「ありがとうございましたー」
時刻は夕刻、日も落ち始めた頃になって、ようやく最後のお客さんが買い物を終えて帰って行った。
なんだか最近、急にお客さんが増えてきた気がする。
何人かのお客さんから聞いた話によると、豊穣の女主人とデメテル・ファミリアの人が、《青の薬舗》の評判を広めてくれているらしい。
とてもありがたい話ではあるが、最近はお客さんが増えすぎてポーションの調合やら接客やらで、私とミアハ様はかなり忙しい毎日を過ごしていた。
売り上げも増えて、余裕も出てきたことだし、アルバイトでも雇った方がいいのだろうかと、ちょっと悩んでいる。
いやしかし…アルバイトなんて雇ったらミアハ様と二人っきりの時間が…いや最近忙しくてそんなタイミングほとんどないんだけど…
そんなことを悩みながら、閉店の準備をしていると、奥の部屋の扉が開き、在庫の整理をしていたミアハ様がやってきた。
「お疲れ様、おや、お客様は全てお帰りになったのかい?ナァーザ」
「ミアハ様もお疲れ様…さっき最後のお客さんが帰ったところ…今日はかなりの売上になった、この調子なら、借金も予定より早く返せるかも」
「うむ…しかし繁盛するのはありがたいが、我々の手が回らなくなっては意味がない、商品の補充をしたいが、ポーションも、素材も在庫がなくなりそうだ」
ミアハ様が困ったように言った。
このままでは明日、店に出す分のポーションが用意できないということだ。
「それはマズイ…今ならまだマジックショップが空いてるかもしれない、急いで買いに行ってくる…」
「そうだな、すまんが頼む、店の後片付けは私がやっておこう」
「うん、お願い…」
片づけをミアハ様へお願いし、買い物用の袋を手に取って、《青の薬舗》から出る。
店のドアにかけられているプレートを【CLOSED】へ変更し、私は冒険者通りへと走り出した。
なんとか閉店前に、行きつけのマジックショップに行ってポーション類の素材を購入した帰り道、私はふと、少し先にあった路地裏へと視界を向けた。
私の趣味の一つに、路地裏散策というものがある、この都市の路地裏は、治安の悪い場所が多いが、時折妙な隠しショップがあったりもする。
そんな店を見つけたりするのが、案外楽しかったりするわけだが…
この路地裏はずっと前に一度入った記憶がある、確かその時に怪しげなマジックショップを見かけたような…
私は懐かしい記憶を思い出し、導かれるように路地裏へと入って行った。
果たして、記憶にある通り、そのマジックショップは存在した。
辛うじてまだ営業しているであろう、寂れた様子のマジックショップ。
明らかに一見さんお断りの雰囲気の店である、一般人は絶対に入ろうとは思わないだろう。
当時の私は、この雰囲気に怖気づいて、中には入らず帰ったのだが…
今の私はLv1だった当時と違いLv3、そして《神秘》のアビリティを得たことで、新しいアイテムの作成という楽しみを見出している。
この店には何か面白い物がある、私の直感がそう告げているのだ。
私は『ゴクリッ』と喉を鳴らすと、意を決して店の中へと入っていった。
「いらっしゃいお嬢さん」
店に入ると、普通に店主らしき男性が出迎えてくれた。
店内は外から見た雰囲気と違い、普通のマジックショップという感じ。
若干拍子抜けしていると、店主の男性が話しかけてきた。
「お嬢さん若いのに上級冒険者なのかい、やるねぇ」
「私のことを知ってるの?」
「いや知らない、ただこの店はちょっとしたマジックアイテムで保護してあってね、Lv1の冒険者じゃ入れないようにしてあるのさ」
店主の言葉に、昔ここを見つけた時、怖気づいて入れなかった理由を思い知る。
「なんでそんなことを…?」
「うちはちょっと特殊なアイテムも扱っててね、Lv1の冒険者が扱うにゃ危険な物があるんでな、だから無謀な若いのが入ってこないようにしてるのさ」
「危険な物…」
確かに、品物はそこらの店ではなかなか見かけないモノが多く並んでいる、扱い方を間違えれば危険な物もあるだろう。
火鼠の皮
ポイズン・ウェルミスの毒皮
ヴィーヴルの涙
ブラッド・ヴェインの牙
などなど、値段はピンキリではあるが、どれもおいそれと手が出せない値段の物ばかりだ。
値札の0の数に卒倒しそうになりつつも、商品棚を見回していると、ふと1冊の本が目に留まった。
白い表紙でタイトルに《神秘の書》と書かれた本を手に取り、見てみる。
すると、一瞬本が光を放ち、私の眼をくらませた。
光が収まったあと、本を見てみるが、特に変化らしいものは見られない、不思議に思っていると、一部始終を見ていたらしい店主が、驚いたようにこちらへ話しかけてきた。
「驚いた、お嬢ちゃん《神秘》をもってるのか」
「!?」
突然、ステイタスがバレたことに驚いてしまう、辛うじて声を出すのは抑えたが、思いっきり怪しい態度をとってしまっただろう。
「すまない、驚かせてしまったようだ、別に誰にも言う気はないから安心してくれ」
「…なぜそう思ったの?」
店主に悪意はないようだが、念のためにアビリティについては、はぐらかして質問をする。
「その本は、タイトルの通り神秘の書といってな、《神秘》を持ってる者でないと開けないのさ」
「……!?」
「私も開けないので見たことはないのだが、神秘に関する道具のレシピが載っているらしいぞ」
「神秘の…道具レシピ!?」
店主の言葉に驚き、普段から半眼だった眼を見開く。
思わず本を開きそうになったが、売り物だということを思い出して踏みとどまった。
なんせ神秘の書などという特別な本だ、
「これ、おいくらですか?」
値札がついていない為、値段を聞いておく、万が一安いようならぜひとも購入しておきたい。
「うーん…………無料でいいぞ」
「んなっ…!」
まさかの無料である、思わず飛びつきそうになったが、踏みとどまる。
この世はタダより高い物はないのだ、旨い話に飛びついてはいけない。
「無料とは…どういうことですか?」
「なに、神秘もちにしか売れないってんじゃ、買い手なんて早々つかないしね、売れない商品なんて持ってても仕方ないだろう」
「……ヘルメス・ファミリアの
「すでにアイテムメーカーと呼ばれてるような奴に、新しいレシピを渡してもつまらんさ、まだ無名の奴に渡して、面白い物を作らせるのがいいんじゃないか」
「……それが見返りということですか?」
つまり、私にこの本のレシピを使って、アイテムを作って見せろと言っているのだろう。
そしてそれを料金代わりに要求されるのかもしれない。
「その通り、だが別に作ったアイテムを全て寄越せというつもりはない、面白い効果を持ったものを一つ、渡してくれればいい、期限は特に設けんよ」
……破格の条件と言っていいだろう、下手をすれば数千万は下らないであろう《神秘》のアイテムレシピが手に入るのだ。
作成したアイテムを渡す必要はあるが、期限がないのであればゆっくりと用意ができる。
「わかりました、必ずすごい物を作ってみせます」
「期待してるよお嬢さん、その際は素材もうちで買って貰えると嬉しいね」
なかなかちゃっかりしたおっさんである、などと思いつつ、店を出るのだった。
ホームへと帰り、明日分のポーションを作成し終えたあと、私は自室の机で神秘の書を読みふけっていた。
様々な未知の道具が載っており、読めば読むほど《神秘》奥深さが垣間見える。
一体どんな冒険者がこれを作ったのかと著者の欄を見てみる。
「ロロ…イ…・フ…クセ…読めないな…」
著者名は掠れていて全て読み取れなかった、私は諦めて本の続きを読みふける。
全て読み終わり、いくつものアイテムの中で、特に私の目を引いたのが《ホムンクルス》の作成だった。
ゴーレムやアンデットなどと違い、ある程度の自我をもった生命体の作成に、酷く心が惹かれてしまっていた。
現実問題として、人手不足のミアハ・ファミリアに人材が増えるというのは大きなメリットだ、現状作るモノとしては、この上ないモノに思える。
問題は必要な素材だが…高価な素材が必要な場合、莫大な借金のあるミアハ・ファミリアでは揃えることができないのだが…
本に載っている素材の金額は、最近の売上でできたファミリアの貯金を切り崩せば、ギリギリ揃えられるはずだ。
あとは、ミアハ様がホムンクルスという《生命》を作り出すことを許可してくれれば…
予想通り、ミアハ様はあまりいい顔をしなかった。
しかし、冒険者としての未知への探求。
神秘のアビリティを使いこなす為の修行。
さらにミアハ・ファミリアの人手不足の解消という点で必死に説得し、ようやく許可を貰うことができた。
そして翌日、素材を買い揃える為に、主なマジックショップを駆け巡ったのだ。
生命の水
主な素材はこの二つ、これを買うのにファミリアの貯金を8割使うことになった。
このままでは今月の借金の支払いができないが、お店の売上が今のまま維持できていれば問題なく返せる計算だ、抜かりはない。
もっとも、種はこれといった有効な使い道がなかった為、わざわざ持ち帰るファミリアは少なかったのだが…あの路地裏の店で偶然見かけていたのを思い出したのだ、運がよかった。
生命の水は、51階層にあるカドモスの泉水を蒸留して作成する水で、こちらもエリクサーの素材として使われる。
そして最後に一つ、お金はかからないが、極めて重要な素材がある
それは…生命の《素》となる素材だ。
それは人間が子を作る際にも用いられる、ごく一般的な素材である。
まぁぶっちゃけて言えば《精○》だ。
それを採取しなければならない、そしてこのファミリアで、この素材を採取できる対象は一人しかいない、つまりその対象神物から素材を採取することになるのは、極めて自然の流れであり、私の個人的欲求によるものではない。
これはホムンクルスを作成するうえで必要なことであり、決して自らの欲望だとか、《既成事実》だとかを狙っているわけではないのだ。
よし、理論武装完了
その日の夜―――――――
それなりに色っぽく見える服装に着替える、右腕をみて萎えられては困るので、隠さなきゃいけないから、あんまり露出度をあげれない、パジャマの上だけ着て、下は下着のみ(もちろん勝負用)という状態だ、まぁそれなりに色っぽくは見えるだろう。
さて…いざ
2階へ上がり、ミアハ様の部屋のドアをノックし、返事を待ってから入室する。
「ミアハ様…」
「どうしたナァーザよ、ホムンクルスの研究もいいが、お前も疲れているだろう?早く寝なさい」
寝間着に着替え終わったミアハ様が不思議そうにこちらを見る。
私の格好については見事にスルーされた、女としてのプライドに多大なダメージを負うが、負けてはいられない、このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
「ホムンクルスを生成するのに、最後に一つ重要な素材がある…」
「ふむ、それがどうかしたのか?」
それを、この時間にわざわざ言う理由がわからないのだろう、首を傾げるミアハ様。
「ミアハ様にしか用意できない素材なの、だからそれを採取させてほしい」
「ふむ…私にしか用意できない…なるほど
私の言い回しに、ミアハ様が思いっきり勘違いをしてOKを出す。
(…計画通り!)
言質をとった私は、狙い通りの展開に、心の中でガッツポーズをする。
「ありがとう、それじゃさっそく…」
私はミアハ様の肩を押し、後ろにあったベッドへ押し倒す。
古い木製のベッドが二人分の体重を受けてギシッと軋みを上げた。
「ど、どうしたのだナァーザ、
「私はそんなこと言ってない、必要なのは、ミアハ様の《精○》」
「せいっ…!?ちょっと待つのだナァーザ!」
勘違いに気付いたミアハ様が、慌てて私を退かそうとするが、
「待たない、採って良いって《言質》は取った…」
「《言質》って、それは卑怯だぞナァーザよ!」
「私も初めてだけど大丈夫、優しく《採取》してあげる」
「話を聞けー!!」
私とミアハ様の、実に近所迷惑な、深夜の寝室バトル(意味深)が始まった。
結局、ミアハ様の必死の説得に負けた私は、諦めて身を引いた。
ミアハ様の、『大事な《子》とそのようなことができるか!』という言葉に負けたのだ。
大事にされていることを喜ぶべきか、《子》としか見られていないことを悲しむべきか、難しいけれど。
ちなみに必要な素材は、ミアハ様が
若干興味はあるが、ミアハ様の名誉の為にも、方法については触れずにおいた。
さすがに恥ずかしいし…
夜這いしといて何を今さらと思うかもしれないが、そこは複雑な乙女心というものである。
翌朝、ものすごく複雑そうな顔をしたミアハ様が、白い液体の入ったビーカーを私に渡してくれた、ちょっと興奮したのは秘密である。
神秘の書のレシピ通りに、生命の水で作成した培養液を作成。
《神秘》の魔力を込めた
あとは定期的に外側から魔力を送り、続けるだけだ。
5日後
培養液に入っている《肉体の元》の形が人型のような形へ変化し始めた。
10日後
《肉体の元》が完全に人型となり、人間の胎児そっくりとなる。
20日後
胎児から、生後半年ほどの赤ちゃんくらいの大きさになった、もうそろそろだろうか…
……30日後
私は、身長60cmほどまで成長したホムンクルスの女の子を、培養液から取り出し、体を拭いてあげる。
そして敷いておいた布団へ寝かせてあげた。
成功していれば、そろそろ目を覚ますはずなのだが…
「ミアハ様…この子、大丈夫かな?」
「呼吸はしている、問題はないと思うが…」
不安気な私の問いに、ミアハ様が、上下している胸を見て、心配ないと言ってくれる。
よく考えたら、女の子の裸を凝視してることになるんだけど…まぁミアハ様は変態な神々と違って
「んぅ…」
ドキドキしながら見つめていると、ホムンクルスの女の子が、小さな呻き声と共に、ゆっくりと目を開いた。
「せ、成功?」
「あぁ、成功だ、おめでとうナァーザ」
女の子が目覚めたことに、嬉しくて思わずミアハ様に抱き着いてしまった。
ミアハ様は私の頭をなでなでしてくれたあと、横のテーブルにおいてあったお茶を飲んだ、なんだかんだで緊張していたのだろう。
「大丈夫?私がわかる?」
「ん…あなたは…?」
目覚めた女の子に話しかける、神秘の書には、目覚めたホムンクルスには、最初に誰が生みの親であるかを教えなくてはいけないと書いてあった、つまりは。
「私は、貴女のママよ、そしてこの人がパパ」
ぶふぁ!
私の紹介を聞いたミアハ様が、盛大に飲んでいたお茶を吹き出した、イケメンが台無しである。
「まま…ぱぱ?」
「ちょ、ちょっとまてナァーザ!?その紹介は間違っているだろう!?」
タオルで口元を拭ったミアハ様が、慌てて訂正をしようとしてくる。
だがそうはいかない、『素材採取に託けて既成事実』作戦が失敗した以上、次は『できちゃった婚』作戦である。
「間違ってない…ミアハ様の精◯を使って、私が生み出した…紛れも無くこれは私達の子」
「間違ってはいないが言い方が作為的すぎるだろう!?」
もはや叫び声に近いミアハ様の声を聞いて、ホムンクルスの女の子が私に抱きついてくる。
「ミアハ様、大きな声を出すとこの子が怯えちゃう」
「ぐぬ…す、すまん…」
慌てて声を抑えるミアハ様、私はホムンクルスの女の子を抱き上げる。
「ママ~、パパ~」
抱き上げられたホムンクルスの女の子は嬉しそうに、私に抱きついてくる。
やばいちょうかわいい。
せめて私のことはミアハと呼んでくれ…と言っているミアハ様は華麗にスルーする。
「まずはこの子に名前をつけてあげなくちゃ…」
「そ、そうだな」
「なまえ?」
いつまでもホムンクルスの女の子では可哀想すぎる。
かわいい名前を付けてあげなくてはいけない。
「『ちいさなホムンクルス』を略して『ちむ』でどうだ?」
「却下」
ミアハ様の提案を間髪いれず却下する、可愛い名前だとは思うが、娘というよりペットっぽい。
しょんぼりしてしまったミアハ様には悪いと思うが、もっと娘っぽい名前でなくては。
「ミアハ様と
我ながら良い線いってると思う。
「う、うむ…なんだかますます私達の娘っぽくなってしまうが…いいのではないか?」
「みな~みな~」
うむ、ミアハ様この子も喜んでいるようだ。
「よし、貴女の名前はミナ・エリスイス、今日から私達の娘よ」
「まて、私『達』はやめなさい!」
「えー…パパひどい」
「ぱぱひどーい」
「わ…私はどうすればいいんだ…」
その後、ミアハ様はなんとかミナにパパと呼ばせるのは阻止することに成功した。
だが、私のことをママと呼ぶ小さな女の子の存在は、しばらくの間、ミアハ様パパ説が《青の薬舗》のお客さんの中に浸透されていくのであった。
ナァーザさんマジ肉食系