今回は一子VS悪宇商会の少女です!!
もちろん一子は相手がプロの戦闘屋と気付いていません。
この勝負はどうなるか!? 結果はだいたい想像できそうですが。
059
「行くわよ!!」
「いつでも」
一子が走り、薙刀を下から上へと振るうがユージェニーは軽やかに避けて鉤爪を突き立てる。だが一子も相手が強者だと分かっているので避けられることも予想済みだ。
すぐさま防御をとって鉤爪を受け止める。ガキンっと金属音が聞こえ、腕に重みが掛かってくる。
「おっとお!?」
「はっ!!」
今度はユージェニーが攻撃に回り、鉤爪を使って連続で攻撃する。素早く縦横無尽に鉤爪が襲い掛かってくる。
無論、鉤爪だけで攻撃しているだけでは無く、連続で流れるように攻撃している中で肘打ちや蹴りも含まれているのだ。彼女は無表情のまま淡々と攻撃してくる。
まだ始まったばかりだが百代はユージェニーの戦闘スタイルを見て「戦い慣れてる」と小さく呟く。武神と言われる百代なら相手の微かな動きでも強さが大体分かる。
(あの女は・・戦いに慣れてるな。決闘に慣れてるっつーか場数を踏んでる感じだ)
ユージェニーからただならぬ何かを感じるが詳しくまでは分からない。しかし良い感じでは無いと確定できる。
もし一子が危険になったらすぐにでも助けるつもりだ。ピリッとした気が空間を包む。
(・・・分からないけど武神に睨まれたな。何か感づかれたか?)
薙刀をかわしながら一瞬チラリと百代を見る。見た目なら美少女だが中身は暴れたい衝動を抑え込んでいる獣だ。
(計画のために私は少しだけ目立つつもりだったがここまで目立つとはな。武神にも目をつけられたか?)
ある計画のために彼女は少しだけ目立っている。詳しくは言えないが彼女は自分自身が目立つことである者たちからある者たちを欺けるのだ。
だが彼女自身も目立ちすぎると計画に支障を来すので、そろそろ控えるべきだろうと考え始める。更に周囲を見るとメイドや執事が静かに見ている。
(ふむ・・・ここらが引き際か)
「たああああああ!!」
「ふん」
「よそ見してない!?」
「していない」
勝負状況は一子の薙刀を軽やかに避けるユージェニーといったところだ。そして少しずつ鉤爪で攻めている。微小の傷とはいえ、どちらが有利か丸分かりで一子は切り傷が至る所にある。
だが一子にとって生傷には慣れているので気にしない。彼女はよくオーバーワークで自分自身を苦しめているので全然平気だ。
これくらいで痛いなど辛いなど全然へこたれるのが彼女ではなく、寧ろ逆向に立ち向かう度に強くなるために努力するのだ。だからこの状況でも笑いながら戦いに挑んでいるのだ。
「アナタって強いわね。でもまだまだよ!!」
薙刀を振るう速さがどんどん早くなる。それでも避けれるユージェニーである。
(発展途上の武術学生がプロの戦闘屋に勝てると思うな・・・が、そんな相手にどう思っても仕方ないな)
「そろそろ決める。山崩し!!」
頭上で大きく旋回させた薙刀を 斜めに振り下ろして、相手の足を狙った。今まで相手の上半身を重点的に攻めていたので急に下半身への攻撃は予想外。そもそも一子は隙を作るために狙っていたのだ。
この攻撃にユージェニーは少し評価を変え、自分に油断があると反省。この瞬間だけ動けないのはやはり軸足を攻撃されたから。
その隙を突いて一子が空高く飛び上がり、一回転して急降下しながらカカト落としを繰り出す。
「天の槌!!!!」
ズドン!!!!!!
手応えのある鈍い音が聞こえてきた。そして今度は聞こえてくる声がユージェニーでは無くて一子の声であった。
勝利の確信への声ではなく、痛みの声であった。
「痛ったああああああああああああ!?」
足を抑えてバタバタしている姿を見て大和は「ワン子!?」と叫んでしまう。これでも目は良い方だが何があったか分からない。
「アレは痛いな」
「だね。もうこの戦いで蹴りは出せないかも」
「なあ、何があったんだ?」
クリスたちは何があったか見えていたらしい。ならば聞くのが一番だ。
「犬の『天の槌』が相手に決まったかと思ったが決まって無かったんだ。相手はカカト落とし鉤爪で受けたんだよ」
「受けた?」
「ああ。カカト落としが直撃する前に相手は振り落とす犬の足に鉤爪を正確に突き立てて刺したんだ」
「ウゲ・・・それは」
鉤爪が足に刺さるのは痛い。それが勢いあって深く刺さったなら考えたくもないだろう。すぐにでも一子の下に駆け寄りたいと思うのは大和たち全員だが決闘はまだ終わっていない。
なぜなら一子の目はまだ諦めてないからだ。武術家の者たちにとって諦めていない者を降ろすのは出来ない。
「ワン子の諦めない目を見た。ならば最後まで戦え!!」
「はいお姉さま!!」
気合いで立ち上がり、一子はもう一度薙刀を構える。もう不利しかないが諦めずに立ち向かう姿に周囲の観客たちはつい応援してしまう。
「いっくわよ!!」
「・・・もう終わりにします」
痛いのを我慢して一子はユージェニーに立ち向かったが奇跡なんて起きず、勝敗は決まった。勝者はユージェニー。
060
「負けた~」
第一声が悔しい言葉であった。バタリと仰向けになって倒れる姿はまさに敗北した姿であろう。しかし一子の気持ちは勝負した達成感が充実していた。
鉤爪が刺さった片足は酷く痛いが、それでも試合できたことに良しとする。この痛みは川神院の特製傷薬を使えば治るものだ。
「ワン子!!」
「あ、大和。アタシ負けちゃったわ」
「いいから足を見せろ」
一子の足を見ると、やはり深く鉤爪が刺さっている痕が分かる。いつも常備している布を優しく巻く。歩くのは辛いだろうから帰りは抱えてくのが彼女のためだろう。
これは勝負事によって負ってしまった傷だから文句なんて言えないが大切な仲間が傷つけられれば文句が言いたくなってしまう。
(でもこれは勝負事・・・ワン子は負けた。だから俺が文句を言っても仕方ない)
大和は武術家ではないが勝負の世界くらいは分かっているつもりだ。百代たちだって心配してないわけ無いが勝負で負った傷はどうしようもない。
ここは早く川神院に連れてって傷を治療した方が良いだろう。その後は美味しい物でも奢ってやるのが一番である。
「よく頑張ったなワン子」
「うん。頑張ったわお姉さま」
「ほら犬。肩を貸してやる」
「ありがとクリ」
クリスは一子に肩を貸して彼女を支える。今いる決闘場所から川神院まで近いから足への負担は少ないだろう。
だがその前に百代が動く。妹の敵討ちと自分が戦ってみたい欲求を滲み出しながらユージェニーに近づく。
「さあ今度は私が相手だ。決闘しようぜ!!」
「・・・お断りします」
「何で!?」
意気揚々と決闘を迫ったが断られて出鼻を挫かれる。最近、本当に目を付けた相手ばっかり決闘を断られるので不満が募る。
燕も夕乃も真九郎も決闘を断られてもう戦闘欲求が爆発しそうである。まだ燕と稽古をしているからマシだがそろそろ全力で勝負した今日この頃。
「な、何でダメなんだー!?」
「これから用事がある。だからもう決闘はできない」
「そ、そんな~」
ユージェニーは百代を待つことなく人込みの中へと入っていき姿を消した。追いかけようとしたが気配を消しているのと妹である一子がケガした状況から断念する。
それでも川神に楽しみが1つ増えたと考えれば良しと思える。また会えることを願いながら帰ることにした。
周囲の野次馬たちも決闘が終わったので帰宅し始める。別の武術家たちはまだ見ぬ武術家を探しに、もしくはすぐ近くにいる武神の百代に勝負をする。
(・・・鉤爪ちゃんと戦いたかったが仕方ない。他の挑戦者で我慢するか)
百代は挑戦者たちの決闘を受けることにして溜まった戦闘欲求を解消することにした。
「私は挑戦者の相手をする大和たちは先に川神院に戻っていてくれ。終わったらすぐに私も向かう」
「分かったよ姉さん」
「今日は大和が美味しい物を奢ってくれるからな」
「姉さんに奢るとは言ってない。あとお金返して」
「さあかかってこい挑戦者!!」
借金の話になるとすぐに逃げる。これにはいつも通りだと思う京である。
「大丈夫ワン子?」
「ええ大丈夫よ京。それにしても強かったわ『鉤爪の女』。えっと名前はユージェニーって言ってたわね」
「うん。鉤爪を使って戦うスタイルはすばしこかったね。あれは接近戦になったら私もキツイかも」
京は弓矢をメインに戦う。一応、接近戦も想定して対応策は考えているがそれでも厳しいだろう。
「大和から濃厚な愛を貰えれば勝てるかも。ね、大和」
「ノーコメントで」
「なあ。あの女を見ていて強いと思ったが実際に戦った身としてはどうだった?」
「うん強かったわ。でもちょっと気になることがあったのよね」
「気になること?」
「うん。何かあの人と戦っていると違う感じなのよね」
違うという言葉の意味は何か。それは一子がユージェニーに感じ取った危険な雰囲気というべきものだ。
その危険が何かは分からない。でも今まで戦ってきた者たちとは比べることができない深い闇を感じ取ったのだ。
「見た目からは危険とは見えないけど・・・どっか彼女からは危険と感じ取ったのよ」
「危険ねえ。俺はそう見えなかったけど」
(あの危険な感じ・・・どこかで味わったような。とても嫌なもの)
一子が昔味わった危険な何か。忘れないが忘れたい記憶。それは昔、川神院で修業していた時の一瞬の油断で大ケガしてしまったことだ。
今は元気で健康であるが、その時の大ケガは一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。油断からの事故、ケガは本当に命を落としてしまうのだ。
だから注意しなければならない。一子か感じていたのは当たり前にある危険であり、普段なら頭の片隅にある危険だ。それが死である。
「う~ん分かんないわ」
「分からないなら今は川神院に戻ろう。早く足の治療をしないとな」
昔に味わった死の記憶は普通忘れたいものだ。だから一子は今回に何となく感じた危険な感覚が分からなかった。
だが、いつか思い出す時がくる。それが早いか遅いかはまだ分からない。
061
川神にある喫茶店。ここに2人の女性がゆっくりと休憩している。
「どうだった川神院の人間と決闘した感想は?」
「未熟のアマチュア。依頼だったら簡単に仕留められる」
感想はストレートに放つ。
「だが武神である川神百代は危険だ。アレをもし仕留めるなら私たちだけでは足らないな」
「武神にも出会ったんだ」
「ああ。そろそろ目立つのは控える。私が目立っている間にそっちは準備できたか?」
「ええ。ユージェニーが目立っていたおかげでこっちは九鬼に見つからずに川神を調べ上げられたわ。後は実行するだけよ」
「了解した。もう私も戦うのは止めよう。これ以上戦うと本当に九鬼に目をつけられそうだ」
紅茶を一口飲む。今流行りのパンケーキ切り分けてクリームたっぷり付けて食べる。
その姿からは今時の女子にしか見えなく、彼女たちが悪宇商会の戦闘屋とも見えない。
「プリムラはどうした?」
「えっとね。プリムラは九鬼の動向を調べてるわ。捕獲の時に邪魔されたら困るしね」
「だが捕獲の時は他業者が九鬼に潜入して欺けるのだろう?」
「他業者だけでは信用ならないみたいだよ。絶対に成功させるために独自に調べて他業者に情報を渡してる」
「そうか。一応聞くが大丈夫か?」
世界財閥の九鬼を調べるのは危険であろう。しかし、そこは案外大丈夫である。世界財閥の九鬼は無敵のように見えるが少しでも情報を盗み取ろうとする輩はいくらでもいる。
だから九鬼財閥は敵が多い。多い敵のうち1人なら此方の方で上手く動けば感づかれない。だが細心の注意をしなければならない危険な相手である。
「そうなのか」
「そうよ。貴女のおかげで九鬼も多少の目は欺けてるし」
「なら良い。私は今日で身を潜める。計画時には忘れられてるくらいにはな」
「一応噂は一瞬だけ広まってすぐに消えるような感じにしたから大丈夫でしょ。私もそういう風に噂を流したし」
紅茶を飲み干してパンケーキを完食する。2人は代金を払ってまた人込みの中へと消えていく。
読んでくれてありがとうございました。
感想などあればガンガンください。
今回の勝負は一子の敗北でした。流石にプロの戦闘屋に勝つのは厳しいでしょう。
でも一子もただただ負けるのは書きたくなかったので少しだけ活躍させたつもりです。
努力する子は嫌いじゃないです。
そしてセーフであった一子。命は無事です。
悪宇商会は仕事以外では殺しはしませんので。今回は前準備のようなものなので本当にセーフです。
でも百代と言わず一子もプロの戦闘屋から感じる死の気配を感じ取りました。
どんどん紅の世界観の危険度が迫りますね。