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真九郎が依頼から終了して川神に帰還。覇王軍にやっと合流して現状を見て確認すると大和の言ったとおり軍は壊滅状態であった。
そもそも軍と言えないくらい人がいないのだ。これでは模擬戦に参加はできないし、参加しても規定人数が足らなくてアウトだろう。
「これは…」
真九郎はこの現状に何も言えない。しかし大和やクリスたちは彼が合流したおかげで助かったと思っている。彼が合流したことで多少は軍の兵たちは精神的に安定しているのだ。
紅真九郎の人気。というよりも人の良さから川神学園生たちからは評判は良いので覇王軍に残っているみんなにとって彼の合流はとても助かっているのだ。だがそれでも規定人数が達していないので模擬戦には参加しても敗北する。
「まずは人数を集めないとな」
「そうなんだよね。でも集まらなかったから四戦目は不戦敗」
「もう一度掛け合うしかないよ。そして直江くんだけが回るんじゃない。項羽さんも一緒に回るべきだ」
「…ああ」
項羽も気を落としながら肯定する。彼女は模擬戦での連敗続きに仲間たちが離れ、終いにはマープルからは「お前がいないほうが勝てる」と厳しい言葉をもらってしまった。
これには項羽も何も言い返せないし、事実である。そんなことから項羽は本当に人格を引っ込めて清楚に戻ろうというのだ。
「では…戻る、ぞ」
項羽から威圧的な気が徐々に消えて優しい感じに戻る。そこにいたのは覇王の項羽ではなく清楚であった。
「あ、戻った」
「ああ。雰囲気は全く違う」
「ふう。…あのみんな、ごめんなさい」
項羽から清楚に戻った瞬間は謝罪であった。彼女は申し訳なく頭を下げる。人格が項羽だった時にしてしまった事とはいえ、項羽も清楚なのだ。
2人で1人。その気持ちは一緒であり、悲しく申し訳なかったのだ。だからこその謝罪。清楚は誠心誠意の謝罪しかないのだ。
「本当にごめんなさい。迷惑をおかけしてしまったけどもう一度私に力を貸してください。勝手なことだけど、まだ諦めたくないんです。お願いします」
深く深く頭を下げて謝罪とお願いをする。彼女の気持ちは純粋であり、覇王軍に残った学園生たちは心が非情ではないので気持ちが伝わる。
おかげで覇王軍は少しだけひび割れた関係が修復していく。
「ありがとう。みんな」
まずは現段階の残った覇王軍は修復した。次は抜けていったみんなと取り戻す番である。どうやって取り戻すかは単純で清楚が謝罪しながらまた軍に戻ってくれるように頼むだ。
これが一番の方法である。結局のところ覇王軍からみんなが抜けたのは項羽が気に食わなかったから。それだけなのだ。
だから項羽である清楚自身が謝罪すればほとんどが心の怒りを収めてくれる。真九郎に清楚、大和は時間を掛けながら抜けていった仲間たちの家を周るのであった。
結果は良好で覇王軍には八割が戻ることになる。残り二割は様子見で「考えさせてほしい」というものだ。この二割に関しては五試合の結果を見せるしかない。
「これで規定人数は集まったから試合に参加して不戦敗になることはないね」
「うん。あとは次の試合を頑張ろう」
真九郎と大和は集まった人数を数えて模擬戦に参加できると確認。そして大和はこのまま戻って作戦を練り直すとのこと。
真九郎と清楚はこのままもう少し仲間が戻ってくれないかと粘るとのこと。
「じゃあこれが残りのリストね。みんなには事前に連絡はしとくよ」
「ありがとう直江くん」
真九郎と清楚は暗くなるまで仲間が戻るように足を動かすのであった。
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暗くなり夜になるが星が出ていて明るい。川神は都会に位置するがこうも夜空が綺麗に見えるのは珍しいものだ。
「今日はありがとう真九郎くん」
「いえ、これくらいいいんですよ」
「俺からも礼を言う」
急に清楚から項羽に人格が変わる。
「…真九郎。俺は次の試合で完全に清楚の心の片隅に引っ込む。これは直江たちにも言っている」
「分かりました」
「はあ…。俺はお前に天下を一番に見せると言っていおいてこの体たらく。しかも俺の活躍も見せられない」
項羽は真九郎が味方になると言った代わりに天下を見せると約束した。だが項羽は真九郎に何も良い所を見せていない。
「真九郎…俺は今回の件で後悔しているんだ。何が覇王だ。これではただの負け犬だ」
覇王らしからぬ言葉。本当に項羽はまいっているようだ。いつもの尊大な態度も見られないし覇王の気も感じない。
目の前にいるのはただの傷ついた女性だ。
「項羽さん…」
「俺は覇王だ。だが偽物だった…そうだ、俺はクローンで、過去の英雄じゃない」
ポツりポツリと項羽の口から弱音が吐かれていく。今まで無意識に止められていた彼女の心の病みが放出されていく。
「闇」ではなく「病み」なのは彼女にとって精神的に悪いものだから。だから真九郎は止めない。悪いものなら吐き出させるべきだ。
彼は項羽を優しく抱擁する。精神的に弱まった者には仲間の誰かが一緒にいなければならない。
「俺は…俺は!!」
項羽の目から雫が垂れる。その雫を見た者はいない。真九郎が包むように抱擁しているので誰も今の弱気項羽を見れないのだ。
「項羽さん。貴女は弱くありません。でも今は休むことが大事ですよ」
もう少し強めに抱きしめる。
「後悔しても良い。躓いて足を止めても良い。少し休憩してからまた足を動かせば良いんだから」
「くあああ…俺は!!」
静かに静かに項羽は泣く。そして真九郎は彼女の満足のいくまで抱きしめるのであった。
「…お前は温かいな」
項羽が悪いものを全て吐き出してから数分。もう落ちついていつもの項羽に戻った。
戻ったはずなのだが項羽が真九郎の顔を見ようとしない。彼は、これは単純に弱音を見せて顔を見てくれないと思っている。
だが実際は。
(あああああああ。俺が、俺があんな醜態を!!)
(真九郎くんって意外と大きいんだね。私を優しく包み込んでくれた。それにとても温かった)
(ああ、確かに…って違うわ!!)
項羽と清楚が頭の中で惚気と混乱しているだけである。
(夕乃ちゃんが夢中になるのも分かる気がする)
(あああああ。こ、この俺が…でも悪くは無かったような気がしなくも)
(素直じゃないんだから)
(お前は何を言っているんだ!!)
(お前って…私は貴女だよ?)
真九郎はハテナマークのままで蹲って頭を抑える項羽を見るしかない。
「あの、大丈夫ですか?」
肩にポンと手を置くと項羽らしからぬ「ひゃう!?」という声を出した。
「今のは違う!?」
「え、ああ。はい?」
何が違うのか知らないが顔が真っ赤である。熱があるのかと思って項羽の額に手を置くが素早く後退された。
「何をする!?」
「顔が真っ赤だし熱があると思って」
「ない!!」
(真九郎くんの手が額に…)
(お前はいいから黙ってろ!!)
取りあえず真九郎は項羽が少しは元気になったと思うのであった。
(もう俺は引っ込む!!)
項羽から清楚に戻る。
「えっと、今は清楚さんですか?」
「うん。今は項羽じゃなくて清楚の私」
「清楚さん。明日は頑張りましょう」
「うん。頑張る。真九郎くんも力を貸してね」
「勿論ですよ」
笑顔になる清楚。その顔にもう不安や後悔はなく、清々しい。
「…今の清楚さんの方が清々しくて俺は好きですよ」
「ふえっ!?」
顔が真っ赤状態。
「さあ帰りましょう」
「待って真九郎くん。今のって!?」
「今の?」
「そ、それは…!?」
そしていつもの真九郎。
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ついに始まった模擬戦第五試合。相手は九鬼軍である。この模擬戦に勝利しなければ優勝はもうできない。
覇王軍はやっと八割方メンバーが戻ってくれた。清楚のおかげで険悪な空気でもないし、みんなが全力で戦おうとやる気をだしていて士気は高い。
「今回の試合で私は後ろで待機しています。なので覇王軍の指揮は直江くんに譲渡します」
軍師として言われている大和の腕の見せ所である。それにクリスや京たちがまとめる軍も錬度は高い。
覇王軍は今まで実力を発揮できないでいただけなのだ。だが今回は存分に発揮できることだろう。
「この美しい私が全力でサポートしよう」
毛利元親。西方十勇士内きってのナルシストであり、多彩な技を持ち天下五弓の実力者である。今回の模擬戦で大和が外部助っ人として読んだ人物である。他にもクッキーや本物の将であるクリスの父親も助っ人でいる。
将に加えて兵の質が高いチームなのだ。それがやっと本来の実力が出せる。
「そして真九郎殿も参加だ!!」
「俺も頑張るよ」
合流した最後の将である真九郎。彼は将の器ではないのだが、何故かみんなから覇王軍では将の位置につけられた。
「俺は将ってガラじゃないけどなあ」
「そう言わないでよ紅くん。実力的に間違いないからさ」
「そうだぞ真九郎殿。まさしく将だぞ!!」
「プレッシャーだ」
違う意味で緊張してしまうものだ。
「じゃあ、みんな…力を貸してください!!」
「「「「「おう!!」」」」」
覇王軍VS九鬼軍。
戦いが開始された。今までの覇王軍と違って凄まじい攻めである。
大和の策。京と毛利による弓矢の猛撃。クリス親子の怒涛の突撃。クッキーによる旗の守り。全てバランスよく、あの九鬼軍も劣勢になり始める。
そんな中、真九郎はというと。
「ゆくぞ我が友、真九郎!!」
「英雄くん!?」
「真九郎の裏切り者~!!」
「あれ、紋白ちゃんまで!?」
何故か九鬼家の者に集中砲火を受けていた。
読んでくれてありがとうございます。
今回でやっと真九郎が覇王軍に合流です。
そして彼は項羽の心を少しずつ癒していきます。
んでもって模擬戦では人気のおかげで敵チームから集中砲火。