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今日の風間ファミリーは百代、大和、一子、京の4人で遊びに出かけていた。出かけていたというよりも百代の決闘を消化させた後にブラリとしていただけである。
ちょうど昼前、これから美味しい昼食でも食べに行こうとしていたところである。何を食べようかと考えていると大和は熊谷満ことクマちゃんのおススメの店に行こうと案内。
「こっちこっち」
「ふぅー。きっと決闘後の昼食は美味いんだろうな。大和が奢ってくれるし」
「奢らないから」
「じゃあ京はー」
「ノン」
「むぐぐ…」
お金に関してはやはり百代は駄目らしい。でも最近の彼女は調子が良くなってきている。
川神院での修行をサボらずにいるのだ。これには鉄心も良い変化だと嬉しく思っている。これも全ては揚羽と夕乃たちの山籠もりのおかげだ。
彼女の心境は前と変化している。今まで詰まらないばっかりと思っていたが、世界の広さの一部を目の当たりにしたのだ。
世の中には自分よりも強い者がいた。しかも様々な強さを持っているのだ。強さは一概とは言えない。全て力で勝てるとは限らないのだ。
だから百代はより自分の強さを磨くために頑張っているのだ。
「って、あれは…」
「どうしたのお姉さま?」
「あれって紫ちゃん?」
「んーと。あ、本当だ。可愛い着物着てる!!」
「それと前とは違う護衛をつれてる。その人も着物きてるね」
いつもはリンという護衛だが今日は男性の護衛だ。せっかくだと思って昼食を誘おうと駆け寄る。
「おーい、むらさ…」
「あんた誰っすか?」
百代が紫だと思って近づくと護衛の男性が殺気を出しながら遮ってきた。これには百代もすぐさま構える。
物凄い濃い殺気だ。今まで殺気はいくつか味わったことはある。だがどれも彼が発する殺気とは比べものにはならない。
「もう一度言うっす。あんた誰っすか?」
更に殺気が濃くなる。これには一子も京も身構えてしまう。このままでは戦いに発展する。
「何も言わないのは敵とみなしますよ」
静かに男性は懐に片手を入れる。それを見た百代は何か武器を持ったと確定して一歩下がる。
「待って湖兎!!」
「坊ちゃん?」
「紫ちゃん?」
一触即発の空気を変えたのは紫ではなくて、そっくりな碓氷であった。
「ダメです湖兎。彼女は敵ではありません。それに彼女は勘違いしているようですし…」
「…坊ちゃんが言うなら」
湖兎がここまで殺気を出すのは理由がある。それは彼の今の境遇にもよるだろう。
何故なら彼は西四門家で完全に自由になったわけではない。彼が護衛として外に出られたのは碓氷のおかげ。ここでもし問題でもおこせば、どうなるかは分かっている。
だからこそ湖兎は碓氷に近づく者は敵として判断してしまうのだ。言うなれば心に少し余裕がないのだ。
碓氷だけは絶対に守らねばならないという使命が心に染みついているのだ。
「申し訳ありません。うちの湖兎が失礼しました。でも彼も護衛を真剣にやっているので…」
「いや、誤解が解けたなら良かったよ。それにしても紫ちゃん今日は雰囲気が違うね。別人みたいだ?」
百代たちの目の前にいる子が紫と雰囲気が違う。だがそれは当たり前である。
「紫…九鳳院紫様をご存じで?」
「いや、何を言って…て、まさか」
「姉さん。そのまさかかも。俺も信じられないんだけど」
「もしかして紫ちゃんじゃ…ない?」
「私の名前は朱雀神碓氷です」
紫にそっくりな子は別人だったのだ。本当に瓜二つすぎて分からないほどだ。
「うそ…紫ちゃんそっくり」
「うん。見分けがつかないよ」
一子も京も目を見開いて確認するが、どこからどうみても紫だ。
もし、本当にここに紫がいて、同じ服を着たら絶対に分からない自身がある。見た目はそっくりだが性格と雰囲気は違う。
「でも紫ちゃんと同じで可愛いなあ…あのハゲには見せられないな」
「うん。可愛い可愛い」
「こりゃ将来は美少女だな」
百代たちは碓氷を褒める褒める。これには碓氷も褒められて頬を赤くしながら照れる。
その仕草が良いのか百代たちは心がほっこりしてしまう。
「だろ。坊ちゃんは可愛いんだよ」
「こ、湖兎!!」
「本当っすよ~」
軽く湖兎をポコポコと叩く。
「申し訳なかったす。自分は湖兎って言うっす」
「ああ、私は川神百代だ」
「川神百代…ってことはあの武神さまっすか?」
「あの武神様だ!!」
「貴女が武神の…よろしくお願いします」
「何かご利益貰えるっすかもね」
「ああ。ご利益あるぞー」
何のご利益があるかは分からない。
「賽銭は出さなくても良いからね。俺は直江大和」
「アタシは一子よ。よろしくね!!」
「私は椎名京」
「はい、よろしくお願い致します」
武神と朱雀の会合である。
「今日はどうしたの?」
「実はある名家のパーティーに誘われているのです。そのために川神まで来ました」
「…川神で名家っていうとまさか不死川か?」
「あ、そうです。直江様は不死川家をご存じで?」
「ああ。学園の同級生なんだ」
「そうなんですね。そろそろその不死川様がお迎えに来るのですが…」
碓氷がそう口にすると湖兎と百代たちが警戒を始める。
「湖兎?」
「姉さん?」
周囲の空気が変わる。
「おい隠れている奴ら出てこい」
百代が一言はなつと複数の人間がぞろぞろ現れた。
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ヘルモーズと呼ばれる特殊傭兵部隊がいる。彼等は依頼されれば何でもやる特殊部隊だ。その幅は広く深い。
最近の裏世界でも勢力を徐々に力を伸ばしている部隊なのだ。
そんなヘルモーズたちが白昼堂々と川神の町に現れて百代たちを囲んだのだ。
「目標を発見した」
「ではこれから作戦を開始する」
「周囲の奴らは?」
「邪魔者は消せ」
武装したヘルモーズが一斉に襲い掛かる。
「坊ちゃんは下がっててください」
湖兎はすぐさま動き出し、懐に隠していたクナイを取り出してヘルモーズたちに切りかかる。
「私は助太刀するぞ!!」
湖兎を先行に百代、一子に京が動く。
湖兎と百代と一子が前に出て戦い、京と大和が碓氷を囲みながら警戒する。
「はあああああ。川神流無双正拳突き!!」
「てやあああああああ。蠍穿ち!!」
一騎当千というか二騎当千と言うべきだろう。川神姉妹がヘルモーズたちを一蹴していく。
ヘルモーズたちは弱くは無い。百代が強すぎるのだ。一子はまだ未熟だが援護射撃の京のおかげで上手く戦えているのだ。
「こいつら強いぞ!?」
「分かった。この女は武神だ!!」
「あの武神か!?」
「武神はとても強いみたいっすね。でも逃がすつもりはないっすよ」
「うおお!?」
音も無く近づいた湖兎はクナイを一斉に投げ飛ばしてヘルモーズたちを倒していく。その動きに迷いは無く素早く敵を倒す。
相手の攻撃は全て避けている。銃弾を簡単に避け、死角からの攻撃なはずなのにいとも簡単に回避。まるで全身に目があるようだ。
そんな彼を百代は警戒しながら見る。やはり動きに迷いが無い。まるで全て相手の動きが分かっているようだというのが感想だ。
間違いなく彼は強い。やはり強い人物と戦ってみたい欲求が出てくるし、戦闘狂の性格は治らない。強い相手と戦い気持ちは武術家にとってしょうがないのだ。
しかし今はそんなことを思ってはいけない。それは後で考えよう。
「強いな…」
ものの数分でヘルモーズたちを制圧した彼等。周囲はヘルモーズたちで死屍累々。
「坊ちゃん大丈夫っすか!?」
「私は大丈夫です。兎湖…それに川神様たちのおかげです」
「俺は警察…九鬼従者部隊に連絡します」
「ああ、そうしてくれ。それにしてもこいつらの目的は何だ?」
「急に襲ってきたもんね」
「うぐぐ…我々ヘルモーズがこんな学生どもに」
「武神がいるとは運が無かった」
倒れているヘルモーズに湖兎は近づき首元を掴む。
「お前たち…何が目的だ?」
「ぐぐぐ、それは…」
尋問しようとした時、カンカンと何かが落ちる音が聞こえてきた。聞こえてきた方向を見た瞬間に周囲に煙幕が充満した。
「坊ちゃん!?」
湖兎は急いで碓氷の元に駆け寄って覆いかぶさるように守る。
「煙幕か!?」
「気を付けて!!」
「…っ、何人か近づいてきている。気をつけろみんな!!」
百代が気を察知して周囲に警戒を促す。
「ヘルモーズの援軍か!?」
煙幕の充満した気を手掛かりに集中していると倒れているヘルモーズたちの周り複数人集まっているのが感じられた。
どうやら倒れた仲間の回収に来たのだろう。せっかくの情報元を逃がさまないと煙幕を気で吹き飛ばそうとした瞬間に濃すぎる気と殺気を察知してしまい動きを止めた。
「この気と殺気は!?」
「動くな武神。ここは退かせてもらおうと思う。こちらもこんなところで暴れたくないのでね」
「貴様…強いな。名前は?」
「答えるか。次会ったら名を言おう」
煙幕の中でギラリと眼光が光る。
「フフフ。次会いまみえることが出来たら戦おうとではないか」
「…あまり時間をかけるな。早くしないと警察や九鬼の者たちがくるぞ」
「これは!?」
百代は更に鋭い殺気を感じた。これは有りえない。
先ほどまで会話していた奴よりも鋭い殺気に身構える。その殺気に百代だけじゃなくて、大和ですら感じて身構えてしまう。
最初の人物の殺気は静かな殺気。次に現れた人物は鋭利な剣のような殺気。まさに壁越えの人物だと断定できる。
「はいはい分かってるよ」
「回収は終えた。すぐに撤退する」
煙幕が消えたころにはヘルモーズたちは消えていた。
「…みんな無事か!?」
「大丈夫よ」
「こっちも…でもヤバかったね」
「ああ…最後の最後でとんでもないのが出てきたな」
一瞬の出来事であったが最後に出てきた謎の2人に冷や汗を掻く百代たちであった。
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ある議員がいるビルの中にて。
「おい。失敗しているではないかヘルモーズ!!」
「申し訳ありません。まさか武神がいるとは思いませんでした」
「くそ…だが確かに武神までいたのは予想外だったな」
「次こそは成功させましょう」
「頼むぞ」
ヘルモーズたちはやられたが、それは兵団の一部にすぎない。まだ優秀な兵団はいくらでもいるのだ。
次こそはより多くの兵団を投入させるとのこと。
「くそっ…はやくしないといけないのに!!」
「あまりイラついては良い結果は出せないぞ。カルシウムを摂取しろ」
「五月蠅い……いや、そうだな。すまない」
眼光鋭い女性はある議員を落ち着かせたあと部屋を出ると雇われたもう1人の女性のところに向かって缶コーヒーを渡す。
もう1人の女性は軽く会釈して受け取る。
「流石は裏世界でフリーの戦闘屋十傑に入る者だな。あんたの殺気に当てられてつい本能が猛りそうだったよ」
「…そちらの殺気も中々だ。流石はあの一族の切り札と言われているな。その目もただの目ではないな」
「この目は鍛えたゆえの目さ」
会話は少ない。
「リーダー打ち合わせを…」
「ああ、分かった。じゃあまたな」
廊下にカツカツという足音だけが響いた。
読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとおまちください。
さて、碓氷と湖兎のちょっとした活躍。
やはり紫と勘違い。そして謎の敵襲と物語が急に動きました!!
まだまだ続きますよ!!
あと、真九郎たちの出番は次回です。