紅 -kurenai- 武神の住む地   作:ヨツバ

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源氏勝負

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川神学園に登校すると人だかりができていた。理由なんて緊急特番で放送された5人目のクローンである旭しかいないだろう。

校門には最上親子がいた。

 

「お父様。送ってくださりありがとうございます」

「勉強頑張ってな。私はいつでも見守っているよ」

 

正体を明かした最上旭は堂々と登校していた。それはもういつも通りに。

ニュースで放映されて世の中は騒いでいるのに最上親子は普通だ。

真九郎は最上親子と目が合った。幽斎はニコリと笑ったあとそのまま川神学園から出ていく。

 

「おはよう紅くん」

「おはようございます最上さん」

「アキさんでいいわよ。だから私は真九郎くんと呼ぶわね」

「…アキさん」

「真九郎くん」

 

旭はもうこの川神学園で一番の注目の的だ。強さもある。やはり中には彼女と戦いたいと思う者は存在する。

例えば由紀江なんてそうだ。彼女は一番に戦いたいと思っている。それは単純に戦いたいというわけでなく、旭の危険性に気付いたからだ。

彼女は真剣勝負ならためらいなく斬るだと確信したからこそだ。だから由紀江は剣士としてクラスメイトの誰かか挑戦する前に守る戦おうと思っているのだ。

 

「おはようございます議長!!」

「おはよう」

 

旭は評議会のメンバーから信頼されている。流石に彼女の正体が明かされた時は驚いただろうが、それはそれ。

評議会は揺るぎない。それも旭の人望があるからだろう。

 

「う~ん」

 

義経が遠くから旭を見ていた。同じ源氏のクローンとしては気になるのだろう。

 

「義経。遠慮せずに声をかけてくれてもいいのよ」

「ああ、うん。ええと義仲さん」

「貴方にはそう呼んでほしいわ。テレビ放送は見てくれた?」

「もちろん見ました。スゴイですね体捌き!!」

「義経に褒められるなんて嬉しくなるわね」

「そして何より最後の太刀の一振りがゾクゾクしました!!」

「ああ…もっと褒めていいのよ」

 

義経と義仲。どうなる会合かと思えば普通だ。何かが起こるというわけではなく、普通に先輩後輩な感じで会話している。

だけど彼女たちが普通な会話で終わるわけではない。そもそも旭には義経に言いたいことがあったのだ。

 

「ねえ義経。私と果し合いをしたい?」

「!!」

 

一気に空気が変わった。

 

「とても興味があります。武士として勝負してみたい!!」

 

義経はしっかりと言い返した。彼女もまた戦いたいのか、それは彼女の流れる血ゆえか。

もちろん全力で。つまり刀を抜いての勝負。そのことに義経は肯定する。

 

「私も貴方としたいわ。相思相愛ね」

「そ、そうしそうあい」

「とはいえ、さすがに然るべき時にと場所が必要だと思うの。真剣勝負での勝負は場合によってはそれ以後の勝負ができなくなる可能性もあるからね」

旭は対戦を待ちわびる集団へと歩いていく。それは義経の勝負のあとに勝負することを約束するために。

そのことに全員が納得する。由紀江も納得する。

 

「まずは武芸以外で色々競い合いましょう」

「は、はい。…というと」

「そうね、まずは放課後、屋上に来てくれるかしら?」

「はい、屋上ですね!!」

 

なんか従順に返事をしたので「可愛い子犬みたい」と言う旭。それに賛同する弁慶。

これには義経は反論するが旭は「私も女狐、くらいの軽口を返してもいいのよ」と言う。それも弁慶は賛同する。

 

「ふふ、こんこんっ」

 

彼女の意外な一面なのかもしれない。

 

「今のはわんわんと返したほうが良かったのかな?」

 

それはご自由にどうぞ。

 

 

231

 

 

早速放課後で義経は屋上に行く。1人だけでなく、弁慶と与一も一緒だ。そしてなぜか真九郎と大和も呼ばれた。

 

「時間ぴったり。几帳面な事ね」

「そういえば義仲は一人なんですか?」

「残念ながら義仲関係のクローンは私一人よ。そういう点では弁慶や与一がいる義経が羨ましい。巴がいたら良かったのに。でもこの孤独は私に対する試練だとお父様は言ったわ」

 

また試練かと思う真九郎。大和も何か引っかかったのか一瞬だけ試案顔をした。

さて、早速源氏同士の勝負が始まる。どちらが優れた者であるか。

最初の勝負は旭が取り出した物であった。

 

「笛?」

 

旭は義経と笛を吹いてみたいから種目に笛を選んだのだ。確かに何となくだが源氏勝負に当てはまる気がする。

そして彼女は早速、笛を吹き始める。義経も合わせるように笛を吹いていく。

その音色は与一が飾らない感嘆の言葉を発するくらい澄んでいるからだ。真九郎も音楽はわからないほうだけど良いということだけは分かった。

妙なる音色が校内に流れていく。この音色に川神学園の学生全員が耳を傾けてしまう。これが源氏の音色なのかもしれない。

 

「ふう、こんな所かしら。流石は見事な笛の音ね」

「いえ、義仲さんこそ。ずっと吹いていたい気持ちになりました!!」

「では白黒つけましょうか」

 

誰に勝敗を決めてもらうかで中立の大和が選ばれた。この勝負に引き分けはない。

旭は源氏勝負に必ず白黒つけたいということらしい。

 

「どうしよう…弁慶」

「なぜ弁慶ちゃんにふるのかね。私は間違いなく義経って言うよ」

「えー…紅くんは?」

「俺に言われても…こういうのはもう自分が良いと思った方を選べば良いと思うよ」

「真九郎くんの言う通りよ。自分に正直に思った方で言いわ。それが一番だもの」

 

悩んだ結果、大和は義経を勝者に選んだ。負けた旭だが悔しくと思っていない。なんせ源氏勝負始まったばかりだ。

いくつ義経と戦うか知らないが彼女は競い合うのだろう。これはまだ始まりにすぎない。

そしてこのまま旭は屋上から去ろうとしたがピタリと止まった。そしてツカツカと真九郎の元へと歩いてきた。

 

「え、何ですか?」

 

彼女の顔が近い。

 

「貴方とお話がしたいわ。あの続きをし・ま・しょ」

 

何故か意味深な雰囲気で近づかれて意味深なことを言われると周囲に誤解されるのだが。既に義経と弁慶には誤解されている。

 

「あの続きって…何。は、もしかして大人の階段を!?」

「あわわ…もしかして真九郎きんと義仲さんは大人の階段を!?」

 

何を言っているのだろうか義経は。そして弁慶は絶対に冗談だと気付いているはずだ。

 

「紅くん…」

「直江くんまで乗っからないで」

「あら、私と真九郎くんとは秘密の仲よ。お互いに曝け出し合う仲にこれからなっていくんだから」

 

彼女は嘘は言ってないからなんて否定すれば良いか分からない。だが沈黙は肯定の証になる。

誤解が義経たちの中で真実になりそうだ。

 

「じゃあ行きましょうか真九郎くん」

「あ、ちょっと待って。まずは誤解を!?」

 

結局誤解を解かせてもらえず旭に引っ張られるのであった。彼女はこういう時は強引だった。

 

 

232

 

 

強引なまま真九郎は旭に連れられて評議会室に入る。結局誤解を解かせてもらえなかったが弁慶と大和は絶対分かっているはずだ。

あとは義経の誤解を解いておいてほしいものだ。彼女は何故か見抜ける誤解を本当に信じるから困る。

 

「じゃあ、しっぽりとしましょうか」

「…何をですか」

「あら、私にそんな恥ずかしいことを言わせるの?」

「…最上さん」

「アキさんでしょ?」

「アキさん」

「はい、よろしい」

 

何故か一瞬だけ夕乃の雰囲気を感じたのは気のせいだろう。

そして環のような雰囲気も感じたのは何故だろうか。旭という女性はまだまだよく分からない。

 

「どこでそんな知識を…」

「私って官能小説も読んだりしてるのよ」

 

どうやら環のような成分も持っているかもしれない。もし、そんな話になったら困る。どちらかというと苦手だ。

前に真九郎は紫たちにそういう話を純粋に聞かれた時が一番困った。子供はいないけど、子供に「赤ちゃんはどこから来るの?」なんて言われた父親の気分である。

あの時はどうにかして乗り切ったが、今ではどう話してか覚えていない。

 

「真九郎くんは官能小説って読まないの?」

「読みません」

「面白いわよ官能小説。いろいろと勉強になるし」

 

何を保険体育の教科書のように言うのだろうか。言わんことは分からないことはないが。

彼女には意外なギャップがあるというかなんというかなんというか意外な一面だ。これも人を引き付ける魅力の1つかもしれない。

 

「じゃあ、あの時の続きを話しましょう」

 

またもお茶とお茶菓子を用意してくれた。お茶を口に含んで渇きを潤す。

このあと、いろいろと話すだろう。ならば喉の潤っていた方がいい。まさか怒鳴ることはないかもしれないが彼女と対話する場合は喉が渇くのだ。

まるで追いつめられるように話してくるから。

 

「さて、真九郎くん。まずは私が曝け出したわ…今度は真九郎くんの番よ」

「今度は俺の番?」

「ええ。そうね…真九郎くんと九鳳院紫の出会い話を聞かせてほしいわ」

 

お互いに曝け出し合うことを約束したつもりはないが旭はこちらが黙ることは許さないだろう。

彼女はどうしても真九郎のことを知りたいようだ。だがこちらも事細かく言うつもりはない。

真九郎と旭の関係は川神学園での先輩と後輩にすぎない。話すことなんて無い。

 

「もちろん仕事が終わったとはいえ、言えないことはあると思うわ。だから言えない部分は無しで話してほしいの」

 

どうやら彼女もこちらの事情は理解しているようだ。でも話してほしいらしい。

 

「どうやって九鳳院令嬢の護衛仕事を手に入れたの?」

「ある人が仕事をまわしてくれたんです」

「柔沢紅香ね。あの人も興味があるわ…不思議な人であり強き人」

 

どうやら知っていたようだ。真九郎のことをしらべているのなら彼女のことを知っていてもおかしくないだろう。

 

「なるほど。だから表御三家の護衛なんて引き受けることができたのね」

 

もっとも真九郎だってまさか九鳳院の娘を護衛するはめになるとは思わなかったものだ。あの時は流石に驚いたし、引き受けるのを躊躇ったもの。

 

「令嬢との生活はどうだったかしら。まさか手を出しちゃった?」

「出してません!!」

「え、そうなの?」

「何で意外そうな顔をするんですか!?」

「だってロリコンって…」

「誤解です!!」

 

もう勘弁してもらいたいものだ。真九郎はロリコンではない。

なぜ川神学園で広まったのかはやはり準と一緒にちょくちょくいるからかもしれない。それに同士認定も勝手にされたからだろう。

 

「じゃあ、小さい女の子には性的に興奮しないってこと?」

「しません!!」

 

ここが大事だ。真九郎はロリコンではない。大事になことだから2回言う。

 

「じゃあ私みたいな女性は?」

 

ここでその質問は卑怯だ。何で先輩に対して性的に興奮するか否かを言わなければならないのか。

男子学園生にはとても答えにくい質問だ。

 

「どうなの?」

「答えないといけませんか?」

「ええ。私は白黒はっきり決めたい人間だからね」

 

こんなので白黒はっきりつけられても困るものだ。

 

「さあ、どうぞ」

 

真九郎は悩む。言ってもいいのだろうか。というか言いたくない。

こんなのただのイジメじゃないか。

 

「で、どうなの?」

「………アキさんは素敵な女性だと思います」

「興奮するかハイかイイエで…イイエって言われたらすごいショックかな」

「………………………………………ハイ」

 

真九郎はこの瞬間に心が凍る。

 

「そう。良かったわ」

 

何故か満足そうな顔。こっちは心も体も凍っているというのに。

 

「続きの話をしましょう。令嬢…紫ちゃんはどう?」

「…最初はいろいろと九鳳院と五月雨荘の生活に驚いていましたね。あ、五月雨荘ってのは俺が一人で住んでいたところですね」

 

最初は確かに大変だった。紫との生活はいろいろと大変だった。

紫は五月雨荘での生活に不満を持っていたが何とか慣れようとして慣れた。人間は環境に慣れる生物だろう。

 

「へえ。まあ奥ノ院から出て庶民の家に入れば刺激は違うでしょうね」

「っ、何で奥ノ院のことを!?」

「それは調べれば分かるわ。実際のところ奥ノ院のことは一部の人間は知っている」

 

それは確かにそうだ。紫のことが世間に広まってから一部の者が奥ノ院のことを知る者が現れている。

だがそれは一般人には絶対に分からない。知るのはごく一部の特別な人間だけだ。それは名家だったり企業のトップだったり。

九鬼財閥に所属している最上幽斎だからこそ知ることができて、それが旭に伝わったのだろう。

すぐに冷静になる真九郎。

 

「奥ノ院は特別な場所。そんな場所から真九郎くんは紫ちゃんを開放した。それができるなんて凄いことだわ」

「凄くなんてないですよ」

「凄いわよ。おそらく紫ちゃんが奥ノ院から出たいって言ったのでしょう。それを可能にさせた真九郎くんは本当に凄い。普通は絶対にできないわ」

 

確かに普通に考えれば紫をあの奥ノ院から出すなんて出来ない。だが真九郎は紫を開放させたのだ。

 

「どうやって九鳳院当主の蓮杖と話をつけたのかしら?」

「俺は紫の味方になっただけですよ。そして九鳳院当主に言いたいことを言っただけです」

「ふぅん…それで九鳳院当主を納得させたのが凄いわ。私なんかじゃできないわ。いえ、それこそ誰もできないでしょうね」

 

よくよく考えてみれば確かに自分も蓮杖を納得させたものだと思う。あの蓮杖が退くなんて普通の人間であり、一端の揉め事処理屋の者ができるわけがない。

本当にできないだろうあんなことは。

 

「前に紫ちゃんが真九郎くんとベタベタしてたの見ていたけどあれは完全に君に好意を抱いていたわ。あれはもう恋人は君しかいないって顔をしていたわよ」

「そうですか」

「どんな状況か分からないけど…自分だけの王子様か。それは惚れちゃうわね。私だってそんな人が現れたら惚れちゃうかも」

 

真九郎と旭の話は続く。今回は真九郎が九鳳院と関わったところまでだ。

 

 

233

 

 

売春組織を追っている宇佐美巨人はやっと確かな情報を得た。それは売春組織が定期的に集まっている場所だ。

そこに売春組織をまとめている『上の存在』がいるはずだ。そいつを捕まえれば全て終わる。

 

「だけどまたまた物騒な場所だな」

「どうした親父?」

「ゲンか。売春組織についてだ」

「ああ、厄介な売春組織だって直江や風間が言っていたな…厳しいか?」

「分からねえ。だが厄介なのは確かだ…キナ臭せえよ」

 

今回のことは宇佐美代行センターの仕事の中で一番になるほどのキナ臭い仕事になりそうだ。

これだと大和たちも手伝ってもらっているが最悪な状況になる前に手を引いてもらうしかないだろう。

 

「裏闘技場か…物騒なところだぜ」

「…川神先輩は喜びそうな場所だけどな」

「まあな。だけど裏闘技場ってのは何でも有りの異種格闘技みてえなもんだ。普通の総合格闘技じゃねえからな」

「なんか詳しそうだな」

「昔行ったことがあるんだよ。今はどんなんか知らないがな」

 

流石は巨人。今ではナヨナヨしいがこれでも腕っぷしは相当あるのだ。あの喧嘩師である村上銀正とまともに戦ったことがあるのだから。

 

(結局あいつと決着はつけられなかったがな。チキショウ…あいつは結婚しやがって…俺だっていつか!!)

「これを直江たちに教えんのか?」

「一応な。言わなきゃ納得しなそうだし。それに着いてくるだろう…だが、危険だと分かったらすぐに帰らせる」

 

巨人は真剣な顔を忠勝に見せる。

 

「今回ばかりは流石にな。俺だって体を張るさ」

 

大和たちもついに裏闘技場の情報を得る。

真九郎に大和、冬馬たちはそれぞれ裏闘技場の情報を手に入れたのだ。彼らはそれぞれに裏闘技場に向かうだろう。

しかし、まさか全員が同じ日に裏闘技場に向かうなんてこの時は誰も知らない。そして忘れられない闇を見る羽目になる。

 

(キナ臭いのはまだあるんだよな。何で裏闘技場に売春リストの何人かが流れているんだ?)




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて、表では源氏勝負が始まりました。
裏では裏闘技場の情報がやっと全員にいきわたりました。
ちょくちょくと表も裏も事件が起きそうです。そして表と裏が合わさる時も近いかもしれんません。

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