 ティガは死んだ。

 “絶対強者”の異名を持った“モンスター”は、尻尾を切断され、頭を打ち潰され、眉間を撃ち抜かれ。失血、脳挫傷、脳裂傷、またはその複合で死んだ。

 そして今はもう、見る影もない。

 武具の材料となりうる外装部位の一部――たとえば強靱な上半身の甲殻や鱗、氷への打撃で先端の欠けてしまった爪などは、“ハンター”の手によって剥がされ、特例で“エリア外”まできてくれたアイルーが運んでいった。

 素手じゃ解体が難しい部位、たとえば“アギト”と呼ばれる牙を含めた顎はハンマーの殴打で砕け、頭蓋は貫通銃創で使い物にならず、港や村で建材として利用したり交易品となったりする骨、内臓、筋繊維は、数時間かかる解体作業を経なければならず見送られ、残される遺骸はいつも通り、他の動物が養分にできるよう放置される。

 橙色と青色のツートンカラーじゃなく、方々でピンク色の筋繊維を剥き出しにしたまま。

 あたしを何度も殺しかけた“モンスター”は、あたしたちが無造作に駆除したブナハブラでさえ、産卵管を突き刺せる肉塊になった。

 それは自然の摂理で、人間を含めた今の“共存”のあり方なんだろうけど……。

 無感情にはなれなかった。

 なんでだろう、今まで狩ってきた“モンスター”にも、昨日の昼に撃ち殺したガウシカにも、こんな気持ちにはならなかったのに。

 涙が滲んでくる。

 これもあたしが小説家だから? 感情移入したから?

 分からないけど、子アシラを殺した“英雄”を、責められないってことくらいは分かる。

 どんな理想を掲げたって、あたしも命を選んで悲しむ身勝手な人間だ。

 でも――後悔はしてない

「やっぱりこのお話は、『アシラ一家のお引っ越し』みたいにはならなかったです。“助けられたモンスター”のあたしは、助けてくれた“ハンター”のティガに牙をむいて、追い詰めて、殺しました。人間の中の尖兵として自分たちの世界を護り、みんなに憧れと希望を与える存在になるって決めたから。そのためには助けてくれた誰かとだって、殺し合う覚悟があります」

 ねえ、君だって同じでしょ?

 その問いに応える存在は、もうあたしの中にしかいない。

 ううん、きっと今までもいなかった。

 あたしが解釈すべき“ティガレックス”が、命を持った一個体から、あたしの心の一部になっただけだ。そこに差はない。あたしは物語を通じてティガを“飲み込み”、マーキさんの提示とは違う形でティガと同等になった。

 もっともっとたくさんの“モンスター”を取り込み、自分を拡張する必要があるんだろう。そしてその自分を小説の形で世間に広め、世の中の誰もがすべての命を悲しめるようになった時、最良の選択肢を見つけ、真の意味で“自然と人間の共存”を実現する道が見つかるはずだ。

 それが今のあたしが――皮肉でも謙遜でもなく“名誉ハンター”であるあたしが、目指すべき目標。

 だったらこのクエストの結果に、胸を張らなきゃ。

 あたしになったティガの名誉に、胸を張らなきゃ。

 アシラを殺すしかなかった英雄が、今も自分の道を堂々と歩いてるみたいにさ。

「だから今は、クエスト完了を喜びます。謎は解けなかったですけどね」

 バニィさんはなにも言わないで、頷いただけだった。

 それが嬉しかった。

「そうだ、この本持っててもらえます? あたしバックパック壊れちゃって――」

「――なあ、ティガの肉、もうカティンコティンコになってるぜー!」

 ああ、うん。もうね。

 綺麗に締めようと思ったのに、なんなのその下ネタ。

「マ、マーキ! “コ”が多い!」

 バニィさんが顔を赤くして両手を振り回す。

「え? カティ○コティ○コ?」

「ああ違う、伏せる必要ないから! 省けって言ってるの!」

「ティ○コティ○コ」

「だからー!」

「なんだよバニィ、オレにこんなこと言わせるなんて、男に対してもそういう気があんのか? ドMどころか両刀遣いだったとは、たまげたぜ」

「違う! 違うから! 誤解って言うかマーキが言い出したんでしょ!」

「なんか、新しい形の責めに目覚めたみたいですね」

「ボクとしては平然としてるエリも意外なんですけど!」

「まああたしも二一歳ですし」

「ボクももう二三歳だしー」

 肉焼きキットのそばでステップを踏んでるトン殿が声を上げた。

「え、トン殿ってあたしより年上だったんです!?」

「あー、それ傷付くー」

「貴様! それはトン殿が子供っぽいと言いたいのか!」

「え、ええまあ、おっぱいは大きいですけど身長は小さいですし――って、そういう発想が出てくるあなたの方が、そう思ってるんじゃないです?」

「な、なにを馬鹿なことを!」

 片手剣ハンターは声を裏返して叫んだ。図星っぽい。

「あー、それも傷付くー」

「トン殿も! 誤解です! こんな下々の人間の言葉に惑わされないでください!」

「ほんとっぽいなー」

 みんなが笑い、矛先が逸れて安心したバニィさんが、あたしから絵本を受け取ってバックパックにしまった。

 じゃあ、これでティガの肉を食べて、クエストの全行程終了だね。

「……ん、マーキさん、火、まだ付かないんです?」

 肉焼きキットを前に、マーキさんは首を傾げながら着火レバーをガチンガチン回している。

「いや、分かんねえんだよ。火種がすぐ消えちまうんだ」

「息も凍る氷点下数十度なんですし、“エリア外”が付かないんじゃないです?」

 と言ったものの、ギルド謹製の肉焼きキット――というか着火システムは、ホットドリンクを活用した如何なる状況でも火を産み出せるタイプのものだ。あたしたちのホットドリンクに護られているように、着火システムも護られるはず。

「マーキ、さっき言ってた、あー、『ティガの肉がカティンコティン』ってどういうことだ?」

「ティガの死骸のことだよ。触ってみ?」

「触ってみるー。カティンコティン――」

「――トン殿!」

 片手剣ハンターにぴしゃりととめられ、最後の一音は口に出さずに済んだ。ふう。

 言い出しっぺのマーキさんは、食べ物の危機だからか、真剣な眼差しで着火レバーを緩急を付けてまわしていた。

 ティガの死骸、そこにはジュンさんがいた。

 ティガの伸ばされた腕と、その下にいるもう一頭のティガを眺めているらしい。

「どうかなーどうかなー」

 ジュンさんの隣まできたあたしとトン殿は、ティガの鱗を剥ぎ取られた腕に触れる。

「うわっ!」

「うひょお!」

 思わず二人で声をあげてしまった。

 冷たくなってるとか、表面が乾燥してるとか、そんなレベルじゃない。

 凍り付いている。

 三〇分前までその巨体を縦横に動かしていたティガが、完全に熱量を失っている。

「まさか、今なのか?」

 ジュンさんが小さく言い、マーキさんの方を見る。彼は視線で察したか、肉焼きキットを片付けてティガの肉をしまう。

 あたしは――

「ジュンさん」

 ――乾いた喉で呟いた。

 甲殻を剥かれたティガの手、その下の氷の中には、もう一頭のティガが見える。氷の中に閉じ込められた巨大な岩から飛び立つような姿勢だ。

 巨大な岩。

 その岩に一つ、鋭く亀裂が走り。

 亀裂の中で、球状の何かが動く。

 球状の表面に、何かが映ってる。

 ……あたし?

 直後、ばしん、と聞こえた。

 ジュンさんがあたしの右肩を掴む。

 音というより身体全体で聞き取るべき衝撃が、氷塊の一部だけにヒビを走らせ――

「離れろ!」

 ――氷を内側から崩して現れたものが、氷塊の表面を握るように砕いた。

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