〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

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第44話

 学院の屋上庭園からリーゼンド達の様子を見守っていたバニラは、彼がオルファに腹を蹴られるや否や、すぐさまそこを飛び出して階段を駆け下りていた。

 

 ――早く誰か応援を呼ばないと、リーゼンド先生が危ない!

 

 そうして彼女が廊下を駆け抜けてやって来たのは、ルークの部屋だった。

 そのドアの前には、椅子に腰掛けて部屋を見張るシルバの姿があった。ちなみに彼の隣には、ルークのものと思われる、何年も使用された形跡のある古ぼけた箒が壁に立て掛けられていた。

 

「何だ貴様は、せっかくの休日だというのに騒々しい。――いや、それ以前に、なぜ貴様がここにいる。リーゼンドはどうした?」

 

 ぎろりと睨みつけてくるシルバに、バニラは一瞬迷うような素振りを見せたが、すぐに彼に向き直ると、

 

「シルバ先生、今すぐ来てください! 今リーゼンド先生が、裏の広場で事件の真犯人と戦ってるんです!」

「リーゼンドが……? まったくあいつめ、何をしているんだ……。――それで、その真犯人とやらは誰なんだ?」

「オルファっていう、学院の給仕だった女の子です! アルちゃんの世話係もやってて、あの“証拠”もそのときに手に入れたやつなんです!」

「給仕、か……。成程、最初から宝物庫が狙いで、緑魔術が使えるのをひた隠しにしていたというわけか……」

 

 そう呟いて1人納得するシルバに、バニラは力強く頷いて彼に詰め寄る。

 

「そうです! だから彼女が学院から逃げる前に、一刻も早くリーゼンド先生を助けに行かないと――」

「それで、なぜ私が彼を助けに行かなければいけないのだね?」

「…………、はっ?」

 

 シルバの思わず言葉に、バニラは思わずぽかんと口を開けてしまった。

 そしてそんな彼女を見据えながら、シルバは言葉を続ける。

 

「リーゼンドは優秀な魔術師だ。たかがコソ泥如きに、後れを取るような無いだろう。だからそいつは彼に任せれば良い」

「……で、でも、さっきリーゼンド先生が自分の姿を消す魔術で彼女を尾行していたら、彼女はあっさりとそれを見破ったんです! もしかしたら、彼女の実力はリーゼンド先生よりも――」

 

 必死になって説得を試みるバニラに対し、シルバは心の底から呆れ果てるように大きな溜息を吐いた。

 

「バニラ。勘違いしているようだから念の為に言っておくが、貴様があのとき彼に勝てたのは、本当に偶然に偶然が重なって、結果的に不意を突かれた形となったからだ」

「そんな! あれは偶然なんかじゃ――」

「勝負というのは貴様の想像以上に不確かなものでな、そういうことは割とあるんだ。たまたまリーゼンドに勝ったからといって、彼が弱いなどとはけっして思わないように」

 

 そう言い切る彼の目は、疑いなど微塵も無いかのように、とてもまっすぐだった。

 

「……どうしてシルバ先生は、そこまで自信満々にそう言えるんですか?」

 

 バニラの問い掛けに、シルバは愚問だと言わんばかりに鼻で笑ってみせると、

 

「そんなのは簡単だ。彼も私も、この学院の教師だからだ。この職に就けるのは、魔術師の中でも特に優秀だと認められた人間だけだ。だからこそ、そこら辺の有象無象に負けるはずがない」

 

 

「――アルちゃんに、負けたくせに」

 

 

「……貴様、今何か言ったか?」

 

 シルバがぎろりとバニラを睨みつけて、低い声でそう尋ねた。

 まるで視線で彼女を射殺そうとするかのように鋭いものだったが、彼女はけっして怯むことなく、むしろ彼に挑むように睨み返すと、

 

「ここで勤めている先生方はみんな、私よりもずっと優秀な魔術師ばかりなんですよね? だったら、もうとっくに気づいているはずです。今までのアルちゃんの勝利が、けっして偶然なんかじゃないことに」

「……黙れ」

「本当は怖いんですよね! 自分達が今まで信じて磨いてきた技術が、魔術も使えない女の子に脅かされるのが! 自分達の力が絶対じゃないと思い知らされるのが! 自分達が“選ばれた存在”じゃないと気づくのが!」

「黙れと言っているのが、聞こえないのか!」

 

 突然シルバが立ち上がって発した大声は、2人以外誰もいない廊下中に響き渡った。風系統の魔術を使っていないにも拘わらず、バニラは思わずよろめくように後ずさる。

 

「……分かったような口を利くな、落ちこぼれが。貴様みたいな魔術師のなり損ないに、我々の考えを知った顔で話されるのは非常に不愉快だ。二度とそんなことが言えないように、今すぐその舌を切り刻んでやろうか?」

 

 シルバは杖を彼女に向けながら、1歩1歩踏みしめるように彼女に近づいていった。その目つきは、まるで親の敵にでも出会ったかのような憎悪に満ちている。

 

「…………」

 

 バニラは恐怖と緊張で口元を歪ませながら、シルバとの距離を保つように後ずさっていく。

 と、そのとき、

 

 がちゃり。

 

「ん――?」

 

 突然ルークの部屋のドアが開き、シルバは無意識にそちらへと視線を向けた。

 部屋から飛び出したルークが、シルバの座っていた椅子の横に立て掛けてあった箒を手に取り、再び部屋の中へと入っていくのが見えた。

 

「ルーク、貴様――!」

「バニラさん、先生の注意を逸らしてくれてありがとう! 先に行ってるから!」

 

 シルバが血相を変えてルークへと腕を伸ばす中、部屋の奥から彼の呼び掛ける声が聞こえてきた。その直後には、がらり、と窓を開けるような音も聞こえる。

 バニラがはっと我に返り、慌ててシルバの後を追った。しかしルークの部屋にはすでにシルバ以外の姿は無く、正面でカーテンが風に煽られて揺れているのみだった。

 

「……バニラ、貴様、私を罠に嵌めたのか?」

「そ、そんなんじゃありません! ルークくんが勝手にああしただけで! ――って、こんなことしてる場合じゃなかった! 私も行かないと!」

 

 バニラはそう言うと部屋を飛び出し、階段へと走り出そうとする。

 

「貴様が行ったところで、何の役にも立たんぞ! 馬鹿みたいにタンポポを飛ばして勝てる相手じゃないんだろう!」

 

 そんな彼女の背中にシルバの怒号が浴びせられるが、それでも彼女の足が止まることはなかった。

 

「だとしても、じっと待ってるなんてできません! ――どうせシルバ先生は、助けには行かないんでしょう! だったら放っといてください!」

 

 バニラはシルバへと振り返ってそう吐き捨てると、廊下を走り抜けてそのまま階段を駆け下りていった。

 

「……勝手にしろ」

 

 シルバはそう呟き、椅子にどっかりと腰掛けた。

 

 

 *         *         *

 

 

「ふあぁ……」

 

 緑魔術で作った椅子に腰掛けているオルファは、大きく口を開けてあくびをし、目を擦って涙を払った。ぽりぽりと頬を掻くその様子は、暇を持て余した子供のようである。

 

「……リーゼンド様、まだお続けになるんですか? いい加減、諦めになった方が宜しいんじゃありません?」

「やかましい! 黙っていろ!」

 

 オルファの問い掛けをリーゼンドは切って捨てると、小さく呪文を唱え、杖の先端から人の頭くらいの大きさはある炎の塊を発射した。

 その炎は目の前のゴーレムに衝突し、その瞬間、激しい音をたてて爆発した。そこから吹き出す煙に紛れて、ゴーレムの姿が見えなくなる。

 

「…………」

 

 普通なら破壊されてもおかしくない威力だが、それでもリーゼンドは緊張を解くことなく、じっとその煙を睨みつけていた。

 と、煙が風に煽られるように動き出したその瞬間、そこからゴーレムの腕が飛び出してこちらに迫ってきた。

 

「――――!」

 

 リーゼンドは目を見開くと、大きく後ろに飛び退いた。幸いにもゴーレムの腕はかろうじて避けられたが、その腕が纏う風に彼の体が大きく揺さぶられる。

 

「くそっ! なんて頑丈なんだ!」

 

 爆発を受けてなお平然としているゴーレムに、リーゼンドは思わず悪態をついた。

 そもそもこのゴーレムは岩でできており、彼の唯一の攻撃手段である炎ではいまいち効果が薄い。それに加えてゴーレム自身に《セーブ》が掛けられ、ただでさえ高い防御力がさらに上乗せされている。

 この場合、馬鹿正直にゴーレムを攻撃するのではなく、ゴーレムを操っている術者を攻撃するのが得策だ。

 しかしその程度のことは、オルファも織り込み済だった。畳み掛けるようなゴーレムの攻撃が、リーゼンドに彼女を攻撃する隙をまるで与えなかった。それどころか、彼女に近づくことすらままならない。

 

 さらに悪いことに、このゴーレムにはお得意の《トリック・アート》が通用しなかった。ゴーレムは視覚ではなく、魔力によって相手の位置を把握するので、姿を消したところでまったく意味は無いのである。

 つまりリーゼンドは、ゴーレムを破壊することもできず、《トリック・アート》でオルファに忍び寄ることもできず、ゴーレムの攻撃を延々避けることしかできなかった。

 このときリーゼンドは初めて、目の前にいる少女が自分にとって、“天敵”と言っても良いほどに相性の悪い相手であることに気がついた。

 

「はぁ――はぁ――」

 

 しかし、時すでに遅かった。額に脂汗を滲ませ、肩で息をするほどに体力を消耗した彼は、すでにその場から逃げる体力も残されていなかった。そもそも、オルファがそれを許さないだろう。

 そうこうする内に、ゴーレムが再び彼に襲い掛かってきた。まともに受けたら人間の骨など簡単に砕け散るであろう拳が、リーゼンドの鳩尾に向かって突っ込んでくる。

 

「……ちぃっ!」

 

 残り少ない体力を振り絞って、リーゼンドは再び大きく後ろに飛び退いた。反応が早かったおかげで、ゴーレムの腕はぎりぎりのところで彼に届かなかった、

 かに思われた。

 

 ごしゃっ!

 

「――――!」

 

 突然腹部に感じた刺すような痛みに、リーゼンドは強烈な吐き気を覚えた。彼の体は大きく放物線を描いて吹っ飛び、背中から地面に激突して止まった。

 

「な、何だ……?」

 

 何が起きたのかまったく分からないリーゼンドは、がんがん痛む腹部を手で押さえつけながら視線をゴーレムに向けた。

 ゴーレムの右腕が根本から無くなり、その足元には幾つもの岩の瓦礫が転がっていた。そして彼の見ている目の前で、その瓦礫が独りでに動き出し、ゴーレムに吸い込まれるように右腕を形作っていく。

 

「ま、まさか……、右腕を千切って発射したというのか……?」

「リーゼンド様、これはあくまでもゴーレムです。いくら人間の形をしているとはいえ、人間で有り得ない動きをするのは当たり前ですよ」

 

 オルファは椅子に深く腰掛けて脚を組むと、くすくすと笑ってそう答えた。その様子は戦闘中にも拘わらず、まるで演劇でも観ているかのようにリラックスしている。

 

「くそ……」

 

 リーゼンドは忌々しそうに彼女を睨みつけているが、彼の体は地面を転がったまま起き上がろうとしなかった。

 

「どうやら、もう限界のようですね。腐っても学院の教師ですから、大どんでん返しの1つでもあるかと思ったのですが……、真に残念ですね」

 

 オルファの言葉に応えるように、ゴーレムが1歩1歩ゆっくりとリーゼンドに近づいていく。彼はそれを分かっていながらも、その場から動くことができずにいる。

 

「――あ、そうそう。リーゼンド様が随分と自慢なさっている、《トリック・アート》と名付けているその魔術ですけど……」

 

 オルファが笑い声混じりに話し出した言葉に、リーゼンドは自然と耳を傾ける。

 

「私の知り合いが、その魔術よりも性能の良い効果を持つ“道具”を持っています。しかもその道具、数百年以上も昔に開発されているんですって」

「――待て! それはもしや――」

「それじゃ、さようなら」

 

 リーゼンドの声を無視して、オルファが杖を彼に向けた。するとゴーレムが大きく腕を振りかぶり、彼の頭目掛けて振り下ろした。

 その迫力にリーゼンドは思わず目を閉じ、来たる衝撃に身を強張らせた。

 

 

 ずどどどどっ――!

 

 

「――――へ?」

 

 突然の大きな音に、リーゼンドは恐る恐る目を開け、そして驚愕した。

 目の前にそびえるゴーレムに、何本もの氷の槍がほぼ垂直に突き刺さっていた。そこを起点にゴーレムには大きなヒビが入り、その衝撃でゴーレムはピタリと静止している。

 

「な、何だ……?」

 

 リーゼンドだけでなく、椅子に座ってその様子を眺めていたオルファも、空へと視線を移した。

 学院の本棟を跳び越えるようにして空からやって来たのは、箒に跨って宙を舞うルークだった。右手に杖を握る彼は、ゴーレムとオルファを険しい表情で睨みつけている。

 

「……ようやくいらっしゃいましたね、優等生様」

 

 それでも尚、オルファは余裕のある笑みを崩すことなくそう呟いた。

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