こんな感じで短いお話を淡々と上げていく予定です。
動画だと話数を上げていくごとに再生時間が増える傾向にあるんですけど、こっちだと文字数が増えていくのかな。
6月某日。鎮守府にて。
初風と天津風は、遠征から帰投したことを提督に報告し、鎮守府庁舎を出た。
庁舎から出ると、外は大雨だった。鎮守府に到着した時にはぱらぱらと降る程度だったが、今は傘が必要なほどだ。
二人は庁舎に据え置いてあった貸し出し用の傘を差し、寮までの道を進む。
一歩進むごとに水が跳ね、ちゃぷちゃぷと音を立てる。
「ねぇ、天津風」
初風は、隣を歩く天津風に話しかけた。
「雪風と時津風って、仲良いわよね」
「そうね。羨ましいの?」
「そんな訳ないでしょ」
からかう天津風を初風は軽く小突いた。
「仲がいいのは良いことよ。ただ、ちょっと仲が良すぎじゃないかなって」
「あ~、確かに。今日も遠征から帰ってきてすぐ二人でどっかに行っちゃったし」
雪風と時津風は、二人と同じ陽炎型駆逐艦だ。
4人はこの鎮守府で、一つの駆逐隊の仲間だった。他の駆逐艦娘たちも同様に4人で一つの隊を形成していて、基本的にこの隊で任務や遠征をすることになっている。
この日も、初風たちは輸送船を護衛するため、4人で遠征に出ていたのだ。
「ああ。つまり初風は、」
天津風はひとり納得した様子で手を叩く。
「二人の中に自分も混ぜてほしいってそういう」
「違うって!」
少し強めに突こうとしたが、さすがにかわされてしまった。
初風が怒り気味にさっさと先へ行く後ろから、「ごめんごめん」と天津風は謝る。
「でも、あの二人の仲の良さって、友達とか姉妹とかそういうの超えてる気がするわね」
さすがにふざけ過ぎたと思い、天津風はきちんと話に乗る。
「何でだと思う?」
「それ、私が聞いたんだけど……そうねぇ」
初風は考えてみる。
「二人でよく出かけるとか」
「あたし達抜きで?」
「ないとは言い切れないわよ」
いくら同じ隊を作っているとはいえ、任務外まで常に一緒という訳ではない。もちろん、普段の生活も隊員と共に過ごす駆逐艦は多いが、常に4人で過ごせと命令されてはいない。別々に行動することもある。
しかし、雪風と時津風の二人だけで関係を深めているのは、何だか自分達だけ仲間外れにされている気がして少し傷つく。
「どうせなら誘ってくれればいいのに」
「やっぱり誘ってほしいんじゃない」
口に出てしまったらしい。初風は恥ずかしさを紛らわすため咳払いをする。
「あ、天津風はどう思う?」
「ん、そうね」
天津風は少し考え込んで、思いついたのかぴんっと指を立てた。
「初風と似たような感じだけど、二人だけの秘密があるとか」
「どんな秘密よ」
「ん~、女の子が二人だけで……怪しいわね」
何やら悪いことを思いついたような顔をする天津風。
「ねぇ、ちょっと二人の部屋に行ってみない?」
「え、なんでそうなるのよ」
疑問を浮かべる初風。
それに天津風が答える。
「雪風たち、いつも出撃から帰ってきたら必ず部屋に戻るのよ。それは不思議じゃないんだけど、その後は夕飯になるまで部屋から出てこないの。これは何をしているか確認しておく必要があると思うわ」
「……まさか部屋を覗くとか?」
「正解」
「やめときなさいな」
初風はやや歩調を早める。
早歩きになった初風に離されないように、天津風はその後に続いた。
「気にならないの?」
「そういうの、プライバシーって言うのよ」
「でも、」
少し小走りになって、天津風は初風の前に出て振り向く。
「もし二人が何かいけないことをしてたら、注意しないといけないじゃない。そういうのはダメって」
むぐっと言いよどむ初風。
別に、二人が部屋の中で何をしていようが構わない。
しかし、風紀を乱すようなことをやっているとしたら……。
「確認するだけなら、してもいいんじゃない?」
天津風は傘越しに初風邪を覗き込む。
プライバシーは守った方が良い。でも、二人が何をしているのか気になってしまう。
初風は悩みに悩んだ末。
「扉の前で、声を聴くだけだから」
傘を寮の玄関に置き、初風邪と天津風は足音を立てないように床に足を付けて進む。
寮は一部屋2~3人で共有して使うことになっている。部屋はどこも同じ内装で、3段ベッドと畳で作られた座敷があり、木造の机が3つ並んでいた。
雪風と時津風は同室で、初風と天津風の部屋の隣だ。
普段ならもっと早足で進み部屋に入るのだが、歩くことに必要以上も注意を向けているため、その距離がいつもより長く感じる。
「ねぇ、やっぱりやめない?」
「何よ、ここまで来たんだから」
一度興味を持ったものの、やはりやめた方が良い気がしてならない。
初風が次の言葉を探すうちに、二人は雪風たちの部屋に付いてしまった。
「よし、開けるわよ」
「声を聴くだけって言ったわよ?」
「でも何してるか声だけじゃ分からないし。少しだけにするから」
これは止めても無理だな、と初風は止めるのを諦めた。
それに、ここまで来て何もせずというのも嫌だったし、雪風たちが何をしているのかは気になる。
天津風が静かに開けた扉の隙間から、初風も中を覗くことにした。
部屋は薄暗かった。明かりはついておらず、窓のカーテンは開けられているが、雨雲が空を覆っているため日の光は入ってこない。
天津風と初風は不思議に思い、今度は耳を澄ませてみる。
すると、ベッドの方からかすかに声が聞こえてきた。雪風のようだ。
しかし、様子がおかしい。
二人が想像したような、甘ったるい感じではなかった。
聞こえてくる声をよく聞くと、合間合間にすすり泣くような声も混じっている。
時津風の胸に頭を埋めて、雪風が嗚咽を漏らしていた。
時津風はと言えば、雪風の頭を壊れ物を扱うようにゆっくり撫でている。
何かあったのかと天津風が中に入りそうになるのを、初風が抑えた。
「時津風」
「ん?」
雪風は弱弱しい声で時津風に話しかける。
初風たちが知っている、いつも明るい雪風はそこにいなかった。
「どこにも……行かないよね」
「行かないよ。どこにも」
「もう……独りになるのは嫌だ」
「うん、時津風も嫌だよ」
雪風の吐く弱い声に、時津風は優しく答えた。
「いつも時津風が言ってるよね。雪風の前からいなくなる子は、もういないって」
「でも、怖いの。またみんなと会えたのに、また、雪風は」
「も~。いつもの強い雪風はどこにいっちゃったの?」
時津風は雪風を起こし、彼女の顔を見る。
「そんなに心配しないで。また雪風が怖いと感じても、時津風が一緒にいてあげるから。ね?」
時津風に笑顔を投げかけられ、雪風は少しうつむいた後、同じように笑顔を投げ返す。
「誰にも、言わないでね。雪風が弱くなっているところを」
「わかったよ。言わないって、いつも言ってる。二人だけの秘密だよ」
ふと、時津風は扉の方へと目を向けた。扉はきちんと閉じられている。
誰かがいたような気がしたのだが、特に何も感じない。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
気のせいということにして、時津風は再び雪風の頭を撫で始めた。
自室に戻った初風は、しばらくの間黙ったままだった。
天津風に至っては机で頭を抱え、
「どうしよどうしよ!」
「見たら駄目なもの見ちゃった」
「この後あたしどういう顔をすれば」とうろたえている。
初風も、聞かない方がいいことを聞いてしまった罪悪感を感じていた。
でも、それ以上に。
雪風が弱いところを見せられるのは、時津風だけなのだということを感じずにはいられなかった。
別に、鎮守府の仲間全員に言う必要はない。隠しておきたいことだってあるだろう。
だが、そういう大事な悩みは、自分達にも話して欲しかった。
過去でも『初風』たち4人は同じ駆逐隊だった。
そして、残ったのは『雪風』だけだったことを思い出す。
幸運の女神に愛されていた『雪風』。その女神は、今の雪風にも微笑みかけているのだろう。彼女の心を理解しているかは分からないが。
初風が天津風の方をちらりと見ると、今度は魂が抜けていくようなうめき声をあげていた。
しばらく悩ませておくことにして、初風は窓の外に目を向けた。
さっきまで降っていた雨は止み、雲間から小さく光が漏れ始めている。どうやら、通り雨だったようだ。
後で庁舎に、借りた傘を返しに行かないといけない。
「……今度から」
初風は一人、ぼそりとつぶやく。
「休みの日は、街で遊びましょうか」
第16駆逐隊のみんなで ― と、心の中で付け足して。