『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
● between joe and joe
なんだよこれ。
ティガを討伐して、“ウカム”って謎を解いて、クエストは名実共に完了したはずだろ?
トン殿を逃がすための狙撃にだって成功して、あとは逃げるだけなのに。
なのに、なんで今さら、こんな風になるんだよ!
「ジュンさん立ってください!」
師匠の肩を掴み、そのぐにゃっとした奇妙な手応えに思わず手を離す。
……違う、ジュンさんの身体がじゃない、あたしの指の感覚がおかしい。意識した通りの動きができない。感覚が拡散された時とはまた違う、むしろ正座しすぎて足が痺れた時に近い感覚だ。
「ジュンさん!」
「逃げろと言っただろ、馬鹿者が……!」
ジュンさんは振り払うように手を動かした、ように見えた。実際はあたしに届くほど腕が上がらず、振り幅も小さかった。やっぱり身体のコントロールができてないんだ。
ダメだ、放っておけない!
ジュンさんを羽交い締めして、なるべく煙に触らないようにして引き摺り――
――どん、と氷塊が揺れた。
顔を上げると、先ほどのトゲトゲのついた顎が、寄りかかるように淵から覗いていた。
「なんなんですかあれ!」
「気を付けろエリ、あれは――」
言い終わる前に、その口から形容しがたい匂いが発され……赤黒い息が噴出した。
上向きに発せられた息には何かが含まれてるみたいで、放物線を描いて氷上に点々と落ち、そこからも煙が立ち登り始める。それはジュンさんからまさに発してる煙と同じものだ。
「――やっぱりあいつの仕業ですか!」
新しく現れた“モンスター”は、サイズ自体はウカムよりもずっと小さい。全長は丸太のような尻尾を含めて三〇メートルそこそこだろう。だけどボルボロスと同じく獣竜種らしく、太く長い足の上に胴体があるため、両足で立ち上がると頭の位置はあたしたちの氷塊になんとか届く高さとなる。ジュンさんはそこを狙い、だけどあの煙に返り討ちにされたのか。
歯噛みするも、『バズルボローカ』は大破、ジュンさんの太刀も折れて、もう使える武器がない。
剥ぎ取り用ナイフじゃ、緊張した“モンスター”の体表や筋肉を貫くなんてできっこない。
北にはウカム、南には新手の獣竜種。
周囲にもたくさんの復活した“モンスター”。
高さ三〇メートル、幅たった一〇メートルしかない氷塊に、武器を失って取り残された“ハンター”二人。
逃げるしかない!
迷わずライトボウガンのストラップを緩め、ジュンさんを負ぶって締め直す。
「エリ、もう十分だ! 私は置いてけ!」
「ダメです! 絶対に助けます!」
ジュンさんの言葉ははっきりしてきたけど、身体はまだぐったりしてる。
どっちにしろ助からないかもしれないんだ、このまま見殺しになんてできない。
ジュンさんが浴びた煙が背中からじわじわと染み入ってきて、自分が呼吸できてるのか分からない。
「死ぬ気か!」
「死にません!」
バニィさんたちは一段下がった氷塊から、雪原によじ登っている。あのまま山の洞穴に向かえば、一旦は安心できるか。
なら、あとはあたしたちだ。
すり鉢状の斜面に向かうんだ。そこから滑り降りて、氷塊の陰に隠れながら逃げれば、まだ可能性はある!
「私は君を助けると約束したんだぞ! ミエコに!」
「死んだ人との約束で、あたしを縛らないでください!」
ウカムと獣竜種が、同時に咆哮を放った。
氷塊を挟んで似たような位置から発せられる音の暴力で、氷にヒビが走る。
下の方からの音だけど、あたしは耳を押さえてうずくまっていた。
まさかこの二頭、冬眠に入る前から戦ってたんじゃないだろうな。
いやまさか、ウカムはこの獣竜種に勝てないと思って、もろとも冬眠に入ったのか?
じゃあ、こっちの方が強かったりするのか!?
「ああクソ、上には上がって、いすぎでしょ!」
「エリ、急げ! あいつらなにをするか分からんぞ!」
「はい!」
残響が消えていく中、あたしは氷塊の淵から滑り降りようと腰を下ろし……異音に気付いた。
聞き覚えがある音だ。そう、昔遊んだ水笛だ。水の中で玉がカリカリ回るような音で、これは――
「よけろエリ!」
――ウカムがあたしたちを見上げ、その口から白いなにかが迸った。
冷気――いや氷だ。体内の水に細かな氷片を混ぜて、ブレスで噴出したんだ。
ジュンさんの言葉で咄嗟に右に転がったものの、氷塊の中央を貫通したブレスの細かな飛散物があたしのところまで飛んでくる。
ブレスは氷塊を易々と貫通して、獣竜種の右頬をえぐった。暗緑色の鱗とドス黒い血が吹き飛び、新たな傷が皮膚に刻まれる。
獣竜種は悲鳴を上げて一歩引くけど、黙ってない。たくさんの傷が充血したように、さあ、と赤くなり、その位置から肩を突き出すようにステップを踏み――
「ちょっ、なんでこっちなんだよおおおお!!」
――氷塊にタックル。
べきり、といい音がして、咆哮とブレスで弱っていた細長い氷塊は、その中央で折れた。
衝撃で転び、そのままずり落ちる。途中でなんとか剥ぎ取り用ナイフを抜くと、渾身の力で氷に突き立てる。
スピードは落ちる、でも二人分の体重を支えるのは無理だ、斜めになっていく氷面で刃が滑る。
氷塊はあと数秒で完全に支柱を失い、落下を始めるだろう。
そうしたら、終わりだ。
おしまい。
「ジュンさん」
肩越しにちらりと見た彼女は、落ち着いた顔をしていた。
言葉を発する間もない、一瞬のアイコンタクト。
ううん、たぶん時間があったとしても、ジュンさんはなにも言わなかったと思う。
死を受け入れ、弟子の成長に満足してるんだろう表情で、あたしの決断に従ったと思う。
あたしと、あたしを育てた自分が積み重ねてきた決断に。
…………。
クソ、これで『やることはやったよ』って言えるか!?
『あの道具の量で一矢報いて、トン殿も逃がせただけ御の字だ』って胸を張れるか!?
姉は“黒き神”に立ち向かったのに、あたしは“白き神”に無視されてんだぞ!
鼠だって追い詰められれば猫に爪を立てるのに、あたしは――
――まだ諦めたくない!
「ジュンさん!」
さっきとは違う声色に、彼女は顔を上げる。
かくん、と真下への動きが始まる。
浮遊感に胃が弄ばれる。
「あたしに命をください!」
返答を待つ余裕はない、ナイフを支えに一度身体を氷に押しつけ――
「ふっ!」
――氷塊を蹴り、空に躍り出る。
高い。
氷と大気がぶつかる音が離れ、一瞬耳が遠くなる。
目標まで二〇メートル近く。
足は折れるか?
死ぬか?
気にするな。
本当の一矢を与えられれば!
「エリ!」
目標が近付いてきた。
立ち上がることで、
頭をもたげることで、
距離が縮まる。
「ジュンさん!」
ストラップを切り裂き、ジュンさんを解放。
ポーチに手を突っ込み、掴み取る。
いくよ、ティガ。
「うっしゃああああ!!」
鼠色の甲殻に、橙色がかった鈍色に光る爪が接触し、火花が散り――