「集え集え、同胞よ。散りて集いてその身を染めよ」
雲一つない空の下、蟲の王の勅が下る。彼女の前にはいまだ血の滴る供物があり、それを支えるのは何もない。
否、私の距離から見えていないだけで、供物を背に多数の虫がそれを持ち上げているのだろう。
「食め食め、同胞よ。飽いたその身を末まで満たせよ」
少し前まで生きていたその供物は私と同じ形をとった知恵ある獣。流れ出る彼女の生命に、新たに蟲の王の生命が伝う。
供物とするために負った傷だろう。指の欠損したその手から流れる血をそれに振るう。
上質の食に、さらに王から自らを賜り。それを引き金として大地からまるで闇の塊のように虫たちが集う。
それは瞬く間に供物にまとわり、もはやただの黒い何かと化した。
「孕め孕め、同胞よ。我が身を宿し礎とせよ」
蟲の王の体に光が満ちる。食事に参加できなかった者たちを慰めるように。得難い慈しみを与えるように。月の明かりからすればそれは淡い、しかし確かな導きだ。
闇を別ける一筋の光。そういわんばかりに周りに彼女の眷属が集い、そして光を享受する。王を包み喰らうかのようで、その限界まで覆って、その中に踏み込まず。
「産めよ産めよ、同胞よ。命紡いで全を紡げよ! 我らを刻めよ、そして湛えよ!」
最後の勅が下り、大きな闇は一つ一つ別れ、多量に不快な音をまき散らして削れていく。がらん、と音がして哀れな末路だけがその場に残った。生きるために死を引いた者、いつまでも覆されない世の常識。
「お疲れ、リグル」
終わった彼女を、母なる彼女を。子のために傷ついた体のままに儀式を完遂させた彼女を私は迎える。服は裂かれ、その下の肌からは赤く血が流れて自慢の白い服も羽を模したマントも見る影はない。
「ああ、ルーミアいたの。……あんたも暇だね」
顔から流れる血を、そのまま汚れた袖で拭う。赤黒く残っていたシミに、また新しい赤が染まる。だが、彼女の体からあふれる血は他の出口からも絶えず流れ続ける。
「……大丈夫?」
「あ、こんなもの。どうってことはないよ、深くはないから」
わかっている、けれども声をかけずにはいられない。私たち妖怪には肉体の傷など些細なもの。特に、私のような由縁の広いものは時間をかければ丸々腕一本落とされようと回復する。
リグルはその類ではない。蟲を操る能力を持ち、そして自身も蟲の妖怪。自然を由縁とした妖怪と違い、いわば普通の妖怪。確かにほかの生き物と比べれば回復は早いが、今回の傷も、欠損した部位も回復には長らくかかるだろう。
彼女にとってはそれが普通だ。だからそうは言うけれど私にとっては十分長い。その間友人の肉体が傷ついたままなのを見るのは、いやだ。……かといって、できることは何もない。
「今回の相手はちょっと強かったからね。その分私たちの力も強くなれるから」
にこ、と傷ついた体を自慢するように笑う。
リグルは弱い妖怪だ。私自身も決して強い妖怪ではないが、そんな私に並ぶか、少し下か上か。幻想郷ではそんな認識だ。どんなに粋がっても、所詮は蟲の妖怪という評価。
だが、それでも間違いなく彼女は
王は王たる振る舞いを。彼女がそれを意識して振る舞っているかはわからない、だけど彼女は事実それを行う。夜の儀式、全ての同胞への拝領の儀式。その為の供物として、彼女は自らの命を懸けて決闘を申し込む。
それはスペルカードルールではない、遊びでない命のやり取りだ。美しさも、かわいらしさも何もない。ひたすらに泥臭く、血腥く。しいて共通するところといえば、互いに同意があるところか。
種と命と誇りを賭けたその決闘は、結果リグルは無敗。当然だ、負けた相手は喰われるのだから。高みの存在を喰らい、自分の格を昇華させる。今も昔も続く妖怪、妖獣たちの伝統。
別に決闘にしなくてもよい。不意打ちでも拾い食いでも何でもいい、喰いさえすれば昇華は可能性がある。だが、彼女はそれをせず自らが王であることを、トップに立ちうる強者であることを示すために行う。
彼女は頭が悪い。虫程度の知能しかないと揶揄されることもあるし、妖精と同程度といわれることもある。だから、理屈ではないのだろう。享受する側も、それが本能なのだろう。弱い王に従う道理は、ない。
リグルは、強い妖怪だ。自身の強さ、地位、本能。それら全てを知ってか知らずか、しかし結果として虫たちの王として今もなお輝いている。
彼女は個としての意思が少ない。自分が王なのだから配下を使うのは当然だし、また自分が王なのだから配下のために身を使うことを当然と考えている。
また、種としての繁栄を主としている。もし虫たち全てが滅ぶか自分が滅ぶかの選択を迫られたら、彼女は迷わず自分の滅びを選び、そこに何の疑念も持たないだろう。当然だ、蟲なのだから。
彼女は、蟲の王なのだから。
「相変わらず、無茶するね」
「当り前よ、私は蟲の王なんだから」
私には、それがまぶしい。私には、それがうらやましい。
私にはそういったものが何もない。仲間というものも、配下というものも。その為に動くということが理解できない。自分に及ぶから、という観点からでしか考えることができない。
私の周りには友人と呼ぶにふさわしいと思われる者も何人かいる。里の半獣が使うような辞書にはその言葉通りの関係を築けている……と思うものたち。
しかし、一緒に居て楽しい、それだけでいいのかといつも迷う。いつもわからなくなる。いずれ、いなくなってしまうかもしれないから。
私がいなくなっても、私のことを友人と言ってくれるだろうか? 私を覚えていてくれるだろうか?
私は闇だ。全てに対をなす、陰の者。ただそこにあり、消えゆくことを待つもの。
だから私は光に導かれる。光を羨む。私の本質を変えてくれそうで。
「偉いねリグルは、よしよししてあげよう」
「そう? へへへー、ありがとうルーミ、ちょ、噛むな!」
頭を撫でようとリグルに近づき、そのまま口を近づけようとして突き飛ばされる。すでに二人とも空中に居るからすてんと転んだりしない。
「ルーミアったら、油断ならない。どうしていつもそうやって私を噛もうとするの?」
「どうして? ……当然じゃない」
自分の服の裾を持ち上げ、スカートをわずかにずらす。小さなくぼみのついた、なだらかな丘を露わにする。
「人を喰らうために人の雌の姿をとってるとはいえ、私は結局は闇。こんな体に基づく愛情表現なんてできないよ」
服にかける手を離し、目の前のぽかんとした表情の手を取り、流れる血を舐める。
「闇はただただひたすらに待ち、機を待って喰らう。陽が落ちるとき、火が落ちるとき、秘が落ちるとき。その時闇は喰らいにやってくる」
「私は、それしかできないんだから」
「……だから私も食べちゃうぞー、ってこと? やだやだ、やめてよー」
おどけるように、きゃいきゃいと声をあげながら私を押し離す。彼女には、ふざけているように見えたのか。
「本当なんだからー、だから一口、ねーってばー」
だけどそれは本当だ。他の者を真似たって、それはただの模倣に過ぎない。闇をさらけ出して感情を伝えなければ、それは嘘になる。自分を信じられなければ、真実の思いを相手に伝えることもできないだろう。
だから私は伝える。自分の思いをいつまでも。
「指一本でもいいからさー、お腹空いてるんだよー」
「骨でもしゃぶってなよ!」
いつまでも。
なんか片思いだけど同性だから言い出せないけど意を決して言っちゃったらはぐらかされた様子に見えますがこれLOVEじゃなくてLIKEですけどどちらでもいいや