『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
あたしたちの間を冷たい風が吹き、遠くの方でそそり立っていた氷塊が崩れる音が響いた。
その中にいた羽を持つタイプの“モンスター”が、ふわりと宙を舞う。それは『絶滅した』とハンターズギルドが発表している“モンスター”で、古生物書士隊は情報を更新する必要がありそうだ――と思っていたらウカムに捕獲され、羽ごと上半身をもぎ取られた。
いや、その個体だけじゃない。気付けばたくさんの“モンスター”が、居場所を求めて氷上で動いている。ウカムの腕は二本だけだから、復活した“モンスター”のほとんどはウカムの手から逃れられたようだ。
ウカムが目覚めたことで、“繭”を作っていた冷気がなくなった。いや、ウカムが生命を維持するために一帯から熱を取り込む必要がなくなって、気温が上昇を始めた、と表現するべきか?
いずれにせよ、氷塊と共に凍り付いていた時間は溶け、動き出した。あたしたちが立っているこの氷塊もじきになくなり、凍土の地図は書き換えられるだろう。
それは、“白き神”が世界に解き放たれ、一〇年前の“黒き神”の時と同じような事変が起こることを意味している。
やっと思い出した。
姉が最初で最後に教えてくれた、討伐対象の名前。
ウカム――“白き神”と対になる“黒き神”――アカム。
だからジュンさん、あたしに本当のことが言えなかったんだ。
あたしを追って一人で“エリア外”に赴いた時、“墓”の主があたしの姉の敵――“黒き竜”の対となる存在だって知ったんだから。
「どうするつもりだったんです?」
あたしの問いかけに、ジュンさんは溜息混じりに置いたバックパックを示した。
「大方、閃光玉、音爆弾、ブーメランってところですか? この氷も使うつもりですか?」
「君のボウガンだって、致命傷を与えられるわけないだろう。貫通弾だってもう何発も残ってないはずだ」
「射程距離は五〇メートル。四発は残ってます。十分です」
ジュンさんは一度目を逸らし、改めて力を込めた視線をあたしに向けた。
「エリ、よく聞け。私は君の師匠であると同時に、ミエコから君を預かっている身だ。君は言ったな、『自分以外には誰もできないことが必ずある』と。私にとってのそれは、君を護ることだ。それがアカム討伐クエストに参加できなかった私にできる、君と君の姉への罪滅ぼしだ。分かるか?」
「分かりません。ダブルスタンダードですよ」
「なんだと?」
「“あの”氷塊で、あたしがトン殿と一緒にティガから逃げてた時、ジュンさんはあたしを囮にしたじゃないですか」
慎ましい防具に覆われた胸が、一瞬呼吸をとめたのをあたしは見逃さなかった。
「やっぱりそうだったんですね」
カマをかけたと気付いたようで、ジュンさんはまた舌打ちをする。
「だとしたら……どうだ」
「嬉しいんです」
「なんだと?」
「あたし、ジュンさんのこと、完全無欠の師匠だと思ってました。いつだって涼しい顔でクエストをこなして、判断も知識も完璧で、あたしを何度も何度も助けてくれて、厳しく叱ってくれて、姉の言葉を思い出させてくれて。だけど――」
そうじゃなかった。
あたしに説教をした時のことと、本質的には変わりない。
“名誉上位ハンター”のあたしにいらぬ心配を抱かせたり責任を感じさせたりしないように、あたしを引っ張る“師匠”であり続けるために、なんでもない顔をしなきゃいけなかっただけだ。
ジュンさんだって傷付くし、怪我をすれば痛い。
だから、バニィさんもマーキさんもきっと知ってて、だから冗談半分でも脱げなんて言わなかったんだ。
未熟だったあたしのために。
「――そんなジュンさんが、あたしを囮に使ったんですよ!? ずっとジュンさんの後ろにいたあたしが、やっとジュンさんの前に立つことができたんです! 嬉しくないわけないじゃないですか! だから――」
責任は感じたはずだ。
当然だ、姉から『護ってくれ』と頼まれたあたしを、“モンスター”の矢面に立たせたんだから。
ティガを討伐した時、ジュンさんがあたしに謝った本当の理由は、それでしょ?
ポンチョを着ずに、その肌を晒したのは――温泉でも着替えでも決して見せなかった、ジュンさんが経てきた人生の“跡”を晒したのは、その真意を語ってもいいと思ったと同時に、罪悪感の表れでもあったんでしょ?
でも、もういいんですよ。
「――ジュンさん。あたし、もう、護られるだけじゃないんです。そりゃ、やっと“ハンター”のスタート地点に立ったようなものですけど、それでも今のあたしには、お姉ちゃんやジュンさんや、みんなに鍛えてもらった力があります。ジュンさんの横に立てることがあるなら、やっぱり立ちたいんです! だから――」
“名誉ハンター”風情がなにを言ってるんだって、思われても構わない。
あたしの中には、あたしを動かそうとしてる揺るぎないものがあるんだ。
ティガが命をかけて受け継いだなにかかもしれないし、誰かを護りたい気持ちかもしれない。
言葉じゃ言い表せないかもしれないけど、でも、それは確かにあるんだ。
それを尊重してほしいんだよ。
「――あたしを頼ってください」
喉から絞り出すように呟き、気付けばジュンさんが滲んで揺れていた。
ああ、ダメだな、あたし。
こういうところが『プロっぽくない』『“名誉ハンター”だ』って言われるところなんだよ。
と、“迅竜”の甲殻に覆われた指先があたしの睫毛を弾いた。
水滴が音を立てて凍り、視界が少しだけクリアになる。
ジュンさんは、紫色のルージュを引いた唇を、かすかに斜めにしていた。