紅 -kurenai- 武神の住む地   作:ヨツバ

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黒騎士

201

 

 

黒騎士オズマリア・ラハ。

フリーの戦闘屋であり、その実力は裏世界でも上位十傑に入るほどだ。真九郎は前に彼女に接触したことがある。

その時は敵として出会った。まともに戦ってはいないが真九郎の目では彼女の剣筋を見切ることはできなかった。

はっきり言って彼女の剣士としての腕は『剣聖』を超えているのだ。人間は鍛え続けるととんでもない技術を備え付ける。

それが壁越えの更に上を目指した存在だ。

 

「久しい顔がいるな」

「…黒騎士オズマリア・ラハ」

「歪空本家からの依頼がキャンセルになって新たな依頼をこなしていたが…まさか違う依頼で再会するとは予想外だ」

「俺もだよ。…狙いは碓氷くん、朱雀神か」

「そうだ。それが依頼だからな」

 

オズマリア・ラハが構えた瞬間に空気が変わった。それと同時に真九郎は紫たちを降ろしてすぐに構える。

真九郎とオズマリア・ラハとは実力が離れている。最初から出し惜しみなんてしたら首を切断されるだろう。

前回の時はただすれ違っただけであったが、彼女の剣筋なんて分からずに足を斬られたのだ。黒騎士がいたとは知らなかったという油断はあったがそれでも現在の状況からしても見切れるか分からない。

 

(これは覚悟をしないといけないな)

 

真九郎の後ろには絶対に守らないといけない女の子たちがいる。日本のトップである総理大臣だっているのだ。

相手は黒騎士。戦ったらただでは済まない。すまない程度ならまだ良い方だ。もっと最悪の展開はあるのだから。

決死の覚悟でないと真九郎はオズマリア・ラハと勝負になりもしない。

 

「無駄に殺す気はない。朱雀神を渡せば見逃す」

 

その言葉を否定するように『崩月の角』を腕から解放する。

 

「ふむ。渡す気は無いか…まあ、そうだろうな。ならば戦うしかない。名乗れ」

 

お互いに前へと出る2人。

 

「崩月流甲一種第二級戦鬼。紅真九郎」

「黒騎士。オズマリア・ラハ」

 

総理はこの後、彼らが超絶な戦いを繰り広げるかと予想と外れた。

お互いに名乗り上げてからまだ動かない。迂闊には動けないのだ。真九郎が無暗に動けばいとも簡単に切断されるだろう。逆にオズマリア・ラハは相手が自分より格下と言えど『崩月の角』を宿す人間であり、歪空魅空を倒した功績を持つから油断しない。ゆえに無暗な動きをせずにはっきりと見定めているのだ。

 

(にょわわわわわわ)

(…やべえな。黒騎士の強さは紅のやつを超えている。動けねえわけだ。だけど紅の野郎も無策じゃねえだろ)

 

残念ながら無策である。いきなり黒騎士と相手にしろと言われても真九郎は正直なところまともに戦えないのだ。できることは決死の覚悟でオズマリア・ラハを止めることだ。

いずれ、警察や九鬼従者部隊が応援でくるはずだ。だから制限時間内に彼女を押しとどめるのが真九郎の役目だ。

 

(さて、無駄な動きはできない。…しかもどう見ても黒騎士には隙がない)

 

流石は歴戦の強者である黒騎士。隙を見つけて一撃を叩きこもうとしていたがそんな隙はない。

ルーシー・メイが言っていた評価はまさしく本物。それ以上だ。

真九郎はわずかな動きさえ見逃さまいとしている。2人のピリピリした空気間に心たちは黙ってしまう。

だがリンだけは瞬きをせずに2人の立ち合いを見ている。もし真九郎が斬られれば次はリンが戦わなければならない。本当ならばリンも応戦したいが紫と碓氷たちの傍から離れるわけにはいかないのだ。

 

「く、このままじゃ真九郎は圧倒的に不利だ」

 

リンだって分かっているのだ。真九郎がオズマリア・ラハに勝てる見込みが低いと。

 

「…真九郎は負けないぞリン」

「紫様?」

「真九郎は強い。なんたってわたしが認めた男なんだからな」

 

紫は真九郎が負けないと思っている。そう思うしかない。でも紫のが知る真九郎はどんな絶望も打ち壊してきた。だから信じるのだ。

それは真九郎だって同じで紫の前だけはヒーローでいなければならないのだ。

 

「リン。わたしは大丈夫だから真九郎の力になってくれ」

「それは…」

「わたしは大丈夫」

「はい、分かりました」

 

リンは二本の刀を抜いて2人へと近づく。

 

「む?」

「リンさん」

「紫様からの命令だ。紅真九郎。お前を援護する」

 

2対1の構図となる。

 

「九鳳院の近衛隊か。死闘に入り込んでくるとは無粋な奴め」

「分かっているさ。しかし私は紫様のために戦うのでな…武人として心はあるが守る者の方が大事だ」

「まあ構わない。どうせ邪魔する奴は斬る」

 

剣気がほとばしり、周囲がバチバチするような感覚が身体を襲う。ここまではっきり分かるほどだから冷や汗がダラダラ垂れる。

 

「リンさん」

「余計なおしゃべりはするな。前集中を奴に傾けろ」

「…はい!!」

 

リンが加勢したことで死闘の流れが少しだけ変わった。優勢でもなければ勝つ見込みが出来たわけではないが生存率は上がっただろう。

 

「…いくぞ」

「はい!!」

 

同時に真九郎とリンが動く。

二本の刀と西洋の剣が煌き、交差する。横に入り込み鋭い蹴りを繰り出そうとしたが寸前で足が止まる。

足を切断されるイメージが頭に流れたのだ。偶然ではなく、事実起こる出来事だっただろう。リンが剣を交差させた隙に真九郎が蹴りを繰り出そうとした瞬間にオアズマリア・ラハが殺気を飛ばしたのだ。

その濃厚すぎる殺気が切断イメージを植え付けた。

すぐに後退して地面を蹴り飛ばす。ただの小細工だが、どんな手段も使っていかないと時間稼ぎもできない。

舞った砂利は西洋の剣一振りで消え失せる。そしてオズマリア・ラハが踏み込んで真横に一閃。力の限り足を踏み込んで後退したが少しだけ反応が遅く、腹部に横一閃に斬られる。

 

「ぐ!?」

 

ブシュッと血が噴き出たが見た目とは裏腹に深い傷ではない。

 

「浅かったか。足も狙ったのだが、そちらも浅いようだ」

「足も…ッ!?」

 

よく自分の足も見ると浅く斬られている。こっちの斬撃は気付きもしなかった。

 

「チッ…やはり『黒騎士』の名は伊達では無いな」

 

リンの身体にもいくつか切傷ができていた。彼女もいつの間にか斬撃を受けていたのだ。こうも実力があるらしい。

それでも真九郎もリンも止まらない。止まるわけにはいかないのだ。

 

「まだまだ!!」

 

 

202

 

 

不死川家の屋敷内。

既に屋敷内はあられもない状態になっており、酷い有様だ。その中に2人が対峙していた。

史文恭と湖兎である。彼らは真九郎たちが脱出してから戦いは激化していたのだ。

碓氷がいないので湖兎は残忍になる。その残忍さは碓氷を守るために滲み出たものだ。その結果が史文恭の足元に倒れている部下たちだ。

 

「よくも私の部下をやってくれたな」

「坊ちゃんを狙う奴に慈悲はないっす」

 

笑顔だが目は笑っていない。

 

「これでも私の部下は鍛えられた実力者なんだがな」

「弱かっただけっすよ」

「ふむ。私は?」

「…手ごわい」

 

正直に言うと史文恭は強い。湖兎でさえ勝つのは難しいだろう。

 

「はっはっはっは。だが勝つのは私だ。早くしないと黒騎士のやつに仕事を奪われてしまうからな」

「チッ…嫌な予感がしたんすよね」

「そっちにも良いのが2人いたじゃないか。ま、でも黒騎士は別格だからな」

 

史文恭も戦士として黒騎士オズマリア・ラハと戦ってみたいが簡単に戦えるわけが無い。戦えば間違いなくどちらかが死ぬ可能性がある。

そもそも曹一族の切り札としてそう簡単に死ぬわけにはいかないのだ。

 

「坊ちゃんのために死ね」

 

クナイをばらばらに投げつけて史文恭には当たらない。

 

「どこに投げているんだ?」

「ちゃんとアンタにっすよ」

 

クナイが角などに当たって反射する。

 

「む」

「全方向からの串刺しだ」

「むん!!」

 

棍棒を振りながら回転してクナイを弾き飛ばした。回転したまま湖兎に近づき棍棒を高速回転で振るう。

まるで独楽のようで投げたクナイは全て弾き飛ばされる。だが湖兎には攻撃が届かない。

 

「うらうらうらうらうらうら!!」

 

乱舞が如く回転しながら棍棒が台風のように振り回される。壁越えの者が発する技は本当に台風になるかもしれないから驚きだ。

それが武人の世界である。だが湖兎は武人ではない。武術は習っているがそれは武人としてではない。全ては力を手に入れるため。

「さっきから当たらないな。まるで読まれているようだ」

 

(正解っす。確かに読んでるよ…アンタの心をね)

 

湖兎も実は朱雀神の血を持っている。だから朱雀神の異能である『心を読む力』を持っているのだ。

達人同士の戦いは先読み合いだ。だが心が読める者にとって先読みなんて関係無い。なんせ相手がどう動くのか事前に分かるのだからどう対処すれば簡単に分かるのだから。

だから湖兎はどの相手にも有利で戦えるのだ。だが無敵では無い。心を読めても勝てない相手はいるものだ。

例えば自損覚悟の特攻をしてくる相手は苦手だ。自分を大事にしない相手ほど心を読んでも意味は無いからだ。

 

「ふははははははは。ノッてきたぞ!!」

 

史文恭はテンションが上がってきたのか気が大きくなっていく。棍棒の一撃一撃も威力が上がっている。

力では湖兎は史文恭の方が上だ。もし棍棒の一撃は当たれば骨は折れてしまう。

 

「私の攻撃が当たるのが先か。お前のクナイが私に届くのが先かどちらかだ!!」

 

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。

急に戦いの場に流れる電子音。この電子音を聞いた史文恭は不満な顔をしていた。

それはまるで戦いを邪魔された不満顔である。まさにその顔だ。

彼女は一旦距離を取って警戒しながら懐から携帯電話を取り出す。

 

「任務中だ」

『任務中は電話をかけないことは知っている。だが緊急やどうしてもという案件は連絡する手筈だろう』

「どうした。まさかのキャンセルか?」

『違う。今すぐその戦いを止めてターゲットのところに行け。そこに朱雀神と総理がいる』

「今相手をしている奴から撤退するのは難しいな」

『これは命令だ。追加料金も払う…朱雀神を捕まえろ、総理を殺せ!!』

 

総理を殺せろとは物騒だ。

 

『黒騎士とお前の力を合わせれば確実だ。行け。総理を殺せ!!』

「目的が変わっていないか…まあ良いか。追加金を払うなら仕事としてやるまでだ」

 

ピっと電源を切る。

 

「そういうわけだ。これから黒騎士殿と合流するはめになった…まだ戦いたかったがここまでのようだ。ではな」

「逃がすか!!」

 

湖兎は黒騎士に合流しようとする史文恭を追いかける。

 

 

203

 

 

「くくく…はははははは!!」

 

笑う男。

 

「ヘルモーズどもめ。大胆な作戦だがターゲットを切り離す役目をしてくれた」

 

ヘルモーズは人が多いのは良い。

 

「だが、総理のやつも一緒になったのは僥倖だ。朱雀神の能力も欲しいが…もし総理を亡き者にできれば私が新たな総理に!!」

 

男はまだ笑う。

 

「黒騎士の実力は想像以上だ。史文恭も壁越え…これなら武神が来ても敵ではない。くくくくくくく」

 

笑いが止まらない。

 

「良いぞ良いぞ。勝ったぞ…最後に総理の顔を見に行くか」

 

男は動く。

 

「…………はあ」

 

不穏なことを考えている男の背を見るもう1人の男。ため息を吐きながら携帯電話にメールを打つ。

 

「顔を見に行ってはいけないだろう。現場に依頼人が向かうのはあまりお勧めしない」

 

何が起こるか分かったものではないからだ。如何に勝ちの可能性が高くてもどんなことが起こるか分からないのだからリスクを負わないようにするべきだ。

特に情報を流したくないのなら。だというのに勝ちを勝手に確信した男は現場に向かうとは愚の骨頂。

 

「さて、個人的に頼んだ殺し屋に動いてもらう他ないかな。私が彼に関わっていたことは絶対に漏洩したくないんでね。それに…あの総理はそう簡単には死なないぞ」




読んでくれてありがとうございました。
次回でいろいろと混戦しそうな予定です。

もう色んな視点だとごちゃごちゃになりそうだから整理整頓しないとなあ。
今回は黒騎士を活躍させたつもりが少しだけでしたね。
原作でも詳しい戦闘描写がなくてどれほどの実力か分からないんですよね

でも裏世界でも別格の上位十傑ということで真九郎でも勝てるかどうか分からない…もしくは勝てる見込みがない感じにしました。
無策で崩月の角を解放のみだと普通は勝てないと思います。なので仲間の力が必要な感じかな。

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