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大混乱。
今の状況を説明するなら『大混乱』という言葉が似合うだろう。天井から武装した兵であるヘルモーズが入ってくれば納得だ。
不死川家のパーティーに参加した者たちは慌てふためいている。だが護衛の者たちは冷静ですぐさまに我が主人たちを守るために動き始めたのだ。
それは真九郎やリン、湖兎も同じだ。すぐに主や依頼主を守る。
「紫様!!」
「紫、心さんは後ろに」
「坊ちゃん」
後ろに紫たちを守るように囲む。彼女たちは絶対に守らないといけない存在だ。
「何だぁこいつらはぁ!?」
「総理も俺らの後ろに!!」
目の前にいるのは特別兵装ヘルモーズ。真九郎はその場に居なかったが湖兎は前に襲われたという。こいつらの目的は恐らく碓氷。
何故、碓氷が目的の存在なのかは分からないが狙ってくるというのなら倒すのみだ。
攪乱目的なのか屋敷に集まる者たちを襲っているが本命は真九郎たちの後ろにいる碓氷。
「真九郎、リン頼む」
「お任せを紫様」
「ああ、そこでジッとしてて」
「坊ちゃんは大人しくしててくださいっすね」
「心さんも腕が立つからと言って無理はしないでください」
「分かっておる。此方は紫と碓氷殿を守ろう。主催者側として参加者は守らねばならぬ」
心はすぐに不死川家専属の護衛を呼ぶ。不死川家の護衛は何も真九郎だけではない。真九郎は心の雇った護衛だから別に全体を守る護衛はいるのだ。
「目的の人物を発見!!」
「すぐさま捕獲しろ!!」
「周りにいる護衛は?」
「殺せ」
「了解」
どうやらヘルモーズは目的のために容赦はしないようだ。ならばこちらも容赦をしない。容赦をする必要はないだろう。
「こいつぁ数が多いな」
「総理も何しとるのじゃ。真九郎くんたちの邪魔になるから此方たちと一緒に下がるのじゃ」
「いや、ここにいる俺は総理だ。子供を守らねえで何とするんだってんだ」
実は総理大臣これでも昔は武道四天王であったのだ。引退して衰えてもなお気迫は本物だ。いや、総理大臣になってからも気迫は研ぎすまされているだろう。
「じゃが総理の出番はないかものう」
「何ぃ?」
心の言う通り真九郎にリン、湖兎たちならヘルモーズは敵では無い。
真九郎の崩月流で叩き潰し、リンの剣技で切り裂き、湖兎のクナイ捌きで貫いていく。如何に裏世界で活躍している特別兵装部隊といえど真九郎たちだって修羅場を潜っている。
敵の壊し方はヘルモーズよりも泥のように深く知っている。相手が武装していようが、何処をどう壊せば良いか知っている。
「こいつら強いぞ!?」
「こんなガキどもに!?」
「ふん、鍛錬が足りん!!」
リンが愛刀でヘルモーズを切り裂く。
「なら俺が相手だ」
ヘルモーズの中でも剣の達人はいる。その一人がリンの前に出て剣を構えた。
「俺の剣を受けよ!!」
「受ける気はありません」
リンが刀を飛ばして相手が弾いた時には既に間合いに入る。鋭い蹴りで敵の剣を弾き、もう片方の刀で斬る。そして弾かれた刀をキャッチして次の敵を片づける。
「貴様らが何人かかってこようが私の敵ではない」
(流石はリンさんだ)
リンの剣捌きを見ながら真九郎は確実にヘルモーズを潰していた。武装した奴には関節部分や武装の繋目部分が有効だ。
手刀をねじ込み関節を外したり、鋭い蹴りで無理矢理沈める。戦っていてやはりヘルモーズは強いが圧倒的というわけではない。ただ数が多いだけだ。
「あんたらが坊ちゃんを狙っているのは分かっている。だがどこの誰が依頼したんすか」
クナイで串刺しにされたヘルモーズに掴みかかる。そしてジッと見たらすぐに投げ飛ばす。
「こいつは知らないようだ。知っている奴はどいつだ?」
ヘルモーズが5人攻めてくるがクナイを額目掛けて投げつける。武装しているのだから死にはしない。だが、碓氷を狙うのなら生かす必要も無い。
ヘルモーズの制圧も時間の問題だろう。他の護衛たちもヘルモーズを少しずつ倒している。数が多いが質はそうでもない。
簡単にいうとヘルモーズにはエースにあたる存在がいないのだ。奴らは数と連携で依頼をこなしている。
だがこちらはエース級の存在が3人もいて、実力は鍛え上げられている。
(ふーむ、流石は紅真九郎に九鳳院の近衛隊だ。そして朱雀神の護衛もなかなか…こいつらこの川神でも上位にはいる強者だ)
総理大臣が周囲を注意しながら3人の戦いを確認する。よく見ても彼等が強いことが分かる。おそらく実力は武道四天王に入るだろう。
しかし彼らが武道四天王になることはないだろう。何故なら彼らは武術家ではないのだから。
「こいつら強いぞ!?」
「くそ、武神でもないくせに!?」
「数が減らされていく!?」
もうすぐでヘルモーズは制圧だ。だが今回はヘルモーズだけでは終わらない。
「このデカい気はぁ!?」
すぐさま気付いたのは総理大臣だ。屋敷の壁が破壊されたと思えば大きな気を纏う者が現れたのだから。
「苦戦しているじゃないかヘルモーズ」
「く、貴様ら」
「ここからは我々、曹一族が仕切らせてもらおうか」
曹一族と言う軍団の先頭に立つ女性は露出の多い派手な格好に巨大な金棒を持っている。そして鋭い眼光。
彼女は史文恭。である曹一族の師範代であり切り札と呼ばれている存在だ。
「こいつぁ…とんでもないのが出てきたな」
「知っておるのか総理」
「おお。あいつらは曹一族といってヘルモーズと同じ武装集団だ。だがヘルモーズよりも歴史は長い」
「ほお、我々を知っているか。ならば自己紹介だ。我が名は史文恭!!」
「史文恭だと…曹一族の切り札じゃねえか!?」
総理大臣の反応に彼女はヘルモーズよりも大きい。ならば彼女の方が厄介ということだろう。
実際に史文恭を見て、確かにヘルモーズよりも強いと分かる。部下たちも相当な腕前だろう。歴戦の猛者とは彼等のような者たちのことを言う。
「ほほう。なかなかの奴らがいるな」
史文恭は真九郎たちを見て、碓氷を見る。護衛の強さと捕獲対象を確認。今回の仕事は骨が折れると確信したのだ。
(あの女剣士はよく鍛えている。あの着物の小僧もな。だがもう1人の小僧は…腕に何か仕込んでいるのか?)
史文恭の力は異常なまでに鍛え上げられた眼だ。その眼は相手の微かな筋肉の動きさえ見極める。
だから史文恭は真九郎の腕にある何かに気付いたのだ。だが何かまでは分からない。普通ならだいたい分かるものだが、彼女は相手の腕の中に仕込んであるとなると予想で見極めることになる。
武器の類なら当てられるが真九郎の腕の中にあるものは武器の類ではない。
(何だあいつの腕ににあるのは…銃や刃物を仕込んでは無い。まるで異形の形をした骨でもあるのか?)
気になるが様々な敵と戦ってきた彼女だからこそ油断も慢心もしない。
「さあて、いっちょ仕事をこなすか」
「紅真九郎ここは私が相手をする。貴様は紫様たちを連れて避難しろ」
リンが二本の刀を握り直す。彼女から気迫が強くなっているのを感じて目の前にいる史文恭という人物の強さが本物であることを分かる。
「ほう…そこの女は強いな。流石は九鳳院の近衛隊だ。楽しめそうだ」
ニヤリと笑う史文恭も棍棒を強く握った。どうやら彼女もリンを強者と認めたからこそ最初から本気で挑もうとしているのだろう。
「おっと、待ったっす。そこのお姉さんの相手は俺がするっすよ。そのお姉さんはいろいろと知ってそうだ」
湖兎がジャキっとクナイを何本も手に用意する。湖兎が史文恭を相手にしようと思ったのはヘルモーズも含めて碓氷を狙ってきた理由を知っていると思ったからだ。
その予想は正解で彼女は雇い主の顔を知っている。だが碓氷をどのように利用するかまでは知らない。
「そこの小僧がか」
「いろいろしゃべってもらうっす。しゃべらなくても勝手に読ませてもらうっすけどね」
濃厚な殺気が史文恭に向けられる。
(こいつは良い殺気だ。だがこの小僧も不気味だ…何か特別に鍛えているわけではないが特別な何かを持っている目をしている)
その特別な何かが分からない。だが何かを持っているのは確かだ。史文恭の目は『龍眼』は誤魔化せない。
「まあ、どいつが相手でも構わないさ。目標は朱雀神だ。おいお前たち!!」
史文恭の部下たちがぞろぞろと出てくる。
「おい紅真九郎。坊ちゃんは頼んだっすよ」
「え」
「本当なら坊ちゃんから離れたくないっすけど、こんな状況じゃしかたないっす。だから任せたっすよ」
「…分かりました。紫、碓氷くん」
「うん!!」
「お願いします真九郎様。…湖兎、無事でいてくださいね」
「勿論すよ坊ちゃん。必ず戻ります」
真九郎は紫と碓氷を優しく抱える。
「心も真九郎に掴まれ」
「んにゃ!?」
既に紫と碓氷を抱えているのに心を抱えるのは逃げるのに負担になると考えたが彼女の顔を見て断れなかった。
「た、頼む真九郎くん」
「よく捕まっててくださいね」
左腕に紫。右腕に碓氷。背中に心。これで逃げるというのはどうかと思っている総理大臣だ。
「此方が案内するから真九郎くんは全力ではしってたもれ。総理は自分で走れるじゃろ」
「ったく、これでも日本のトップだぞ。だがまあ、まだまだ現役だから良いけどさ」
「リン、迎撃は頼むぞ」
「お任せください紫様」
真九郎たちは屋敷からダッシュ。
(さて、頼むっすよ。まあうち等から怖い怖い護衛が周りにいるっすけどね)
「…おい小僧。周りに隠れていた奴らはお前の仲間か?」
「ああ、そうっすよ。怖ぁい怖ぁい護衛っす」
「…うちらの部下でも苦戦するな」
「お、うちの怖すぎる護衛相手に勝つつもりすっか?」
「おいおい私の部下が負けるとでも?」
「はははは。そうだと言ってるっす」
クナイと棍棒がぶつかりあった。
200
ヘルモーズが不死川のパーティー用の屋敷に襲撃してから不死川家と総理大臣の動きは早かった。
不死川家は素早く来客たちを守るため、逃がすために動いたのだ。来客たちにも護衛はいるが援護のために不死川家のお抱えの護衛を渡しているのだ。そして緊急の出口まで案内するのだ。
総理大臣は外から救援を呼んでいた。もうすぐ九鬼部隊や警察、更に縁のある川神院からも援護隊が来るだろう。
(もしかしたら武神もくるかもしれねえが、今は願ったりだ。今ここには強すぎる奴…敵側に壁越えが2人もいるんだからな)
1人は湖兎が今頃あいてをしているだろう史文恭。そしてもう一人は屋敷に近づいていた奴だ。
史文恭もとんでもないが近づいていたもう1人のほうが総理大臣としてはヤバイと感じたのだ。ここまでヤバイと感じたのは久しぶりだ。
昔の頃に死線を潜った時と同じ感覚だ。こんなヤバさは日本で味わいたくなかったものだ。
(どんな野郎だ…おそらく紅と近衛隊は気付いているだろうな)
リンは周囲を警戒しながら走っている。真九郎は3人も抱えているので本当に気付いているか分からない。
真九郎は最低でも100キロの重りをつけて走っているようなものだ。だが彼は何気ない顔で走っているのだから鍛えているのだろう。
細い身体のくせに案外と思う総理大臣。やはり柔沢紅香の弟子。
「どんな鍛え方してんだ紅」
「ははは、まあキツイ修業を…」
「まあ…あいつの弟子だからなぁ」
こんな状況だが呆れる総理大臣。しかしすぐに顔が強張る。何せ前方に恐ろしい敵が出現したからだ。その敵とはもう1人の壁越えだ。
「ぬう…」
総理大臣たちの目の前にいるのは黒い甲冑を纏い、西洋の剣を携えた黒騎士だ。
「こいつぁ…とんでもないのが現れたな」
「…黒騎士。オズマリア・ラハ」
裏世界全体でも上位十傑に入る戦闘屋、しかも別格とも言われる黒騎士が目の前に現れた。
こんにちは。
読んでくれてありがとうございました。
さて、今回でやっと黒騎士が出てきました。
まあ、ところどころヒントを書いていたので分かる人は分かってたかもしれませんね。
彼女は今まで歪空本家から魅空の護衛をしていましたが、原作で真九郎が勝負に勝って魅空が強制送還されてからきっと護衛の仕事が無くなったと思ってこの物語では黒幕の仕事を依頼されたというオリジナルの設定にしました。