〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

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第58話

 その門は幾つかあるロンドの門の中でも、一際人通りの少ない場所であった。いや、少ないというよりも、むしろ“無い”と表現しても差し支えないだろう。

 なぜそれほどまでにその門が使われないかというと、何といっても利用する人間が限られていることにあるだろう。

 その門を抜けた先には、まっすぐ延びる1本の道がある。道といっても石畳によって綺麗に舗装された街のそれとは違い、草が禿げていることで辛うじて道だと認識できる程度の物だ。

 その道が繋いでいるのはたった1ヶ所、イグリシア魔術学院である。途中で枝分かれすることのないその道は、学院の者と学院に用のある者の専用道路となっている。

 それだけ利用者が限られている道路ともなれば、そこに店を構えたところで商売になることはまず無い。なのでその門の周りは自然に閑散としたものとなり、門の目の前にある広場にも人の姿は無い。

 

 というのが普段におけるこの場所の光景なのだが、このときばかりはまるで違った。鎧で身を固めた剣を持つ男達、そして黒いローブを身に纏って左胸に桜の花びらをかたどったバッジを光らせる杖を持った男達が、2桁を優に数えるほどに顔を並べ、その全員がピリピリと肌を刺すほどの緊張感を漂わせている。

 当然ながら彼らの正体は軍の兵士と警察官であり、そして彼らがそこにいるのはひとえに〈火刑人〉の格好をした例の侵入者によるものだった。

 ロンドの西門からド派手に街へと入っていった例の侵入者は、今までに見つかっている爆弾と思しき物体の発見箇所から推察するに、西門から多少の蛇行をしつつもほぼ真っ直ぐ中心地まで進み、その辺りを多少フラフラしながら、最終的に現在彼らが待機している門へと向かっていることが分かった。

 これ自体が侵入者の陽動である可能性を考えて他の門にも兵士や警察官を配備しているが、奴の挑発的な性格を見るにその可能性は低いと思われる。よって現場の指揮官であるメリルはここを最終防衛ラインと設定し、普段は閑散としているこの場所に大勢の戦闘員を配備したのである。

 

 そしてメリル自身も現在、ここで侵入者が姿を現すのを今か今かと待ち構えていた。その隣には、普段と何ら変わらぬ表情で佇むクルスの姿もある。

 

「メリル、今から気を張り詰めてたら、いざ奴が来たときに精神的な疲労であまり動けなくなるわ。警戒心を解けとは言わないけど、もう少し自然体でいても良いんじゃない?」

「お気遣い、ありがとうございます。でも私は大丈夫なので」

「……そう」

 

 これでも彼女の先輩として何年も付き合いのあるクルスからしたら、今の彼女の状態は明らかに大丈夫ではないのだが、言っても聞かない性格であることも分かっていたのでそれ以上何も言わなかった。

 このまま沈黙の時間が続くと思われたが、意外にもメリルが口を開いたことによってそれは破られた。

 

「クルス先輩。私、この事件が終わったら、辞表を出そうかと思います」

「…………、そう」

 

 その言葉はあまりにも突然だったが、クルスは特に追及することは無かった。もしかしたら彼女の中では、ある程度予想していたことなのかもしれない。

 

「それで、警察を辞めてどうするの?」

「そうですねぇ……。実家にでも帰りますかね」

「……何なら私が実家に掛け合って、仕事を紹介しても良いわよ」

「本当ですか? 領主様の娘からそう言ってもらえると凄く心強いですよ」

 

 冗談めかして、多少弱々しくもニコリと笑みを浮かべるメリルの姿に、クルスは表情こそ変えないものの小さく息を吐いた。

 そして、彼女が先程から気になっていたことを口にした。

 

「そういえばさっき、誰かと連絡を取ってたわね。部下でも軍の人間でもなかったみたいだし、誰だったの?」

「あぁ、あれですか? この街に住んでる賞金稼ぎのヴェルクさんって人で、今までも何回か捜査に協力してくれているんです」

「へぇ。口振りからして、随分と信頼しているみたいだったけど」

「はい、そりゃぁもう。我々でもなかなか尻尾を掴めなかった凶悪犯を、過去に何人も捕まえてくれましたからね。この間もギネロファミリーっていうギャングのボスを捕まえてくれて、おかげで組織を壊滅することができました」

「ふぅん。ということは、結構強いのね」

 

 クルスの言葉に、メリルは力強く頷いた。

 

「ヴェルクさんの戦闘を直接見たことはありませんけど、今まで捕まえた凶悪犯の顔触れを考えれば、今回の侵入者に対しても後れを取ることは無いと思います」

 

 

 *         *         *

 

 

 国内外から芸術的だと称賛されるほどに綺麗な街並みが、ことごとく崩れ去って瓦礫の山と化している。あちこちで炎がゴウゴウと音をたてて燃え盛り、そこに人が暮らしていた痕跡である洗濯物や生活用品などを呑み込んでいくのが見て取れる。

 とはいえ先程起こった爆発とは違い、その瓦礫に混ざって人が転がっているというようなことは無かった。そこに住んでいた人々は、その光景を生み出した魔術師が暴れ始めたときには既に避難を開始しており、この辺りは推定人口200万人と言われる王都の一画とは思えないほどに静まり返っている。

 

「はぁ――はぁ――」

 

 そんな光景のど真ん中で膝を地面に突いて肩で息をしているのは、服のあちこちが焦げてボロボロになり、そこから覗く肌にもひどい火傷を負っているヴェルクだった。右手には未だ杖を握りしめ、正面の相手を睨みつける目にも力は残っているものの、その表情に疲労感や焦燥感が滲み出ているのは否定できない。

 一方、そんな彼から少し距離を取って対峙しているのは、真っ赤なコートで全身を覆っている例の侵入者だった。右手には杖を握りしめ、正面の相手を睨みつける目にも力は宿っているものの、その表情に退屈感や失望感が滲み出ているのは否定できない。

 

 赤ずくめがその表情を保ったまま、軽く杖を振った。それと同時に、杖の先端からヴェルクの上半身ほどの大きさはある炎が撃ち出された。赤魔術の中では基本中の基本である《フレイム・ショット》だが、術者の実力とタイミングによっては充分に実戦で通用するものである。

 そしてヴェルクはそれを見るや、動きの鈍っている体に鞭打つようにして立ち上がり、険しい表情で右方向へと駆け出した。それと同時に呪文を紡いで杖の先端から風を生み出し、こちらに迫ってくる炎に対して左向きにそれをぶつける。炎はその形を崩しながら彼の左脇を通り過ぎ、既にボロボロになっている建物へと突っ込んでいった。

 

 ホッと胸を撫で下ろしそうになるのも束の間、ヴェルクが逃げ込んだ先を狙い撃つように炎が飛び込んでくるのが見えた。咄嗟にその炎へと杖を構えて突風を発生させるが、炎は形を崩しながらもその勢いを衰えることなく彼の体を通り過ぎていった。

 

「ぐっ――!」

 

 そして彼の体のあちこちに、まるで獣が噛みつくように炎が燃え移った。彼は苦悶の表情を浮かべながらも、すぐさま杖の先端を自身の頭上辺りに向けて呪文を紡いだ。そして次の瞬間に彼の頭上に突然水の塊が現れ、重力に従って彼の体を通り過ぎ、その炎を掻き消していった。

 全身をぐっしょりと濡らしたヴェルクが、再び赤ずくめへと顔を向けた。その表情は、先程にも増して疲労が溜まっているように見える。彼は赤ずくめとの戦闘を開始してからずっと同じ行動を繰り返しており、火傷自体のダメージよりも体力と魔力の消耗の方が深刻だった。

 そしてそれを見て取った赤ずくめが、わざとヴェルクに聞こえるように大きく溜息を吐いた。

 

「おいおい、どういうことだよ? ガキを庇って前に出てきたから少しはやるのかと思ったのによ、いくら何でも歯応え無さすぎなんじゃねぇのか? こんなんだったら、さっきまでの警察の方がよっぽど強かったぜ?」

「…………」

 

 赤ずくめの挑発に、ヴェルクは睨みつけるだけで何も言い返さなかった。彼がどんな反応をするのか眺めていた赤ずくめは、苛立ちを隠すことも無く顔をしかめて舌打ちをした。

 最初赤ずくめは、ヴェルクがわざと実力を隠しているのかと思っていた。しかしここまで追い詰められておきながら、未だに反撃に出ようとしないのはさすがにおかしい。これではまるで、本当に彼が大したことのない実力であるかのようだ。

 あるいは仲間が来るまでの時間稼ぎをしているとも考えて敢えて泳がせてみたが、一向に応援が駆けつける気配も無く、ヴェルクは今にも力尽きて倒れてしまいそうだ。赤ずくめはあからさまな落胆を顕わにして首を横に振ると、手に持っていた杖を横に薙いだ。

 

 それに気づいたヴェルクは、ほとんど反射的に後ろに跳び退いた。もはや立っているのもやっとといった感じの彼だが、それでも動かない体に鞭を打って、赤ずくめの杖から飛び出す炎の塊に備えて身構える。

 しかし奴の杖の先端から飛び出したのは、ヴェルクが想像していたような、眩いばかりの真っ赤な光を放ちながら全てを焼き尽くす炎の塊などではなく、

 

 バシャシャッ――!

 

「えっ――?」

 

 それは、液体だった。

 ヴェルクに向かってバケツを振り回したかのように液体が襲い掛かり、彼の腹部辺りを容赦無く濡らしていった。しかもその液体が飛び出したのは1回ではなく、赤ずくめが杖を振り回す度に液体がヴェルクの周辺をバシャバシャと濡らしていき、まるで彼の周りだけ通り雨が降ったかのような光景と化していた。

 いったい何をしようとしているのか、とヴェルクが疑問に思い始めたそのとき、

 

「――――!」

 

 ヴェルクは、或る事に気がついた。

 最初は単なる水だと思っていたその液体だが、鼻をツンと刺激するような臭いがその液体から発せられていた。しかもその液体は完全な無色透明ではなく、石畳の様々な色によって分かりにくくなっているが、よく見ると若干黒みがかったような淡い色合いをしている。

 

「まさか――」

 

 頭を過ぎった“嫌な予感”に、ヴェルクは足元に落としていた視線を上げて赤ずくめへと向けた。

 そして彼は、自分の周囲をぐっしょりと濡らす液体が、赤ずくめの足元にまで伸びていることに気がついた。

 いや、赤ずくめの足元をぐっしょりと濡らす液体が、自分の周囲にまで伸びていることに気がついた。

 それとほぼ同時、口角を釣り上げて笑みを浮かべる赤ずくめの男は、まっすぐヴェルクを見据えながら杖を振った。

 杖の先端から零れ落ちた指先ほどの大きさしかない火種が、奴の足元にポトリと落ちた。

 

「ま――」

 

 ヴェルクが何かを叫ぼうと口を大きく開いたが、

 

 ずどぉん――――!

 

 ほんの1秒足らずで何千倍もの体積に膨れ上がった炎によって、彼の言葉は掻き消された。

 一瞬にして周囲の建物ほどの大きさに成長したその炎は、ゴウゴウと様々な物を飲み込んで燃やし尽くす音を獣の鳴き声のように響かせ、自らの存在を誇示するように眩い真っ赤な光を周囲に撒き散らした。風に煽られながらもその勢いを殺すことなく暴れ狂うその姿は、まさしく肉食獣が獲物の息を止めようと蹂躙しているかのようである。

 そしてその炎の中心にいるはずであるヴェルクは、その眩い光に阻まれてその姿を確認することができなかった。しかし赤ずくめは炎が膨れ上がるその瞬間まで彼のことを注意深く睨み付けており、彼は炎に驚くばかりで逃げることができなかったことを既に知っている。

 だからこそ今の赤ずくめは、ひどくつまらなそうに顔をしかめていた。

 

「――ちっ、結局何だったんだアイツは? まさか本当に大した実力も無いのに、ガキ1人を逃がすために命を捨てるような馬鹿だったのか?」

 

 胸の内に燻る不満を吐き出すように大きな溜息を吐いた赤ずくめは、先程のクリーム色の髪の少女が逃げていった方向をじっと見つめた。

 このままあのガキを殺してアイツの努力を踏み躙ってやろうか、という考えが一瞬だけ赤ずくめの頭を過ぎったが、すぐさま頭を横に振ってその考えを投げ捨てると、クルリと踵を返してその場から立ち去っていった。

 そして自分の生みの親が姿を消して尚、炎はその場を留まって暴れ回り、蹂躙の証であるかのように真っ黒な煙を空高く舞い上がらせていた。暴れても暴れても暴れ足りないと言わんばかりに、炎は誰もいない周囲に向けてゴウゴウと自分の存在を主張していた。

 そして、赤ずくめが姿を消してから数分くらいが経った頃、

 

 ぼしゅっ――――!

 

 一瞬だけ不自然な揺らめきを見せたと思うと、あれほどまでに暴れ回っていた炎が、何の前触れも無く突然その姿を消した。眩い光も獣のような音も空高く昇る黒い煙も全て消え失せ、まるで今までの出来事が全て幻であるかのようである。

 しかしながら、今もなお熱を帯びる周辺の空気と地面の石畳の惨状だけが、その炎が確かに存在していたことを示していた。丹念に焼き尽くされた石畳は中に含んでいた僅かな水分さえ奪われ、ボロボロにひび割れて崩れきっていた。もはやその石畳は馬車の重みを受け止めるだけの耐久力も無く、完全に使い物にならなくなっている。

 そして炎が存在していた場所の中心地は、その被害がさらにひどい有様に――

 

「はぁ――はぁ――」

 

 なっているかと思いきや、ちょうど中心から成人男性の身長を直径とした範囲内だけが、炎がその場所を蹂躙する前の姿を保ったまま、平然とその姿を残していた。そしてそれは、ツンと鼻につく臭いを漂わせる液体に濡れるその姿のまま、という意味だった。

 さらにその範囲内に座り込んで大きく息を荒げているのは、ヴェルクだった。空気中の酸素を恐ろしい勢いで消費しながら恐ろしい熱量を撒き散らす炎に囲まれていたせいで、彼の体は酸欠寸前にまで追い込まれ、彼の肌は真っ赤に腫れ上がるほどの火傷を負い、彼の髪は水分を奪われてカラカラに干からびている。

 

 とはいえ、彼は生きていた。あれだけの炎に襲われたのだ、むしろ死んでいないとおかしいくらいである。

 しかしそれをおかしいと思っていたのは、他ならぬヴェルク自身も同じだった。彼は先程から不思議そうな表情を浮かべて、自分に何が起こったのか確かめるように辺りを頻りに見渡している。

 

「え――――」

 

 そして、彼はその原因を見つけた。

 建物の陰からこちらへと歩いてくるのは、地面に届くほどに大きなコートを身に纏い、さらにはフードで頭をすっぽりと覆い隠している人物だった。その色は燃えるように真っ赤であり、見ているこっちが熱くなってきそうである。

 先程の赤ずくめが戻ってきたのか、とヴェルクは一瞬身構えたが、すぐに先程の奴とは雰囲気が異なることに気がついた。こちらに対する敵意も殺意も見えず、軽やかな足取りでこちらへ向かうその人物は、先程の奴よりも幾分か背が低いように見えた。

 そしてその赤ずくめがこちらに近づくにつれて、フードに隠れたその顔も徐々に明らかになっていった。

 それを見ていたヴェルクが、驚きで目を丸くし、思わず呟いた。

 

「――――アル?」

 

 ヴェルクの呟きに、フードの下から覗く赤ずくめの口元が笑みを形作った。




次回の更新は1月11日(水)とさせていただきます。
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