さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その2

「え。会長、いないんですか?」

 

 西住みほは目を丸くする。

 

「そうなの。せっかく来てもらって悪いんだけど」

 

 謝ったのは小山柚子。

 髪をポニーテールに結った、生徒会副会長だ。

 

「いえ、それはいいんですけど――」

 

 そう答えながら周囲を見渡すみほは、ひとりきり。

 呼びに来た河嶋桃の姿はない。

 

 

 あの後、一同は相談して、とりあえずの分担を決定した。

 

 みほは生徒会室へ。

 五十鈴華はアリクイさんチームの三式中戦車へ。

 秋山優花里は自動車部の部室へ。

 冷泉麻子はそど子に連行された。

 

 だが、まだ歴女(カバさん)バレー部(アヒルさん)一年生(ウサギさん)が残っている。

 話を聞いてやると請け負った手前、むげにすることもできなくて、責任感だけは人一倍強い桃ちゃんが、一年生のもとへ向かったのである。

 

「それで、用というのは――?」

 

「ああ、そうそう」

 

 柚子が両手を合わせる。

 

「書類の整理を手伝ってもらうはずだったんだけど」

 

(ええと、それは……?)

 

 みほは小首をかしげる。

 

 みほは、河嶋桃に呼ばれてここにいる。

 そのかわりというかなんというか、河嶋先輩は一年生のところへ行ってしまった。

 頭数はプラスマイナスゼロだ。

 

 手助けに来た意味がないのでは。

 むしろ、河嶋先輩のほうが、慣れている分効率がよいのでは。

 

「……でも」

 

 柚子が丸い瞳を、ちらりと輝かせる。

 

「それは名目っていうか。べつにもうひとつ、お願いしたいことがあるの」

 

#

 

「あら、あらあら」

 

 五十鈴華が不思議そうにまばたきする。

 

「Ⅳ号とはずいぶん違うんですね」

 

 華は、アリクイさんチームの三式中戦車の中で、スコープをのぞき込んでいる。

 

 ねこにゃーとぴよたんは、その背後。

 狭い砲塔内にぎゅうぎゅう詰めになりながら、華の手元をのぞき込んでいる。

 

「ええと、トリガーはどこに…… ペダルもありません……」

 

「トリガーって……?」と、ねこにゃー。

 

「Ⅳ号では、主砲を発射するときに、ハンドルのトリガーを引くか、足元のペダルを踏むんです。この戦車では違うんですか?」

 

「発射するときはここの紐を引くっちゃ。ほら、こうやって」と、ぴよたん。

 

「まあ、紐を? おもしろいです。こういう戦車もあるんですね」華が驚く。「でも、紐がその位置では、照準をのぞきながらでは、紐を引けないように思うのですが……?」

 

「そ、そうなんだ」ねこにゃーが勢い込んでうなずく。「い、今はね、ぴよたんが照準を合わせて、合図をもらってボクが紐を引っぱってるんだけど、なかなか当たらないんだ。それで、なにかコツがあるのかなって思って、うまい人に聞いてみようって……」

 

「たしかに、タイミングを合わせるのが難しそうですね」華が考え込む。

 

「そっか、Ⅳ号はこうじゃないんだ……」と、ねこにゃー。

 

「そんな気がしてなくもなかったピヨ」と、ぴよたん。

 

「もしかして、この戦車ってかなり特殊モモ?」と下の操縦席から、ももがー。

 

「日本の戦車は、みなこういう設計だったのでしょうか……?」華が首をかしげる。

 

「ああ…… これがネトゲなら、ボタンを押すだけでいいのに……」

 

 ねこにゃーがため息をつく。

 

「ご、ごめんね。五十鈴さん。忙しいところをわざわざ来てもらったのに」

 

「いいえ。せっかくですから、できるだけお手伝いはさせてもらいます。そうですね…… このような仕組みなら、なるべく静止した相手を狙ったほうがよいのかも……」

 

「そ、操縦のほうはどうかな」

 

「教本さえあれば、麻子さんならなんとかしてくれそうですけど……」

 

 そう言いながら、華は感じている。

 なにかがいつもと少しだけ変化しているような、小さな違和感を。

 

#

 

「冷泉さん! ちっとも進んでないじゃないの!」

 

 園みどり子が声を張り上げる。

 

 ここは生徒指導室。

 冷泉麻子は、原稿用紙が山と積まれたテーブルに、ぐったりと頭を預けている。

 

 その姿勢のまま、麻子は言う。

 

「どうして反省文なんか書く必要があるんだ」

 

 そど子がむっと唇を結ぶ。

 

「あなたが遅刻と欠席ばかりしているからでしょう?! 数えましょうか、遅刻が249回に、欠席が――」

 

「そうではなくてだな」麻子がさえぎる。「全国大会で優勝すれば、それらはすべて免除になる約束だろう。免除になるかもしれない遅刻の反省文を、なぜいま書く必要がある」

 

「それはそれ、これはこれよ。記録は消せるかもしれないけれど、罪までは消えない。せめて反省だけでも示してもらわなくちゃ、風紀委員のこけんに関わるじゃない」

 

 麻子がうめく。

 

「そんなだから、おまえはそど子と呼ばれるのだ」

 

「そど子って呼ばないで。れま子のくせに」

 

「そど子。そど子そど子そど子」

 

「はいはい、お好きに」

 

 そど子は麻子の憎まれ口をさらりと受け流す。

 

「そんな風に口だけ動かしてたって、原稿用紙は一枚も減らないわよ。言っておきますけど、今日は容赦しませんからね。全部書き終えるまで帰さないから」

 

「そんなことはない。知らんのか、そど子」

 

 麻子の口調は自信たっぷり。

 

 そど子が不思議そうに眉をひそめる。

 

「知らないって、なにをよ」

 

「妖精さんだ。お手伝いの妖精さんがいるだろう」

 

「お手伝い? 妖精さん??」

 

 いったい何を言いだすのだ。

 そど子は口をぽかんと開ける。

 

 だが、麻子の表情はいたって真剣だ。

 

「妖精さんは、人々が寝ているときにやって来る。そうして、ふとんをたたんでくれたり、洗濯物を取り込んでくれたり、食事を作ってくれたりするのだ」

 

「冷泉さん、あなたねえ。高校生にもなって……」

 

「たまには戦車の操縦だってやってくれる」

 

「ええ!?」

 

「反省文だってあっという間だ。だから、わたしは寝る」

 

 麻子はテーブルに突っ伏したまま、ますます脱力する。

 ずるずると体がすべる。

 もうすこしでテーブルから落ちそうになるくらい。

 

 そど子が片手を取って引き止める。

 

「そんなの通るわけないでしょ! 夢は寝ているときだけにして!」

 

 麻子がうらめしそうにそど子を見上げる。

 

「だいたいおかしいぞ、そど子。おまえはいったいなんの権限があって、わたしに反省文を書かせようというのだ」

 

「はぁ? そっちこそなに言っちゃってるの? そんなの、私が風紀委員だからに決まってるでしょう!」

 

「証拠はあるのか?」

 

「証拠もなにも」そど子がとまどう。「この学校の生徒なら、誰だって知ってるでしょ。この腕章をつけている生徒は、正式に任命された風紀委員だって」

 

「どの腕章だ」

 

「どのって、この――」

 

 いつも制服の片袖にピン留めしている腕章を引っぱってみせようとしたところで、そど子は気がつく。

 

 腕章が、ない。

 風紀委員であることを証明する黒い腕章が、どこにもない。

 

 今日に限って、付けるのを忘れてしまった?

 まさか。自分がそんなミスをするはずがない。

 では、どこかで落としてしまったのだろうか――?

 

「どうやら証拠はなかったようだな。権限のない者の命令をきくいわれはない」

 

 ゆらり、と麻子が立ちあがる。

 

「失礼させてもらうぞ、そど子」

 

「え、ちょっと。待ちな――」

 

 そど子の声は、自分でも不思議になるくらい、小さくかすれていた。

 

#

 

「それが質問なんですか!?」

 

 秋山優花里の髪が、驚きでふわっと広がる。

 

「じゃあ、禁止されてないんだね」

 

 そう尋ねるのは、自動車部の中嶋悟子。

 

 場所は自動車部のガレージ。

 

 整備途中のポルシェティーガーが、空間をほぼ占拠している。

 壁のパネルフックにぶら下がっているのは、大量の工具。

 その周囲にメモやレシートのたぐいが雑多に貼り付けてある。

 

「ええ。試合中に履帯を修理するのなんかは、ルールで認められていますし――」

 

「うん。それは、戦車が停車したときの話だよね。そうじゃなくて、車輌が走行中に、その車輌を修理しても問題ないかどうかを知りたいんだよ」

 

 優花里には理解できない。

 が、自動車部にとって、その違いが非常に重要であるらしい。

 

 くしゃ髪で地黒のスズキ、日焼けした吊り目のホシノ、垂れ目でそばかすのツチヤ。

 ほかの三人も、興味深そうにふたりの会話に聞き入っている。

 

「そうですねぇ」優花里が首をかしげる。「キューポラのガラスが割れたときは、走行中に交換しても問題ないはずですから、そこから考えると、許可されていることになる、のだと思いますが」

 

「よしっ!」

 

 自転車部の面々が沸きたつ。

 

「ね、言った通りだったでしょう」

 

「まあでも、ちゃんと確認しておくのは悪いことじゃないだろう」

 

「よしよし、お手柄だぞ、ツチヤ」

 

 三人は言葉を交わしながら、ぞろぞろと作業に戻っていく。

 

「えっ? どういうことです??」

 

 ひとりだけ事情のわからない優花里が、きょろきょろと左右を見る。

 

「なにか決勝戦に関係あることですか?」

 

「それは見てのお楽しみかなー」中嶋がにやりと笑う。

 

「ええと…… では、用事はおしまいで?」

 

「うーん。そうだな。とりあえず今のところは。……でも、せっかく来てもらったのに、これだけじゃ悪いか」

 

 中嶋が頭をかく。

 

 むこうでツチヤが手をあげる。

 

「はい! お礼をかねてって言うのも変だけど、Ⅳ号をもっと改造したいです。ドリフトに耐えられるくらい」

 

 ゆかりが目をぱちくりさせる。

 

「戦車でドリフトですか?! それはさすがに無茶がすぎるのでは」

 

「そうかなあ。いつか戦車でも、みんな当たり前のようにドリフトする日が来ると思うんだけどなあ」

 

 ツチヤが不満げに腕組みする。

 

 中嶋が苦笑する。

 

「ツチヤはドリフト好きだからなあ」

 

「本気なんでしょうか」ゆかりが小声で尋ねる。

 

「本人はいたって本気だと思うよ」

 

 そのとき。

 

「せっ、せんぱい!!」

 

 突然、ツチヤが大声を出す。

 

「あれ、あれはどこですか!?」

 

「どうした。落ち着け、ツチヤ」

 

「おまえが大声なんてめずらしい」

 

「おちついてなんていられません!」

 

 集まった先輩たちの前で、黄色いつなぎを着たツチヤが地団駄を踏む。

 

「だって、あれがなくなってるんですよ! みんなでがんばって集めたあれが!!」

 

#

 

「……どうだ!」

 

 河嶋桃は自信満々に口を閉じる。

 

 かわいい後輩たちに請われて披露した、渾身の恋愛講座。

 武部沙織のいつもの講義がどのような内容かは知らないが、しょせん相手は二年生。

 人生経験は間違いなく自分のほうが上である。

 一年生には、これまでにない深い感銘と感動を与えるはず。

 

 ……と思っていたのだが。

 

「いまいちかなぁー」

 

 あいーと口をとがらせて、頭の後ろで両手を組んだのは、操縦手の阪口桂利奈。

 

「それなりにまとまってはいたけど、こぢんまりしてるっていうか」

 

 毛先をいじりながらつぶやいたのは、眼鏡の大野あや。

 

「育ちのよさが出てる感はあるね」

 

 冷静に分析したのは、リーダーの澤梓。

 

「もうちょっと荒唐無稽さがほしいよね~」

 

 無邪気に同意を求めたのは、通信手の宇津木優季。

 

「武部せんぱいの話は、意外性があるっていうか、凄味を感じるもんね」

 

 長い黒髪をかきあげながらうなずいたのは、山郷あゆみ。

 

「どういう意味だ! 十分に、ろろろろ、ロマンチックだっただろうが!!」

 

 桃ちゃんが即ギレする。

 

「わわわ、私の恋愛観がお子ちゃまだと言いたいのか! 夢物語だと!!」

 

「ああ、いえ。そういうことではなくてですね」

 

 梓があわてて両手をふる。

 

「わたしたち、夢物語には慣れてるんです。問題なのは、むしろ密度で」

 

「? どういう意味だ?」

 

「河嶋せんぱいのお話は、なんて言うか、ふわふわしてるって言うか」

 

「ふわふわしてる?! それの何が悪い! 夢だぞ! 夢とはそういうものだ!!」

 

「それが違うんですよ~」と、優季。

 

「武部せんぱいの夢は、もっと濃いって言うか、詰まっているよね」と、梓。

 

「さわれそうだよね。質量がある?」と、桂利奈。

 

「重力すら感じるよ」と、あや。

 

「あれを無から生み出すところがすごいよね」と、あゆみ。

 

「そんなにすごいのか。武部の話は」

 

 興味を引かれたのか、桃ちゃんが身を乗り出す。

 

「そりゃもう。未来のエネルギー革命の礎になりえるっていう意見があるくらいで」

 

 あゆみが真面目な表情でうなずく。

 

「ほう。どんな話なんだ。もう少しくわしく……」

 

 あゆみの話に、ふむふむ、ほほうと桃ちゃんがうなずく。

 

 それを横目に、梓があやをつつく。

 

「ちょっと、あや。どうして河嶋せんぱいをつれて来たの?」

 

 ひそひそ声。

 答えるあやも声をひそめる。

 

「だって、武部せんぱいがお休みだったんだもん」

 

「理由になってないよ。それなら、せめて西住せんぱいを」

 

「しかたなかったんだよ~。あんこうチームのほかのせんぱいたちも、呼ばれてほかの場所に行っちゃったから。河嶋せんぱいしかいなかったの~」と、優季。

 

「河嶋せんぱい悪い人じゃないよ。嫌いじゃないけどな、わたし」と、あや。

 

「わたしだって嫌いじゃないよ」梓がため息をつく。「でも、河嶋せんぱいは生徒会のメンバーだよ? 打ち明けるなんてできないよ」

 

「そっか、そうだよね」と、あや。

 

「じゃあ、どうするの~?」と、優季。

 

「なにか理由をつくって、河嶋せんぱいには帰ってもらうしかないよ。その後で、もう一回別のせんぱいを呼びに行こう。今度はわたしもいっしょに行くから」

 

「でも、河嶋せんぱい、しばらく帰りそうにないけど……」

 

 桂利奈が指さす。

 

 その先では――

 河嶋桃が、両頬を真っ赤に染めて、山郷あゆみの話に深く聞き入っていた。

 

#

 

「返して。いじわるしないで返しなさいよ」

 

 背後からの声に、冷泉麻子はふり返る。

 

「返せとは?」

 

 廊下に立っているのは、園みどり子。

 眉をぎゅっとしかめ、両腕を震わせて、麻子をにらみつけている。

 

「腕章よ! 冷泉さんが取ったんでしょ」

 

「そんなことはしない。わたしを格納庫に呼びに来たときから、おまえは腕章をつけていなかった」

 

 麻子はそれだけ言って、きびすを返す。

 

 いつも口げんかをしている仲だ。

 この程度何でもない。

 言い負かしてやった、くらいの気持ち。

 

 そのつもりだったのに、小さい手が、麻子のセーラー服の背中を、きゅっとつかむ。

 

「ねえ。待って。待ってよ」

 

 ちらりと後ろを見て、麻子はあわてる。

 

「そど子。おまえ、泣いているのか」

 

「泣いてない。風紀委員は泣かないの。校則でそう決まってるんだから」

 

「しかし、おまえ。それは」

 

 そど子は目元に大粒の涙をためている。

 

「だって、大切な腕章をなくしちゃうなんて。おまけに、そのことを他人に指摘されるまで気づかないなんて。そんな人間が偉そうに校則違反を取り締まっていたなんて、風紀委員という存在に対する侮辱だわ。裏切りだわ。私は風紀委員という誇りある伝統に泥をぬって、栄光を地に落としてしまったのよ。なにをしても償いきれないわ」

 

「いや。そこまでじゃないだろう」

 

 麻子はあきれる。

 

 だが、そど子の思い詰めた表情は変わらない。

 

「でも、恥だわ。スキャンダルだわ。もう二度と表を歩けない」

 

「どこかで落としただけだろう。覚えていないのか」

 

 そど子が下を向く。

 

「今朝登校して、生徒指導室で腕章を付けて、ゴモヨやパゾ美と校門に出て…… そのときには間違いなくつけていた、と思うけど」

 

「じゃあ、その後だな。探せばまだ見つかるかもしれない」

 

 励ましたつもりだった。

 

 だが、そど子は動かない。

 

「どうした。そど子、探しに行かないのか」

 

「だって。こんな格好じゃ、外に出られない……」

 

 おい。しっかりしろ、そど子。

 たかが腕章じゃないか。

 それなのに、まるで衣服をすべてはぎ取られたみたいな、泣きそうな顔をして。

 いつものおまえはどこへ行った。

 

 そう言いたい気持ちを、麻子はぐっとこらえる。

 

「わかった。おまえは指導室にいろ。拾った誰かが届けに来るかもしれない」

 

「冷泉さんはどうするの」

 

「探してきてやる。だが、勘違いするな。ひとつ貸しだ。わたしが見つけたら、反省文はすべて免除してもらう。いいな?」

 

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