〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

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第80話

「数々の非礼、真に申し訳なかった。謝罪を受け入れてほしい」

 

 アル達を襲撃した5人のエルフを代表して、太陽の光を受けて腰に届くほどに長い銀色の髪が揺らめく妙齢の女性がそう言った。敵意が無いことをアピールするために武器である弓矢を地面に置き、片膝を付いて頭を下げる謝罪の姿勢を見せてはいるが、その堂々とした振る舞いと口調も相まって言葉ほど申し訳なさを感じないというのが正直な感想だった。そしてそれは、彼女の後ろで同じように頭を下げる4人のエルフに対しても同様だった。

 しかしエルフの性質についてよく知っているクルスやシン、そしてアーノルドは、それに対して失礼だと憤慨することは無かった。この態度と喋り方が彼女達エルフにとって普通であり、相手を侮っているとか関係無くこういう振る舞いであることを理解しているからである。

 そして、エルフのことを学院の図書館の書物くらいでしか知らないバニラは、

 

 ――この人も、すっごく綺麗……。

 

 見目麗しいエルフの容姿に、完全に目を奪われていた。しかし初めてエルフを目の当たりにした彼女がそうなってしまうのも、致し方ないのかもしれない。

 男性は適度に焼けた肌と鍛え上げられた筋肉、そして王都で人気の舞台俳優などが足元にも及ばない(少なくともバニラはそう感じている)ほどの整った顔立ちによって、まるで美術館に飾られる金貨数千枚の価値がある彫刻のような“雄々しさ”と“美しさ”を兼ね備えている。女性に至ってはその美しさはもはや“神々しい”と呼べるほどであり、同性のバニラですら何かの催眠にでも掛かったかのようにずっと見ていたいという欲求に抗うことができなかった。

 ちなみに残ったアルとヴィナの2人はクルス達の後ろに座り、エルフに対して怒るでもなく見惚れるでもなく、ただただ事の成り行きを見守っていた。そしてそもそもの発端であるエルフの少女は、先程謝罪の言葉を口にしたエルフの隣で心配そうにちょこんと座り込んでいる。

 

「私はエイシア、この子はユフィという。聞いたところによると、あなた方がユフィを保護したばかりか怪我の治療も施したとのこと。我々の集落を代表して、改めて礼を言う」

「まぁ、お互いに怪我が無いならそれで良いわ」

 

 再び深く頭を下げる銀髪エルフことエイシアに、クルスは手を軽く振りながらそう言った。その声がやけに投げやりに聞こえたのは、この状況を面倒臭いと感じて早く切り上げたいと思う彼女の内心の表れだろうか。

 

「それにしても、あんな問答無用で攻撃を仕掛けたのには、それなりの理由があるんでしょう? いくらあなた達が余所者に対して排他的だっていっても、普段だったら会話くらいは交わすはずなんだろうし」

「……我々はユフィ()が数日前から行方不明になったことを受けて、捜索隊を組んで付近を探し回っている最中だった。そんな中、森の広場に降りようとしているドラゴンを見つけ、念のために様子を窺おうと近づいてみると、あなた方の中に気絶したユフィの姿を見つけ、あなた方がユフィを誘拐したのかと勘違いして襲撃してしまったのだ」

「――そ、そうだ! エイシアさん! 私だけじゃなくて、他のみんなも早く助けないと!」

 

 急に思い出したように大声をあげた金髪少女エルフことユフィが、未だに片膝を付くエイシアにガバリと縋りついた。その大きな瞳に今にも零れそうなほどの涙を蓄える様子は見ていて痛々しく、エイシアも僅かに表情を曇らせながらも彼女を制するようにその頭にそっと掌を乗せた。

 口を固く結んで泣きそうになるのを堪えるユフィに、シンが警戒心を抱かせない優しい笑みで話し掛ける。

 

「他のみんなも助けないと、っていうことは、君は他のエルフ達と一緒に誰かに誘拐されたってことかな?」

「そ、そうです! みんなと一緒に川で遊んでたときに、優しそうなお婆さんが茂みから出てきて……。美味しそうなお菓子をくれたから、みんなでそれを食べたら何だか急に眠くなっちゃって……」

「お婆さん、かぁ……」

 

 それはまた何とも意外な、という感想を抱くクルス達をよそに、ユフィは当時を思い出したのかブルリと体を震わせた。

 

「それで気がついたら、多分そのお婆さんの家に閉じ込められてたんです! 私はお婆さんが部屋のドアを開けた隙に何とか逃げられたんですけど、他のみんなはまだ捕まったままで……。――お願い、エイシアさん! 早くみんなを助けないと、みんながどこかに()()()()()()!」

「――売られる?」

 

 悲痛な表情で叫ぶユフィから飛び出したその言葉が、エイシアの口から無意識に零れ落ちた。

 

「うん! そのお婆さん、言ってたんです! 私達のことを、どこかに売り飛ばすんだって! その人達に()()()()()()()()()()って!」

「あ、あの、マンチェスタ先生……。その、売られるっていうのは、まさか……」

 

 怯えたような表情で尋ねてくるバニラに、クルスは眉間に皺を寄せた。まだまだ穢れを知らない純粋な彼女にとって、この世界に根深く潜む“闇”は大きなショックを伴うことだろう。

 しかし彼女も異国とはいえ貴族の端くれ、いつかはこのような“闇”にも向き合わなければいけないときがやって来る。そう思い至ったクルスは、優しい手つきで彼女の頭を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「まったく、いつまで経っても無くならないのよね。――そういう“人身売買”っていうのは」

 

 人身売買。人間や亜人などを“道具”とみなし、普通の商品と同じように売買が行われること。

 この世界に“彼”が降臨する千年前までは“奴隷制”が公然と存在し、それに合わせて人身売買も当たり前のように行われてきた、と歴史書には記載されている。しかし“彼”の腹心でもあった“6人の勇者”によってこの世界が発展していくに従って、人権侵害の最たるものとして奴隷制を禁止するようになり、それに合わせて人身売買も取り締まられるようになった。現在は重罪人に対する刑罰としての制度を残して、この世界に奴隷制というものは存在していない。

 と、ここまでが“表向き”の話である。

 国際法によって奴隷制が禁止された後も、残念ながら奴隷の根絶には至っていないのが現状だ。借金のカタとしてマフィアに売られた者、経済的に貧しく養えないからと捨てられた子供や老人、そして今回のようにどこからか誘拐してきた者などが、裏社会のマーケットで金持ちや貴族にひっそりと売り飛ばされていく。

 売り飛ばされた奴隷の“使い道”は様々だ。命の危険を伴う労働に従事させられたり、娯楽と称して痛めつけられたり、――そして性欲の捌け口として弄ばれたり。

 特に3番目の場合、容姿が優れたエルフはまさに“人気の商品”といえるだろう。しかし大人のエルフは並の魔術師よりもよっぽど高い戦闘力を有しているため、もっぱら狙われるのはユフィのように小さな子供だ。将来的な成長は充分すぎるほど見込めるし、むしろ幼い子供の方が良いという者も一定数存在する。

 

「イグリシア国ではトップの意向もあって、特に人身売買や裏マーケットの取り締まりを厳しくしているわ。それでも全てを隈なく監視できるわけではないし、何より取り締まる側である領主自身が顧客である場合もあるから、取り締まりの裏を掻いて馬鹿をやらかす奴らが後を絶たないっていうのが現状よ。――まったく、本当にムカつく奴らだわ」

 

 ギリッと奥歯を鳴らしてそう吐き捨てるクルスは、傍目にも本気であることが分かるほどに怒りを滲ませていた。こういったところで時折覗かせる彼女の正義感は、領地を治める貴族出身故のものかもしれない。

 なので彼女の隣で話を聞いていた、彼女とそれなりに付き合いの長いシンは、次に彼女がどんな台詞を口にするかおおよその予想がついていた。

 

「よし、ここであなた達とこうして関わったのも何かの縁ね。――私達も誘拐されたエルフの子供達を救出して、さらにはそいつらが関わってるマーケットを潰すわよ」

「えぇっ!」

 

 クルスの言葉に驚いたのは、バニラだけだった。他の面々は彼女の言葉を予測していたのか、あるいは表に出るほど反応が大きくないかのどちらかだった。

 そんな中、真っ先にクルスに話し掛けたのは、いつの間にかシンの胸ポケットへと戻っていたアーノルドだった。

 

『お嬢様、まさかとは思いますが、御領主様が設けた見合いを少しでも先延ばしにしようという魂胆ではありますまいな?』

「言って良い冗談と悪い冗談があるわよ、アーノルド。見合いだの何だの関係無しに、これは私自身の意思で関わると決めたことよ」

『大変失礼致しました、お嬢様』

 

 ペコリと器用に頭を下げるネズミを横目に、エイシアは困惑で目を丸くしながら、

 

「ま、待て。あなた方を襲撃した私達が言うことではないが、これはあくまで我々エルフの問題だ。あなた方はあくまで部外者であって、この問題に関わる義理は無いはずだ」

「いいえ、これは私達の問題でもあるわ。私はこの国に仕える貴族の出、この国で起こっている問題は全て私達の問題でもあるの。それを見過ごして実家に帰るなんて真似が許されるはずがない」

「クルス、水を差すようで悪いけど、今ここにいるのは()()みたいにクルスと僕だけじゃないよ。他の子達の意見も聞いてから判断しないと」

 

 シンはそう言って、自分達の後ろで事の成り行きを見守っていたアル達へと振り返った。

 その中で最初に口を開いたのは、クルスと同じ貴族出身のバニラだった。

 

「わ、私も、マンチェスタ先生の意見に賛成です! 多分私は何の役にも立てないですけど、それでも目の前で苦しんでいる人がいるのに、それを放っておくことはしたくありません!」

「あーっと、わたしは正直クルス達についてってるだけだから、別にクルス達が行き先を変えるっていうんなら、別にそれについていくだけだよ。――ヴィナはどうする?」

「…………どっちでもいい」

 

 バニラとは違ってアルとヴィナの熱意がどうにも低い気がしてならないが、反対意見が出なかった以上クルスが気にすることではなかった。

 

「というわけで、私達も協力させてもらうわよ」

「……分かった。一刻を争う事態である以上、あなた方のような実力者達の協力を得られるのは非常に心強い。よろしく頼む」

 

 悩む素振りを見せていたエイシアだが、最終的には苦々しい表情ながらも謝罪のときよりも深く頭を下げてそう言った。

 それを受けて、クルスはにっこりと笑みを浮かべて、

 

「そんなわけで、今から私達とあなた達は味方同士よ。――だからいい加減、森の中で待機してるお仲間達に弓を構えるのを止めるように言いなさい」

「……本当に、心強い味方ができたな」

 

 そう呟いたときのエイシアは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 森の木々に囲まれてほとんど景色と同化するように建つ、丸太を組み上げて造られた1軒のログハウス。

 そこには、1人の老婆が住んでいた。すっかり白く染まった髪は後ろで1つに纏められ、着ている服もさり気無く高級な素材を使った小綺麗なものである。仮に彼女が街を歩いたとしても悪目立ちすることはなく、むしろ“お金に余裕のある人当たりの良いお婆さん”という印象を持たれるに違いない。

 

「ひひひっ! まさかエルフのガキを3人も手に入れられるなんてねぇ! 日頃の行いが良かったとは思えないが、神様って奴も案外節穴だったりするのかねぇ!」

 

 もっともそれは普通にしていたらという条件付きであり、今のように引き攣った笑い声をあげながら独り言を並べ立てるその姿は、お世辞にも“人当たりの良い”なんて形容は相応しくないだろう。むしろ“けっして関わり合いたくない気の狂った老婆”とでも呼んだ方が適切かもしれない。

 しかし周りに人の目が無いのを良いことに、老婆はその引き攣った笑みを、戸を開け放っている窓へと向けた。両腕を回しても届かないほどに太い木々がすぐ傍にまで生い茂り、ほんの数歩進むだけですぐに薄暗くなってしまうほどに見通しも悪い。家を建てる際に周りをある程度切り開くのが一般的であることを考えると、この景色は少々珍しい部類に入る。

 

「1人うっかり逃がしちまったが、他に3人もいるんだから1人くらいどうってこたぁないね。それにしてもあのガキも馬鹿だねぇ、こんな森の中を歩き回ったらすぐに野生の動物に襲われるってのに。それだったらまだ素直に“新しい御主人様”の所に売られた方が生きていられたものを……。――もっとも、そこから先は死んだ方がマシだって目に遭わされるんだろうがねぇ……」

 

 老婆はそう呟いてから一頻り笑うと、今度は玄関へと顔を向けた。その表情は先程までの引き攣った笑顔とは違い、どことなくじれったそうに口を引き結んだものだった。

 

「それにしても、あいつらはいつになったら来るんだい……? いつもなら頼んでもないのに来るくせに、こういうときだけ遅いんだから……。まぁアタシとしちゃ、エルフのガキ3人分の金を払ってくれりゃ、それで文句は無いんだがね……」

 

 多少不機嫌な表情をしてはいてもやはりテンションが上がっているのか、独り言にしてはやけに饒舌な口を止めることはできないようだ。先程から落ち着きなく部屋を歩き回りながら、何回も玄関をチラチラと見遣っている。

 と、しばらくそうしていると、

 

 こんこん――。

 

「――――! やっと来たかい! 遅いんだよ、まったく!」

 

 玄関から軽くノックする音が聞こえてきた途端、老婆が今まさに腰掛けようとしていた椅子から素早く立ち上がり、ドタドタと大きな足音をたてて玄関へと駆け寄っていった。

 そして勢いよくドアを開けると、そこにいたのは、


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