108
川神の採掘場に黛一家と真九郎に切彦、大和は来ていた。何でも川神の採掘場には綺麗な石が手に入るらしい。
大成はこういうモノが好きなので取りにきたのだ。そんな時に一文字石という石を見つけた。なんでも多くの剣士たちが腕試しで斬り付けた石らしい。
よく見ると一文字石には無数の斬傷が見える。多くの剣士たちが挑んだ痕というものだろう。真九郎はよく見るが傷だらけでも切断されてはいない、相当の硬い石のようだ。
何故か沙也加が「カッチンカッチンだよ」と自分で言っておきながら顔を赤くしていた。何故かは分からない。
「試すのも一興だろう」
腕試しということで由紀江が一文字石に挑戦だ。通常の斬撃を繰り出し、一文字石に綺麗な斬撃の痕を残した。
前に由紀江の刀を振るうのを見たことがある。努力の賜物と才能の集大成だろう。彼女の腕は間違いなく熟練者だ。
「わあやっぱりすごいねお姉ちゃん!!」
「ふむ、流石は由紀江だ。奥義を使えば切断することも可能だろう。しかし及第点だな」
今度は大成がお手本とばかりに前に出た。構えて抜刀する。
「ただ斬るだけでなく、石の弱い部分を見極め、そこに線を入れるように斬ればよし」
流石は剣聖で一文字石を容易に切断した。その教えを由紀江はすぐさま取り込む。真九郎も大和も石を刀で切断したのは初めて見た。
「流石剣聖だね紅くん」
「そうだね」
真九郎も凄いと思ってる。刀で石を斬るなんて初めて見た感動がある。しかし驚いたけれどそれほど驚きではない。
何故なら彼の横にいる切彦の方が規格外だからだ。大成のことを大したことは無いと思っているわけではない。ただ大成の本気を見ていないから真九郎は分からないのだ。
チラリと切彦を見ると興味無さそうにしている。やはり切彦にとって剣士は全くもって興味対象外のようである。殺し屋にとって剣士の気持ちは知らない。
彼女にとって剣の腕はどうでもいい。剣の技術も関係無い。ただ刃物を振るえば相手が切断されるのだから。しかも得物は切れそうな物なら何でもいいのだ。
「斬島切彦どの。よければ君も試してみないか?」
「私もですか?」
急に大成が切彦に対して一文字石を試してほしいと言う。何でそんなことを言い出したか分からないと思ったが大成は剣聖。
剣士として最高峰の存在だ。ならばそのある意味逆に存在する者である『剣士の敵』の切彦に興味を持つのは必然かもしれない。
(彼女が本当に剣士の敵である斬島切彦なのか?)
大成が切彦に対して気にしているのは正解だ。だから確かめたいのだ。全ての剣士から敵にされている存在を。
何故、切彦は剣士の敵なのか、噂は本当なのかを確かめたい。
「…いいですよ」
(由紀江は彼女の名前を確かに『斬島切彦』と教えてくれた。はっきり言って男性かと思っていたが女性とはな)
目を鋭くして彼女の動作を見逃さないようにする。
(彼女があの『斬島』なら『切彦』を名乗るという意味…それは間違いなく本物だろう)
切彦は切断された一文字石の前に立つ。大成によって切断されて半分になったとはいえ、硬度は変わらない。そんな一文字石をどうやって斬るかを大成は見る。
「む、得物は?」
「あ、確かに。私の刀を貸しましょうか。き、斬島さん」
「これで大丈夫です」
切彦がポケットから出したのはステーキとかを切るナイフであった。これには大成も「え?」という顔になるのは当然だろう。
『剣士の敵』とはいえ、特別な刃物でも持っているのかと思っていた。しかし手にしたのはただのナイフだ。しかも食事用のナイフである。
(あのナイフに妙な仕込みはないな。本当にただのナイフのようだ)
大成は斬島について斬るのが異常な程に巧いというのは知っている。だがその巧さは見たことはない。だからきっと仕掛けがあると考えていた。
その仕掛けは何か分からないが予想として機械とかを駆使した技術的なものだと思っている。そうでなければ熟練の剣士が素人に負けるとは思えない。
(服の何処かに何か仕込んでるのだろうか?)
大成は更に切彦を見る。絶対に彼女の動きを見逃さないように注意深くだ。
(……見極めさせてもらおう)
切彦は一文字石をナイフで切断した。簡単にいつも通りにだ。
「こ、これは…」
切彦の動きを確実に見ていたがやはり何も仕掛けはなかった。彼女は正真正銘ただのナイフで一文字石を切断したのだ。
これには大成を含め由紀江たちは驚く他ない。流石にナイフで一文字石を斬ろうなんて馬鹿にしているのかと思われたが、彼らの予想を遥かに超えたのだ。
彼女の持っているナイフはただのナイフで仕掛けも無し、更には服装の中に何かを隠し持っているわけでもない。それは大成が目を光らせて見ていたので間違いはない。
だから切彦は本当にただのナイフで、刀に勝るはずも無いナイフで一文字石を切断したのだ。
(し、信じられぬ…私と由紀江は刀で斬ったというのに彼女はナイフでだと!?)
これで完全に確信してしまった。彼女こそが『剣士の敵』である『斬島切彦』だ。
(彼女の動きを見て思ったが恐ろしく速い。だが素人の振り方だ。それでも何故あんな簡単に切断できるのだ)
剣士の敵と言われる由縁は斬るのが恐ろしく、異様に巧いということ。大成は「なるほど」と納得してしまう。一文字石は熟練の剣士でないと斬れない。なのにただのナイフで素人当然の振り方で切断した。これだけで彼女は熟練の剣士たちを上回った証拠となる。
これでは一文字石に痕を付けてきた剣士たちの修業は何だったのだろうと思われても仕方ないだろう。しかも今の切彦は歴代の切彦の中で一番の才能を持っている天才だ。
(しかもこれで発展途中なのだから恐ろしいと言う他はなかろう。あと数年でもしたら彼女は…)
彼女の年を考えればまだ発展途中と分かる。なのに既に壁越えレベルの実力に加えて武神の百代に劣らないだろう才能の持ち主。
(なるほどまさしく剣士の敵だ。私も剣聖と言われているが、これではまだまだ)
大成は静かに自分の剣の腕を磨き直すことを思う。剣聖の称号を貰って、娘に自分の全てを教えるつもりであったが考えを改めさせられる。
彼の剣の道はまだ止まらない。相手は剣の道を進む剣士ではないが、剣士として『剣士の敵』には負けられないのであった。
「斬島さんって…本当に何者なの」
(裏十三家の一角だよ沙也加ちゃん。でも言えないよなあ。あまり大っぴらには言わない方がいいって紅くんも言ってたし)
「由紀江よ。私たちの剣の腕はまだまだであるようだ」
「はい父上」
(…彼女たちが切彦ちゃんと戦ってほしくはないな)
109
レトロな雰囲気のある喫茶店にて真九郎と切彦はコーヒーを飲んでいた。黛家の川神観光を付き合っていたらもう夕刻になっていたのだ。
切彦はコーヒー砂糖とミルクを淹れてかき混ぜていた。真九郎は何も淹れずにブラックで飲む。苦味と風味が口の中に広がって良い。
「なあ紅の兄さん。いつオレと戦ってくれるんだよ」
切彦から急に決闘の催促を促された。フレンチトーストを食べるのにナイフを使うのだが、そのナイフを持って彼女はいつもどおり好戦的な性格へと豹変していた。
「急だね切彦ちゃん」
「だってよお…いつまでたっても決闘に応じてくれねえじゃねえか」
そこを突かれると何も言い返せない。しかし今は川神学園に交換留学中だ。そんな時に切彦と決闘は出来ないだろう。
如何に川神市が武術家が集い、決闘が当たり前のように行われても雰囲気に乗って切彦と決闘をするつもりはない。まだ決闘をしないだけだ。
何度も、何度も言うが切彦との決闘の約束は必ず守る。ただ、いろいろと重なって決闘を引き延ばしてるだけに過ぎない。ここは真九郎に非があるので自分自身が情けないと思う。
「チッ、ったくしょうがねえなあ。早くしてくれよな。それとオレ以外に殺されんなよ」
「うん、分かってる。俺は殺されないよ。ちゃんと切彦ちゃんの約束は必ず守る」
真九郎は切彦の目を正面切って見る。堂々と恥ずかしげになく見つめてくるので切彦はちょいと気がくるう。
「お、おう。早くしてくれよな紅の兄さん」
またも「しょうがねえなあ」みたいな感じで今回のことは許してくれたようだ。
ナイフでフレンチトーストを切って突き刺し、切彦は口に運ぶ。マナーとか関係無いが切るのは上手いのでフレンチトーストは全て一口サイズになっている。
「切彦ちゃんはこれからどうするの。また島津寮に来る?」
「…いや行かねえよ。ホテルに泊まってるさ。そろそろ仕事の準備が出来たしな」
「そ、そっか」
仕事の準備が出来たと彼女は言う。それは悪宇商会の仕事。気が重くなるが仕事なのだからどうしようもない。
彼一人の力では切彦を止めることはできないし、止める権利もない。こればかりは話題をすぐに変えた方が良さそうである。
「ところで切彦ちゃん。切彦ちゃんは剣聖を見てどう思った?」
「あん?」
「黛大成さんだよ。あの人は日本で認められた剣聖だし」
「前にも言ったろ。オレの前じゃ剣帝も剣聖も剣神だって同じだ。全部斬れる対象だ」
「そうなんだ」
やはり切彦にとって剣士は視界に入れていないらしい。全てを切断する『ギロチン』という異名を持つ切彦ならではだろう。
彼女は真剣勝負ではない。ただ斬るだけなのだから。こんな彼女だから剣士たちには『剣士の敵』とも呼ばれる由縁かもしれない。
「あのオッサンも強いだろーけどオレの前じゃ変わんねえよ」
大成が聞いたら怒りそうだ。大成の場合は静かに怒るタイプな気がするとどうでもよい想像をしてしまった。
今日は偶然、切彦は黛家の観光と一緒であった。ならば剣聖の大成は切彦に対して何か思っていただろう。特に一文字石の時は目を鋭くしていた。
あの岩は熟練の剣士ではないと斬れないという。だが切彦は何気ない顔で、当たり前のように切断したのだ。しかもたまたま持っていたナイフでだ。
これに関しては剣聖として認めたくない部分はあるだろう。大成は刀を使って切断したのに、切彦はナイフだ。
切彦自身は馬鹿にしてるつもりは無いが、剣士の目からしてみれば馬鹿にしている以外ない。
(斬るのが異様に巧いか…でも信じられないくらい巧すぎるんだよな)
バターナイフや髪の毛、笹の葉なんかでどうやって硬い物体が切断できるのだろうか。やはり斬る速さ、角度、筋力などが絶妙に上手く使っているのだろうか。
裏十三家はやはり説明できないくらい謎が含まれているようだ。崩月だって『角』に関しては謎の部分だってあるのだから。
「ごちそうさまです」
フレンチト-ストを食べ終わり、切彦はナイフを置いた。すると低電力モードのようにダウナー系に戻る。
「お腹はいっぱいです」
「おそまつさまだね」
真九郎が作ったわけでは無いがつい言ってしまった。切彦がコーヒーをチビチビ飲んでいる姿は可愛い女の子にしか見えない。
こんな可愛い子が殺しの仕事をするのだから世の中は分からないものだ。そんな考えをしていると切彦が席を降りて真九郎の隣の席に移動してちょこんと座る。
先ほどまでの席を詳しく言うならばお互いに正面を向いて座っていたのだ。なのに急に真九郎の横に座る。
「えっと、切彦ちゃん?」
「…これでいいです」
真九郎は特に分からなかったが言及はしないでおいた。
周りの客からは真九郎と切彦がラブラブカップルと思われているらしい。そんなことは真九郎は鈍感なので気付きもしないが。
ヒソヒソと「可愛いカップルね」とか「あの子ったら甘えん坊」とか「頑張って」とか呟かれている。
そういえば前に紫と一緒にファミレスに言った時、急にキスされたことがある。そのキスはまるで真九郎は私のものだと言わんばかりのキスだったと思う。
それを見た客は微笑ましい目で真九郎と紫を見ていた。今の状況はその時の様子と似ていたような。
110
崩月家族や環たち、大成が川神市に来てからは毎日が充実している。だが、そんな充実した日に事件が起きてしまった。
そんな事件が起きる予兆なんてなかったはずなのに。だが世の中は事件で溢れかえっている。神様がいなかったらもっと恐ろしい世の中になっているだろう。
「直江くんから電話だ。もしもし?」
『紅くん。いきなりだけど力を貸してほしい』
「何があったの?」
『沙也加ちゃんが攫われた』
世の中は平和じゃないらしい。
読んでくれてありがとうございました。
さて、今回は剣聖である大成が切彦の実力をみたら?という物語でした。
私としては大成が切彦を見ても『剣士の敵』として嫌悪感を出すようなイメージはありませんでした。
人格者である大成なら切彦の実力を見て、確かに剣士として今までの剣の道を馬鹿にされるような腕前を見せられましたが目の敵にはしません。彼が思うのは剣聖という域に到達しても剣の道を進むのを止まらないと思い直すことでしょう。
だからこの物語の大成は更に腕を磨き直すことになりました。
そしてついに沙也加ルートも佳境に入ります。
あの名家が動きます。しかも原作よりもヤバイ奴が2人ほど…います。
その関係で切彦の仕事も始まります。そして大和たちが本当の裏の実力知ることになるでしょう。
沙也加ルートが終わったらそろそろ悪宇商会の最高顧問を登場させたいなあ。