もうそろそろ、怖い話が出回る時期ですね。
幽霊は信じてないですけど、怪談を聞いた後だとトイレに行きづらいのなぜでしょう。
〈追記〉
一部文章が変なところがありましたので修正しました。失礼しました。
「幽霊を見たんです!」
私たちの部屋に来た雪風の第一声がそれだった。
ニュースによると、今週は今年一番の暑さになるとのことだが、まさかもう熱気にやられた艦娘が出てくるとは。
私の隣には不知火が座っているが、何事もなかったかのように茶をすすっている。相手にする気は全くないらしい。
無視する訳にもいかないので、代表して私が雪風に向かい合った。
「あ~。幽霊?」
「そうなんです、陽炎姉さん!」
雪風がすすすっと私に近寄った。
別に信じている訳ではないが、幽霊と言えば怖いものというのが普通だろう。しかし、雪風の声色は怖がっているというよりは興奮している様子だった。まるで珍しいものをみた子どもだ。
「見たって言う割に楽しそうね」
「だって、幽霊なんて見ようとして見れるものではありませんから! いい経験になりました!」
幽霊を見たことを『いい経験』とするのか。今度お化け屋敷にでも連れて行ってやろう。雪風にとって、あそこは経験の宝庫のはずだ。
ピッとボタンを押す音がして、後ろを向くと、こちらに背を向けた不知火がテレビをつけていた。芸人が司会をしているニュース番組らしい、時折スタッフの笑い声が入っている。どれだけ雪風の話に無関心なのか……。
「陽炎姉さん」
服を引っ張り私を呼ぶ雪風の目は「どんなことがあったのか聞け」と訴えていた。
話したくてたまらないらしい。
「……どんなことがあったの?」
「それはですね!」
待ってましたとばかりに声を張る雪風。
ちょっと落ち着いてね、と私が制するのを聞いているのかいないのか、雪風は身振り手振りを交えて話し始めた。
***
昨日の夜ですね。就寝時間の22:30には電気を切って、雪風と時津風は布団に潜ったんです。時津風の方からはすぐに寝息が聞こえてきたんですが、雪風はどうしてか眠れなくて。
しばらくは布団の中でもぞもぞしてたんですが、全く眠気が来なくて、仕方なく夜の散歩に出ることにしました。別にお腹が空いたから、時津風に内緒で食堂の冷蔵庫にあるおやつを食べようと思ったわけではありませんよ。
夏の夜風は気持ちよくて、散歩するにはちょうど良かったです。月明かりもありましたし、灯が無くても十分歩けました。
食堂まで歩いて、そろそろ帰ろうかと思ったときです。
誰もいないはずの食堂から物音がしたんです。
うちの鎮守府で、銀蝿は重罪です。ばれたらその日の食事は抜き。これは辛いです。
雪風ですか? 自分で買ったものですから、銀蝿じゃないです。言い訳じゃないです。
そうなると、中にいるのは食堂のおばちゃんかと思いましたが、おばちゃんはこの時間は自宅に帰っています。
つまり、誰もいるはずがないんです。
雪風は好奇心を、いえ、恐怖を隠せませんでした。
気付いたら食堂の窓から中を覗いていました。
そこには・・・。
白い服を着た、淡く光る女がいたんですぅぅぅ!!
***
雪風はきゃーっと嬉しそうに頬を押さえている。
何がそんなに嬉しいんだろう。
とりあえず私は適当にあしらうことにした。
「そう、よかったねー」
「あっ。今、適当にあしらおうと思いましたね」
流石にバレるか。しかし。
「でもさ、幽霊なんている訳ないし」
信じてもらえなかったのが気にさわったのか、雪風はムッとする。
「本当に見たんですって! 信じてください!」
そう言われても、もともとお化けの類を信じていないのに信じろというのは無理がある。
「もういいです! 時津風なら信じてくれますから!」
分かりやすく足音を大きくして、雪風は部屋を出て行った。
「ねぇ、どう思う」
結局一度も会話に入ってこなかった同居人に尋ねてみる。不知火はテレビの電源を落とす。
「私はいると思いますよ、幽霊」
「え、意外」
そういうスピリチュアルなことには無関心かと思っていたため、不知火からそんな言葉が出るとは想像していなかった。
「だったら話しに入ればよかったのに」
「観たい番組があったんです」
優先順位は、姉妹との会話よりテレビ番組の方が上だったようだ。
「そういえば、こんな言葉がありますね」
不知火はぴんっと指を立てる。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
「あんた、それ信じてないって意味だからね」
私は雪風が暑さにやられただけと結論付けることにした。
そのまま、この幽霊話は忘却の彼方・・・・かと思われた。
***
「幽霊を見たよ!」
翌日。今度は舞風が部屋にやってきた。
走ってきたのか、その息は上がっている。
「ねぇねぇ陽炎姉さん!『何があったの?』って聞いてくれない!」
その上、雪風のように遠まわしにではなく、ど直球で願望を投げつけてきた。
どんだけ話したいんだ、あんたは。
「純粋な子から暑さにやられていくのかしらね」
「へ、なんて?」
「何でもないわ」
ちらりと不知火の方を見ると、今日はぺらぺらと本をめくっている。相変わらず会話に入るつもりはないらしい。
私は「何があったの?」と、舞風の言う通り質問をする。
二日続けて似たようなことになり、若干棒読みになってしまった。
「あれ、あんまり気にならない?」
「昨日、雪風も幽霊の話をしてたからね」
「そうなの? でも、舞風の見た幽霊はすごいよ!」
なぜ張り合おうとしているのかは分からないが、舞風は自分が見たものを説明した。
***
白い服の幽霊を見たんだけど……何でもう聞く気が無くなったみたいな顔してるの。
夜に小腹がすいてね、これは翌日の業務に支障が出ると思って食堂に行ったんだ。
自分で買ったおやつをだよ? 銀蝿じゃないよ? もちろん野分には内緒で。
でもおかしかったんだ。舞風が入る前から食堂の扉が開いてて。
誰かいるのかなって思って、そっと隙間から覗いてみたら、頭から足先まで真っ白な人がいたんだ!
うちにそんな格好のひとはいないから、絶対幽霊だよ!
***
「とても短い説明をありがとう」
でも、出来れば雪風くらいの長さで話してくれた方が退屈しなかったかな。
予想より私の反応が薄かったのか、舞風が首をかしげる。
「あれ、全く全く興味なし?」
「うん」
「え~つまんないな~。野分に話したら面白いくらい怖がったのに」
何で夜に出歩いてるのって怒られたけど、と舞風はぼそりと付け足す。
「あ、舞風ここにいたの?」
扉の方を見ると、部屋にやってきたのは野分だった。
「やぁ野分。よくここにいるって分かったね」と舞風。
「声が聞こえてきたから。何をしてるの?」
「昨日の幽霊の話」
途端、野分の身体がこわばった。
「へ、へ~。そうなんだ」
野分がぎこちない話し方になり、舞風はにやりと笑う。あれは獲物を見つけた鷹だ。
「え~~~、野分~。もしかして怖いの~?」
ひっひっひ、と舞風が嫌な笑い声を上げる。
「こ、怖くなんかないよ!」
「ホントかな~」
「もう、意地悪しないでよ!」
邪魔になるでしょと、野分は舞風を連れて部屋を出て行った。
それと同時に不知火が本を閉じる。
「仲がいい二人ですね」
「いいから、あんたは話しに入りなさい」
とにかく、もうこの話はこれでおしまいだろう。
そう思いたかった、そのさらに翌日。
***
「幽霊を見ました」
次は誰が来たかと思えば、何と浜風だった。
その様子は、先の二人とは違って、疲れたようにぐったりとしていた。
「浜風、あんたまで暑さに……」
「なぜ残念そうな目をしているのですか?」
陽炎の前で力尽きるように手をついて座る浜風。
陽炎は浜風の両肩に優しく手を添えた。
「浜風、あなた疲れてるのよ」
「やっぱりそうですよね。部屋で休むことにします」
浜風は素直に頷いて、ふらふらと立ち上がる。
「待ってください」
扉へ向かおうとする浜風を不知火が呼び止めた。
「浜風が見た幽霊を聞かせてください」
「何よ、雪風たちには微塵も興味なかったのに」
「前の二人は知りませんが、あの浜風が幽霊を見たというのです。興味がない訳がありません」
不知火の雪風と舞風に対する扱いがひどかった。もっと信用してあげて。
だが、いつも冷静な浜風が珍しく取り乱している。
どうやら、事はあまり軽くないようだ。
「ですが、幽霊ですよ? 自分でも何が何だかよくわかってないのですが」
浜風は頭を押さえている。
「とにかく、見たものを話してみてください」
不知火がそこまで話を求めるのが珍しかったのか、浜風は不思議そうに不知火を見る。
それでも、話して自分の中でも整理したかったのだろう。
昨夜の出来事を話し始めた。
***
昨日、食堂に忘れ物をしたことに、布団に入ってから気が付いたんです。
朝起きてから取りに行っても良かったのですが、気になって眠れそうになかったんです。
同室の磯風もまだ寝ていないようだったので、少し外に出ると一言入れてから食堂へ向かいました。
いつもなら眠っている時間に鎮守府を歩くのは不思議な感覚でした。海から来る風は心地よくて、月明かりも非常に綺麗だったのを覚えてます。
食堂近くに来て、ふと違和感を感じました。その時間に開いていないはずの食堂の扉が、開いていたんです。
そして、遠目にも分かりました。
月明かりに照らされた食堂の中で、白い服をきた女がいたんです。
その途端に気持ち悪くなり初めて、もう訳が分からなくて。
おそらく、軽いパニックになったんだと思います。めまいもしてたので、すぐに部屋に戻りました。
部屋の電気が消えていましたので、磯風を起こさないように布団に潜りました。
そして、気が付いたら朝になっていました。
***
気分がすぐれないのか、浜風は話し終えると、「失礼します」と言ってすぐに退室した。
浜風が部屋から出たのち、不知火は考え込むように机に肘をつけた。
「陽炎、どう思いますか」
「どうもこうも、幽霊なんているはずないわ」
「それには同感です」
結局あんたも信じてないじゃない、と心の中でツッコむ。
だが、まさか3人も幽霊を見たというのであれば、もしや魑魅魍魎がいるのではと勘ぐってしまいそうになる。艦娘も非科学的な存在であることを考えると、あり得てしまうのかも。
過去の戦いで沈んでいった艦やその船員の記憶・魂を、『建造』という形で現世に現したのが艦娘である。ある種降霊に似ているが、誰か他の人間に憑りつくわけでもない上に実体があるため幽霊ともまた違う。
そうなると……。
「誰か、鎮守府の関係者以外が忍び込んでる?」
「ええ、そう考えるのが妥当でしょう」
不知火は私と同じ考えに至っていた。
鎮守府内では、正門から庁舎まで、憲兵が厳重な警備を行っている。しかし、その眼をかいくぐった強者がいるらしい。
何をしているかは分からないが、詳細を知るためにそいつを捕らえなければならない。
「なんだか、幽霊話から一気に現実味が増してきたわ」
「そうですね」
今夜は長くなりそうだ、と私と不知火は気を引きしめた。
***
深夜の鎮守府は異様な静けさがあった。
昼間は艦娘の声やクレーンの音があって耳が退屈しないのだが、その分静かになると妙な寂しさがある。
寮から出た私と不知火はまず工廠へ向かい、探照灯と主砲を持って現場へ向かう。
探照灯は昔の艦が載せていたような巨大なものではなく、小型の懐中電灯くらいのものだ。主砲にはは演習用の模擬弾を詰めている。ただのゴム弾だが、当たればかなり痛い。
向かう途中、不知火の手をちらりと見ると、なぜか魚雷を握りしめていた。
「ちょっと、あんた危ないわよ」
「信管は抜いてあります。それでも、軽い鈍器にはなるでしょう」
考えがかなり物騒だった。主砲で脅すだけでいいと思うんだけど。
しかし、厳重な警備を抜けてきたやつだ。只者ではないことは確かだ。甘い考えは捨てた方がいいのかもしれない。
「……!」
食堂に近づくにつれ、ぼんやりとその姿が見え始めた。
私はさっと食堂の外壁に背を預け、窓からそっと中をうかがう。
そこには、3人の言っていたように、頭から足先まで真っ白な何かがいた。時々、もぞもぞとうごめいている。
どうやらこの日の夜も、律儀に現れたらしい。
それに、何やら異臭が漂ってきた。つんっと鼻につくような臭いにむせそうになる。
世界には食べ物から爆弾を作るような人間がいるのだ。私と不知火の間に緊張が走る。
それでも、いつまでも動向を探るわけにはいかない。
私たちは互いに頷き、一気に食堂の扉を開けた。
「そこで何をしているの!」
私は探照灯を、不知火は主砲をその何者かに向けた。
そして、浮かび上がるシルエット。
探照灯で照らされた相手は、磯風だった。
「あんたかい!」
私はたまらず探照灯を投げつけ、磯風の額にヒットさせた。「いたっ」と磯風が唸る。
まさか件の幽霊の正体が、敵でも何でもないただの磯風とは。私たちが嫌な想像をしていたのがバカみたいではないか。
うずくまる磯風に不知火が近づき、手に持った魚雷を向けた。
「どうしますか。このまま本当の幽霊になりますか?」
「不知火姉さん、何のことか分からないが話を聞いてくれ」
「なりたいんですか、では」
「待てと言っているだろう!」
磯風は手をあたふたさせて不知火を制す。
よく見ると、磯風はエプロンに三角巾を身に着けていた。
「あれ? あんた、何でエプロンなんかしてんの?」
「黙秘権を行使したい」
なぜキメ顏で言うのか。
不知火が磯風の顔に魚雷を近づける。
さすがに逃れられないと分かったのか、磯風は事の顛末を話し始めた。
「はぁ? 料理の練習?」
食堂の席に腰掛け、私と不知火は磯風の正面に座る。
磯風の前には食器や包丁やまな板、あとは食材などなど。何より目を惹くのが、白い皿の上に乗る真っ黒に焦げた何か。
料理をしていたのは本当……のはずだ。
「でも、何で夜中に?」
私の質問に、磯風は「いや~」と頬を掻く。
「キッチンを出禁にされてるから、昼間に入るのは無理だろう? だから、みんなが寝静まった夜にこっそり練習しようと思ってな。食堂の電気を付けるとばれるかもしれないから、小型のライトを持ってきて」
磯風の前には小さな卓上ライトが置いてあった。どうやら、怪しげに光っていたのはこれのせいらしい。
それに、と磯風は付け足す。
「キッチンの中で料理する訳にはいかないし、火を使うと大参事になるからな。仕方なく食堂ですることにしたんだ」
「火を使ってないのに、何でこの皿の上に物は焦げてるのよ……」
磯風自身料理の腕を上げたいと思っているのは本心で、磯風なりに配慮したんだろう。それを見た子たちが、妙な方向に勘違いをしていたということだ。
一人で納得していると、急に磯風があたふたと言い訳を始める。
「で、でも、実際に料理したのは昨日だけだ。今日は途中で見つかってしまったし、一昨日までは食材と器具を揃えていた」
つまり、1度しか料理をしてないから浜風たちには黙っておいてくれと。
1人しか殺してないから見逃してくれと言う犯人みたいだ。そこまで重い話ではないが。
というか、さっきした変な臭いは火薬ではなく、調理中に出たものだった。どう料理したらあんな異様な臭いが出せるのか逆に気になる。
そうなると、昨日浜風の体調が悪くなったのはパニックになったからではなく、磯風の調理中に出た異臭のおかげという訳だ。どこまでも不憫な浜風だった。
「ですが」
不知火が首をかしげる。
「昨日、浜風が食堂に向かったときには部屋に居たのではないのですか? もし食堂に向かうとしたら、浜風より後になると思うのですが」
不知火の疑問は当然だった。浜風が食堂を見たときに磯風がそこにいるのはおかしい。
すると、ふっと磯風は自信ありげに笑う。
「そんなの、窓から外に出て、屋根を飛んで行けば1分と経たず行ける。料理も下準備をしていたからな。浜風が食堂に着くまでには調理が終わると踏んでいた」
忍者か、あんたは。それに、カップ麺でもそんな短時間で作れないわよ。
破天荒な答えに不知火も言葉が出ないようだ。
ともかく、お化け騒動の犯人は見つかった。
私は話を終わらせようと立ち上がる。
「まぁ、磯風はこの食器とか食材とかちゃんと片付けてね。じゃ、このこと浜風に報告するから」
「待ってくれ」
扉に掛けた私の手を、磯風がガシッと音が聞こえそうなほど握る。
「もしそんなことをすれば、私は生涯キッチンで料理の練習が出来なくなってしまう。どうにかならないか」
「それもそうですね」
不知火が考えるそぶりをする。
確かに、磯風の言うことはもっともだった。
生涯、は言い過ぎだろうが、このまま料理が出来ないままというのもかわいそうだ。
磯風は磯風なりに成長しようとしている。それを無下にするのは良くない。
でも、出禁にした浜風たちの気持ちも分からないでもないのが……。
「浜風たちは、何か言っていませんでしたか」
何か思いついたのか、不知火が口を開く。
「彼女たちなら、磯風に何かアドバイスをしたのではないですか? それを実践すればいいのでは」
そういえば、いくら磯風の料理を食べさせられたからと言って、何も助言しない彼女たちではない。
磯風の向上心に気づかないはずがない。
磯風は「う~ん」と腕を組み、何か思い出したらしい。
「そういえば……こう言われた気がする」
「お、何か思い出した?」
「ああ、確か」
磯風は思い出したことを言葉にした。
「ひとりで料理をしないで……とかなんとか」
そう口にして思い至ったのか、自分の使っていたものをちらりと見やり、ダラダラと汗を流し始める。
そこには、ここ3日間ほどひとりで料理をしていた証拠物品の数々が。
磯風の使った食器や食材たちは、彼女が過去の過ちからまるで反省していないことを物語っていた。
すーっと磯風は深呼吸をして。
「次はないか?」
「ないです」
私たちは犯人を現行犯逮捕した。
翌日、担当官(浜風)に身柄を預け、処置を任せた。
その時犯人は、「次は一人で入らないから、キッチンに入らせてくれ」と証言している。
その後、彼女がどうなったかは知らない。
ちなみに、犯人は制作物を「お裾分けだ」と憲兵に渡していたものと思われる。
不審に思った彼らは、ありがたく受け取ったのち、丁重に処分したとのことだった。