〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

82 / 83
第82話

「いつまでふざけたことを抜かすつもりだ! ここに閉じ込めていた子供達をどこにやった!」

「子供? 閉じ込めてた? はて、さっきから何のことだかさっぱり分からないねぇ」

「貴様! 惚けるのもいい加減にしろ!」

「そう言われても、アタシが子供を攫った証拠でもあるのかねぇ」

 

 かれこれ5分以上は続いているであろうエイシアと老婆の遣り取りを背に聞きながら、クルス達は先程彼女が出てきた部屋を改めて観察していた。

 広さは一般的な寝室ほどであるが、ベッドを始めとして家具が一切置かれていないせいでだだっ広く感じる。しかしその床には料理を盛るときに使う皿が直接置かれ、さらに部屋のあちこちに料理の食べ残しらしき残骸が散乱していて非常に汚らしい。

 それを除けば一見ごく普通の部屋に見えるが、ぐるりと取り囲む四方の壁のいずれにも緑魔術の《セーブ》が掛けられ、物理的な耐久力が極端に強化されていた。さらに先程までこの部屋のドアには鍵が掛かっていたため、一度中に入って鍵を閉められると脱出は困難を極めるだろう。

 

「じゃあこの部屋は何のためにあるんだ! 食い散らかっている料理は誰にあげたヤツだ!」

「さっきまでここで動物を飼っていて、そいつに餌をやってたんだよ。この騒ぎのせいで、どっかに逃げちまったみたいだがねぇ」

「それじゃ、なんでそんな部屋にアル(あの子)を入れようとした! わざわざ睡眠薬で眠らせてまで!」

「わざとじゃないんだよ。何か手違いがあったのか知らないが、いつの間にか料理に睡眠薬が入っちまったみたいなんだよ。最近どうにも寝付けなくてねぇ、わざわざ街まで行って処方してもらったんだよ。それであの子が目を覚ますまで、あの部屋に寝かせておこうとしただけさ」

「我々はしっかりとこの耳で聞いていたんだぞ! おまえがアル(あの子)を眠らせたとき、おまえが『エルフの子供みたいに売らせてもらう』と言ったのをな!」

「はてぇ、そんなこと言ったかねぇ……。最近はどうにも物覚えが悪くてねぇ……。本当にそんなこと言ったのか、アタシにも分かる証拠を見せてくれないかねぇ?」

 

 のらりくらりと追及を逃れる老婆に、エイシアは今にも飛び掛かりそうな勢いで激昂していた。森の中でアル達をいきなり襲撃したことを考えると、むしろよく今まで飛び掛からなかったと感心するほどだ。彼女なりに、先程の襲撃を反省しているのだろうか。

 と、部屋の中を一通り確認したクルスがゆっくりと振り返り、わざとらしく首をかしげている老婆へと口を開いた。

 

「ここにいるエルフの子供が、あなたから貰ったお菓子を食べたら意識を失って、気がついたらここに閉じ込められてたって証言してるんだけど」

「おやおや、民と領地を預かる貴族のお方でありながら、そのような年端もいかない子供の戯言を信用なさっておいでですか?」

「つまり全部、この子のでっち上げだと? この子は森の中を夜通し歩き続け、いつ死んでもおかしくないほどの重傷を負っていたというのに?」

「大方、子供だけで遊んでいる内に道に迷ってしまったのを怒られると思って、有りもしない誘拐話をでっち上げてしまったのでしょう。アタシは全然気にしていないので、その子を許してやってください」

 

 老婆はそう言って、にっこりと笑顔を浮かべた。それはまさしく“お金に余裕のある人当たりの良いお婆さん”の笑顔であり、もし何の事情も知らずに今の言葉だけ聞いたら、悪戯っ子な少女に振り回されながらも大人の包容力で許してあげる優しいお婆さんに見えることだろう。

 

「そ、そんな! 本当にその人に攫われたんだもん! 他のみんなだって、私がここを逃げ出すまでは一緒に閉じ込められてて――!」

 

 当然ながら、自分のことを嘘つき呼ばわりしてきた老婆をユフィが許せるはずもなく、老婆に詰め寄る勢いで声を荒げて反論した。すぐさまシンが彼女の腕を掴んだためその場に踏み留まったが、放っておいたら老婆に掴み掛かっていたかもしれない。

 そしてそんなユフィに対して、老婆はあくまでもその笑顔を崩すことなく、

 

「あんたも早いとこ、本当のことを話したらどうだい? ――あんたがみんなを置いて行っちまったから、みんなが今どこにいるか分からなくなったんだからねぇ」

「えっ――」

 

 びくんっ、と肩を跳ねさせるユフィに、老婆は優しい口調で語り掛ける。

 

「もしもあんたが下手に森を歩き回らないで大人しく待っていたら、そのうち誰かがみんなを見つけてくれたかもしれないっていうのに……。あんたは自分だけが助かりたい一心で、他のみんなを見捨てて行っちまったんだ」

「そ、そんなこと――」

「無いって言いたいのかい? でも現にあんただけが助かって、他のみんなはこうしてまだ見つかっていないじゃないか。大事なお友達を見捨てるなんて、なんて薄情者なんだろうねぇ」

「貴様ぁ! その子に対する侮辱は、我々に対する侮辱と見做すぞ!」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、エイシアが老婆の襟に掴み掛かって、そのまま後ろの壁に彼女を背中から叩きつけた。さすがにその衝撃で彼女の笑顔も消え、その場に崩れ落ちて苦しそうに何度も咳き込んでいる。

 しかしそれも少し落ち着いた途端、老婆は攻撃的な鋭い目でエイシアを見上げ、そしてすぐさまその目をクルスへと向ける。

 

「貴族様! いつまでこいつの蛮行を見過ごすつもりですか! こいつは何の証拠も無しに有りもしない誘拐の罪をアタシに擦り付け、しかも暴力を働いたんですよ! こんなことが許されるはずが無い!」

「…………」

 

 大声で捲し立てる老婆をしばらくじっと見つめていたクルスだが、やがて小さく溜息を吐くと、

 

「つまりあなたは、あくまでも自分は誘拐に関わっていないと主張するのね」

「当然でございます。突然誘拐犯だの言われましても、アタシには何が何だかさっぱり――」

「貴様――」

 

 老婆の答えにエイシアが顔を真っ赤にして再び掴み掛ろうとするが、咄嗟に彼女を後ろから羽交い絞めにしたアルによって食い止められた。

 そんな遣り取りをクルスはちらりと一瞥してから、再び老婆に問い掛ける。

 

「つまりあなたは、エルフの子供達がどこにいったのかを知らないのね」

「ええ、もちろんでございます」

「故意か事故かはともかく、アル(この子)に睡眠薬を盛ったことは揺るぎない事実よ。その内、近くの街から派遣された警察がここを調べるでしょうね。そのときにあなたが人身売買に関与していた証拠が出るのと、今ここで正直に自分の罪を認めるのと、どっちが後の裁判であなたにとって得になるでしょうね」

「あぁ、貴族様! あなたまでそのようなことを仰るのですか! 老い先短いか弱き老人を甚振って、いったい何の得があるというのですか!」

 

 あまりにも白々しい老婆の態度に、エイシアは視線で彼女を射殺さんばかりに睨みつけ、ユフィやバニラも不快感を露わに眉間に皺を寄せ、アルとシンは呆れたように鼻から息を吐き、そしてヴィナは相変わらずの無表情だった。

 そんな彼女達の見守る中、クルスは両方の目頭に指を当てて残念そうに、実に残念そうに大きな溜息を吐いて小さく首を横に振った。

 

「そう、それは残念ね。――シン」

「はいはい」

 

 クルスの呼び掛けにシンが即座に答えて1歩前に出ると、自分の懐からガラス製のビンを取り出した。掌に収まる大きさのそれには透明な液体が入っており、彼の手の動きに合わせてチャプチャプと波打っている。

 そしてシンはその液体を、老婆がよく見えるように彼女の目の前に差し出した。

 

「お婆さん、これ、何だと思う?」

「……さぁ、浅学なアタシには分かりませんねぇ」

「イグリシア国内で厳重に取扱いが制限されている特殊な薬品の1つに“自白剤”というものがあってね、それを飲んだ人は今まで味わったことの無い多幸感に包まれて、あまりの気持ち良さに全ての人に対して心をオープンにしてしまうんだ。もしそれを飲んだ人に何か質問をすれば、きっとその人は何の迷いも無く正直に全部教えてくれるだろうね」

「――――はっ?」

 

 穏やかな口調で説明するシンに、老婆の表情が一気に引き攣った。

 そしてそんなシンの後ろで、クルスが再び大きな溜息を吐いて老婆の注意を惹いてから、

 

「本当はあなたが自ら進んで捜査に協力してくれるのが理想だったんだけど、あなたがそこまで白を切るんだから仕方ないわよね。もし自白剤を飲んだあなたが人身売買への関与を自白したら、自分から罪を認めなかった往生際の悪さと相まって、どう頑張っても死罪を免れることはできないでしょうね」

「――ふ、ふざけてる! これが領民を預かる貴族のすることかいっ! 自分のやることが絶対に正しいと思い込んで、都合が悪くなったらクスリを使ってむりやり真実をねじ曲げるなんて! こんな理不尽なことが許されるはずがない!」

 

 老婆は顔を真っ青にしながら、唾を飛ばす勢いでクルスに怒鳴り散らした。エルフに詰め寄られても崩すことのなかった余裕な態度が消え失せ、ギロリと両目を剥き出しにしてクルスに詰め寄ろうと駆け出した。

 しかし真っ先に反応したアルが彼女の前に躍り出て、彼女の胸元に右手を添えて自分の体重を掛けるように押し込んだ。クルスへと向かっていた老婆の体がむりやり押し戻され、先程エイシアにやられたときと同じように後ろの壁に叩きつけられる。

 その場に崩れ落ちて大きく咳き込む老婆を、クルスは無表情でじっと見つめていた。

 そして、口を開く。

 

「勘違いしているみたいだけど、自白剤は自分に都合の良い嘘を相手に喋らせるものじゃなく、あくまでその人が隠していることを包み隠さず喋らせるものよ。だから自白剤を使って聞き出した証言も、普通に裁判で採用されているわ。それに――」

 

 クルスはそこで言葉を区切ると、未だに床に伏せる老婆へと歩み寄っていく。1歩足を踏み出すごとに床がギシギシ鳴り、その度に老婆の体がビクビクと震えている。

 そしてクルスが老婆の目の前で膝を折ってしゃがみ込み、老婆を覗き込むようにズイッと顔を近づけると、老婆の口から「ひぃっ」と引き攣った声が漏れ出した。

 

「仮に自白剤を使うことがまずかったとしても、むりやりあなたに飲ませた“証拠”が無いんだから問題無いわよね。あなたがアルに睡眠薬を()()()飲ませちゃったみたいに、こっちも自白剤を()()()飲ませちゃっただけなんだから。――そうよね、みんな?」

 

 クルスが後ろを振り返ってシン達に問い掛けると、ほぼ全員が迷い無く同時に首を縦に振った。ただ1人バニラだけは戸惑いの表情を忙しなく周りに向けていたが、特にクルスに対して否定の意思を示す素振りは無いようだ。

 

「ふ、ふざけんじゃないよ……! 別に“この程度”のこと、どこでも普通に起こっていることだろう……! たまたま自分が知っただけで、正義の味方にでもなったつもりかい……!」

「あら、その口振りはエルフの子供の誘拐を認めたってことで良いのかしら? まぁ、あなたからしたら色々納得できないこともあるのかもしれないけど、自分の蒔いた種が生んだ結果だから私達を恨むのはお門違いよ。それとも、自分の運の無さでも恨んでみる?」

 

 クルスの言葉に老婆は顔を上げてキッと彼女を睨みつけるも、その力はほとんど続かずその視線はすぐに床へと落ちていった。

 やがてポツポツと呟くように、力の無い声で老婆が問い掛ける。

 

「……自分から認めりゃ、本当に罪は軽くなるのかい?」

「自分の知っている情報を洗いざらい吐いてくれれば、あなたの罪を軽くするように私が裁判所に掛け合うことを約束するわ」

「……裁判のとき、アタシが言ったってことはバラされるのかい?」

「証言の出処(でどころ)については厳重に秘匿されるわ。今回みたいな組織犯罪絡みの場合は特にね」

「……信じて、良いのかい?」

「司法取引は信用で成り立っている制度よ、正しく施行されてこそ意味があるわ」

 

 クルスの言葉に、老婆は床に両手を付いて上体を起こして壁にもたれ掛かると、一際長い溜息を吐いた。

 そして老婆は、喋り始めた。

 

 

 *         *         *

 

 

 ランカッシュ領はマンチェスタ領と隣接する、大規模な農業と畜産業によって発展を遂げた自然豊かな場所である。今でもそれらが主要であることは変わらないが、中心の街・プレスは人口が数十万にもなると推定されるほどの大きさを誇り、行商人が数多く出入りする非常に活気溢れる賑やかな街となっている。

 そんなランカッシュ領だが、その歴史は意外にも浅い。元々はマンチェスタ領の一部として統治していた領主が、長年自身に仕えてきたランカッシュ家の働きぶりを称えてこの地域を与えたのが、今から20年ほど前のことである。ちなみにそのときのランカッシュ家当主は高齢ということで10年ほど前に隠居し、現在はその息子が当主を引き継いで領地の運営を行っている。

 

 ランカッシュ領の中心街・プレスには、一般市民よりも格段に収入の多い者だけが住むことを許される、所謂“高級住宅街”が存在する。他所の民家と比べて数倍の広さで敷地を区切られ、その1つ1つに他所の民家と比べて数倍の大きさの建物が構えられている。そのどれもが庭も建物も非常に個性的で、各々のセンスを集結して造られた豪邸が並ぶその景色はまさに壮観であり、人々の憧憬と嫉妬を集めている。

 そんな高級住宅街の一画、ただでさえ広くて大きな家が立ち並ぶその住宅街の中でも一際広くて大きな、白を基調とした巨大な豪邸があった。歴史を感じさせながらも古びた様子の一切無い、素人目にもよく手入れされていることが分かる外見をしている。建物の入口には武器を持った警備員が待機する詰め所があり、定期的に警備員が敷地の周りを巡回する光景も見られる。それはまるで、政府の要人が詰め寄る迎賓館か何かのような厳重さだ。

 

 この家の主は、ランカッシュ領だけでなくイグリシア国全体の経済に大きな影響力を及ぼす不動産王・ブエルロッシュ。彼の家は代々不動産業を生業としており、王都・ロンドの中心地にある超高級ホテルなど、彼の所有する不動産がイグリシア中に数えきれないほど存在する。しかも彼の代になってからは不動産事業に留まらず、建設業や金融業、果ては外食産業に至る様々な事業に手を伸ばし、そのいずれにおいても成功を収めている。

 そんな彼の住む家は外見だけでなく、内装も実に豪勢なものだった。いかにも高級そうな真っ赤な絨毯が床全体に敷き詰められ、部屋のあちこちに美術館などで飾られていそうな家具や調度品が、様々なこだわりや見栄えを計算した上で決められた場所に配置されている。石畳の壁や天井にも装飾の手が及び、天井にはキラキラと金色に煌めくシャンデリアがぶら下がっている。

 しかし現在ブエルロッシュが立っている、地下へ向かう階段を降りて廊下の最奥へ進んだ先にあるその部屋だけは、そのような装飾も無ければまともに手入れされた形跡も無い、はっきり言ってみすぼらしい部屋だった。表面が風化してボロボロになった石畳に囲まれたそこはほとんど正方形をしており、出入口のある右半分と、そうではない左半分に分かれている。

 そんな右半分と左半分を隔てるのは、温もりなど一切感じられない、真っ黒な鉄格子だった。

 

「おぉっ! あれが噂に聞くエルフというものか! まだ年端もいかない子供だというのに、まるでこの世のものとは思えない美しさではないか!」

 

 けっして広くはない部屋中に、鉄格子越しに中を覗き込んだブエルロッシュの感嘆の声が響き渡った。

 でっぷりと膨れ上がった腹を揺らしながら感激する彼の横で、顔も体も骨ばっている中年の男が下品な笑みを浮かべて話し掛ける。

 

「そうでございましょう、ブエルロッシュ様。これほどの“商品”ともなれば争奪戦は必至、おそらく過去最高額の値段を付けることになるでしょう。いやはや! 子供とはいえエルフ、しかもそれを3体も捕まえるとなれば、実に聞くも涙語るも涙の苦労がございまして――」

「はははっ、分かっておる。せっかくのエルフだ、おまえ達に支払う代金も弾ませてもらおうじゃないか。もちろん、彼女達の売却が完了してからのことになるがね」

「えぇ、分かっておりますとも!」

 

 自分達の懐に入ってくる金貨のことでも想像したのか、ブエルロッシュと下っ端らしき男は大きな笑い声をあげた。見事なユニゾンであるが、それを褒め称える者はいない。

 と、一頻り笑い終えたブエルロッシュが、改めてまじまじと中を覗き込んだ。

 

「それにしても、何度見ても美しい見た目をしておる。私には幼女趣味など無いと思っておったのだが、彼女達を見ていると自信が無くなってしまう」

「大変失礼ながら、私にもそのお気持ちはよく分かります。――いかがでしょうか? せっかく3体もいるのですから、1体はご自身で()()()()()()というのは」

「……いや、実に名残惜しいが、止めておこう。行方不明になった者が私の家にいると、万が一にでも知られたらまずいことになる」

「それでは商品を売る者として、実際に使()()()()を一度お試しになるというのは?」

「…………いや、それも止めておこう。顧客との信用に関わることだからな」

「いやはや、お見逸れ致しました! さすがはブエルロッシュ様、商売に対して真に誠実でいらっしゃる!」

 

 オーバーなリアクションで褒めそやす男に、ブエルロッシュは「そう大したものではないわ」と口では言うものの、満更でもなさそうに口元をニヤニヤと緩ませていた。

 そんな調子で二言三言会話を交わした2人は、やがて鉄格子の前から離れて部屋を出ていった。ブエルロッシュは「仕事がある」と言って、下っ端の男は「次の“パーティー”の準備がある」と言って。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 そうして2人がいなくなったことで部屋中が静寂に包まれると、中で身を寄せ合っていた3人のエルフの子供は、僅かに空いた隙間すら埋め尽くして互いの体を抱き締め合った。ほとんど布でしかない粗末な服しか与えられず、剥き出しの石畳から肌を刺すような冷たさが伝わってくるこの部屋では、互いの肌の温もりだけが安心でき、たとえ一時でも現実を忘れさせてくれる。

 

 と、そのとき、3人から離れたところで横たわっていた何かが蠢き、やがてそれが体を起こしてこちらに顔を向けた。

 それは、大人の女性だった。腰まで届くほどの長い髪と切れ長の瞳はワインのように紅く、よく鍛えられて引き締まっていながらも女性的な柔らかさも兼ね備えた肢体は日に焼けたような褐色をしている。子供達と同じように布1枚の粗末な服だけの惨めな姿であるにも拘わらず、彼女から受ける印象はそれとは対照的な気品に満ちたものであり、それ故に健全な男性が見ればそれを汚してしまいたくなるような劣情を抱かずにはいられない魅惑的な外見をしている。

 

「おまえ達も、どこかから誘拐されたのかい?」

 

 鋭い、しかしどこか優しい目で見つめながら問い掛ける紅い髪の女性に、子供達は戸惑いながらも無言で頷いた。

 

「そうか、辛いだろうな……。こっちに来なさい」

 

 女性はそう言うと、子供達へと向き直って両腕を広げた。最初は互いに顔を見合わせて警戒していた子供達も、やがて恐る恐るといった感じにゆっくりと彼女に近づいていった。

 そして3人が女性の目の前までやって来ると、女性は3人を自分の体に引き寄せながら纏めて抱き締めた。

 子供達はビクッと体を跳ねさせたが、先程までの3人の温もりに女性の体温が加わり、女性の胸から微かに聞こえる心臓の鼓動する音、そして全身を包み込まれる感覚に、子供達は徐々に自身の体重を彼女に預けていった。

 

「私ではおまえ達の親や仲間の代わりはできないが、少しは気休めになるかもしれない。――とにかく今は、何も考えずゆっくりと眠るが良い」

 

 女性の言葉に、子供達は静かに目を閉じた。

 子供達の目から、涙が一滴零れ落ちた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。