紅 -kurenai- 武神の住む地   作:ヨツバ

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その後の夜

148

 

 

川神を巻き込んだ項羽の捕獲事件のその後。

その後と言ってもその日の晩にあたる。真九郎の携帯電話に知らない番号が掛かってきたのだ。誰かと思って出てみると今日のお騒がせの項羽であった。

 

『オレだ。職業は覇王!!』

「はあ…項羽さん。何でしょうか?」

『昨日世話になった礼を言っていなかったからな』

「御礼ですか?」

『ああ。…その、昨日は助かった』

 

「ありがとう」と簡単に言えない辺りまだ変なプライドがあるのだろう。話を聞いていると口調に気をつけろとか敬意を忘れるなとか今だに覇王の気質はあるようだ。

こればかりは覇王としての目覚めにも関連があるらしい。生まれながらの覇王というやつなのかもしれない。心の根底に刻み付けられているモノはどうしようもない。

 

「あの後はどうなったんですか?」

『ああ、五月蠅い老人どもから説教されたくらいだ。この覇王を何時間も正座をさせおって…』

 

ぶつぶつと愚痴を言う分には普通の女学生だ。覇王という感じではない。

説教も我慢して聞いたと言うのも褒めてもらいたいのだろうか分からないが、それは褒められるものではなく当たり前の罰だろう。

 

『あと…オレはあの時、四面楚歌で弱っていた。だから覇王らしからぬことを言ったかもしれん』

「…忘れておきますよ」

『話が分かるやつは助かるぞ。流石はオレの部下だな』

 

弱さを見せてしまった覇王の姿はさっさと忘れて欲しいもののようである。

 

「…って部下?」

『ああ。紅はオレの部下だろう?』

「俺はいつ部下になったんですか?」

 

それは初耳である。

 

『何を言う。お前はオレの仲間になると言ったじゃないか!!』

 

彼女の頭の中では仲間イコール部下らしい。何ともイコールが成り立たないものだと思ってしまう。

しかし、部下ではないが味方ではあるので否定はしない。否定したら後が怖そうである。

 

『紅よ。オレは天下を取る。だからオレの天下取りを手伝え…なればお前には最も近くで天下を取った光景を見せてやる!!』

『何を馬鹿なことを言っているんだい。それにこんな深夜に電話をかけるもんじゃないよ』

 

項羽以外の女性の声が聞こえてくる。この声は確か九鬼家従者部隊序列2位のマープルだったはずだ。

 

『チッ…マープルが五月蠅いから切る。見てろよ紅。明日からはオレの覇王伝説が始まるのだ!!』

『いいからさっさと電話を切れ。ジェノサイドチェーンソー』

『ぐおっ!? この無礼者がああああ!!』

 

ピッ…ツーツーツー。電話が切られる前にヒュームの必殺技が聞こえてきた。項羽は明日の朝は無事に登校できるか不安である。

不安になったが結局は明日の朝に分かることである。真九郎は目を瞑って眠るしかなかった。

真九郎が眠ったが二階にいる夕乃はまだ少しだけ起きていた。彼女は独自の情報網であること知った。

それは星噛絶奈が何故川神にいるのかをだ。何でも川神で大きな裏オークションが開催されるらしい。絶奈は裏オークションに何かしら仕事で参加するというのだ。

よくそんな情報を手にいれられたものだと夕乃の信頼できる情報屋に称賛してしまう。最も分かったという時点で絶奈にとってそこまで重要というわけではないということであろう。

 

「裏オークションですか…まあ、こちらは関係ありませんね」

 

裏だろうが表だろうがオークションは競りによる競売だ。こちら側から関わらなければ何も起きないし、危険もない。

触らぬ神に祟り無しというようなものだろう。それでも川神に星噛に悪宇商会の最高顧問がいるとなると不安は拭いきれないのもある。

 

「あと他にも…」

 

 

149

 

 

九鬼家極東本部。

ヒュームは中々寝付かない項羽を強制的に寝かせた。気絶させたとも言う。

項羽が真九郎との通話をなかなか切らないからいけないのだ。それに今は深夜であり、常識的に考えて深夜の通話は遠慮するべきだろう。

 

「全く…やっと眠ったかい。これからも世話をやかせられそうだよ」

「覚醒したばかりだが…頭の方がな」

「清楚の得た知識を全てインプットされた中途半端な影響だろうね…ったく25歳くらいまで勉強させてから覚醒させたかったよ。そうすればまともに覚醒できたのに」

 

マープルの計画だと十分に知識を得させたかった。だが清楚の己を知りたいという心の影響にあって計画が瓦解した。覚醒してしまったものは仕方ない。

これから少しずつ彼女の教育を修正していけば良い。なれば項羽もまともになるだろう。

 

「まともになるといいな」

「なってもらわないと困るよ。…こうなったら項羽には誰か世話役もとい諫める者が必要だね」

 

マープルは考える。項羽を諫める者なら候補として何人かいる。

 

「やっぱり紅真九郎かねえ」

「奴か」

 

フッと笑うヒューム。

 

「彼は気に入られているからねえ。特に紋白様にはとても気に入られている。本格的に彼のスカウトをした方が良いかもね」

 

本格的に真九郎のスカウトをするというのを紋白が聞けば彼女もより本気を出すだろう。それにクローン組や英雄たちも気に入っているので彼らも乗り気になるはずだ。

 

「全く彼も人を引き寄せる魅力があるんだねえ」

「引き寄せる人は全員が癖のある者や才能がある者ばかりであるがな」

「それも才能の1つかもね」

 

真九郎が九鬼家に本格的にスカウトされるのも近いかもしれない。

 

 

150

 

 

川神の変態橋にて揚羽と百代が会合していた。百代は揚羽のケガを心配したが杞憂である。

そんな揚羽だが百代に対して憤慨していた。それは自分を負かした百代が項羽に簡単に一撃で負けたことである。百代は全力勝負をしたいと思っているが戦いを楽しみたくてスロースタートをしてしまうことが多いのだ。

だからこそ百代は隙を無自覚に作ってしまってやられるのだ。項羽との戦いが良い例である。これには百代も何も言い返せない。

負けてしまったのは事実であり、言い訳もできない。最初は次は油断しない、次は相手に合わせてなんて言うが揚羽の叱責で黙る。

試合は何度も挑戦しても良い。しかし百代がしてみたいという死合いは負ければ終わりだ。次は無い。

だからこそ揚羽は百代の気質を危険だと思っているのだ。彼女は強いが自分の気付かない弱点を突かれれば一瞬で死に至るだろう。

 

「我はな…今回の戦いで自分の実力が落ちていることは嫌に理解した」

 

戦線から離れたので全盛期程の力を出せないのは理解していた。しかしこうも項羽に力負けするまで実力が落ちたのは自分でもショックだった。

だからこそあることを決めたのだ。

 

「我は実力を取り戻すために山籠もりをしようと思う」

「揚羽さん程の人が山籠もりですか?」

「何を言う。山籠もりは修業にうってつけだぞ」

「まあ否定はしません。私もジジィからよく修業の一環で山籠もりをさせられますし」

 

すぐにでもサボるのが百代だ。

 

「そこで!!」

 

ガシリと百代の手を掴む揚羽。彼女の行動についドキリとしてしまう。正直に言うと彼女ほどの女性なら百代は嫌ではない。

何故かつい想像して期待してしまうが百代が思っていることは揚羽が思っているわけでは無い。

 

「あの…私は揚羽さんなら全然構わないんですけど。寧ろ最高なんですけどまだ心の準備が」

「何を言っている。私と共に山籠もりをしようではないか。お前なら修業に最適だ!!」

「ええ!?」

 

まさかの誘いにどうしようと思う。山籠もりは嫌だが揚羽と修業は素晴らしい。

 

「えっと私ってば娯楽がないと駄目なタイプで…」

「何を言う。山には娯楽がいっぱいではないか。陶芸品を作りながら精神を鍛えるのも良し。温泉で身体を癒すのも良しだ!!」

「あー、揚羽さんと温泉は誘惑的だ」

「それに鉄心殿に許可は取ってある」

「あんの…ジジィ!!」

 

百代が揚羽と短期的に山籠もりをすることが決定した瞬間であった。彼女にとって悪くない修業となるだろう。しかし良くない出会いもある。

黒いコートの女性が武神に近づく。

 

「武神も良いですけど…覇王も良いですね」




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

項羽の捕縛後のエピソードを書きました。
真九郎には九鬼家の本格的なスカウトが!?
百代には悪宇商会が!?

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