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真九郎は騎馬が運転する車の中にいた。紫や銀子からは病院に行けと言われていたが夕乃や項羽のことが気になり、無理言って騎馬に頼んで項羽たちの場所に向かってもらっているのだ。
項羽のダメージが思いのほか大きく、身体に残っている。崩月に伝わる治療法で身体を回復している。内臓の回復も順調だ。
「そのダメージでは今から向かう場所では足手まといになりますよ」
「分かっています。でもやれることはあるはずなんです」
「…分かりました。ご武運を祈りますよ」
彼にはいつもお世話になっている。ここぞという時に助かる。
「しかし、情報によると凄いことになっているようです」
「凄い事ですか?」
「はい。崩月夕乃様に加え項羽。それに星噛もいるそうです」
「え、絶奈さんも…」
考えているよりもいよいよ凄いことになっているようだ。
項羽に崩月、星噛が揃っているなんて、ただの項羽捕獲戦ではなく殺し合いに発展しそうで怖い。
流石に夕乃がいるから殺しなんてことはないと思いたい。しかし今の彼女は静かに怒っている。真九郎が予想する以上のことがおこっていないことを祈るしかなかった。
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戦場もどき。今の現状を思うならまさに戦場もどきだろう。避難した場所から揚羽と翔一はそう判断した。
現在、項羽と夕乃、絶奈が三つ巴の戦いをしている。もう現場は今でも崩れそうである。
項羽は怒りを力に変えて戦い、夕乃は冷静に静かに戦い、絶奈は暇つぶし程度に遊ぶ。揚羽はこの戦いの結末はまだ予想できない。項羽の力は絶大だ。彼女の一撃は奥義にも発展するほどの威力。当たれば一撃必殺だ。彼女の攻撃は一戦を変える。
夕乃は3人の中で一番冷静である。2人の攻撃を冷静に対処して重い一撃を繰り出しているのだ。普通に考えれば夕乃が一番勝利する確率が高い。しかしジョーカーともいえる存在がいる。
絶奈はよく分からない。彼女は面白そうに戦っている。百代とは別の戦いを楽しむ感じだ。百代は『戦い』を長く感じられることに楽しみを感じているが絶奈は『人を潰す』ことを楽しんでいるようだ。それが揚羽の感想。
実際は本当に『暇つぶし』で楽しんでいるだけだ。絶奈は人を殺すのが好きというわけではなく、職業柄で殺しをしているだけ。そこに楽しみはない。だから今戦いを楽しんでいるのは本当に暇つぶしなのだ。
絶奈の戦い方は遊びだ。攻撃を食らっても気にせずに攻撃している。あり得ない耐久度である。
先ほど、項羽の一撃は一撃必殺と言うが絶奈は耐えている。矛盾になってしまうがここは別枠と考えてもらいたい。
「武術でもなんでもない…このままだと殺し合いに発展しそうだぞ」
揚羽の言葉はまさに当てはまる。今は違うがこれ以上は危険だ。
夕乃はまだいい。しかし項羽と絶奈が危険である。項羽は覚醒したばかりで暴走気味だ。絶奈に関しては仕事以外で殺しはしないが殺さなければ良いだけ。もしも項羽に重症なケガをさせたら元も子もない。
「私が早く動ければ良いのだが」
今は無事を祈るしかない。
「不敬物があ!!」
「気にしません」
「私は最初から貴女に敬意を示してないし」
また地面が砕けた。そして項羽と絶奈が吹き飛ぶ。吹き飛ばしたのは夕乃である。
「くそ、覇王に!!」
「痛てて、紅くんより痛い」
項羽には明確にダメージが溜まっているが絶奈にはダメージが溜まっているようには見えない。実際は効いているが顔には出ないだけである。
薬莢をごく普通に義手に装填する。そして夕乃に向かって殴りにかかる。同じく項羽も立ち上がって方天画戟を振り上げる。
「罰執行!!」
「どおん」
「ふっ!!」
またも現場が破壊される。そして吹き飛ぶ。
3人とも体力が無尽蔵というわけではない。確実にスタミナは減少しているのだ。その中でまず脱落しそうなのが項羽。
彼女は覚醒してからずっと戦いっぱなしで2人とはハンデがあったようなものである。はっきり言うと不利な状況であったのだ。
「はあはあ…」
「息が切れてきたみたいですね」
「まだまだ!!」
「次の一撃で終わりそう」
絶奈が新たな薬莢を義手に装填。その薬莢は更に火力のある薬莢である。
「ま、骨が砕けても良いでしょ」
絶奈が項羽に近づくが夕乃が片手で道を塞ぐ。これ以上は手を出させないというばかりに。
「何かしら?」
「これ以上はいけません。項羽が壊れてしまいます。それにやっと大人しくなったのですからお話しができます」
「お話し?」
「はい。元々、私は項羽さんとお話しがしたかったんです。だから大人しくするために戦ったのですから」
チラリと項羽を見る。まだ気は荒いが最初のころに比べれば大人しい。これならば多少は会話が出来るし、いきなり襲ってはこないだろう。
「でもさっさと捕まえないとねえ」
「数分で終わりますのでお待ちください。その後ならいくらでも戦ってください。最も項羽さんを壊すのなら私がお相手しますよ」
「壊しはしないわよ。壊したら九鬼の連中が五月蠅いからね。それにここで項羽を捕獲したら九鬼と友好で有効な関係をきづけるかもしれないし」
構えた義手を降ろす。そして、どうぞって感じで会話を許す。
「…助かりますよ」
言いたくも無い御礼を言ってから項羽に向き合う。
「項羽さん」
「はあはあ…おのれ」
「貴女は悪いことをしました。それを認めるべきです」
「何だと!? オレが悪いだと。オレが全てを決める。悪いかどうかなんてな!!」
「貴女は分かっているはずです。自分の行いが悪いというのを」
「オレは悪くない。オレはずっと封じ込まれていた!!」
食い掛かってくる項羽と諫める夕乃。
「項羽さんが清楚さんの中に封じ込まれていた。それは私にはよく分かりません。貴女が抱いている気持ちも分かりません。それが同情すべきなのか、糾弾するべきも分かりません。でも確実に悪いことしたのは分かります」
「確実にだと…?」
「はい。項羽さん、貴女は真九郎さんを傷つけた。それが悪いことです」
夕乃が怒っている事、項羽が悪いと言っている事、ここに来てまで項羽に会話をしたい事。それらすべてが真九郎を傷つけた事に対して動いたのだ。
夕乃は家族を大切にしている。真九郎は恋心としても大切である。はっきり言って好きなのだ。
恋を抱く相手を、大切な家族を傷つけられて黙ってられないのである。
「真九郎さんに謝罪してください。そして迷惑をかけた人たちにも謝罪しなさい」
「覇王が謝罪だと!?」
「王でも間違えたのならば認めなければなりません。謝罪をするのも当たり前です」
「この覇王が謝罪…」
「王が道を間違えたのならば誰かが正さねばならない。それは臣下の役目であるかもしれません。でも私は項羽さんの臣下ではありません。私は貴女の友人としてここに来たのです」
夕乃は確かに怒っていた。だが、それでも項羽の、清楚の友人として止めに来たというのもあったのだ。
「ゆ、友人として…」
「友人が道を間違えたら助けるのは当たり前です。でもまずは真九郎さんに謝罪してくださいね」
第一に真九郎への謝罪。そして周りに迷惑をかけた謝罪をする。それが夕乃が項羽に要求した2つのことである。
それを認めればこの項羽暴走も終わりである。しかし項羽にはプライドがある。プライドというよりも自分が負ける、間違っているというのが認められないというものだ。
言ってしまえば子供の我儘のようなものである。ただの駄々をこねるようなもの。
「ぐううう、オレは間違っていない!!」
気を溜めて方天画戟を振るうが夕乃は崩月の角の力によって方天画戟を彼方へと吹き飛ばした。
「いつまで駄々をこねているのですか!!」
「なあ!?」
「貴女は覇王でしょう。ならば理解すること、自分の過ちを認めるのも覇王です!!」
「覇王だからこそ突き進むのみ…」
「それが全てを駄目にしてしまう未来でも進むのですか!!」
「うぐ…」
「貴女は項羽のクローンです。でも同じ未来を辿る必要はありません。貴女は過去の項羽ではなく清楚という名の項羽でしょう!!」
「そ、それは…オレは。うああああああああああ!!」
頭の情報量を処理しきれなくてパンクしたのか、ただやっぱり自分の行いを間違いだと認めたくないのか、癇癪をおこしたような気の爆発であった。
「オレは覇王だ。一番偉いんだ。オレが法だああああ!!」
完全なる癇癪。これには夕乃は仕方ないと構える。
「じゃあもういいわよね?」
絶奈も前に乗り出す。薬莢は義手に装填済み。いつでも撃てる。夕乃もまた力は有り余っており、崩月の角の開放された力は少ししか発揮していない。
川神内でもトップクラスに入るであろう項羽もこの2人の攻撃を今まともに食らえば完全にノックアウトだろう。
「じゃあそろそろ少し壊しちゃおうかしら」
足を前に出そうとしたが止めた。絶奈は空を見たのだ。同じく夕乃も項羽も空を見る。そして降ってきたのは鉄心やヒュームたち従者部隊という壁越えクラスの化け物たちである。
「怖いオジサンたちが降ってきたわね」
ヤレヤレと絶奈がため息を吐く。夕乃は冷静のままである。
「時間切れか」
「そこまでだ。ここからは我々が相手をする」
「なので星噛様はこれ以上手を出さないでいただきたい」
「はあ…怖いオジサンに凄まれれば仕方ないか」
ヒュームにクラウディオ、鉄心、ルーたちが項羽たちを囲む。
「もうボロボロであろう項羽。貴様を拘束する」
「オレはまだ戦える。オレは覇王なんだ!!」
「裏十三家の崩月と星噛に相手をしてそれ済んでいるんだ。もう諦めろ」
「裏十三家?」
「清楚ちゃん。いや、項羽ちゃんじゃな。大人しくしといたほうが良いぞ」
鉄心たちは気を練り始める。項羽がいつ暴走しても力づくで止めるために。項羽は完全にこれで詰み状態。
更に項羽を追い詰める状況も追加し始める。
「よいっしょー!!」
百代の帰還である。
「モモ。どこまで飛ばされておったんじゃ?」
「遠い場所まで。落ちた場所で凄い爺さんがいたけどこっちに戻ってきた」
「凄い爺さん?」
「たしか…ほうせんって名前の爺さん。戦ってみたかったな」
(…え、もしかしておじいちゃん?)
「それよりも戦いの続きをしようぜ項羽…ってもうボロボロかあ」
ボロボロの項羽を見て残念がる百代。戦いが好きな百代でも手負いの相手と戦う趣味は無いのだ。
「また万全な状態で戦おう項羽ちゃん」
「このお!!」
「せいやあ!!」
突撃してくる項羽を百代はカウンターで彼方へと殴り飛ばしたのであった。
「よし!!」
「よし…じゃないじゃろ。逃がしてどうする!!」
「ヤベ」
やっちまった感の顔をするが殴り飛ばしてしまったものは仕方がない。
「待て、スイスイ号が自動追尾している」
「行き先は…川神山のようですね」
もうすぐ日も暮れる。早めに川神山に包囲網を張って項羽を捕縛する準備を始める九鬼であった。
「それにしても夕乃ちゃん。その両腕の角はもしかして!?」
「おかえりなさい百代さん。お体は大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫さ。それよりも私と戦わないか!!」
「ご遠慮します」
「えー」
「えーじゃないじゃろ!!」
バシリと軽く百代の頭を叱るように軽く叩く鉄心。
「ん?」
そして百代は絶奈に気付く。
「あ、あんた前に会ったエロイねーちゃん。って、おいおい凄い強さを感じるじゃないか!!」
ここに来て凄い笑顔をする百代。それはそうかもしれないなんせ夕乃は間違いなく強者と感じていたが、まさかここまでとは思っていなかった程の強者であり、絶奈に関してはまさかの強者の出会い。
百代のテンションが上がらないわけがないのだ。最も2人とも百代と戦うかは別としてだが。
「おい鉄心。百代を連れて行け。これ以上この場をかき乱すな」
「分かっておるわい。モモが星噛に手を出させるわけにはいかんしな」
夕乃ならまだしも、絶奈に手をださせるわけにはいかない。悪宇商会と裏十三家の星噛と戦争なんてたまったものではないからだ。
鉄心は可愛い孫を守るために胃を痛めることになりそうだ。
「確か絶奈ちゃんって言ったね。どうだい私と戦ってみないか!!」
「あー、お金にならないなら戦わないわ」
「え、お金取るの!?」
「私は無償で何かをしないわ。ギブアンドテイクがこの世界よ。貴女は私と戦いたいみたいけど、いくらで戦う?」
「ええー」
「私は安くないわ」
「…はい」
百代の弱点その1。お金。
「ほれ百代。さっさと帰るぞ」
「え、まだこれから…」
「いいから帰るぞ。帰って負傷者の手当てを手伝えい」
耳を引っ張りながら百代を連れて帰るのであった。
「今度会ったら勝負しよー!!」
(勝負せんでいいわい…)
鉄心とルーが百代を連れていくのを見た夕乃は絶奈を見る。
「これで御開きのようですね」
「みたいね。あーあ、骨折り損」
「これからどうするのですか?」
「教える必要ある?」
「…そうですね。ではさようなら」
「バイバーイ」
2人は背中を向けてその場を去るのであった。
ここで一旦、項羽捕縛戦は中止になる。夕乃が行ったのは項羽の心に隙間を空けた。絶奈はただ暇つぶしをしただけであった。項羽は川神山に飛ばされた。
全くもってわけのわからない結果になってしまった。だが、ここからはバトンタッチとなる。
夕乃の出番から真九郎の出番へと。
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新たな情報が流れる。
「真九郎様。どうやら項羽は川神山に移動したみたいです」
「え、まさか夕乃さん…」
「いえ、川神百代様が乱入して項羽を川神山に吹き飛ばしたようです」
「ああ…そうなんだ」
夕乃の無事を確認できて安心する。
「どうしますか真九郎様?」
「川神山までお願いします」
真九郎が川神山の到着まであと少し。
読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています!!
三つ巴の戦いはこれで終わります。次回はやっと真九郎の出番ですね!!
さて、夕乃たちですが簡単に説明しますが・・・
夕乃:項羽の心に隙間を空ける。(次回の為に)
絶奈:暇つぶし終了。
項羽:山に飛ばされる。
百代:項羽を山に飛ばす。
真九郎:山に向かう。
なんかよく分かりませんが…次回につなぐようにしたらこうなりました。
次回もお楽しみに!! ゆっくりお待ちください。