『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
バニィさんたちは、トン殿をエスコートして移動していた。
突き上げられた氷塊はウカム自身の潜行によって均され、巨大な氷塊も小さな氷片に崩されたとはいえ、今や氷床には氷の中から現れた無数の”モンスター”が闊歩している。“エリア6”までのたった一五〇メートルは、これまでと比較にならない過酷な道のりのようだ。
「ウカムはどうです?」
貫通弾の成形火薬から弾頭を引っこ抜きながら、あたしは言う。
「北東二二〇メートルだ」
唯一の救いは、大量の“食事”が飛び出したおかげで、ウカムからうまい具合に隠れられたことか。ある程度遠ざかってるし、このまま“エリア7”まで移動できれば理想だった。
それに距離が離れたことで、今は雪もやんでいた。冷静に観察すれば、その範囲は一五〇メートルほどしかない。規格外じゃあるけど、どうしようもないわけじゃなさそうだ。
「そろそろ満腹らしいな」
「意外と食べないんですね。マーキさんと違って」
「その分熱を吸収してるんだ……ろ!」
ジュンさんは氷塊の淵で太刀を大きく振りかぶり、振り下ろした。
五メートル程度の小型の飛竜種が一方の羽を切断され、落下していく。
「急げ、もうすぐだぞ」
「分かってます」
貫通弾四発分をまとめた成形火薬を一旦ポーチにしまい、四発分の鳥竜種の牙の形状と、カラの実に彫り込んだライフリングをチェックし、一番状態のいいものをピックアップして、そのクセを頭に刻み込む。
弾頭を組み合わせ、火薬に押し込み、準備完了。
体積がほぼ四倍になった格好だけど、ボウガンのチャンバーにはちゃんと収まる。燃焼効率を落とした火薬を多く使う場合もあるからだ。だけど、この火薬では、一発撃ったら『バズルボローカ』のバレルは耐えられないだろう。
ごめんね、あと一発だけ、頑張って。
見晴らしのいい氷塊の頂上で、あたしはボウガンを納銃した。
遠くでは、絶滅したはずの“モンスター”を殺したマーキさんが、バニィさんに引きずられている。幸い大型の“モンスター”は一〇〇〇年の間にあらかた食べられたみたいで数は少ないから、あの人数なら問題ないだろう。
ウカムは自分の行動を決めかねているように見える。冬眠を終え、目覚めの運動と腹ごしらえを済ませて、どうするのか。
「一つ、賭けをしません?」
「なんだいきなり」
ウカムを眺めたままのあたしに、ジュンさんは片目を向ける。
「生き延びたら、一つ、あたしのお願い聞いてくれます?」
「私の年齢か?」
「それも魅力的ですけど、違います!」
「死んだら?」
「んーそうですね……。あの世の凍土で裸マラソンでもしましょうか?」
「ほう、それは死を選べということだな」
「まさか」
ウカムがスコップのような顎を氷に突き立て、潜行を始めた。
……こちらに近付いてくる。
「まあ、そうは問屋が卸さないか。エリ、頼むぞ。こちらは任せろ」
「はい!」
あたしは氷塊の北東の淵スレスレでしゃがみ、ボウガンを抜銃。
そして待つ。
ガウシカの毛皮は、もう羽織ってない。毛に身体をまさぐられるのはよろしくないし、なによりこの不規則な風に肌を晒したかったからだ。
寒くはない。むしろホットドリンクの熱を冷まそうと、ボウガンはストラップに任せて両腕を広げるくらいだ。
やがて、あの感覚がやってくる。
視野が広がり、視界の隅々まで意識が届くようになる。
風に混じる水の匂い、その濃淡まで分かる。
太刀を振るう音が、はっきり分かるけど邪魔にならない小ささで聞こえる。
種類と距離が分かるくらいに“モンスター”の自己主張が感じられ。
その中でも一際大きな存在感を有するウカムが“見え”て――
――鐘が鳴った。
一四時。
小さいけど確かな硬質の音が、反響しながら凍土に響き渡る。
ウカムがもっと遠くに行っていれば、あたしたちは武具を納めて撤退するところだけど。
ウカムは音に反応して、進行を一時停止、ポイントを確認して潜行を開始した。
ポイント――“エリア7”への通路のそばに置かれた、仮設の鐘楼に向かって。
予想通りだ。
残響が終わった頃、ストリングを引き絞り、波打つように泳ぐウカムの“背びれ”へと向ける。
移動方向からルートを目算。
再接近位置は七三メートル、それが約七秒続く。
貫通弾の有効射程距離は最大二〇メートル。その四発分の火薬を合わせた一発だけど、今は風は強い上に不規則だから、まともに撃ってもせいぜい一・五倍、三〇メートル程度にしかならない。
逆に言えば、風の抵抗を受けなければ、問題ない距離だ。
あたしにそれができるか?
視界の隅にマーキさんたちが見える。
みんなはまだ雪原に向かって氷塊を移動してるところで、状況にも気付いてるんだろうけど、方向転換はしてない。
それであたしは、こんな状況なのに笑いがこみ上げてしまった。
たとえどこかに隠れてウカムをやり過ごしても、あの氷を易々と崩す数十メートルの巨体が山脈に接触したら、どんな影響があるか分からない。それこそ、“エリア7”への階段状の縦穴が崩落するか、“エリア5”への亀裂が広がるか、その両方も考えられるのだ。
だから、みんなの判断は正しい。トン殿を一秒でも早く“エリア7”へ移動させるルートを選ぶのが、最善にして唯一の選択肢。
でもその選択肢を実現するためには、“ウカムに追いつかれない”という前提条件をクリアする必要があって。
その条件をクリアするために、あたしの力が求められてる。
なら、期待に応えるしかないじゃないか。
あたしがしなきゃ、誰もやらないことで。
こんなチャンスで、燃えないわけがない。
氷の上に大の字で寝そべり、『バズルボローカ』のストックを右肩の鎖骨に押し当てる。
左肘の骨を氷に固定して、ウカムを睨む。
ウカムの動きと、舞う雪と、肌で感じる風で、空気の流れを読む。
もっと近付け、もっと。
狙うは背中の甲殻と、定期的に見える肩の付け根。
あと一〇秒、九、八――
暖かい空気と冷たい空気、その切れ目が、風の吹き込む方向が見える。
ウカムの波打つ巨体が再接近する。
タイミングは予測通り。
――七、六――
背後で、氷を砕く凄まじい音が響く。
肩越しに振り返り、ジュンさんの向こうになにかを見る。
甲殻を持たないくすんだ緑色の体表、口腔周辺の裂けたような傷跡。
そして短いスパイクのような突起が並んだ……顎?
――五――
まさか、復活した新手の“モンスター”!?
なら、いや、でも、どうする。
ウカムはこいつに気付くか?
こいつに気を取られるなら撃たなくていい?
――四、三――
視線を前に戻す。
いや、最優先事項はあくまでトン殿の安全だ。
こいつにかまってる余裕はない。
――二。
今撃たなきゃ撃つ機会はない!
――一。
爆音と共に網膜を焼くほどのマズルフラッシュが光り、燃焼ガスの圧力に耐えられずに『バズルボローカ』の右半分が吹き飛んだ。かわいそうだけど、もちろん計算済み。
カラの実のカートリッジが虚空で分割し、高速回転する鳥竜種の牙が放たれた。
大気と大気がぶつかり、瞬間的に凪いだ隙間を縫うように牙が飛ぶ。
まるで空気が裂けるように、牙は視認可能な距離を抜け――
――とウカムの右肩で火花が散った。
「命中!」
口の中で呟き、だけど舌打ちする。
甲殻は予想外に堅かった。単純計算で四倍の威力は出せないとはいえ、あの音は本来のエフェクトに達してない。
ダメか?
……氷中に潜ったウカムが、上がってこない。
いや、湿っぽい雪のベールでよく見えないけど、白っぽい姿が氷の中を泳いできた!
「やった!」
声をあげたまさにその瞬間、ウカムが氷を崩して目前に姿を現した。長い身体の低い位置にある頭を、精一杯上に上げてあたしの方を見ている。
「ジュンさんやりました! ウカムを引きつけました! 早く移動を――」
振り向いて、絶句した。
「――エリ、逃げろ」
ジュンさんは折れた太刀の柄を握ったまま、赤黒い煙に包まれて倒れていた。