【艦これ】陽炎型の少女   作:白井マナ

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お風呂で歌うのって楽しいですよね。
子どもの頃は恥ずかしさなんてないですから、家中に響き渡るくらい大声で歌ってました。
今は小声でときどき歌ってます。



6、ドックにて

 ドックといえば船を建造・修理する場所を思い浮かべるが、艦娘の場合だと、傷ついた『心』を休める場所を意味する。

 不知火たち艦娘の身体は、深海棲艦からの攻撃では傷つかないようにできていた。

 その代わり、攻撃を受けることで精神に傷が付いていく。受けた被害が、精神的な傷・疲労として現れるのだ。

 では、ドックで何をするか。とても単純で、お風呂に入るだけである。

 お風呂につかることで精神へ受けた傷を治せるという特徴を艦娘は持っていた。

 また、特殊な入浴剤を入れた湯に浸かれば、一瞬のうちに傷を治すことも出来る。 しかし、その生産量は限られているため、通常時にはむやみに使用せず、大規模作戦まで蓄えておくのが各鎮守府の通例だ。

 ちなみに、戦闘に出ていない艦娘もこのドックで1日の汗を流し、日々の疲れをとっていた。

「ドックに入渠する」というのが普通だが、艦娘の中には「お風呂に行く」と言っている子もいる。むしろ、後者の言い方のほうが艦娘に親しまれていた。

 

 出撃から帰ってきたその日の午後。不知火はドックへ向かった。

 不知火がドックに向かっているのは、もちろん疲れた『心』を癒すためだ。

 ここ数年、鎮守府近海の水上には深海棲艦は出没していないが、敵偵察と思われる潜水艦部隊がたびたび発見されていた。

 本土にある各鎮守府からも潜水艦娘を敵地に派遣することはある。敵も味方も考えていることは同じらしい。

 この日も対潜哨戒に出た不知火たちだが、戦闘時に一隻だけ倒し損ねていたことに気が付かなかった。

 敵潜水艦は最後の力を出し切ったのか、魚雷を放つと同時に沈んでいったが、その魚雷が不知火へ向かって一直線。不知火は被害を受けることになった。

 被害と言っても、その度合いは小破で命に別状はない。少し気だるいなと感じるくらいだ。

 しかし過保護な姉が「艤装は私たちで工廠に持って行くから、あんたはお風呂に行きなさい」と言って聞かなかったため、不知火は渋々艤装を預けたのだった。

 脱衣場でせっせと制服を脱いでドック内へ。

ドックの中はまさに温泉のそれで、いくつもシャワーがかけられていて、浴槽は何人もの艦娘が入ることができるくらいに広い。24時間常に稼働しており、昼間でも室内の温度・湿度は程よく保たれていた。

 体を洗い、柔らかい乳白色の湯船につかると、自然とため息が出た。

 この時の入浴時間は、その損傷の状況で違ってくる。軽ければ10分そこらで十分だが、中破・大破ともなれば数時間は湯につかっていなければ十分に心を癒すことができない。

 不知火の体感では、30分は上がれそうになかった。

「お湯の色で30分も楽しむのは無理ですね」

 各鎮守府のドックには、日替わりでお湯の色が変わるような機能があった。「何時間もただ湯に浸かるんだからせめて色だけでも変えてほしい」という艦娘からの厚い要望に、鎮守府を総括している大本営が負けて追加されたものだ。

 そんな今日の湯船は柔らかい乳白色。

 他の艦娘がいれば「今日は牛乳風呂みたいですね」と話せるのに、今回の出撃で傷ついたのは不知火だけだ。

 不知火は広い浴室を見渡すが、やはり誰もいない。

 話し相手もいないとなると、ただ30分間湯につかるだけになってしまう。

「何か、暇つぶしになりそうなことはないでしょうか?」

 ぽかぽかと身体を温めながら、何かないかと考えてみた。

 そういえば、と不知火は普段の浴室風景を思い出す。

「時津風や谷風は、お風呂に入る度に何かしら歌っていますね」

 それも、いつもは五月蝿いくらいにしか思っていなかったが……。

 今、ドック内には不知火しかいない。

 もう一度、辺りをぐるりと見渡す。

「……~♪」

 いきなり大声で歌うのは気が引けたため、小さく鼻歌を口ずさんでみることにした。

 浴室内でかすかに響く自分の声に耳を傾けると、風の音を聞いているような心地よさを感じた。

 邪魔に思うほどではなく、むしろもっと聞いていたいと思える。

(もう少し声を張ったら、どうなるんでしょう)  

ボリュームを上げると、歌声は先ほどよりもはっきりと反響した。

 まるで輪唱しているかのようになり、心地よさに続いて楽しさもやってくる。

 思いの外テンションが上がってしまって、不知火の声は徐々に大きくなっていく。

 15分経ったころ。

 初めは歌詞もないただの鼻歌だった不知火だが、いつの間にかお気に入りの曲を歌っていた。それに気づいて、不知火はコホンと咳払いする。

「ひ、ひとりだからです。他の艦娘がいるときにはやりませんよ」

 他に誰かがいるわけでもないのに、頬を赤くして言い訳をした。

 先ほどまでは不知火の声が響いていたドックだが、再び静けさが戻ってくる。

 逆に耳が寂しくなって、不知火は妙にソワソワしてしまう。

「何か気を紛らわすものは……」

 そこでまた、いつもの入浴シーンが思い出された。

 昔、雪風がバタ足をして泳いでいたのを「行儀が悪い」と叱ったことがある。そのときは何人も湯につかっていたし、迷惑になると思ったからだ。

「……」

 もう一度浴室を見渡し、不知火だけしかいないことを確認する。

 音がないのは寂しいのだが、なんとなく音を出そ過ぎるのは気が引けたので、ゆっくりと平泳ぎをすることにした。浴槽の真ん中に近づくほど深くなるので、途中で足をつけないように気をつける。

広くて温かい湯船は温水プールのようでとても泳ぎやすい。

「水泳の訓練を模してみますか」 

 不知火は、2往復・3往復と小さめの目標を決めて泳ぐ。

 だんだんと平泳ぎだけでは物足りなくなり、端から端までバタ足で泳いでみたり、犬かきでちまちまと進んでみたりとバリエーションが増えていく。

 音が出ることを渋っていたことも忘れて、想定していた入浴時間が過ぎてもバシャバシャと泳いでいた。

 

「な~にしてんの」

 

 不意に風呂の底から声を掛けられ、不知火は心臓が止まりそうになる。驚くあまり、思わず湯船から飛び出してしまった。

 何事かと浴槽を見やると、湯の中程から紅い髪の少女がニュッと顔を出した。

 彼女はこの鎮守府で数少ない潜水艦娘で、名前は伊168。『い・ひゃくろくじゅうはち』といちいち呼ぶのは面倒なので、『イムヤ』と呼ばれていた。

 心臓の拍動は鳴りやまないが、不知火は何とか声を絞り出す。

「イムヤ。何をしているんですか」

「お風呂に入ってるに決まってるじゃない。偵察でちょろっと被害受けちゃってね」

 そういえば、今朝司令が「偵察帰りの潜水艦がいる」と言っていた。帰りは夜になると思っていたのだが。

「わざわざお湯の底に潜らなくてもいいと思いますが」

「潜水艦だって、いつも冷たい海ばかり潜ってたら飽きちゃうわよ」

潜水艦独特の悩みだった。

 

 水上を行く不知火たちとは違い、彼女たち潜水艦娘は水中を移動する。

 海の底でも呼吸することができたり、こっそりと敵に近づけたりするのが潜水艦娘の特徴だ。

 そして魚雷の射程内に入った敵を沈める。潜水艦娘は、サイレントキラーのような存在だった。

 その力は風呂の中でも発揮されていたようで、不知火はイムヤの存在に気づけなかった。声をかけるつい先ほどまで。

余計なところを見られた恥ずかしさを、不知火は何とか紛らわせたかった。

「なぜ声をかけてくれなかったんですか」

 不知火がキッとイムヤを睨むが、不知火の弱みを握ったイムヤは全く怖がる様子がない。

 イムヤは顏だけを湯から覗かせて、いたずらっぽく笑う。

「普段はお堅い雰囲気の不知火も、こういう子供っぽいことするんだなって。楽しんでたみたいだから声をかけるのも不粋じゃん?」

「ですが、声を掛けられました」

「驚いたら面白いな~って。思ったより好感触でよかったよ」

 本当に不粋だと思っているのか怪しかった。好感触とは、自分が思った通りに驚いたという意味だろう。

 とにかく冷静を装いたくなり、何事もなかったように再び湯につかる。

 もちろん、目を付けた獲物をイムヤが逃がすはずがない。顏だけ覗かせてスーッと不知火に近づいた。

「注意深く対潜はしないとだめだよ~」

「湯船に浸かっているときまで、いちいち対潜警戒していては気が休まりません」

 ここは話をそらそうと、不知火は偵察の結果を聞くことにした。

「中部海域の偵察はどうでしたか?」

 イムヤは不知火の隣に座り、そうねーと前置きする。

「凄く哨戒に力を入れてるみたいよ。水雷戦隊編成だけかと思ったら、戦艦や空母がいたし。攻め込まれる前に追い返そうとしてるって感じかな」

「そうですか」

 やはり深海棲艦は、中部海域には踏み込まれたくないようだ。あそこに何があるのか、それを知るためには、より中枢に進撃するしかない。

「それにしても、不知火にも可愛い一面があるって知れて良かったわ」

 振り出しに戻された気分になる不知火。

「しつこいと嫌われますよ」

「冗談よ。嫌いにならないでね」

 不知火の首に腕を回し、イムヤは頬刷りする。

「不知火も冗談で言いました。暑苦しいので離れてください」

「お風呂は熱いもんでしょ。何言ってるのよ」

 そういうことではないです、とイムヤを押し離した。そのまま湯船を出て身体を拭く。

「あれ、もう上がっちゃうの?」

「もともと大した損害ではありませんでしたから」

 それに、あのような場面を目撃されて、これ以上イムヤの前で平静でいられるか怪しかった。

 引き戸を開け、不知火は浴室を後にした。

 

 

 *

 

 不知火が出て行ってからさらに30分後。

 防水性のスマホをいじっていたイムヤの前に、黄色髪の少女がぷかぷかと浮き上がってきた。

「あ、ハチ。もう大丈夫なの?」

 ハチと呼ばれた少女はイムヤに向き直り、こくりと頷く。

 彼女もイムヤと同じ潜水艦娘だ。『伊8』が名前で、イムヤと同じ理由で『ハチ』が彼女の愛称だった。

「中破した時にはちょっと焦っちゃったわよ」

「まさか爆雷を当てられるとは思わなかった」

 ハチはイムヤとは正反対で、とてもおっとりとした口調だった。

「多分、あの軽巡はソナーを積んでる。それもかなり良いやつ」

「だよね、やっぱり。今までと違うわ」

 北方や西方の海域に偵察へ行った時も、ソナーを持った深海棲艦と対峙したことはある。

しかし、今回向かった海域の敵は、その時よりかなり高性能で強力なものを持っているようだった。

 中部海域に偵察に行っていた二人は、敵の哨戒班を見つけた。かなりの深度を保ち、何とかやり過ごそうしたが、敵の爆雷がハチに直撃した。

 これ以上進むのは無理と判断したイムヤは、朦朧とするハチの手を引き、鎮守府へ戻ってきたのだ。

「お風呂から上がったら、司令官に報告に行こう」

「うん」

 ハチは静かにイムヤの隣に移動する。

「ありがとう、待っててくれて」

「良いわよ、今日はもともと長風呂するつもりだったし」

 イムヤはスマホをいじる手を止めない。「時間内にクリアできるかな」とつぶやいている。どうやらゲームで良いところまで進んでいるらしい。

 ふ~、と深く息を吐いたハチ。

「はっちゃんが大破したとき、どんな感じだった?」

「他のみんなと同じよ。ぐったりしてて、放っておいたらどこかに行きそうな感じ」

 イムヤはハチに説明する。

「自分でも泳げるみたいだったけど、かなり危なっかしかったわ。ハチを曳きながら片手でスマホいじるの大変だったのよ?」

 やっとゆっくりゲームができるわ、とイムヤはおどけた。

 もちろん、曳航中に鎮守府へ連絡を入れていたんだと、ハチは理解している。

 ふと気になった。

「もしさ。はっちゃんたちが大破したまま放っておかれたら、どうなっちゃうのかな」

 ちらっとイムヤの方を見る。イムヤは相変わらずやや俯き気味で、スマホから目を離すつもりはない。

 スマホからは軽快な音楽が流れていた。すると楽しげな曲から激しいものに代わる。どうやらボス戦に突入したらしい。

 タッチ画面をフリップするごとに、コロコロとボールが転がるような音を立てている。

「そうね~」

 ハチの疑問から数テンポ遅れて、イムヤが口を開く。

「誰も放っておかないから、気にしなくていいと思うわよ」

「……それもそっか」

 失礼なことを考えてしまった、とハチは反省した。

 誰かが危険にさらされているのに、それを見捨てる薄情な艦娘がいるはずがない。

 もし戦いから身を引きたくなったら、解体するという手段がある。

 ハチはあまり深く考えないようにし、それっきりこの話題は出さないことにした。

 

 そろそろ上がろうかとハチが湯船から身体を出すと、突然暗いファンファーレが鳴り響いた。

 何事かと音のなった方を見ると、ボスに負けたらしいイムヤがぷかぷかと浮かんでいた。

 

 *

 

 翌日。不知火が食堂のテーブルにつくと、それを待っていたのか雪風がやってきた。

 その顔を見ると、どうやら怒っているように見える。

「どうしたのですか?」

 すると雪風は、「ん!」と自分の携帯を突き出してきた。

 何事かと思ったのだが、その画面を見た途端に体が沸騰しそうなほど熱くなった。

 画面に映っているのはほんの数十秒の動画だ。ただ、その内容が……。

 雪風は不知火に携帯の画面を見せながら抗議する。

 

「もう! 不知火姉さんだってお風呂で泳いでるじゃないですか!」

「前は雪風に怒ってたのに! ひどいですよ!」

 なぜ雪風がそんな動画を持っているのかという疑問と、見られたくないものを見られた恥ずかしさで、不知火は言葉が出せなかった。

 そこに谷風がニコニコと笑顔でやってきた。

「あ、不知火。歌が好きなの知らなかったよ~。今度は谷風も一緒に歌いたいね」

「た、谷風……」

 さっさと行こうとする谷風を不知火は呼び止める。

「ど、どこでそれを知ったんですか?」

「んにゃ?」と谷風は懐から携帯を取り出す。

「昨日の夜にさ、イムヤから送られてきたんだよ」

 谷風の携帯を見せてもらうと、画面には雪風が見せてきたものと同じ動画が映されていた。

 不知火は、何があったのかを察した。

 つまり、昨日の『恥ずかしいシーン』を撮られていたのだ……イムヤに。

 あのイムヤが入浴時にスマホを手放していないわけがなかったと、今さらながらに思い至った。

 やっと冷静さを取り戻した不知火は、すーっと深呼吸して、無言で食堂の出口へと向かう。

「あれ? まだご飯たべてないよね? どこに行くんだい?」

「そうですね」

 谷風に聞かれて、不知火は後ろに振り向き、にっこりと微笑んだ。

 その、普段見せないような満面の笑みに、谷風はむしろギョッとしてしまう。

「対潜強化訓練に行ってきます」

 それだけ言い残して、不知火は食堂を出ていった。

 雪風が「後できちんと、話を聞かせてもらいますよ!」と頬を膨らませる一方で、谷風は何やら不穏な空気を感じたのだった。

 

 その日の夜。

「一番風呂だ」と喜ぶ時津風が、だらりと湯船に浮かぶイムヤを見て腰を抜かしたらしい。

 

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