「少し遅くなっちゃったかな…」
弓道場を後にし、左手に付けた腕時計を見て思わずそう呟く。元々家事が好きなのと、月に一度の掃除当番だったということもありつい熱が入ってしまった。綺麗になった弓道場を見た時は達成感に満たされたが、その時受信したメールを見てそれは焦りに変わった。
差出人:リズ
題名:お腹すいた
内容:帰り遅いけど、何かあった?クロも駄々捏ねてるし、そろそろ帰らないと、セラぷんぷん。
【画像】
画像には、お腹を空かせてソファに項垂れてるクロが写っていた。
俺の家は妹のイリヤと従妹のクロ、メイドのセラとリズの5人で生活している。10年前、火事で家と家族を失った俺は今の父親に引き取られた。今の父である切嗣と母のアイリさんは海外で仕事をしており、家には基本いない。
その事が相まって、俺たちは家族の時間をより長く共有するために、緊急の場合でなければ全員で食卓を囲むことが食事のルールとなっている。なので皆がお腹を空かせて待ってくれているのだと思うと、嬉しい反面申し訳ない。
みんなになんて詫びようか、そう考えていると、遠くで男女の喧騒が聞こえた。家族が待ってくれているし、無視した方が正解かもしれない。だが、聞こえた様子だと女性が男性にしつこく迫られていたようだった。
別に放っておいても自分に害はないだろう。しかしお人好しの本能か、悩む間もなくチャリを動かしていた。
「いい加減手を離してください!」
「いいね〜強気な娘は嫌いじゃないよ、竹刀で攻撃してきた時は少しビビったけど。さ、こんなチンケな深山町なんかじゃなくて、新都で素敵な夜を過ごそうよ?」
予想通り、男が女をナンパしていた。それもかなり強引な手口で。男は全身にシルバーアクセを着けており、素肌にはタトゥーが散りばめられていて、如何にもという輩だった。
女性の方は、顔は男に隠れて見えなかったものの、手首が赤く腫れていたのが分かった。
会話の前後から、おそらく彼女の物だと思われる竹刀を護身用に手を取り、男に話しかける。
「いい加減諦めてさ、俺と一緒に遊ぼうぜ?」
「いい加減諦めるべきはあんただろ。」
「あぁ?なんだ?テメェ。」
男はペースを狂わされたことが気に入らなかったのか、女性を突き放して殴りかかってきた。
突き出されたストレートを右に避け、脇腹に竹刀を叩き込む。
「グフッ!おいおい、いいのか?俺はまだお前に傷をつけてねぇぞ?」
「俺に傷がなくても、彼女の手を傷付けたのは事実だろ?それともなんだ、まだやる気か?」
「ッチ、あぁあぁ熱くなっちゃって。王子様も来たことだし、飽きたからもうどうでもいいや。じゃあな王子様。」
そう言い捨てて、男は去ってしまった。
「大丈夫か?」
男が去ったところで、未だ尻餅をついている女性に顔を向けた。
なめらかな金髪に綺麗な青い瞳、まだ少女の面影を残す月に照らされたその顔は、今まで出会ってきたどの女性よりも−
「キレイだ…」
「え?」
「あ、あぁごめん。今のは気にしないでくれ。それよりもその手、大丈夫か?」
思わず口に出てしまっていたようで、慌てて誤魔化す。
「もう大丈夫で…ッ…」
大丈夫と言おうとしたのだろうが、まだ痛むようだった。
「手を貸すよ、ほら。」
「え、あ、あの…」
そう言って、彼女の傷が付いてない方の手を握り、強く引っ張り過ぎないように加減しながら立たせる。
「あ、ありがとうございます。」
顔を少し赤らめながら礼を言う彼女を見て、こっちもなんだか照れてしまう。
「この竹刀、あんたのか?」
「え?あ、はい。」
「さっきは勝手に使って悪かったな。それと、別に俺はあんたをどうこうしたい気はないから、そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ?」
「え、あ、はい…」
緊張しなくていいと言ってみたが、益々顔を赤くして歯切れの悪い返事を返してくる。もしかして、怒らせてしまったのだろうか…。
「じゃあ俺もう行くから。それと…」
おそらく会うのはこれで最後になるのだろう。ただでさえ怒らせてしまっているかもしれない相手にこれ以上話しかけるのは火に油を注ぐような気がしたが、言葉を続ける。
「あんたキレイだから、あんまり夜に1人でいると今日みたいなナンパに遭うかもしらないから、気をつけろよ。」
言った後で、自分の歯がゆい台詞が恥ずかしくなってしまい、急いでその場を後にした。
「随分遅いおかえりですね、士郎。」
玄関を開けるなり、仁王立ちでセラが構えていた。
「セ、セラさん、これには訳が」
「イリヤさんもクロさんも、あなたの帰りが遅いと心配してたんですよ。」
「セラも心配してた。」
「あ、あなたは黙ってなさい!」
「みんな、心配かけてごめん。一応お詫びの印にこれ。」
「デザート…ですか?」
「士郎、気が利く。」
「「デザート!?」」
イリヤとクロも、デザートの言葉に反応して飛び出ててきた。2人のこういう子供っぽいところに思わず頬が緩むのが分かった。
「デザートは食事の後で、先ずは手を洗ってお夕食にしましょう。」
「そうだ、言い忘れてた。ただいま、みんな。」
『おかえりなさい!』
それから、5人で夕食を食べた後に、風呂に上がってからすぐに布団に入った。寝る直前に、今日助けた金髪の女性を思い出していた。
「セーラー服だったけど、もしかして転校生だったりするのかな?」
なんて淡い期待を抱きながら、眠りに落ちた。
***
「衛宮…士郎…」
ナンパ男から助けてくれた彼。帰り際に彼が落とした生徒手帳に、その名前が書かれていた。
『キレイだ…』
彼の−士郎の言葉を思い出し、また顔が熱くなる。今まで男子からその様な言葉や告白をされた事は多々あった。だが、士郎のその言葉は今までのどれよりも強烈に私の心に響いた。
いつなら布団に入るとすぐ眠れるのに、今日は士郎の事ばかり思い出してしまい、初めて寝付けないというものを体験していた。
「士郎…」
『あんたキレイだから…』
「うぅ…」
また熱くなる。何度目だろう、ふと額に手を当てると、風邪を引いたかのような熱さだった。しかし、何故だか悪い気はしない、不思議な気分だった。
穂群原学園、それが彼の通う高校だ。同時に、明日から私の通う学校でもあった。しかも、クラスを見ると私と同じクラスだったのである。
「士郎…」
無意識にその名を呼んでしまう。こんな気持ちは初めてだ。
「士郎…」
最後にそう呼んで、彼女は瞳を閉じた。願わくば、いつか現実でも士郎と呼べる日を願って。
前々からマスターアルトリアと士郎のイチャラブを読んでみたかったのですが、なさそうなので書くことにしました。
別のSSもこのサイトで書かせてもらってますが、そちらの方も同時並行で書いていこうと思います(煮詰まってるとは言ってない)
今後ともよろしくお願いします。