『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
「“墓”の主のご登場だな」
「“墓”って、ここはティガが葬られてる“墓”じゃなかったんです?」
ポンチョを着たジュンさんの言葉に、あたしは墓守りの方を見る。
「ティガはあの場所から全然動いてなかったからねー。死んでるなら管理する必要なんてないんだよー」
「じゃあ“あれ”は動いてたってことです!? でもここは数百年近く変わってないって教本にあったじゃないですか!」
あたしたちは“エリア6”方向に氷塊を一つ越えて移動し、氷を割りながら身体を起こしつつある“それ”を見上げている。
厳密には、氷は割れてるんじゃない。“それ”が動く一部分だけ氷が溶けて、またすぐに凍り付いているみたいだ。さながら熱したナイフでポポ脂を切るように。だから、氷が道を空けているように、“それ”の動きに抵抗感など微塵もなく見える。
「古生物書士隊編纂の本はギルドの息かかってるからねー。ほんとは六〇年か七〇年に一回くらいのペースで動いてるんだよー」
「な、なんですかそれ!」
「ギルドの隠蔽体質は今に始まったことじゃねえよ」
マーキさんの言葉を聞きながら、あたしはジュンさんの言葉を思い出している。
『ギルドは“墓”がらみだと認識していた』
『“エリア外”に出る場合は可及的速やかにティガを討伐すること』
「まさか、ジュンさんは知ってたんです? どうして教えてくれなかったんですか!」
「エリ、今は引いて! ボクらはこいつの名前も攻撃手段も対策も知らないんだ!」
「そりゃ分かってますけど――」
――咆哮が鳴り響いた。
初めて息を吐き出した赤ちゃんのように、途切れ途切れで、力任せの咆哮が。短い後ろ足で立ち上がった、四〇メートルばかりの巨体の登頂から。
“轟竜”とは違う声質の咆哮は、五〇メートルは離れてるあたしたちの身体を確かに揺さぶった。
それに合わせて大気が変わる。さっきまでは存在していなかった凪いでいた空気が、今や強烈な風となってあたしたちを叩き付けてきている。更にオーロラがはためく晴天にも関わらずその風にみぞれ混じりの雪が混じり始めた。
「ウソでしょ、天候を変えた……?」
長い長い咆哮のあと、“それ”はブルリと身体を揺すった。
ジュンさんに目を向けると、彼女はあたしとは視線を交わさず、かといって現れた“モンスター”を見上げるでもなく、口を開いた。
「説明はする。我々が“白き神”――“ウカム”から生き延びたらな」
「ウカム?」
「それがあの生肉の名前なのか? てか、あれに生肉なんて入ってんのかよ姐さん!」
マーキさんの虚勢も、震え声では逆効果だ。
「毛皮を羽織って。ホットドリンクもいつでも飲めるようにね」
バニィさんの指示の元、あたしたちは防寒の準備をする。
だけどあたしは、ガウシカの毛皮を首にとめながらも上の空だった。
その異名、“白き神”?
聞き覚えがある――気がする。
確か、ずっと前だ。
いや、つい最近か?
そう、メモにも書いたような覚えがある、ような。
でも、誰が口にした発言だっけ?
あれ、なんのところだったっけ?
思考が空転するあたしの前で、“それ”――ウカムは、ゆっくり、ゆっくりと身体を水平に戻し始めた。
体長四〇メートルは下らない。ティガを優に凌ぐ身体は、巨躯という言葉では表現しきれない。その大きな要因は体高にある。扁平かつ幅広な顎をもつ頭部は比較的小さいが、胴部分は高さ三〇メートルに幅二五メートルと超質量を誇り、もはや一つの岩山と呼ぶに相応しい。
「おいあれ! ティガだぜ!」
身体とは裏腹に小ぶりな腕に、ティガが掴まれていた。ウカムの咆哮を食らったからか動きが緩慢だけど、拘束から逃れようと動いてる。
「ああーティガさーん!」
「……えっ?」
ティガに剥ぎ取りの跡はない。ああ、いや、あたしたちが剥ぎ取ったティガは完全に絶命してたから、あれは、え、じゃあ……。
「生きてる? 氷の中のティガが!?」
一拍遅れてトン殿とマーキさんが目を合わせた。
「ウソだろ!? こんなのありかよトン殿!」
「わ、分かんないけど、だって氷が溶けたことなんてなかったし!」
トン殿の言葉にリアクションを取る間はなかった。
直後にウカムの巨体が氷に接触、前足で氷を無造作に叩き割り、ティガを鮮血と共に押し潰し、身体が氷床全体を揺らし、衝撃があたしたちの氷塊にヒビを入れ――
「飛べ!」
――バニィさんが叫ぶ間もなくあたしの足下が急激に上に持ち上がった。
加速度で氷床に身体を押し付けられ、身動きがとれない――どころか、氷塊の傾斜した方に身体が流されていく!
「おひゃああああ!」
「トン殿おおおお!」
片手剣ハンターの声を耳に、咄嗟にそばにいたトン殿を左腕でかき抱き、逆の手で氷に剥ぎ取り用ナイフを突き立てる。
ホットドリンクで護られているはずの身体が、熱を吸い出されるように冷えていく。
頭の中の血が偏り、失神する。
視野が狭まり、空とオーロラに手が届きそうな錯覚の中、遠ざかる意識に空いた穴の中で、あたしは懐かしい声と、安堵感に抱かれていて――