雲1つ無い空のど真ん中に浮かぶ満月が生み出す柔らかな光が、広場に面したバルコニーに降り注いでいる。直視できないほどに眩しい太陽の光に照らされ、テーブルやベンチを埋め尽くす賑やかな生徒達で溢れる昼間のそれとは違い、風の通り抜ける微かな音さえ響くほどの静寂に包まれたそこは、まるで学院から切り離された別世界のように幻想的な趣きさえ覚えるものだった。
そんな幻想的な風景の中心に、手摺りに両手を乗せて遠くの景色を眺めるアルの姿があった。
彼女がこんな時間にこんな場所にいるのは、つい先程まで使用人と共に風呂に入っていたからである。学院の生徒同様の扱いを受けるようになった彼女だが、入浴の時間は以前と同じく教師や生徒達の時間帯を避けたそれのままだった。余計な騒動を防ぐための措置ではあるが、風呂上がりに誰もいないここで景色を眺めながら涼む一時が秘かなお気に入りの彼女としては特に文句も無い。
「ふぅ、風が気持ち良い……」
遥か地平線の彼方からやって来た風が上気してほんのりと紅く染まるアルの頬を優しく撫で、しっとりと濡れた髪を揺らめかせている。緑色の長い髪が月明かりに照らされて煌めく様は、彼女の髪色を表現するときに使う“宝石のように鮮やかな”という言葉に説得力を持たせていた。
それにしても、とアルは視界の端で揺らめくその髪を一房手に取ってまじまじと眺めた。
数ヶ月前にこの学院に来た頃より、彼女の髪は明らかに手触りも艶も良くなっていた。入浴の際はクルスからシャンプーなどを借りるのだが、やはり貴族だけあって一般市民が使うものとは比べるまでもない最高級品ばかりだ。ちなみに時々使用人達がこっそり使わせてくれるように頼み込むときがあり、アルも快くそれを受け入れるのだが、やけに減りの早いそれらにクルスが何も言わないところを見るに、知っていて黙認していると考えて構わないだろう。
元々アルは“身嗜み”というものにこだわらない性格であり、特に今もそれに変わりないが、汚れているのをそのままにするほど無頓着というわけでもない。汚いままでいるよりは綺麗でいる方が好きであるし、何より風呂に入って体を洗うのは気持ち良いので、綺麗になった自分の髪を見て口元が綻ぶのも自然なことだった。
と、そのとき、
「こんな所にいたのね、アンタ」
背中からそう呼び掛ける声と共に、アルの足元が後ろからニュッと伸びた影に包まれた。
それに反応してアルが後ろを振り返ると、おそらく寝巻用と思われるラフな服装の上からカーディガンを羽織ったダイアの姿があった。生徒の入浴時間からは大分時間が経っているので、全体的に小ざっぱりしてはいるものの、頬が上気して紅くなっていたり髪がしっとりと濡れているようなことはない。
「あっ、もう目を覚ましたんだ。夕飯のときに見掛けなかったから、まだ起きてないのかと思ってたよ。っていうか、こんな時間に出歩いてて大丈夫なの? 生徒はもう部屋に入ってなきゃいけない時間じゃない?」
「そういうアンタは、なんでこんな時間にこんな所にいるのよ? クルス先生の部屋を訪ねたのに、無駄足になったじゃないの」
「わたしはいつも、この時間にお風呂に入ってるんだよ」
「へぇ、お風呂ねぇ。アンタみたいな乞食でも、お風呂に入るっていう人間みたいな行動をするなんて意外だわ」
ダイアのその言葉は、まるでアルがこの学院にやって来て間も無い頃のような容赦ないものだった。しかしそれに反して彼女の表情はニタニタと嫌みったらしい笑顔ではなく、その鋭い目はアルをまっすぐ見据え、口角も一切上がっていない。
そんな違和感に首をかしげつつ、アルはダイアに問い掛ける。
「それで、わたしに何か用?」
「――今日の試合で、私はアンタに勝ったわ」
「うん、そうだね」
ダイアの言葉を間髪入れずに肯定して頷くアルに、ダイアは大袈裟な仕草で溜息を吐いた。
「あらら、随分と余裕な態度じゃないの。春の演習でも今回の期末試験でもずっと私達に負け無しで、私達のことを内心見下していたっていうのに」
「いや、別に見下したりはして――」
「どうせアンタは、こう思ってるんでしょ? 『今回自分が負けたのは、1対1で正面から向かっていったからだ。もっと実戦的な状況だったら、自分の方が勝っていたに違いない』ってね」
「いや、別に考えては――」
「まぁ、口では何とでも言えるから、わざわざ言い訳なんてする必要無いわ」
こちらの返事を一切聞こうともせずに決めつけるダイアに、アルは困ったように口を閉ざしてポリポリと頬を掻いた。自分に勝ったのだから少しは機嫌も良いはずだろうに、むしろ今の彼女は苛立ちを隠せずに不機嫌そうにしている、というのもアルを困惑させる原因となっていた。
「それでダイアは、結局何が言いたいの――」
「私はアンタと違って、多くのものを背負っているの。立派な魔術師となって、普通に生きてたんじゃ絶対に得られないほどの大金を稼がなきゃいけないの。そのためにはこんなところで、アンタみたいな魔術も碌に使えないような奴相手に苦戦しているわけにはいかないのよ」
「…………」
とりあえず黙ってダイアの話を聞いているアルに、ダイアは彼女に向ける目つきをますます鋭くした。
「今はまだ実戦には程遠い、戦闘そのものに慣れるための授業が多いけど、学年が上がるに従ってどんどん内容も厳しくなっていくわ。きっとその内、私とアンタが全力でぶつかる機会もやって来るでしょうね。そのときは――」
ダイアはそこで言葉を区切ると、改めてアルに向き直り、ビシッと勢いよく彼女を指差して口を開いた。
「言い訳のしようもないくらいにアンタを負かしてやるから、せいぜい覚悟しておくことね」
ダイアはそれだけ言い残すと、アルの返事も聞かずにそそくさとバルコニーを去っていった。バルコニーを優しく照らす月明かりも届かない廊下の奥へと歩いていき、彼女の背中はすぐに闇に紛れて見えなくなる。
彼女の消えていった廊下の奥を見つめるアルは、ますます疑問の表情を浮かべていた。
「……何だったんだろう、今の」
「あらあら、青春ですね」
ダイアのそれとは違う朗らかな声に、アルは素早い動きでそちらへと顔を向けた。
先程のダイアとは逆に闇の中から姿を現してバルコニーにやって来たのは、白髪混じりの赤い髪を携えた物腰の柔らかそうな女性の老人――学院長だった。
「青春? 今のが?」
「えぇ。ライバルを超えるべく日々鍛錬に励む、とても素晴らしい青春じゃないですか。そんな彼女の熱い心に免じて、こんな時間に自分の部屋へ戻らず歩き回っていたことは不問にしましょう」
目尻や口元に深い皺を刻みながらニコニコと笑みを浮かべる学院長の言葉に、アルは『あぁ、やっぱり本当は駄目だったんだ』と苦笑いを抑えることができなかった。
と、そのとき、学院長が見る者に安心感を与えるその穏やかな笑みをアルへと向けた。
「アルさんも、できるだけ早くクルス先生の部屋に戻りましょうね。お風呂の時間を考えればこの時間に出歩くのは致し方ありませんが、今のあなたはこの学院の生徒と同等の扱いなのですから」
「……ねぇ、せっかくだから聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょう?」
僅かに首を傾けてニッコリと笑う学院長の姿は、まさしく生徒の質問に答えようとする教職者のそれだった。
だとしたら今のアルは、自身の疑問を教師にぶつける生徒となるのだろうか。
「なんで学院長は、わたしがこの学院に住むことを許したの? 自分で言うのも何だけど、どこの馬の骨が分からない孤児を学院に住まわせるって、普通そんな簡単に受け入れられないと思うんだけど」
アルがクルスの企みによってこの学院に住むことになったとき、あるいは目の前にいる学院長の決定によって彼女が生徒同等の扱いを受けることになったとき、多くの教師がそれに対して反発していたが、アル本人からしたらそのような反応がむしろ当然だと思っていた。魔術の腕が秀でているヴィナとかならば出自に関係無く入学させようとするのも理解できるが、アルの場合は魔術が苦手どころか魔力の片鱗すら見えない。
そう考えているアルの問い掛けに、学院長はその笑顔を崩さずに口を開く。
「そうですね……。色々理由はありますが、一番の理由は、それを頼んできたのが他ならぬクルス先生だったからですよ」
その答えに尚も首をかしげたままのアルを見て、学院長は言葉を足していく。
「元々クルス先生をこの学院の教師としてスカウトしたのは私です。彼女の慧眼には私も一目置いておりまして、そんな彼女がわざわざ私に頼み込んでまで連れてきた子ですから、きっと悪いようにはならないという確信がありましたよ」
「ふーん……、随分と信用しているんだね、クルスのこと」
「そういうあなたは、私達のことが信用できませんか?」
学院長がそう問い掛けると、アルは明後日の方を向いて考える仕草を見せ、再び学院長へと視線を向けて口を開いた。
「クルスは何ヶ月か一緒に過ごしてきたからある程度は理解してるけど、正直学院長についてはほとんど話したことも無いから分からないや」
「確かにその通りですね。それでは互いの親睦を深めるためにも、今後は色々とお話しましょう」
「……うん、そうだね」
やや間を置いて頷いてみせたアルに、学院長はパッと表情を明るくしてみせた。
「それでは今から早速……と言いたいところですが、今日はさすがにもう遅いですね。私はもう自分の部屋に戻りますので、アルさんも寝不足にならないように早くお休みなさい。何てったって明日は、1学期最後の日なんですから」
学院長はそう言って小さく手を振り、バルコニーに来たときの進路を辿るように、廊下の奥に広がる闇の中へと再び姿を消していった。
学院長を見送った後もしばらくそこを見つめていたアルだったが、ふいに後ろを振り返って手摺りの向こう側に広がる景色へと目を向けた。
学院の周りを取り囲む城壁の向こうには、点在している森と隆起のほとんど無い草原が広がっている。学院から近い場所は月明かりによってハッキリと見渡せるものの、遠くなるに従って暗闇の濃度がどんどん深まっていき、最終的には地平線と空の境目が見えないほど曖昧になっている。
そんな景色を眺めていると、まるで地平線の彼方までどこまでも草原が続いているように錯覚する。しかし当然ながら実際にはそんなことは無く、昼間には山脈の峰が地平線の上で波打っているのが分かるし、天気の良い日に双眼鏡を使えば王都・ロンドの街並みがここからでも見ることができる。
現在アルが視線を向けているのも、今は夜闇に紛れて見えないロンドの存在する方角だった。
「…………」
その方角をじっと見つめる彼女は、まるで夜闇の中からロンドの街並みを見つけようと目を凝らしているかのようだった。
そんな彼女の足元を、後ろからニュッと伸びた影が覆い隠した。
振り返るとそこには、無表情でじっとこちらを見つめるヴィナの姿があった。ショートボブの黒髪に大きな黒瞳、そして着ている服も上下共に黒といった全身黒の出で立ちだが、青白い月明かりの下ならば問題無く認識することができる。
「あれっ、ヴィナじゃん。――何だか今日は、色んな人と顔を合わせるなぁ。念のために聞くけど、3人で示し合わせてるわけじゃないよね?」
アルの冗談混じりの問い掛けに、ヴィナはその無表情な顔をフルフルと小さく横に振った。そしてそのままアルの隣へと移動すると、広場に背を向けて手摺りに寄り掛かった。
景色を観に来たわけではなく、かといってアルと会話は交わさない。一見すると彼女の行動は実に不可解だが、アルは特にそれを気にすることもなく、彼女とは逆に広場を覗き込むように手摺りに体重を掛けている。
そうして互いに顔を合わせることなく、しかし体はほんの少しの隙間を空けて寄り添ったまま、アルが口を開いた。
「そういえば、こうしてヴィナと一緒にいるのって、何だか久し振りな気がするね。期末試験中は、あんまりヴィナと顔を合わせなかったからかな?」
「…………」
「そういえば、バニラのことを鍛えてたんだって? あのタンポポを液体火薬に変える魔術を教えたのもヴィナなんでしょ? 最初にアレを見たときは、わたしもかなりビックリしたよ!」
「…………」
そのときのことを思い浮かべて興奮した様子で話すアルに、それでもヴィナは無表情を崩さなかった。それどころか、満面の笑みを向ける彼女から逃げるように、ほんの僅かに顔を背けてすらいる。
そんな彼女の仕草に、晴れやかだったアルの笑顔が陰りを見せた。
そしてポツリと、呟くようにこう言った。
「――ごめんね、ヴィナ。わたしのわがままのせいで、本当は居たくもない場所に留まらせることになっちゃって」
「…………」
ちらり、とヴィナはアルへと視線を向けた。
夜闇でほとんど見えない遠くの景色に目を向けながら、アルは尚も言葉を続ける。
「バニラから聞いたんだけどさ、今回の試験でわたしを倒すことを目標にしてて、それが達成できなかったらわたしをここから連れ出すってことになってたんでしょ? でもバニラが新しく身に付けたあの魔術は、今回の試験の形式には向かないってヴィナだったら気づいてたと思うんだよね」
「…………」
「それってつまり、最初からヴィナはバニラを勝たせようとしてなかったのかな、って思ってさ。じゃあなんでそんなことするのかって考えたら、やっぱりヴィナはここにいるのが嫌だったのかなって結論になっちゃって……」
「……別に、そんなことはない」
バルコニーで顔を合わせてからまともに喋ったヴィナの言葉に、アルはバッと勢いよく彼女へと顔を向けた。
「……本当に?」
「もし私が本当にここに留まるのが嫌だったら、縄で縛り付けてでもアルをここから連れ出す」
大真面目な口調でそう答えるヴィナに、アルは思わず吹き出していた。彼女らしい明るい笑顔が、ようやく戻ってきた感じだった。
そんな彼女を見据えながら、ヴィナは「でも、」と続けた。
「もしアルがそこまで変わった理由があの子にあるっていうのなら、それが何なのか確かめてみたかった、っていう想いはあった」
「へっ? わたしって、そんなに変わったかな?」
首をかしげるアルに、ヴィナは小さく頷いた。
「昔のアルは、“あの人”がいくら言っても魔術を勉強しようとはしなかった」
「そりゃまぁ、あのときは自分が魔術を使えないことはとっくに分かってたし、自分ができないことを勉強する意味が理解できなかったからね。あのときは別にあのまま“5人”一緒に暮らしていければそれで良くて、自分が生きるために魔術師と戦わなきゃいけなくなるなんて考えてもいなかったから」
「……だから今、改めて魔術を勉強するようになった?」
「うーん、確かにそういう理由も無くはないけど、やっぱりメインの理由ではないかなぁ……? やっぱり一番の理由は、魔術自体に純粋に“興味”が生まれたって感じかなぁ?」
自分に関することにも拘わらず、アルの答えはどことなく曖昧なものだった。おそらくアル自身が、自分が学院に留まって魔術の授業に参加する理由を分かりかねているのかもしれない。
明確な答えは出ないことを悟ったからか、アルはその疑問を振り払うように頭を振ると、手摺りから体を離してヴィナへと向き直った。
「それじゃ改めて確認するけど、わたしがこのまま学院に留まることにヴィナは反対していない、ってことで良いのかな?」
「……うん、それで良い」
「……ヴィナも、一緒にいてくれる?」
ほんの少しだけ不安の色を見せるアルの問い掛けに、ヴィナは彼女をまっすぐ見据えながら小さく頷いた。
その瞬間、アルがホッと胸を撫で下ろすように大きく息を吐いた。
「そっかぁ、ありがと。ごめんね、わたしのわがままに付き合わせちゃって」
「別にそれは構わない。ただ――」
そこで言葉を区切ったときのヴィナの“変化”は、おそらくほとんどの人間には見分けることができなかっただろう。彼女の表情は普段通りの感情を読ませない仮面のようなそれであり、言葉を紡ぐために最低限動かしている口以外はピクリとも動いていなかったのだから。
しかし、アルはその“変化”を見逃さなかった。
ヴィナが本当に伝えたいことを話すときの、差し迫ったような雰囲気を。
「さっきアルが話していた
その言葉を皮切りに、ヴィナはアルにその理由を説明した。
“とある理由”からアルとはぐれていたヴィナが彼女と再会すべくロンド入りしたのが、〈火刑人〉を自称する男が爆弾テロを企て、アルがそれに巻き込まれる例の事件が発生する1週間ほど前だったこと。しかしアルはなかなか見つからず、それどころか『警察の手によってアルは既に死亡している』という情報を掴んで半ば途方に暮れていたこと。
そんな彼女の前に突如学院長が現れ、自分がアルを捜していたことを言い当てたうえで『あなたとアルさんを引き合わせる手伝いをしてあげる』と一方的に伝えてきたこと。
あのときアルが着ていた赤いコートには特殊な細工が施され、学院長だけがそれを着ている人物の居場所を特定できる状態だったこと。そしてそれを何かしらの魔術を用いて、学院に居ながらにしてヴィナにその情報を伝え、ヴィナはそれに従って動いていたこと。
つまりアルとヴィナがあのとき再会を果たしたこと自体が、学院長によって仕組まれていたものであること。
「成程ねぇ……」
ヴィナの説明を一通り聞いたアルは、とりあえず正直な感想を口にすることにした。
「そんなこと、本当にできるの?」
「具体的な方法は、私にも分からない。でもアイツに限っては、それができることを前提で考えた方が良い。何てったって――
――アイツは、〈赤の勇者〉なんだから」
“二つ名”。
それは魔術師の特徴を一言で言い表したものであり、ほぼ確実に他人によって半ば勝手に名付けられるもの。その魔術師が偉大な功績を挙げたとき、あるいは世間を震撼させる事件を起こしたとき、他の魔術師と区別するために付けられるものだ。
しかし二つ名を付ける際に、暗黙のルールと呼ばれるものが幾つか存在する。前に名付けられたものと被ってはいけない、というのはもちろんだが、それ以外に重要視されているルールがもう1つある。
それは『“勇者”という単語、あるいはそれに類する単語を用いてはならない』というものだ。
なぜならこの世界の人々にとって“勇者”というのは、特別な意味を持つ言葉。
千年前にこの世界にやって来て魔術を広めた偉大な存在である“彼”から最も信頼され、“彼”がこの世界を去った後もその教えに従って人々を導き、そして今から600年ほど前に突如世界を襲った“災厄”を退け、そしてその後もそれぞれが国や聖地を興して世界を見守ってきた6人の人物。
そんな彼らのみが、“勇者”と名乗ることを許されているのだから。
「でもそんな人が、なんでわたし達みたいなのをそこまで構うのかな?」
「分からない。もしかしたらアイツは、私達の知らないことを何か知っているのかもしれない。――とにかくアイツが私達に対して何か企んでいる以上、警戒するに越したことはない」
「まぁ、確かにね。うーん、でもなんでだろうねぇ……」
「……大丈夫」
ポツリと呟かれたヴィナの声に反応したアルが彼女へ顔を向けると、彼女はまっすぐアルを見つめたままこう言った。
「何があっても、私はアルの味方だから」
「……ありがと、ヴィナ」
ニッコリと笑って礼を言うアルに、ヴィナはこくりと頷いた。
彼女の口角は、アルでなければ気づけないほど僅かに上がっていた。
第5章 終了