「上手く、こじつけたものだな」
突然後ろから掛けられた言葉に、クルスが振り返った。不機嫌なのを隠そうともしないシルバが、眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけている。
「いったい、何を企んでいる?」
「何を、と言いますと?」
「とぼけるな。本来この演習は単純なメダルの奪い合いだけだったはずだし、私が参加する予定など無かったはずだ。おまえが学院長を通して、こうなるように仕組んだんだろ?」
「……こっちだって、昨日になって学院長から頼まれたんですよ。『シルバ先生を明日の演習に参加させてほしい』と。私はむしろ、シルバ先生の方が学院長に頼み込んだと思ってましたが?」
「……まったく、本当に学院長は何をお考えになっていらっしゃるのやら」
「さあ。あの人の頭の中なんて、私達じゃ到底考えにも及びませんからね。――それよりも、仕事はちゃんとしてくださいよ。昨日中ずっと考えて、ようやくそれらしいルールを思いついたんですから」
「ふん、おまえに言われるまでもない」
シルバはそう言うと、視線をクルスから外した。そしてそれを、自分達からは遠い場所にいる、落ち込むバニラを苦笑いで慰めているアルへと向ける。
「私は、リーゼンドのようにはいかないぞ」
「あらあら、何かの伏線にしか聞こえませんね」
微笑みを携えながらのクルスの言葉に、シルバは忌々しげに舌打ちをすると、静かにその場を離れていった。
クルスはそれを、視線だけで見送った。
「なんか、蚊帳の外だな……」
空を見上げながら、シンがぽつりと呟いた。
* * *
演習場、東門。
そこで今か今かと合図を待っているのは、10人の生徒と1人の少女だった。先程まで興奮気味に友人と騒いでいた生徒達も、いざ開始の時間が近づいてくると、さすがに緊張してきたのか徐々に口数が少なくなっていった。
生徒達の視線が、前へと向けられる。
金網の向こう側に広がる演習場は、こちら側とはまるで別世界だった。
演習場は幾千もの木々で鬱蒼としているものの、木漏れ日が程良く差し込むためにそこまで薄暗くはない。しかし動物がほとんどいないためか異様に静かで、にも拘わらず何物かが自分達を引き摺り込もうとするかのような、異様な威圧感が立ち籠めていた。
次に彼らは、その視線を周りへと移した。
東門の前にいる10人の生徒の内訳は、一般クラスが9人に、特進クラスが1人である。幸運にも、この東門が4つの中で一番特進クラスの生徒が少ない結果となった。
このことに、一般クラスの生徒達はホッと息をついた。一旦演習場内に散らばってしまえば条件は同じになることは分かっているが、要は気分の問題だった。
さらに彼らには、ほっと息をつく理由がもう1つあった。
その理由へと視線を向ける。自然と、彼らの視線が一点に集中する。
自分達の中で一番後ろにいるのは、突然この演習に参加することになった、宝石のように鮮やかな緑色の髪と瞳をもつ、アルと名乗る少女だった。その少女は現在、自分の目の前を飛ぶ1匹の蝶を指に留まらせようと夢中になっていた。
彼らは彼女のことを知っていた。数日前に自分達の授業に突然乱入してきたこの少女が、現在クルスの部屋に住み着いていることを。
そしてこの少女が、箒にも満足に乗れないほどに魔力の扱いに不得手であることを。
彼らからしてみれば、格好の獲物が目の前にぶら下がっているようなものだ。この少女がある程度メダルを集めたところを襲っても良いし、何なら日頃の鬱憤の捌け口としてただ痛めつけるのも良い。どうせ今回は魔術での攻撃が許されているのだ。部外者を少々痛めつけたところで、何らお咎めは無いだろう。
そんな残忍な想像を膨らませながら、彼らは自分達でも気づかない内に、にやにやと不気味な笑みを浮かべていた。
少女の実力が本当に彼らの思っている通りならば、クルスがこの演習に参加させるはずがないという事実にも気づかずに。
* * *
演習場、西門。
そこでは10人の生徒達が、やがて来るであろう合図を静かに待っていた。
「うう、どうしよ……」
そんな中、その人垣からなるべく離れるようにして立つバニラが、震える声でぽつりと呟いた。
西門にいる生徒達の内訳は、一般クラスが6人と、特進クラスが4人。奇しくも、4つの門の中で一番特進クラスの生徒が多い結果となってしまった。
ただでさえ恐怖で倒れてしまいそうなバニラは、この結果を知ってさらに顔を青ざめた。一旦演習場内に散らばってしまえば条件は同じになることは分かっているが、要は気分の問題だった。
――とりあえず、開始の合図が鳴ってもしばらくは動かないでおこう……。全員が中に入った後にこっそりと入って、後は時間が経つまでずっと樹の上にでも隠れて――
バニラは頭の中で、どうやって無傷で生き残るかをひたすら考えていた。メダルのことなど、とっくの昔に頭の中から消えていた。あるいは、どんどん膨れ上がっていく恐怖心を、思考に没頭することで少しでも紛らわそうとしているのかもしれない。
何人かの生徒が、ちらちらとこちらを盗み見ているのにも気づかずに。
* * *
演習場、南門。
そこにいる10人の生徒の内訳は、一般クラスが8人と、特進クラスが2人。4つの中で、東門の次に特進クラスの生徒が少ない結果となっている。
しかしその門は、他と比べても異様な緊張感に包まれていた。
「…………」
1人を除くすべての生徒が、自らの心臓の鼓動を抑えつけるように息を呑んで、この空気を生み出す元凶へと顔を向ける。
そこにいたのは、平均より少し身長が高く、雪のように真っ白な髪がよく映える美形の少年・ルークだった。彼は現在、クルスが集合場所にやって来る前にしていたように、目を軽く閉じて腕を組んで佇んでいた。
ルークと同じ門での開始が決まったとき、他の生徒達は(同じ特進クラスである生徒も含めて)絶望にも似た気持ちになった。一旦演習場内に散らばってしまえば条件は同じになることは分かっているが、要は気分の問題だった。
なので現在他の生徒達は、なるべく物音をたてないように、じっと息を殺していた。彼の矛先が自分へと向かう可能性を、ほんの少しでも減らしておきたいのだろう。
彼が今、何を考えているのかにも気づかずに。
* * *
集合場所でもある、演習場から少し離れた草原。
「そろそろ、かしらね……」
自分の手首に巻いてある腕時計を見ながら、クルスは呟いた。つい最近になって開発された、安定して動く“機械仕掛けの時計”である。
この世界における時計といえば、そのほとんどが日時計だった。日の出や日の入りを基準としているこの世界では、常に同じ速さで針を動かす機械仕掛けとは相性が悪いからというのもあるし、そもそも機械自体がほとんど発達していないというのもあった。
しかし新しく発売されたこの時計は、どういう構造なのかは分からないが、季節に合わせて針の進み方が変わるのである。これのおかげで、この世界における正確な時間をすぐに知ることができるようになった。
とはいえ、時計もまだまだ高級品。単なる一般庶民では、公共の場に置かれたものを見るのが関の山である。そんな高級品を、クルスは当たり前のように身につけていた。
「さてと、シン、準備はできた?」
「うん、大体できたよ」
彼女から少し離れたところで、シンは何やら作業をしていた。
彼の手には紙でくるまれた球が握られており、そのすぐ傍には鉄でできた筒が空に向かって設置されている。その筒は一端が地面に固定されており、よく見るとそこから1本のロープがちょろんと飛び出している。
何とも奇妙な物体に、シンの後ろでシルバが実に不思議そうにそれらを眺めていた。
「シン先生、それはいったい何なんだ?」
「これですか? これは生徒達に開始の合図を知らせる、いわば信号のようなものです。僕が私的に研究していたものを、今回のために完成させたんですよ」
「……まったく、学院の貴重な予算を、そのようなオモチャに使うとは……」
「そんなことないですよ。もう少し改良を加えれば、これだって立派な武器になるんですから」
「武器だと? ここをどこだと思っている? 優秀な魔術師が集結する魔術学院だぞ? そんなオモチャを使わずとも、魔術を使えば良いではないか。――まったく、どいつもこいつも、魔術師としての誇りをどこに捨てていったのやら……」
付き合いきれない、といった風にシルバは首を振ると、シンの傍を離れてどこかへと去っていった。「ちゃんと時間までには戻ってきてくださいよー」というクルスの呼び掛けにも、彼は一切反応しない。
一方自分の発明品をオモチャ呼ばわりされたシンは、まったくそれを気にする様子もなく、その手に持つ球を筒の中へと入れた。
「シン、そろそろ始めるわよ」
「いつでもどうぞ」
シンの言葉に、クルスは視線を腕時計に固定しながら頷いた。
「いくわよ。10――」
シンが懐から杖を取り出した。
「9、8、7、6――」
杖の先端から小さな炎を出し、それをロープに引火させる。ロープはぱちぱちと音をたてながら、みるみる短くなっていく。
「5、4、3――」
そしてロープが燃え尽きた瞬間、ぽんっ! と筒の先端から何かが飛び出した。それは先程シンが仕掛けた、紙にくるまれた球だった。
「2、1――」
白い煙を巻き上げながら、球はまっすぐ空へと突き進んでいく。
そして、
「ゼロ」
どぉんっ!
空に、炎の華が咲いた。