原作と違いオリジナル要素の物語なので生暖かい目で読んでってください。
106
川神駅。人がゾロゾロと横断している中で一際目立つ存在がいる。外国人が見れば間違いなく『侍』と言うであろう。
彼こそが剣聖と言われる黛大成である。穏やかそうな雰囲気でありながら、刀のように鋭い気も感じる。流石は人間国宝に選ばれるだけはある。きっと今まで鍛錬した賜物なのだろう。
今日は大成に沙也加の本音をぶちまける日だ。真九郎と大和、由紀江が一緒に連れ添う。
「あ、父上。こちらです」
「おお、由紀江。よおく見つけてくれた。ここは電子公告がありすぎて酔いそうだ」
『ダディは相変わらず電子機器が苦手のようで』
電子機器が苦手な人は案外仲間の内にも1人はいるだろう。何故苦手なのかはその人自身もよく分かっておらず、ただただ操作が『分からない』のだ。
まるで遺伝子に電子機器が扱えないというモノが刻まれているが如くだ。大成もその部類の人間に当てはまる。
「沙也加。久しぶりだな」
「はい。お父さん…急に家を飛び出してごめんなさい」
「いや、元気なら安心したよ沙也加」
真九郎の見た感想だが良い父上のような気がする。
「ん? そこに君たちは…どちらかが沙也加のボーイフレンドかな?」
「あ、お父さん。そのことなんだけど」
「2人いるということはまさか由紀江にもボーイフレンドが出来たのか?」
「ええ!? ち、違いますよ父上!!」
「む、そうか。早とちりだったな」
「俺は紅真九郎で由紀江ちゃんたちの友達です」
「同じく直江大和です」
沙也加に彼氏がいるという嘘を聞いていた大成。今日の出迎えに男がいればボーイフレンドと思うだろう。そんな中で男が2人。由紀江も一緒にいれば姉妹仲良く彼氏ができたと勘違いするかもしれない。
父親の勘違いなんてスルーすればよいだけなのだが由紀江はこういうのは不得手なのか顔が赤くなっている。
「あの、お父さん。大事に話があります。聞いて」
「…ふむ。良いだろう」
大成は沙也加から何かを感じ取ったのか真剣な父親の目になる。娘が覚悟を持って何かを伝えようとしてくる。ならば父親として聞かねばならない。
ドンッと構えながら娘の沙也加から話を聞こうとした矢先に不良というかチャラそうな男性2人が絡んできた。
「お、サムライか~?」
「芸人じゃね。おいオッサン芸見せてくれよ~。だっはっはっはっは!!」
世の中、こういう輩はいるものだ。人に迷惑をかけているのに気付かない。だから変な事件が起こる時がある。
真九郎がヤレヤレと思いながら前に出ようとした時に大成が動いた。
「紅くん、直江くん大丈夫だ。任せなさい」
大成はカチンと鍔を鳴らした。すると不良の2人は気絶していたのだ。
(…速い)
「うーん、見えなかった」
「流石ですね父上」
「え?」
大和だけは分からなかったようだが、詳細は大成が不良2人にみねうちをしたのだ。
その速度はまさに神速だ。一般人じゃ絶対に彼の太刀筋を見ることはできない。
「場所を変えようか。これではゆっくり話も聞けない」
「そうですね」
「だがその前に川神院に訪れていいかね。川神にいる間は川神院に滞在するつもりなのだ」
まずは川神院に向かう。由紀江に案内されて川神院に訪れるといつも通り門下生たちが修業をしていた。
本当にいつもながら気合いと熱気が合わさり頑張っている。流石は武術の総本山。門下生たちもレベルが高いと大成は思う。
「鉄心殿はいらっしゃるか?」
「おお、これは黛大成殿。よくいらっしゃてくれた。修業で賑わっているが川神に滞在する間はゆっくりしていってのう」
「かたじけない。助かります」
「ほっほっほ。門下生たちも剣聖が来たとはりきっておるわい」
「私も昔の勘を取り戻すために若者の中に入り、修業するのも良いかもしれません」
大成は昔と比べて今は剣の腕が少し落ちたと実感している。ならば川神院で腕を磨き上げようと思ってるのだ。
川神院ならば昔の勘を甦らせるかもしれない。そう思って一緒に修業するのも良いだろう。
「黛さん。こんにちわ!! 今日からよろしくお願いします!!」
「こんにちわ。よろしくお願いします!!」
川神姉妹も奥から走って来た。今日から川神院に滞在するのだから挨拶は大切だ。
「ん、沙也加ちゃんにまゆっちも来てるのか」
百代がグッと親指を立てる。これからの対話に「頑張れ!!」と応援してくれているのだ。沙也加も意味を汲み取って首をコクコクと縦に振る。
補足だが川神姉妹は大成に修業を見てもらえるようにと約束をしてもらった。ちゃっかりしている姉妹だ。戦いが好きな姉に努力家の妹ならではかもしれない。
「じゃあ私たちが今滞在している島津寮に行きましょう」
「ああ。話を聞こう」
川神院から島津寮から案内。
「ここが由紀江たちが滞在している島津寮か。趣があって良い寮だな」
「はい。それにここの寮長の麗子さんはとても優しい方なんです!!」
『イイ女だぜ。オラがもうちょっと若ければ狙ってたかもしんねえ』
「そうかそうか。滞在中に挨拶せねばならんな。それにまた今度に北陸の幸を送ろう。何か好きな幸があれば聞かなくてはな」
「麗子さんも喜びます」
北陸の美味しい幸を送られれば誰だって嬉しいし、真九郎だって嬉しい。もし五月雨荘に送られれば美味しい海の幸料理が作れそうだ。
そして環や闇絵たちに食われるというオチまで見えた。
「さて、沙也加。話とは何かね?」
真九郎がお茶とお茶請けを出す。ここからが父親と娘の対話の時間だ。
107
父親と娘の対話開始。
「お父さん!!」
「うむ。何かね沙也加」
「ごめんなさい!!」
いきなりの謝罪。
「ど、どうした沙也加」
「実はお父さんに嘘をつきました」
「嘘とは…?」
「私、お父さんに遠距離恋愛の彼氏がいるって言ったよね。それね、嘘で彼氏なんていない。嘘言ってごめんなさい!!」
まずは嘘についての謝罪だ。家出の原因が父親としても嘘をついて家出して心配をさせてしまったのだから謝罪は必要だろう。
「…そうか、よく謝ってくれた。自分の言った嘘を認め、謝罪する。素晴らしいことだ」
「お父さん…」
「私は怒ってない。寧ろ謝ってくれたことに感動しているよ」
大成は感動していた。娘が嘘を認めて謝るとは。嘘なんて言うだけ言って終わりだ。なのに娘は嘘に対して謝ったのだ。
なんて誠実な娘なのだろう。父親としてとても誇らしく思う。
「でね、お見合いの件なんだけど」
「うむ。もしかして受けてくれるか?」
「…それだけど」
「頑張って沙也加ちゃん」
真九郎が小さく沙也加を応援する。何かあれば彼が助けてくれる。心強い真九郎を信じて沙也加はついに口を切った。
「お見合いだけど…受けません」
「…沙也加。受けるだけでも」
「嫌ですお父さん。私ははっきり言うよ。お見合いは受けない。結婚するなら好きな人としたい!!」
お見合いをしたくない。今はそういうのは考えたくないのだ。好きな人は自分で決める。親が分からないことを決めてくれるのは悪いことではないだろう。
しかし好きな人くらい自分で決めたい。人生を寄り添ってくれる人は自分が決める。何度も、何度も言う沙也加。
「お父さん何度も言うよ。私はお見合いをしない。好きな人は自分で探して決める」
「…そうか」
大成は目を瞑り、黙る。そして口を開いた。
「ならばお見合いはしなくともよい。先鋒には私から断っておこう」
「ほ、本当?」
「ああ。娘が正面切って、今度は強い思いをもって父に言ったのだ。ならば私は無理強いはさせない」
沙也加の強い思いが父親に伝わった瞬間であった。頑固と聞いていたから渋るかと思っていたが案外簡単に彼女の気持ちを理解してくれたのだ。
「本当にお父さん?」
「ああ。自分の付き合う男性は沙也加自身で決めなさい」
「あ、ありがとうお父さん!!」
揉めると思っていたがすぐに解決した。揉め事処理屋の仕事は無かったようだ。仕事が無くなって残念のようなそうでもないような。そんな気持ちが出てくるが無事に揉め事が解決したならば良いはずだ。
解決したならば一息。新たなお茶を淹れ直す。沙也加も大成を気を張っただろう。甘さ控えめのお茶菓子を追加する。
「ありがとう紅くん」
「ありがとうございます紅さん」
「やったね沙也加ちゃん」
「はい!!」
満面の笑顔だ。本当に良かったと思う。
「ところで紅くん。君は?」
沙也加の話を真剣に聞くために大成は真九郎のことは触れなかったが、彼は一体何者か分からなかった。先ほどから沙也加の後ろで控えていたのだ。
彼氏でないなら彼は沙也加の何か分からなかったのだ。
「俺は揉め事処理屋の真九郎です」
「揉め事処理屋とな」
「はい」
「あのね、お父さん。紅さんは今回のことでいくつかアドバイスを貰ってたの」
「ほう、そうなのか」
「うん。揉め事処理屋ってのは様々な揉め事を解決してくれる職業なんだって」
「まあ、今回は沙也加ちゃんの純粋な気持ちが黛さんに届いたみたいだから出番はありませんでしたよ」
「いやいや、紅くんが沙也加にアドバイスしたのだろう。ならばちゃんと力になったはずだ」
「うん。お父さんの言う通りです。ありがとうございます。それにお姉ちゃんや直江さんたちも本当にありがとうございます」
今回相談に乗ってくれた全員に御礼を言う沙也加。この場に居ない者たちには後日御礼を言うつもりだ。
「いやはや、今回は私も悪かった。沙也加が飛び出した後、皆に窘められてしまった。それに妻からは相当怒られてしまったよ」
娘の扱いも刀と同じで繊細な物だと妻に言ったらさらに怒られたのは言うまでも無い。女性は刀なんかよりも繊細だ。
余談だが崩月家の女性もこの話を聞いたら大成を説教して如何に女性の気持ちをどうかと分からせるだろう。ちなみに真九郎は夕乃から女性に対しての対応は完璧に学習済みである。
「早速先鋒には断りの連絡はしておこう。早めに言った方がいいからな。それに明日は娘たちと川神観光もしたい」
「うん。明日は私が案内するねお父さん!!」
「ああ、楽しみにしてるよ沙也加」
大成が沙也加を見る目はとても優しい。今回の揉め事は父親の早すぎたお節介だった。でもちゃんと娘の気持ちを汲み取ってくれたのだ。
間違いなく良い父親だ。こんな親を持つ沙也加はきっと幸せだろう。面倒事がまた起こるかもしれないけれどもう沙也加は大丈夫だろう。自分の気持ちは正直に言えるようになったのだから。
「ところで父上、沙也加のお見合い相手は誰だったのですか?」
「む、沙也加の相手だがある名家の…」
「お邪魔します」
「あれ切彦ちゃん?」
ここで切彦が島津寮に訪れたことで沙也加のお見合い相手が誰だったのかは分からずじまいであった。
読んでくれてありがとうございました。
対話は案外すんなりと解決しました。原作でも黛大成は相当な頑固者ではなく、娘のことをちゃんと考える父親なので沙也加が心の籠った本音を言えば理解してくれると思ったので今回の物語はこんな感じになりました。
だから真九郎の啖呵(出番があまりなし)が切れることはありませんでしたね。
でももし、大成が頑固ものだったら真九郎は啖呵を切るでしょうね。相手が剣聖でもおかまいなしです。やっぱ凄いなあ。
そして次回は『剣聖』と『剣士の敵』が顔合わせです。
どうなることやら