紅 -kurenai- 武神の住む地   作:ヨツバ

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黛の妹

098

 

 

「初めまして。黛由紀江の妹の黛沙也加です。よろしくお願いします」

「あ、丁寧にどうも。紅真九郎です」

 

彼女が、沙也加が何故この島津寮にいるかというと姉の由紀江が心配だから抜き打ちで訪問したとのことだ。

事の発端は由紀江から友達ができたという手紙だ。沙也加としてはこの手紙の内容が真実かどうか確認したかったのだ。何せ姉の由紀恵は松風というストラップと会話をしているちょっと他人から見たら危ない子に見えるからだ。

そんな姉から親しい友達ができたなんて家族を安心させるために書いた嘘かもしれないと逆に心配してしまう。だからこそ妹の沙也加が川神まできたのだ。

 

「まあまゆっちのことを知ってる身内なら確認したくはなるよね」

 

島津寮に滞在してから由紀江の言動に関してはもう慣れている。言動というか松風との会話だ。最初は少し引いたが慣れれば平気だ。むしろ真面目な後輩だと評価は高い。

彼女について内容を聞くと連休中は島津寮に泊まっていくそうだ。せっかくの姉妹再開だから良い思い出が残せると良い。

 

「で、まさか切彦ちゃんは何でまたここに?」

「たまたまです」

「そ、そうなんだ」

 

切彦が真九郎の前に現れるのはいつも突然だ。何故かいつも弱っていたが今回はそうでもないらしい。

それにたまたまと言っているが仕事の最中の可能性だってある。だがこちらから踏み込まなければ何か起こるはずはないだろう。

切彦はどんな殺しの仕事も請け負うが基本的に無関係な人は巻き込まない。それに怒りを買わなければ全くもって無害だ。

ここにいるみんなは切彦にちょっかいはかけないだろう。百代だって流石に切彦には手をださないだろう。

 

「そういえば何で切彦ちゃんは沙也加ちゃんと一緒に?」

「たまたまです」

「そうなんですよ。えっと、斬島さんとは電車の中で会ってそのままここまで一緒だったんです。私もまさか行き先が同じだとは思いませんでした」

 

切彦と沙也加が一緒にいるのは本当に偶然である。妙な縁というやつだろう。

縁とは不思議なものでどんな人間が会うなんて分かったものではない。切彦は裏十三家の1つで剣士の敵と呼ばれている。一方、沙也加は剣聖の娘である。

普通に見れば思いっ切り敵同士だと言ってもよいだろう。ただ切るのが上手い者と剣の道を究める者では全く別の道を辿る者だからだ。

 

「まさか電車の席から駅、島津寮まで一緒に歩いた時は流石に「え?」って思っちゃいましたよ」

「まあそう思うわよね。私は村上銀子。川神学園の交換留学生よ」

「よろしくお願いします」

 

銀子も自己紹介してくれる。その皮切りに夕乃たちも自己紹介してくれた。

 

「わたしは紫だ。九鳳院紫。よろしくな」

「え、九鳳院ってもしかして…」

「表御三家の九鳳院家だよ」

「あわわ…あの表御三家の。よ、よろしくお願いします」

 

沙也加はぷるぷると紫と握手する。小さい手だが温かいぬくもりを感じる。

こんな可愛く小さな子供があの九鳳院家とは驚きだ。正直なところ緊張しないなんて難しい。彼女も聖剣の娘で良い所のお嬢様ではあるが九鳳院と比べると負けてしまう。

最も九鳳院と張り合うとしたら他の表御三家か九鬼家くらいしかいないのだが。

 

「沙也加と言ったな。わたしが九鳳院だからといって畏まらなくても良い。ここにいるわたし紫だ」

「…わあ。大物ですね」

 

紫の堂々さに感服してしまう。正直なところ気にするなと言われても難しいものだが、こんな小さな子が気を遣ってくれるとは大人だ。

 

「うん。よろしくね紫様」

「さま付けはいらぬ」

「じゃあ紫ちゃん」

「うむ。よろしくな」

 

早くも紫は沙也加とのコミュニケーションを確立させていた。流石は紫だろう。何せ多くの人たちと交流をしているのだからこれくらい簡単なものだろう。

その姿をみた由紀江は「羨ましい」と言っている。紫のコミュニケーション能力が凄いと思っているのだ。沙也加もコミュニケーション能力が高いので紫との会話も弾む。

 

(さ、流石です沙也加…私も紫ちゃんと会話するのに時間かかったというのに)

『妹は恐るべしだなー』

 

単純に由紀江にコニュニケーション能力が低すぎるだけなのだが、こればかりは自分自身の問題なので頑張るしかない。

この問題は簡単には解決できない。すこしずつ頑張っていくしかないだろう。

 

「せっかくだ。夕食も食べてくでしょ?」

「良いんですか?」

「もちろん。ここで夕食を一緒にしないなんて選択は無い」

「切彦ちゃんも食べてく?」

「良いんですか紅のお兄さん?」

「もちろんだよ」

 

食材はたくさん買って来たから足りないことなんてことはないだろう。早速、焼肉の開始だ。

焼肉が始まればみんながハイテンションだ。どうも焼肉はみんなのテンションを上げる食事だ。流石は焼肉、打ち上げやみんなで集まって食べる食事だ。

1人焼肉なんてものもあるが、それはそれも良いものもあるだろう。真九郎は金銭面の関係で絶対にできないだろうが。

 

「焼け焼け~!!」

「この肉は俺様が育てる!!」

「野菜もちゃんと食べるんだよ」

「ピーマン…」

「鉄板が熱いです。敵です」

「ほんとに切彦ちゃんは敵が多いね」

 

焼肉が始まり、皆が肉の奪い合いが始まる。流石は食欲盛りの学生。

そんな中、大人である冥理たちは慎ましく焼肉を食べる。環に関しては学生たちとテンションが同じなので焼肉の奪い合いをする。

真九郎は女子力を発揮してるので紫や散鶴たちに野菜や肉を皿に入れていく。自分も食べれば良いというのに他の人を優先させるところ謙虚というか教育された賜物なのか。

 

「ほら紫、ちーちゃん」

「ありがとお兄ちゃん」

「ありがとう真九郎!! ピーマンは少なめで」

「ちづるも」

「はいはい」

「真九郎くんも食べないと。ほれほれ!!」

「環さん俺の皿に肉を山盛りにしないでください」

 

皿には胃がもたれるくらいの量の肉が積まれている。真九郎はそんなに大食漢ではない。寧ろ小食の方だろう。

それは彼の食生活がしたのかもしれない。そんな彼を見てクリスが子供のように肉を貰おうとする。

 

「食べないなら私がいただこう」

「いいよ」

「わーい。おいし~」

「クリスはやっぱ子供だなあ」

 

マルギッテやクリスの父が可愛がっている理由が分かる気がする。

 

「ところで何故、姉さんは沙也加ちゃんと切彦ちゃんの間に?」

「そこに美少女がいるから!!!!」

「セクハラはしないでよ姉さん!!」

「そんなことは分かってるよ。つーか最近大和は私を何だと思ってるんだ」

「そう思われたくなかったら言動や行動に気を付けて」

 

頼りになる武神であり、姉である百代だがやっぱり問題児なところはある。でも信頼できる仲間であり、大切な姉だ。

 

(それにしても斬島か。確か崩月先輩と同じ裏十三家…紅くんたちとはどんな関係なんだろう)

 

もくもくと小動物のように食べている切彦を見る。やはりどこからどう見ても大人しい少女だ。だけど梅屋の一件では裏の顔を一瞬だけ見た気がする。それに由紀江が言っていた『剣士の敵』も気になるキーワードだ。

紅くんを中心に何か温かいような暗いようなものがある気がする。だけど今の食卓には考えないでおこう。今は楽しく焼肉だ。

大和はいつの間にか皿に京が激辛京スペシャルを入れるのを阻止しながら考えを振り払った。

 

「むむ。その赤いのは何だ京?」

「これは京スペシャル。これにお肉を付けると美味しいよ」

「子供にそんな危険物を説明すんな」

 

明るい食卓だ。

 

「それにしてもお姉ちゃんが本当に友達ができて安心しましたよ」

「もう沙也加ったらそこまで心配しなくても…」

「何言ってんのお姉ちゃん。最初は松風を友達として紹介された妹の気持ちを考えてよ」

 

沙也加の言葉にみんな納得する。確かに実の姉が馬のストラップを魅せられて「友達の付喪神です」と言われたらどう返答すれば良いか分からない。

 

『オラは本物の付喪神だぜ』

「ああ、うん」

 

沙也加の第一印象は可愛いしっかり者の妹だ。彼女もまた夕乃ように大和撫子の素質があるだろう。

でも彼女にも意外な一面があるものだが、んな一面は姉である由紀江も知らないし、この連休中で分かることはないだろう。

 

「真九郎くん。お酒が欲しいよ」

「少しだけですからね」

「もっと~。お酒が駄目なら真九郎くんのでいいから!!」

「何を言ってんですか!?」

「真九郎の?真九郎のお酒ってことか?」

「紫様。聞かない方が良いです」

「全く環さんは…沙也加ちゃんこの人の言うことは気にしなくていいから」

 

環の言葉基本的に気にしない。いちいち気にしていたら疲れるだけだからだ。

 

「く、紅さんのお酒ってもしかして…え、でもそういう意味だよね。紅さんと武藤さんって…そんな関係なのかな?」

 

ボソボソとなにか呟いている。

 

「どうしたの沙也加ちゃん?」

「あ、いえいえ何でもないです!!」

「沙也加はたまに独り言があるんですよね」

『何を言ってるかは聞き取れないけどな』

 

どうやら沙也加は独り言がたまに言うらしい。だけど独り言なんて誰だってすることはある。対して変なことではない。

夕乃だってクリスマスの時に花を渡したときも独り言でブツブツ呟いてた気がする。

 

「沙也加ちゃん。遠慮しないで食べてね」

「はい。ありがとうございます紅さん。何か紅さんってお兄さんみたいですね」

「そうかな?」

「ふふ、散鶴のお兄さんだしね」

「ああ、そうですね」

「確かに、それなら紫ちゃんにとってもお兄さんですね」

「それは違うぞ夕乃。わたしは真九郎のお嫁さんだ!!」

「…紫ちゃん?」

「何だ?」

「貴女と真九郎さんが?」

「嫁だ」

 

夕乃と紫の睨み合いが始まる。

 

「え、え…紅さんのお嫁さんが紫ちゃんの?でもでも相手はまだ小さい子だし」

「どうしたの?」

「いえいえ何でもないです!!」

「ああ、紅はロリコンだからな」

「違います!!」

 

沙也加までロリコンという誤解を教え込まないでほしいものだ。

 

「ところで明日はどうするか?」

「私は妹の沙也加を川神を案内しますよ」

「じゃあ一緒についてく!!」

「武藤さんたちはどうしますか?」

「まだまだ回り切れてない場所もあるからまた観光するよ」

「それなら私たちもね」

 

明日の予定は決定した。明日もまた川神観光だ。

大和たちは沙也加と一緒に観光。環たちとは別行動だ。今日は一緒だったが明日は別々で観光だ。

明日もまた賑やかな一日なるだろう。

 

 

099

 

 

楽しい食事が終わり、真九郎は食器を洗う。その横からヒョイと新たな洗い物を持ってくる切彦。

 

「お願いします」

「ああ、持ってきてくれてありがとう」

 

シャカシャカと泡立てながら皿を綺麗にしていく。汚れ物が綺麗になっていくのは見ていて良いものだ。

なんというか気持ち的にスッキリする。最初は洗うのは面倒と思うが洗い始めると全部綺麗にしてみせるという気持ちも出てくるものだ。これは綺麗好きの心があるのかもしれない。

 

「そういえば切彦ちゃんはどうしてここに? もしかしてまた仕事なのかな」

「…そうです」

「…そっか」

 

自分自身で聞いておいて少し暗い気持ちになる。彼女の仕事は殺しの仕事。切彦は悪宇商会に所属しているのだから当たり前だ。

彼女とは仲が良いとはいえ、仕事とプライベートはキッチリの区別されている。時に味方、時に敵の関係。

真九郎と切彦の関係は何とも言い難いものだ。友達ではあるが殺し合いを、決闘をする仲。その関係性がお互いを悩まさせるものだ。

 

(切彦ちゃんの仕事を聞いたところで俺には止める術はないんだよな)

 

切彦とは友達であり敵。あの病院での戦い、京都での一件、歪空との戦いでの共闘。本当に複雑な仲だ。

そんな彼女を仕事に関してどうこう言えない。彼女だって好きで殺しをしているわけではなく、仕事で殺しをしているのだ。

ここで真九郎が彼女の仕事に対して口にするのは彼女に対して五月蠅いだけだろう。もし言ったところで聞きはしないし、ザッパリと一太刀くらうだけかもしれない。

だから真九郎は本当に何も言えない。もし口を挟むとしたら彼と彼女が関係する場合の時だけだ。彼らが本気でぶつかりあった時だけなのだ。

できればそんな事は起きないでほしいものだ。でもいつの日か決闘をしなくてはならない。そんなことを思っていると切彦の方から口にしてきた。

 

「紅のお兄さん」

「何かな切彦ちゃん?」

「いつ私と戦ってくれるんですか?」

「…えーと、時間がある時にね」

 

今は本当にはぐらかすことしかできない自分が情けなかった。

 

「お、何だ何だ。真九郎殿は切彦殿と決闘するのか?」

「おわ、クリスさん!?」

 

ヒョコリとクリスが顔を出す。他に一子もだ。どうやら彼らの決闘についての会話を聞いて興味を持ったらしい。流石は武士娘なのだろうか。

更に百代たちも「決闘か!?」と集まってくる。正直なところ彼らの決闘は川神で行われる決闘とは概念が違うので集まってもワイワイと話すことはできない。

だから誤魔化す感じで話すしかないだろう。百代たちは武術家だが表世界の者たちだ。裏世界の戦いを関わらせるわけにはいかない。

 

「はい。紅のお兄さんと決闘です」

「えー切彦ちゃんずるいな。私も紅と決闘したいぞ」

「…えっと切彦ちゃんとは約束してるんですよ」

「約束ですか?」

 

夕乃や銀子から「そんなの聞いてない」という目で見られる。これは後でコッテリと絞られそうだ。特に隠していたわけではないけど話したら面倒になるのは理解していたが。

切彦との決闘する約束は破る気はない。ただ先延ばしにしているだけだと思うとまた情けなくなる。

 

「決闘するけどまだしません。でも必ず約束は守るよ」

「なら私が立ち会って審判を務めても良いぞ!!」

(ありがたいけど、遠慮します)

 

心の中で呟く。正直、彼女と決闘は二人だけでおこないたいので。そもそも彼女との決闘は血を見るだろう。

 

「紅さんも武術家なんですか?」

 

沙也加が真九郎について質問する。残念ながら武術家ではない。彼は揉め事処理屋だ。

 

「揉め事処理屋…ですか?」

「そうだよ。何か揉め事があれば言ってね。困ったことでも解決するよ」

 

揉め事、困ったことを解決してくれる。どんな簡単なことから物騒なことまで揉め事の幅は広い。揉め事処理屋はそういうことを解決する専門家だ。

その言葉を聞いて沙也加は何かを考え込む。

 

「どうしたの?」

「いえいえ、何でもありません」

「そう。でも何かあれば言ってね沙也加ちゃん」

 

紫や切彦、散鶴と接しているとやはり年下には優しく甘いのだろう。つい「困ったことがあれば言ってくれ」と言ってしまった。

揉め事処理屋は立派な仕事なのだからお金がかかるというのに。先に説明しないといけない。

 

「それにしても…やっぱり紅さんは優しいお兄さんみたい」

「ん?」

「ううん。何でもありません」

「じー」

「じぃぃ」

「うう」

 

紫、散鶴、切彦の年下3人が真九郎を見る。その目には何かを訴える意志が含まれていたが気付かない真九郎であった。

 




読んでくれてありがとうございました。
沙也加ルートに突入です。彼女を中心に切彦や環さんたちの物語を展開させていきたいと思います!!

それにして真九郎は個性すぎる女性と年下の女性にモテる気がします。

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