〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

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第6章 『帰省編』
第77話


 イグリシア魔術学院は、周りを広大な平原に囲まれた全寮制の学院だ。当然ながら平原には森と川以外ほとんど何も無いので、休日に買い物をしたり遊んだりするには最寄りの街であるロンドにまで行く必要がある。

 しかし歩いていくと街に着く頃には日が暮れてしまうし、箒で空を飛んでいくのも魔力の消費による疲労が大きい。よってロンドへ行くときには学院で管理している馬に乗って行くのが一般的なのだが、数に限りがあるので早い者勝ちの争奪戦が繰り広げられる。なので休日の生徒は、むしろ普段よりも早起きの傾向がある。

 

 通常の休日に最寄りの街に行くだけでもこの騒ぎなのだ、これが長期休暇で故郷に帰るともなればその騒ぎも通常の比ではない。この日のために学院側も普段より多くの馬を用意してはいるが、それでも数百人の生徒(+教師)が一斉に里帰りするとなれば、いくら馬がいても足りないだろう。なので学院側は、金銭に余裕のある者、あるいは自分で移動手段を用意できる者は、学院の馬を他の生徒に譲るよう通達している。

 これにより学院では夏休み初日の風物詩として、それぞれに特徴的な家紋があしらわれた数多くの馬車が門の前を埋め尽くす光景が見られるようになった。中には久し振りに顔を合わせる子供を待ちきれず使用人と一緒に学院にやって来る親もいて、所々でそういった親同士が談笑している光景も見受けられる。さながらそこは、青空の下で開催される社交パーティーである。

 ちなみにそこから上へと目を向けると、空を飛ぶ使い魔に乗って悠々と学院を後にする生徒を時折見ることができる。使い魔召喚は特進クラスでしか学ばない白魔術の領域であり、さらに人が乗って空を飛べるほど大型な動物を召喚するのはかなり難易度が高いため、使い魔が頭上を通り過ぎる度に地上の社交パーティーの話題がそれ一色に染まる。特にその使い魔が滅多に見ることのできないヘルドラゴンなどの希少生物となれば、その盛り上がりもひとしおだ。

 

 そんなこんなで夏休み初日は門の前がごった返して非常に騒がしいのだが、逆に言えばそれを過ぎてしまえば学院が一気に静かなものになる。実家に帰らず学院で夏休みを過ごす者はごく少数であり、使用人も特別なシフトを組んで大多数が実家に戻ってしまうので、夏休み中の学院は普段からは想像もできないほど非常に閑散としたものとなる。

 特にそれは、食事時の食堂に行くと尚更よく分かる。一度に50人以上は並んで座れるほどに長いテーブルが6脚も置かれた食堂は、普段ならば生徒と教師が埋め尽くして使用人が忙しなく動き回る、非常に人口密度の高い空間となるのだが、今はそんなだだっ広い部屋に5人程度のグループがちらほらと点在する程度であり、どことなく寂しさを拭いきれない。

 しかし、そんなときだからこそ見られる光景というのもある。

 

「はぁ……」

「どうしたの、アルちゃん? 溜息なんて吐いちゃって」

「それがさ……。学院に残ってる人が少ない分、作られる料理の量も少なくなってるでしょ? いつもなら大量に余った残り物を食べられるのに、夏休みに入ってから全然物足りなくてさ……」

「いや、そんなこと言って、あなたが今までここの食事で満腹になったことがあるの? 私が止めなきゃ、いつまでも際限無く食べてるじゃないの」

「失礼な! わたしだって満腹になることくらいあるからね! 30分もしない内に小腹が空いてくるけど」

「どんな体の構造してるのよ……」

「…………」

 

 幾つかあるグループの内の1つ、最も厨房の入口に近い場所に座るのは、厨房から出てくる使用人が次々と運んでくる大量の料理を次々と胃袋に収めていくアル、それをすぐ隣でそれを眺めながら感心するような苦笑いのような表情のバニラ、時折アルへと視線を向けるも会話には一切参加しないヴィナ、そしてアルの真正面で露骨にうんざりしているクルスという組み合わせだった。

 普段は生徒と教師の座る区画が明確に分かれているため、こうして生徒と教師が肩を並べて食事を摂るのは、こういった長期休暇の間だけである。だからなのか、他のグループに目を向けてみると、同じように生徒と教師が会話を交わしながら食事をしている風景が幾つかあった。もっとも、あまり無い機会だからといって教師と積極的に話をしようとするのは、魔術について質問をしたいことがある真面目な生徒くらいであり、生徒同士のような中身なんて有って無いような話題で笑い合うなんて光景ではないのだが。

 そう考えるとアル達の会話の内容は、比較的フランクなものと言えるのではないだろうか。

 

「ところでさ、クルスは実家に帰る予定とか無いの? 他の先生も大体帰ってるみたいだけど」

「わたしは別に実家に帰る予定とか無いもの。それに教師全員が帰ってるわけじゃないでしょ? 例えばシンなんて、この時期はいつも研究室に引き籠って何だかよく分からない実験を繰り返してるわよ」

 

 クルスの言葉に、アルとは対照的にチビチビとジャガイモの冷製スープを音もたてずに口に運んでいたバニラが反応し、スプーンを皿の上に置いた。

 

「そういえばクルス先生って“マンチェスタ家”の方でしたね。こうして一緒に食事をしてるのって、何だか不思議な感じですね」

「んっ? それって、どういう意味?」

 

 口の中を食べ物でいっぱいにしながらも器用に疑問の言葉を紡ぐアルに、バニラは彼女に何かを教えることが嬉しいのか、ほんの少しだけ胸を張って説明を始めた。

 

「クルス先生の“マンチェスタ領”と私の“ヴァルシローネ領”は、国境を挟んで隣同士なんだよ。だから国が出来て間も無い頃には、お互いの家で何度も戦争を繰り返してたらしいんだ」

 

 イグリシア国を含む5つの国と1つの聖地がこの世界に誕生した当時は、世界のあちこちで領地持ちの貴族が互いの利害を衝突させて戦争を行っていた“激動の時代”だった。そしてそれは何も他国の貴族同士に限った話ではなく、同じ国の貴族同士が互いの領地を巡って戦争をすることも当たり前だった。現在残っている“国境”などはその名残と言えるだろう。

 そしてマンチェスタ家もヴァルシローネ家も、そのような激動の時代を生き残った由緒正しき家系である。特にマンチェスタ家は“辺境伯”の爵位を与えられており、国境付近に領土を持つこと(つまり国防の要を担うこと)を許されるほどの力を持っていたことを意味している。そんなマンチェスタ家と渡り合っていたヴァルシローネ家もまた、それだけ大きな力を持っていたと見ることができるだろう。

 

「とはいっても何百年も前のことだし、今更その時代の感覚を持ち出して互いに敵意剥き出しでいる方がおかしいと思うけどもね」

 

 しかしそんなマンチェスタ家の末裔であるクルスは、特にそれに対してこだわりがある方ではなかった。そして彼女のそんな言葉を聞いたバニラは、何やら所在悪そうに体を縮こまらせながら視線を逸らしていた。『今更その時代の感覚を持ち出して互いに敵意剥き出しでいる』人物に対して、何か心当たりでもあるのだろうか。

 

「ふーん。それじゃ、2人ってそれぞれの領地に行ったことってあるの?」

 

 アルの質問に、バニラとクルスは同時に「うーん」と考え込み、

 

「私は実家からここに来るときにはマンチェスタ領を通ることになるから、そのときに必ず中心街で1泊することにしてるんだ。マンチェスタ領って軍事力だけじゃなくて経済も凄い潤ってるから、物も人もいっぱいで凄く賑わってるんだよ」

「私はまだアル達よりも小さかった頃に、ヴァルシローネ家で社交パーティーがあったときに1回行ったことがあるくらいかしら。父や兄はもっと行ったことがあるんでしょうけど」

 

 クルスの答えに、アルが驚きの表情を浮かべた。

 もちろんそれは、クルスのヴァルシローネ訪問回数に対してではない。

 

「えっ? クルスって、お兄さんがいたの?」

「いるわよ。上に3人で、娘は末っ子の私だけなの。だから領地の運営とかはもっぱら兄達に任せっきりで、私はこうして好き勝手やらせてもらってるわ」

 

 別に彼らだって嫌々やってるわけじゃないけどね、と微笑み混じりで付け足すクルスを見遣りながら、バニラは1人納得していた。

 クルスの年齢は二十代後半くらいであるが、その年齢で結婚していない女性は世間では“行き遅れ”のレッテルを張られてしまう。特に世継ぎを残すことが一般市民よりも大事である貴族だと更に顕著で、十代前半で結婚する例も珍しくなく、場合によっては生まれる前から婚約者が決まっているなんてこともあったりする。なのでこの学院に勤めるクルスよりも年上の女性教師は、全員が結婚しているか過去にしていたかのどちらかだ。

 

「でも先生、そうは言ってもご両親から何か言われたりはしないんですか?」

 

 同じ貴族出身だからこその疑問に、クルスは苦虫を噛み潰したように口元を歪ませると、

 

「確かにここ最近、父からの手紙が頻繁に来るようになったのよね……。『おまえもそろそろ身を固めるべきだ』とか言って、見合い相手の肖像画とか送り付けてくるようになったのよ……」

「それで、クルスはどうしてるの?」

「捨てるか燃やすわ」

 

 あまりにもまっすぐな目で答える彼女に、アルも「うわ、容赦無い」と苦笑いを浮かべるしかなかった。バニラもアルほど露骨ではないが、困ったように眉を寄せて弱々しい笑顔となっている。

 と、そのとき、誰かがこちらに近づく気配に気づき、バニラはそちらへと顔を向けた。

 

「やぁ、楽しんでるところ悪いけど邪魔するよ」

 

 軽く右手を挙げながらそう言ったのは、少々癖のある茶髪に黒縁の眼鏡を掛けた、細い体躯とおっとりした雰囲気で少々気の弱そうな印象を受ける男性教師・シンだった。先程クルスの言っていた通り研究室に籠っていたのか、実験でよく見掛ける白衣を身に纏っている。

 そんな彼の登場に、アルは「やっほー」と右手を挙げて応え、そしてクルスは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「どうしたのよ、体力が許す限り研究室に籠ってるあなたが珍しい」

「僕としても非常に残念だけど、籠っていられる状況ではなくなったんでね。――クルスにお客さんだよ」

「客?」

 

 指名されたクルスだけでなく、アルとバニラの2人も辺りを見渡すが、先程と変わらず食事を摂っている生徒や教師がいるだけで、クルスの来客らしき人物の姿はどこにも見られない。

 

「来客って、どこにいるのよ?」

「ここ」

 

 シンがそう言って指差したのは、自分の着ている白衣の胸ポケットだった。確かによく見ると、何か入っているような膨らみが分かる。

 そうして3人の視線を集めてから、シンはその胸ポケットにそっと手を差し入れ、丁寧な手つきで“それ”を取り出した。

 “それ”は、ネズミだった。掌に乗るほどの大きさをした、まさに“ネズミ色”という表現がピッタリな灰色だった。

 そしてそのネズミを見たときの反応は、四者四様だった。アルは彼の意図が分からずキョトンとした顔で首をかしげ、ヴィナはスッと目を細めて警戒心を顕わにし、バニラはネズミが苦手なのか苦い顔をしてほんの少し体を遠ざけ、

 

「……ちょっと待って、なんであなたがここにいるのよ?」

 

 そしてクルスは信じられないといった感じで目を見開き、思わずそのネズミに問い掛けていた。

 何をやってんだこの人は、とでも言いたげにアルが不審な目をクルスに向けていると、

 

『お迎えにあがりました、クルスお嬢様』

「――しゃ、喋ったっ!」

 

 老人の声のような落ち着いた声がネズミから聞こえ、その衝撃にバニラは思わず叫んでしまった。普段よりも人がいないため彼女の声は食堂中によく響き、生徒や教師が一斉に非難めいた視線をこちらに向けた。

 羞恥心で顔を真っ赤にして体を小さくするバニラの横で、アルが興味深げにそのネズミへと身を乗り出す。

 

「何これ、ネズミが喋ってるの?」

『お初にお目に掛かります、私はマンチェスタ家にて執事長を務めさせていただいております、アーノルドと申します』

 

 そう自己紹介して恭しく頭を下げる自称アーノルドのネズミに、アルの眉間の皺がますます深くなった。

 

「執事長? ネズミが?」

「そのネズミは白魔術で召喚した使い魔で、本体がそいつを介して話し掛けているのよ。多分本体は、実家で普通に仕事でもしてるんじゃないかしら?」

 

 呆れ果てるような表情でアルの疑問に答えるクルスに、そのネズミ(便宜上アーノルドとする)は『恐縮です』と再び深々と頭を下げた。普通のネズミなら絶対にしないであろう反応に愛くるしさを感じたのか、最初は苦い顔をしていたバニラが徐々に嫌悪感を潜めて目を向けるようになる。

 

「それで、どうしてあなたがここにいるのかしら? さっき『お迎えにあがりました』とか何とか言ってた気がするけど」

『何を惚けていらっしゃるのですか、お嬢様。夏休みの時期にこちらからお迎えにあがります、と手紙に書いていたではありませんか』

「手紙? ……そんなの、書いていたかしら」

「書いてたんじゃないの? クルスが燃やしちゃった手紙の中に」

 

 首をかしげるクルスの横から口を出したアルに、バニラとシン、そしてヴィナまでもが同感を示すように小さく頷いていた。

 

「んで? 私を実家に帰らせてどうしたいの? まさか久し振りに顔が見たいからって理由で、わざわざあなたを迎えに寄越してまで連れに来たわけじゃないわよね?」

『確かにここ何年かはお嬢様も実家にお帰りになっていないので、御当主様が寂しい思いをなさっておりましたのは事実でございます。しかし今回の目的はそれとは別に――と、そちらも手紙に書いてあったと思うのですが』

「いいから、さっさと話しなさい」

 

 自分のミスを棚に上げて続きを促すクルスに、アルは何やら言いたげな視線を彼女に向けているが、今はアーノルドの話を聞くのが優先なので口を引き結んだ。

 そうして皆の視線を集める中、落ち着いた口調でアーノルドがこう言った。

 

 

 

『お嬢様には、結婚を前提としてお見合いを受けていただきます』

 

 

 

「――――はっ?」

 

 たっぷり数秒は間を空けた後、クルスの言葉にならない声が漏れた。その声には疑問やら呆れやら怒りやら、様々な想いが渦巻いてごちゃ混ぜになったような強い感情が込められているように聞こえた。

 

「何よそれ、全然聞いてないんだけど」

「だから事前に言ってたんだって、クルスが燃やしちゃった手紙の中で」

「お見合いっ! そ、その、相手の方っていうのは、どういった方なんでしょうか?」

 

 クルスの言葉にアルがすかさずツッコミを入れる中、バニラが年頃の女の子らしい反応で“見合い”という話題に食いついた。掌サイズのネズミに前のめりで話し掛ける(しかも敬語)という光景は、傍から見ると独特のシュールさがあった。

 

『手紙の中に書いてあったのですが……。まぁ、お屋敷に戻りましたらいずれ分かりますので、そこはまた追々ということで――』

「いやいや、勝手に話を進めないでよ。私は帰るなんて一言も言ってないでしょ?」

「良いじゃん、1回やってみれば。気に入らなかったら、そこで断れば良いんだし」

 

 あくまで他人事なので軽い口調でそう言うアルに、クルスは首を何回も横に振った。

 

「アル、あなたは分かってないわ。こういうのはね、形式的には“本人達の意思に任せて”なんて言ってるけど、実際には1回会った時点で結婚の意志ありって見られて、周りがどんどん準備を進めていっちゃうものなのよ。特に世間的には行き遅れの部類に入る私の場合はね」

 

 行き遅れだという自覚はあったのか、とこの場にいる全員が一斉に思ったが、それを口に出すような命知らずはいなかった。

 そんな中、クルスに恐る恐るといった感じで話し掛けたのはバニラだった。

 

「でも先生、貴族だったら一度も顔を合わせずに結婚することも珍しくない中では、形式とはいえお見合いを設けてもらえるっていうのは、先生の御両親なりの優しさなのでは……?」

「いや、そりゃそうかもしれないけども……。――そもそも、ここから私の実家まで結構な距離があるのよ? 往復するだけでもかなりの時間が掛かるんだから」

『それに関しましては、ご心配には及びません。フゥを学院前に待機させております故』

「フゥを? わざわざ私が帰省するためだけに? ……どこの親馬鹿よ」

 

 2人(傍目には1人と1匹だが)の会話に出てきた“フゥ”というのが何なのか分からないが、とりあえずクルスが頭痛を抑えるようなポーズで頭に手を当てるほどに呆れるような存在であることは間違いない。

 

『それだけ今回のお見合いは、御当主様も“本気”だということです。お嬢様におかれましては、大人しく私と共に来ていただければ幸いかと』

「そんなこと言ったって……」

 

 クルスはそう呟きながら、何か良い言い訳が無いかキョロキョロと辺りを見渡した。

 そして、見つけた。

 面白そうにニヤニヤ笑いながらこちらを見つめる、鮮やかな緑色の髪をした少女を。

 

「……アーノルド、紹介するわ。ここにいる緑色の髪をした子がアル、そしてそこの黒い髪をした子がヴィナ。2人共ここの生徒で、私が“保護者代理”をしているわ」

『……お嬢様が、彼女達の?』

 

 正確にはアルはこの学院の生徒ではないのだが、今はそんな細かいことはどうでもいいので指摘する者はいない。

 

「私が実家に帰るとなれば、それなりに長い期間ここを空けることになるわ。そうなればこの2人をその間ここに残すことになる。――代理とはいえ、私は保護者としての責任を全うしたいの。だから、あなたの言うお見合いには参加できないわ。残念ね、うん、非常に残念だわ」

 

 1人で捲し立てて1人でウンウン頷いて納得しているクルスの横で、アルもヴィナも若干白けた目で彼女を見つめていた。クルスの話し方があまりにも感情の籠もっていない棒読みだったからか、バニラとシンの2人も苦笑いを抑えることができない。

 そしてそんなクルスを前に、アーノルドは小さく何回か頷いて、

 

『成程。昔からお嬢様は、人を見る目に関しては確かなものがありました。おそらくそちらのお2人も、お嬢様のお眼鏡に適う何かを持っている様子』

 

 そう前置きして、こう続けた。

 

『それならばそちらのお2人も、ご一緒に我が屋敷にご招待致しましょう』

「――――えっ」

 

 その返事は予想外だったのか、クルスは若干引き攣った顔をアーノルドへ向けた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そんなこと、執事長のあなたが勝手に決めちゃ駄目じゃないの」

『御当主様でしたら、お2人をご招待することに関して否は無いと思いますが……。それでしたら念の為に、今から御当主様に訊いて参ります。5分ほどお時間を頂ければ――』

「いや、仮に父がそれを許したとしても、普通はどこの馬の骨とも分からない者を領主の屋敷に上がらせたりするかしら?」

「そんな馬の骨を強引に連れて来たのは誰だよ」

 

 すっかりツッコミ役に回っているアルがボソッと呟くが、クルスはそれに聞く耳を持たなかった。

 一方アーノルドは、ザッと辺りを見渡してバニラに狙いを定めると、

 

『そちらの生徒さんは、アル様やヴィナ様の御友人でいらっしゃいますか?』

「えっ? あ、はい、そうです」

『それでしたら、あなたもご一緒に如何でしょうか? 先約があるということでしたら、一向に構わないのですが』

「えっ、本当ですかっ! そ、それだったら、私もアルちゃん達と一緒が良い、かな……」

 

 バニラは喜びを顕わにしながらも、遠慮がちな目をクルスに向けた。それを感じたのか、クルスは気まずそうな表情で彼女から心持ち体を背けている。

 そんなクルスをよそに、アーノルドは次のターゲット・シンへと向き直った。

 

『シン様も、ご一緒に来ていただいて宜しいでしょうか? 御当主様が久し振りに顔を合わせたいとのことですので』

「僕も? ……まぁ、確かにここ何年か帰ってないし、御当主様のお望みとあれば無視するわけにもいかないか……」

 

 シンは少しだけ困ったように眉を寄せながらも、アーノルドの頼みを了承した。おそらく頭の中では、この夏休みの間にやろうと思っていた数々の実験に大きくバツ印を付けていることだろう。

 

「いやぁ、夏休み中ずっと学院にいなきゃいけなかったらどうしよう、って思ってたんだよねぇ。それにバニラとヴィナとも一緒にいられるし! マンチェスタ領ってどんな所なんだろう?」

「……ところで、バニラは実家に帰らなくて良いの?」

「えっ! ヴィナちゃん、このタイミングでそれを訊く……?」

「まぁ、せっかくだし、実家にも顔を出しておくか……」

 

 何だかんだとこれからの予定に盛り上がるアル達を眺めながら、クルスはポツリと呟いた。

 

「……あれっ? ひょっとしてこれ、帰らなきゃいけない流れになってるのかしら?」


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