〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

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第31話

 そして次の日。青曜日。

 アルの体験入学初日。

 太陽が地平線から顔を出してしばらく経ち、生徒達が徐々に食堂に集まり始めた頃になって、ようやくアルは目を覚ました。

 顔に降り注ぐ陽射しに顔をしかめながら、アルはゆっくりとした動きで体を起こした。しばらくの間そのままボーッとしていたが、やがて名残惜しそうにベッドから抜け出した。

 それでもまだ脳は眠っているようで、あちこちが跳ねた緑色の頭をゆらゆらと揺らしながら、入口近くに置いた木の桶へと歩いていく。ここ2週間ほどで身につけた習慣の賜物だった。

 その桶の中には、昨晩の内に敷地内の井戸から汲んできた水が張られていた。アルはそれでタオルを濡らすと、ごしごしと顔を拭った。眠気は抜けきっていないが、先程よりはましになったように見える。

 次に彼女は、今着ている寝巻きをおもむろに脱ぎ出した。クルスがいないのを良いことに、脱いだそれをそこら辺に放り出して下着姿になる。そして洋服箪笥から、昨日の内にクルスが用意した制服一式を引っ張り出すと、いそいそとそれらを身につけていく。

 やがて上着である紫のローブに袖を通したところで、ふと彼女は左胸の辺りに手をやった。そこには杖を入れるためのポケットがあるのだが、中身は空っぽだった。

 それを確認したそのとき、箪笥の扉に取りつけられた鏡が目に入った。髪のあちこちが寝癖になって跳ねていたが、アルは一瞬そこに手を添えただけで、すぐに「まぁいいや」と鏡から目を逸らした。

 

「――さてと、行くか」

 

 アルは満足そうな笑みを浮かべると、入口のドアに手を掛けた。

 

 

 *         *         *

 

 

「うわあっ! すごーい!」

 

 目の前の光景に、アルは思わず大声で叫んだ。突然の大音量に、彼女の傍を通り過ぎようとしていた生徒達が、一斉に耳を押さえて足をふらつかせていた。

 彼女が入ろうとしているのは、赤煉瓦を基調に造られた、一度に50人以上は並んで座れるほどに長いテーブルが6脚も置かれた広い部屋だった。天井には踊り子をモチーフにしたと思われる絵画がでかでかと描かれていて、そこから漏れ出る光が部屋中を柔らかく照らしている。

 この部屋こそが、アルが期待に胸を膨らませていた“踊り子達の食堂”である。

 

「さすが魔術学院! 食堂だけでこんなに広いなんて凄いなぁ!」

 

 その圧倒的なまでの絢爛豪華さに、アルは興奮冷めやらぬ様子だった。今まではオルファがクルスの部屋まで食事を運んでいたため、この食堂に入るのは今日が初めてだった。

 

「さーてと、どこに座ろうかな……?」

 

 アルはきょろきょろと食堂内を見渡した。見たところ教師と生徒で座る場所がざっくりと分かれているだけで、特に席順らしきものは決まっていないようだ。

 そんな中、アルは食堂のかなり奥の方に、クリーム色の髪をもつ少女がいるのを見つけた。彼女の周辺は、すでに別の生徒達で埋まっているようだった。

 

「……仕方ない、別の場所にするか」

 

 そう呟くアルの表情は、少しだけ寂しそうだった。

 改めて席を探すと、入口から一番近いテーブルの、ちょうど真ん中辺りが空いているようだった。1人の少女が座っている以外は、ぽっかりと穴が空いたように人がいない。

 アルは跳ねるような足取りでそこまで歩いていくと、ちょうどその少女の斜め前に位置する席に勢いよく腰を下ろした。まだ料理は運ばれていないようで、テーブルには食器とナプキンしか置かれていなかった。

 

 ――どんな料理が食べられるんだろ? わたしが今まで食べてたのは賄いだってオルファが言ってたし、きっと凄い料理がいっぱい来るんだろうなぁ。

 

 まだ見ぬ料理に、アルの期待がどんどん膨らんでいく。思わず涎が垂れそうになり、彼女は慌てて口元を手で拭った。

 と、そのとき、

 

「あらぁ? 随分意地汚い奴がいると思ったら、乞食ちゃんじゃないのぉ。どうしたのかしらぁ? 生ゴミを漁ろうとして、うっかり迷い込んじゃったのぉ?」

 

 その言葉に、アルがそちらへと顔を向ける。

 その声の主は、彼女がやって来る前にちょうどそこに座っていた少女だった。長い金髪を大きな赤いリボンで後ろに縛るその少女は、テーブルに肘をついてにやにやと嫌らしい笑みを向けていた。

 

「…………」

「あらあら、どうしちゃったのかしらぁ? まさか口が利けないわけじゃないわよねぇ? それとも、人間の言葉が分からないのかしらぁ?」

「……えっと、誰だっけ?」

 

 ぴき、と少女の額に青筋が立った。

 

「……私の顔を忘れるなんて、良い度胸じゃない。あんたが突然授業に乱入してきて、私の箒を叩き折ろうとしてきたんでしょ!」

「…………、そんなことあったっけ?」

 

 きょとんと首をかしげるアルに、その少女・ダイアはますます苛立ちを募らせた。

 

「……ふん! 乞食なんかに、記憶力を期待した私が馬鹿だったわ。――それで、なんでこんな所にいるのよ? この学院の制服を着ているみたいだけど」

「えっと、今日からこの学院に体験入学することになったから、みんなと同じここで食事することになったんだ」

「……あんたが、ここの生徒に?」

「うん。3年の戦闘科で、普通クラスだよ」

「へぇ……、それじゃ私と同じね」

「おぉ、そうなんだ! よろしくね!」

 

 アルはそう言うと、満面の笑みを浮かべてダイアに手を差し出した。

 するとダイアは値踏みをするようにしげしげとそれを眺め、ゆっくりと手を伸ばし、

 

 ばしんっ!

 

 力強く、それを払い除けた。

 

「あれ?」

 

 アルは首をかしげた。怒るでも呆れるでもなく、なんで叩かれたのか不思議で仕方ないと言いたげな表情だった。

 

「ふん、乞食の分際で」

 

 鋭い視線と共に、ダイアはそう吐き捨てた。

 

「ここは貴族も学びに来るような、伝統ある高貴な学院なのよ。そんな所にあなたのような下賤な人間がいるなんて、私にはとても耐えられないわ」

「…………」

 

 ダイアの言葉を、アルは特に反論する様子も無く黙って聞いている。

 

「学院中で噂になってるわよ。『乞食がマンチェスタ先生を誑かして、ご飯にありつくためだけに学院に潜り込んだ』ってね。まったく、卑しいったらありゃしない。そんな人間と同じ空間にいたら、こっちまで腐っちゃいそうだわ」

「…………」

 

 アルが目を遣ると、いつの間にか彼女の周りに生徒達が集まりだし、遠巻きにこちらを睨みつけているのに気がついた。

 その目には、敵意がありありと見て取れる。

 

「さぁ、ここにあなたの居場所は無いわ。さっさとここから出てってくれないかしら? ――ああ、念の為に言っておくけど、“ここ”っていうのは食堂じゃなくて、学院のことを指すんだからね」

「身の程を弁えろよ、乞食が!」

「そうだそうだ! さっさと出ていけ、この乞食が!」

「出ていけ!」

 

 ダイアの言葉を皮切りに、生徒達が次々とアルに罵声を浴びせてきた。だんだんとその声は数を増していき、ついには食堂中に響き渡るほどに大きくなっていく。

 伝統のある高貴な学院の食堂にしては、あまりにも見苦しい光景だった。しかし何より問題なのは、食堂には教師達もいて彼らの罵声もしっかり聞こえているはずなのに、誰1人それを止めようとしないことだろうか。

 

「…………」

 

 そして騒ぎの中心にいる当のアルは、自分に罵声を浴びせる生徒達1人1人の表情を、ただ無表情で眺めていた。感情を隠すためにそうしているのではなく、本当に何も感じていないかのような無表情だった。

 するとアルはふいに、がたり、と椅子を鳴らして立ち上がった。たったそれだけの行為で、周りの生徒達が一斉に後ずさる。

 

「何だ貴様、やる気か!」

「面白い! 受けて立つぞ!」

「ほら、さっさと掛かってこいよ!」

 

 生徒達はそんなことを叫びながら、胸の内ポケットから杖を抜き取った。言葉自体は勇ましいものだが、へっぴり腰で言うものだからあまり様になっていない。

 それに応えようとしてか、アルが1歩足を踏み出そうとした、

 そのとき、

 

「何をやってるの? 食事前にうるさいんだけど」

 

 突如聞こえたその声は、騒がしい彼らの耳にもすんなり届いた。途端に生徒達は静かになり、一斉にそちらへと顔を向ける。

 その瞬間、皆が驚きに目を丸くし、ざざざ、とその人物から離れるように後ずさった。そのおかげでアルとその人物を結ぶように人垣が割れて、彼女がその人物の姿を見られるようになった。

 

「あれ? ルークじゃん。やっほー」

 

 周りなどお構いなしに呑気な声をあげて手を振るアルに、声の主・ルークは若干呆れたように手を軽く挙げた。

 そして彼は、周りの生徒達へと視線を移す。

 

「まったく、ここは伝統のある高貴な学院じゃなかったの? 食事前に大声で喚き散らすのが高貴な人間の行為だなんて、いつからテーブルマナーは変わったんだろうね?」

「おい、ルーク! おまえ、その乞食の肩を持つ気か!」

「話のすり替えをしないでくれるかな? 今はきみ達のマナーについて言っているんだ。もうすぐ食事の時間だよ。さっさと席に着いたらどうだ?」

 

 ルークはそこまで言うと、周りに見せつけるように右手を胸ポケットに差し入れ、

 

「それとも、僕が彼女の代わりに文句を聞いてやろうか?」

 

 その言葉に、生徒達は不満そうな表情を見せながらも、それぞれ自分の席に戻っていった。そしてダイアはアルを思いっきり睨みつけると、逃げるようにその場を離れていった。

 ルークは呆れたように大きな溜息をつくと、アルへと視線を向ける。

 

「さーてと、どんな料理が来るかなー?」

 

 アルはすでに席に着き、今や遅しと料理を待ち構えていた。

 

「…………」

 

 ルークはそれを見て、先程よりも大きな溜息をついた。しかしすぐに気を取り直すと、ゆっくりとアルに近づいていく。

 

「ねぇ」

「ん? どうしたの、ルーク?」

「隣、座っても良い?」

 

 

 *         *         *

 

 

「何なのよ、あの乞食! 本当に腹が立つわね!」

 

 ダイアは怒りのあまり、周りのことも考えずに大声で怒鳴り散らしていた。案の定周りの生徒達には少々白い目で見られていたが、彼らも彼女の怒りには共感できたのか、わざわざ止めるようなことはしなかった。

 ダイアはちらりと、自分が去っていった方へと視線を向けた。

 そこではアルとルークが隣り合って座り、何やら話し込んでいた。乞食と一緒に食事を摂るのが嫌なのか、それともルークに近づくのが嫌なのか、二人の周辺は誰も座っておらず、そこだけぽっかりと穴が空いているようだった。

 そんな2人の様子は、何だか仲睦まじいものに見えた。

 

 ――本当に何なのよ、あいつは! 馴れ馴れしくルークくんに近づいて!

 

 いくらクラスが違うとはいえ、自分は彼と2年以上も同じ学年だった。当然何度も一緒に授業を受けたことがあるし、話し掛けたことだって一度や二度ではない。

 それなのに、最近ちょろっとやって来た乞食如きが、ルークと話しているのが気に食わなかった。

 それだけならまだしも、ルークがそれに応対しているのが尚更気に食わなかった。彼は今まで恋人どころか、異性と仲良くお喋りするようなこともなかったのに。

 

「……お灸を据えてやる必要がありそうね」

 

 そう呟くダイアの顔は、見る者が思わず背筋を凍らせてしまうほどに歪んでいた。

 

 

 *         *         *

 

 

 給仕達によって料理が運ばれると、恵みに対する“彼”への感謝の祈りを捧げる。約十秒ほどのそれが終わると、いよいよ待ちに待った食事の時間となる。

 しかしアルは祈ることもせずに、目の前のごちそうに目を奪われていた。

 さっと茹でた野菜に特製のドレッシングを掛けたサラダ。ニンジンをペースト状に潰し、クリームと混ぜて煮込んだポタージュスープ。そして飲み物には、その芳醇な香りだけで品質の良いものだと分かる赤ワイン。

 しかしもちろん、それだけでは終わらない。

 まずはこの学院ではもはや定番ともなった、籠いっぱいに盛られた焼きたてのパン。ちなみに今日はバターロールである。本来は6人くらいに1つの割合で置かれるものだが、アルの傍にはルークしかいないため、必然的に2人で山分けということになる。

 そしてアルの目を惹きつけてやまないのが、若鶏の内臓を取り除き、そこに香草を詰め込んで焼き上げたチキンローストである。肉から染み出る肉汁、辺りに漂う香ばしい匂いが、アルの食欲をこれでもかと刺激する。

 貴族の子息も口にする料理であることから、もちろんすべてが最高級の食材で作られている。普通の平民だったら、一生お目に掛かることすらないものばかりだろう。

 

「いっただきまーす!」

 

 アルはナイフとフォークを握りしめ、器用に鶏肉を一口大に切り分けた。一口大といってもあくまでアル基準のものであり、他の人からしたら三口分はありそうな大きさだった。

 彼女はそれをめいいっぱい口を開けて頬張ると、ゆっくりと味わうように咀嚼した。途端、とろけるような笑みを浮かべた。

 

「美味しい! やっぱりここの料理は最高だね!」

 

 アルは力強くフォークを握りしめて高らかにそう叫ぶと、再び鶏肉を口に運んだ。噛むごとに肉汁が溢れ出し、口いっぱいに旨味が広がっていく。

 すると今度はバターロールに手を伸ばし、それを一口で頬張った。口の中に残る肉の余韻が、バターロールの素朴な味と相まって複雑な味わいを見せる。

 そして今度は、サラダを口いっぱいに頬張った。魔術で新鮮さを保ったまま学院に届けられる野菜は、シャキシャキとした歯ごたえに爽やかな瑞々しさを兼ね備えている。肉汁の脂っこさで満たされていた彼女の口内が、あっという間にリセットされた。

 そしてアルはまた新たな気持ちで、鶏肉を切り分けて頬張った。それを何口か味わうと、バターロールに手を伸ばす。そしてサラダを食べて、口の中をリセットする。

 鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。鶏肉。鶏肉。バターロール。サラダ。

 食べ進めていく内に、アルの食べる速さがどんどん上がっていく。最初はゆっくりと味わっていた彼女も、今はちゃんと噛んでいるのかも怪しいペースで次々と口の中に料理を放り込んでいく。

 彼女のそんな光景を隣で見ていたルークは、唖然とした表情を浮かべていた。

 

「……随分と、食べるんだね」

「そうかな? 別に普通だと思うんだけど」

「……そんなことないよ。だいたいここの食事は、僕には量が多すぎるんだ。朝からこんなに食べてたら、あっという間に太ってしまうよ」

「駄目だよ、ルーク。朝ご飯は一日の活力の元なんだから、ちゃんと食べなくちゃ」

「…………、アルほど食べる必要は無いと思うけどね」

 

 こうして会話している間にも手を休めることなく食べ続けるアルに、ルークは何だか胸焼けのような感覚を抱いた。とりあえず隣には目をやらないように注意しながら、彼はついと口を開いた。

 

「そういえば、あんな騒動のせいで聞きそびれていたけど、その格好をしてるってことは、もしかしてここの生徒になったの?」

「“体験入学”だけどね。バニラと同じクラスに入ることになったよ」

「ということは、普通クラスか……。アルほどの実力だったら、特進クラスでも問題無いと思うんだけどね」

「クルスも同じことを言ってたよ。でもまぁ、魔術ができないんじゃ仕方ないよね。勉強だけだったら、それなりにできるつもりなんだけど」

「確かに学科だけじゃ、特進クラスは無理だね。ここの先生達は、学科よりも実技を重視するから」

「別に入学できるんなら、どっちでも良いんだけどね。それに普通クラスにはバニラもいるし、そっちの方がわたしにとっては都合が良いかな?」

「…………」

 

 アルの言葉を聞いて、ルークの手が止まった。

 

「どうしたの、ルーク? 食べないの?」

「……アル、訊いても良いかな?」

 

 真剣な眼差しを向けるルークに、アルは首をかしげて口をモグモグ動かしながらも、こくりと頷いた。

 

「どうしてアルは、この学院に入ろうと思ったんだ? 僕はここに来る前のアルをよく知らないけれど、ここに身を置かざるを得ないほど生活に困窮していたとは思えない」

 

 ルークの質問に、アルは口の中の食べ物をごくりと呑み込むと、「うーん」と唸りながら考え込んだ。

 やがて、おもむろに口を開いた。

 

「面白そう、って思ったからかな?」

「……面白そう?」

「うん。最初はさっきの子が言ってた通り、ここの料理が目当てだったんだよ。だけどバニラと一緒に戦ったとき、バニラの“タンポポを咲かせる魔術”のおかげで勝つことができたんだ」

「へぇ、彼女がね……」

「バニラは自分のことを“落ちこぼれ”って思ってるみたいだけど、そんなバニラでも魔術の使い方次第で、リーゼンドみたいな強い奴でも倒せるんだよ? そう考えると魔術ってやっぱり凄いなって思って、もっとちゃんと魔術を勉強しても良いかなって思うようになったの」

「……そうか」

 

 まっすぐこちらを見て話すアルを、ルークは眩しそうに目を細めて見つめていた。

 

「…………」

「あれ、どうしたの? まだこんなに残ってるよ?」

 

 突然ナイフとフォークをテーブルに置いたルークに、アルは不思議そうな表情を浮かべて尋ねた。彼女の言う通り、彼の分はまだ半分以上は残されている。

 

「――アル」

「何、ルーク?」

「アルっていう例外がいるから一概には言い切れないけど、この世界に住む人間は大抵魔術が使える。だけど“魔術師”になれるのは、その中でもごく一握りの人間だ」

「うん、知ってるよ?」

「魔術師のほとんどは貴族だ。貴族は元々魔術の腕で出世した家系で、魔力の量は遺伝に依るところが大きいからね。だけどごく稀に、平民の中から魔術師の素質のある者が生まれることがある」

「…………」

「つまりどちらにしろ、魔術師あるいは魔術師を目指している者のほとんどは、『自分達は選ばれた存在だ』という優越感を抱いている。これが今の“魔術至上主義社会”を作り出した根本的な原因だ。――そんな奴らにとって、魔術も使わずに魔術師を倒してみせるアルの存在は、はっきり言って邪魔になる」

「…………」

「だからアルが正式な生徒になるまでの間、もしかしたらその後も、アルをここから追い出そうと嫌がらせや妨害をする輩が現れるかもしれない。アルの実力なら大抵は大丈夫だろうけど、だからこそ――」

「ねぇ、ルーク」

 

 彼の言葉を遮って、アルが口を開いた。顔を俯かせているために表情はよく見えないが、彼女の口元は何かに耐えるように固く引き結ばれている。

 そんな彼女を見て、ルークは『しまった』と顔をしかめた。

 

「……別にアルを脅かそうと思って言ってるわけじゃないんだ。ひょっとしたら、そういうことがあるかもしれないって――」

「ルーク、もう食べないなら、わたしが貰っても良い?」

「…………」

 

 思わず、ルークは口をぽかんと開けたまま静止してしまった。しばらくしてようやく気を持ち直したのか、大きく溜息をつくと、

 

「……良いよ。僕はもう出ていくつもりだったからね」

「え、本当? やった! ありがとね、ルーク!」

 

 ルークの言葉を聞いた途端、アルは目の色を変えて彼の料理を自分の方に引き寄せると、恐ろしい速さで口の中に流し込んでいく。もはや彼女の意識には、先程のルークの話も彼自身の存在も、微塵も残ってはいない。

 

「……まぁ、アルなら大丈夫か」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、ルークは独りごちた。


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