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項羽捕獲戦の次の日。言ってしまえ今日の川神学園にて。
昨日は大騒ぎだったわりにいつも通り川神学園は普通であった。学生たちの皆が登校して普通に授業を受けている。
変わったことがあるといえばやはり清楚から項羽が川神学園に登校しているということだろう。昨日の一件から人格はまだ項羽のまま。
それが川神学園でのちょっとした変化である。最も清楚に憧れや尊敬、好意をあった学生たちにとっては項羽の生活態度は驚きだし、残念だと思っているだろう。
そのせいかクラスでは浮いているが項羽自身はまったくもって気にしては無い。それに完全に1人というわけではない。友人というか保護者のようなポジションである京極は普通に接している。
おむすびをあげている姿をたまに見かける。餌付けではない。彼女の様子を見る百代や燕は危惧していたがそんなことは無かった。
燕として遠距離射撃をした恨みの報復は無いかと不安であったのは置いておく。
何故なら今日から項羽の死闘禁止令が出されたからである。破った者には怖い大人たちからボコボコにされるという。その怖い大人とは金髪の老執事を思い浮かべるのは仕方がないと思う。
ところ変わって川神学園の花壇畑。ここには項羽と真九郎、大和が集まっていた。
「おお、来たな」
「何か用ですか?」
真九郎が呼び出されるのは昨日の件があるから分かる。大和がここにいるのは項羽の人材集めの的に選ばれたからである。
大和自身も項羽のことは依頼の時から気にしていたので彼女の力になろうと決めたのである。大和はその知恵者から項羽から『范増』の名を貰っている。
真九郎はというとまだ決まっていない。もし項羽が彼に名を与えるとしたらどんな名か気になるものである。
「でだ、どうやったら学園を掌握できる?」
「はあ…」
また突拍子もない質問である。そういえば天下を見せてやると言っていたがこれがその一歩なのだろう。
これには真九郎と大和は苦笑いである。
「直江くん。軍師としておねがいします」
真九郎は軍師であるという大和をいいことに丸投げ。
「そうだな…項羽様。私闘禁止令は知っていますか?」
「ああ、知っている。今日でいきなり通達された」
「それだと力づくで制覇はムリです」
「チッ…業腹だが仕方ない。マープルやヒュームに言われたからな」
流石の項羽も痛い目を合って理解しているのか渋々と言った感じだ。流石にあの怖い老執事たちに囲まれてボコボコされるのはキツイだろう。
「なので力づくではなく別の方法で学園を制覇するべきですね」
「なるほど!! で、具体的には!?」
「いくつか方法はありますね。生徒会長とか学園評議員長とか」
「なんだかめんどくさそうだな…」
長になるのは構わないが難しい、ややこしいのはゴメンという。
「他に無いのか。スカッという感じに力づくで」
「さっき力づくは無しっていったじゃないですか」
「むう…」
「まずは学園を知る事ですかね」
「学園を知ることだと。学園の地理なぞ既に頭に入っているぞ」
「そうではありません。流石の項羽様も学園の細部までは知らないということです」
「…ふむ、なるほど。学園の表でなく裏も知れということか。国を統治する身として裏表を全て知るのは当然だな!!」
「そういうことです。案内しますよ」
「話が早くて助かる。っとと、その前に花の水やりをせねば」
清楚の時も花の水やりはいつもしていた。その習慣が項羽に染みついたのか彼女も花の水やりをするのだ。水やりをしている姿は覇王ではなくて可愛い女性である。ちょっと覇気のある女の子である。
「よし。じゃあ行くぞ!!」
「あ、俺はちょっと用事があるんで」
「待て」
ガシリと真九郎の肩を掴む項羽。無駄に力強くて肩が外れそうである。
「おい、紅お前は味方と言ったじゃないか」
「言いました」
「ならついてくるだろ」
「用事があります」
肩がそろそろ外れそうである。
「こらあ。お前は覇王を裏切るつもりか!?」
項羽。少しだけ真九郎に依存している可能性有り。昨日一件からなら可能性はあるだろう。
「裏切りません。ただ用事があるだけです。用事が終われば向かいますよ」
「本当だな!?」
「本当です」
項羽の目をじっと見て断言すると「おお」と頬を赤らめながら呟く項羽。
「じゃあ用事が終わったら連絡するよ。案内お願いするね直江くん」
「ああ任せた。…ところで用事って?」
「えっと、福本くんからで。なんかある現場で写真撮影したいから護衛をしてほしいっていうやつ。まだ受けてないから詳しく話を聞こうと…」
「それは断ってもいいやつ」
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福本育郎の依頼を大和の言葉通りに断って廊下に出て進む。大和への電話をしようと思ったら外から件の彼の悲鳴が聞こえた。
どうやら空中飛行というか現在進行形で落ちている。
「え、あれ!?」
空中に止まる大和を見てもう一度驚くがよく見るとネットがかけられている。何でもよく人を投げ飛ばす人がいるから安全対策のためにかけたらしい。
人をよく投げ飛ばす学園なんて嫌なものである。安全対策もなにもないではないか。
「どうしたの直江くん!?」
「紅くんか。早く賭場に戻らないと服を脱ぐ羽目になって裸になってしまうんだ!!」
「どういうことそれ!?」
意味が分からない。どうして大和が服を脱ぐ羽目になるのだろうか。
「そういえば今、賭場って…」
「項羽が勝手に賭けに乗り出して俺を足りない分の賭け金に出したんだ。食券10枚につき服1枚。相手は葵くん!!」
「ああ、なるほど」
すぐに理解した葵冬馬のことは学園生活でだいたい知っている。だから彼の言う賭け金の代わりも理解できた。その場に自分がいなくて良かったと思う今日この頃。
「あの状況だと絶対に負けてーー」
賭場場に到着。
「はい。これで15連勝ですね」
「ーー負けてる!?」
「ぐぬぬ」
ここには冬馬だけでなく小雪や与一までもいる。与一が言うには項羽はアニメみたいに表情が顔に出ていて逆に罠かと思ったがまんまだったと言う。
賭けゲームはババ抜き。ババ抜きなんてほとんど運のようなものだけど、そこまで顔に表情が出るとはコメントができない。
例外としては紫の直感があるけど本当に例外である。
「食券があと140枚足りませんね。では大和くんは服を脱いでもらいましょうか」
「マジか!?」
「でも服が足りませんね。…じゃあ一緒にいる紅くんも脱いでもらいましょうか」
「何で!?」
「だって関係者というか同じ陣営でしょう」
「…………………んう」
ここ一番で否定したかったが味方となったので言えなかった。
「それが嫌でしたら僕のお友達と一緒に過ごしませんか?」
チラリと扉の方を見ると雰囲気のある男が2人いた。熱視線が熱すぎる。
「これで勘弁してください」
真九郎が140枚の食券を差し出す。これでも依頼を受けて持っていたのである。
「これは残念でした。もっと仲良くなりたかったのに…物理的に精神的にもね」
「マジで助かったよ紅くん」
「直江くんにはKコースにMコースもありましたが」
「聞きたくないし、Mコースはだいたい想像できる」
閑話休題。
場所を変更。真九郎ではなくて大和が項羽の説教を開始する。
「このオレ様に説教なぞ不敬だぞ!!」
「臣下は王の間違いを正します。しかも勝手に部下を賭けに差し出す王には流石に怒ります!!」
「だってアイツが!!」
「アイツもコイツもありません」
「紅…」
「悪いのは項羽さんです」
「なあ、裏切り者!?」
「部下を差し出すから四面楚歌になりますよ」
「それを言うなぁ!!」
少しは反省してもらいたいものだ。
「それに服の1枚も3枚も同じだろうが」
「言いましたね。じゃあ項羽様も脱げますよね?」
「おい直江」
「何ですか?」
「オレ様は女だぞ」
「賭けの勝負に男も女もありませんよ。あるのは勝者か敗者です。もしオレや紅くんがいなかったらそれで逃れると思うのですか?」
「うぐ…!?」
「そもそも部下を賭けに差し出す王についていけません」
「うぐぐ」
言わなくても大和の次の言葉は「自分と紅が項羽から離れる。見限る」というものだ。察したのか項羽は慌てる。
「待て待て!! それは困る!!」
「じゃあ服を脱げますか」
「なああ…」
「直江くん…ん、何で服を脱がせるんだ?」
「これくらい言わないと性格を矯正できない。…それと服を脱がせるのは仕返し。流石に本気じゃないけど」
小さくぼそぼそ呟く2人。そんな2人を見て陣営を抜ける算段をしていると思っている項羽は焦って的外れなことを思いつくのであった。
「ちょっと待ってろ!!」
「はい?」
消えたと思ったらすぐに帰ってくる項羽。
「これでどうだ!!」
脱いだ姿は水着であった。水着を着た機転は悪くはないが、まさか大和のからかった言葉で本当に脱ぐとはある意味将来が心配になる真九郎である。
大和自身も本気ではなかったのでこれには同じく心配になる。2人の項羽に対する評価が「ちょっと残念かもしれない」である。
「むう…あまりジロジロ見るな恥ずかしい!!」
「あ、すいません」
「似合ってます。そしてイイ身体だ」
「褒め事がやらしいぞ!!」
大和はたまにギャグで素直になる。そのおかげで項羽のチョップで気絶してしまうのだが。
「直江くん!?」
バタリと倒れる大和を支える。見事にいいとこに一撃が入ったのか一瞬で気絶していた。
「あー、保健室に連れて行かないと」
「ふん。そこに寝かせておけ。手加減はしてあるからいずれ起きる」
大和は堂々とセクハラ発言はしない。言うとしてもギャグや笑いを出させるために言うくらいだ。今回はアテが外れたが。
「まったく直江め。それでも范増か」
その范増となっている大和を売ろうとしたのは項羽なのでどっちもどっちも気がする。まだ大和の方が本気で無い分マシだと思うのだが。
「…ところでこの水着は似合っているか紅?」
「えっと、はい。直江くんの言う通り似合ってますよ」
「そ、そうか」
「じゃあ着替えが終わるまで外で待ってますね」
外に出る真九郎。彼は紳士である。
「…似合っているか。むう、悪く無い」
このあと着替え中に大和が起きてつい項羽が声を出して真九郎も部屋の中に入る事件が起こるがそれはまた別の話である。
「…見られた。うう」
「…夕乃さんにバレないようにしないと」
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梅屋にて釈迦堂刑部がいつもどおり仕事をしているがその店に切彦もいた。
刑部が彼女に警戒しながら仕事を真面目にするのであった。真面目にするのは梅屋が天職だからである。
(ったく…こんな所になんで凄腕の殺し屋である斬島がいるんだか)
仕事中だが警戒は怠らない。流石にこんな公共の店で殺しなんてしないだろうが、やはり彼女の活躍のせいで警戒はしてしまうのだ。
そんな切彦は牛飯を頼んでもくもくと食べている。
「ごちそうさまです」
牛飯を食べ終えて席を立とうとしたら隣に知り合いが座る。
「お久しぶりです切彦さん」
「…ルーシー・メイ」
「店員さん。私にも牛飯を…って釈迦堂さんじゃないですか」
「てめえはルーシー・メイ」
実は刑部とルーシーは知り合いである。知り合った理由はルーシーによる勧誘である。
「我が社の勧誘は蹴ったくせにこの店には就職したんですか」
「こっちの店が俺にとっちゃ天職だからな。ほれ牛飯だ」
「ありがとうございます。…天職と言いますが暇ではありませんか。我が社に就くならより良い」
「勧誘は受けねえ」
「お堅いですね。貴方ほどの人材がいれば我が社も助かるんですがね」
過去に何かあったのだろうが切彦には関係ないことである。
「まあ釈迦堂さんにはまた時間があれば話がしたいですね。まずは切彦さんにお話しがあります」
「何ですか」
「ちょっと仕事で手伝ってほしいんです」
読んでくれてありがとうございました。
今回はまんま日常回でした。原作に真九郎が追加しただけですね。
そして最後にルーシー・メイがいろいろと準備を開始してます。