今回から対話を増やしていけたらと思っています。
それでは3話もどうぞよろしくお願いします!
遅刻して重役出勤というわけだが、この時期ともなると外に出るのがほかの時期と比べて億劫になる。
暦もそろそろ12月を迎え、それに従い環境も着々と冬へと突入している。
外界には肌を指すような痛みを伴う寒さと、乾燥した空気が容赦無く外出して間もない俺の体を蝕んでいく。
もともと冬は嫌いだ。
寒さも空気も苦痛で、クリスマスともなればリア充共が自分たちの親密さを見せつけようと互いの体を寄せあって甘い空気が周囲を漂う。
誰が人がイチャコラするところを見たいというのだろう。するなら家でしろよ。温かいし。
そんなこんなで俺は冬が嫌いなわけで。誰しもが嫌いなものからは背を向けたくて仕方がないはずだ。背を向けるなという言葉は強者の言葉。
弱者にとってそれはただの強制でしかないので、その言葉が嫌で嫌で仕方が無い。
弱者は強制されることも嫌う。それも弱者以上に。
烏滸がましい、あさましい、クズだなんだと言われようが、弱者も弱者なりのプライドを持っているので、そんな強制には従ったりなんてしない。
ただ相手が胸のいらだちを全てさらけ出して帰るのを待つのみ。
抗戦しろだなんて言われようがそんな能力を持っていたら弱者には成り下がらないだろうし、そんな胆力を持っていれば初めから戦っていただろう。
つまり何が言いたいかと言うと。
俺にとって苦痛な冬の間は学校は休校にすべきだと思いました。
我ながらどうしようもない考えだと思う。
けれど、居場所を捨てた俺の胸にあるはずの清々しさはどこにも無くて、行き場のない理解出来ない靄だけが黒々と渦巻き続けている。それも捨てる以前よりも。
目の前に転がる小石を腹いせに思い切り蹴りつける。
蹴られた小石は何の抵抗もなしにただコロコロと転がって、側の川へと落ちていった。
虚しさが俺の心へやってくる。
何の罪も犯していないものにたいして自分の感情をぶつけたその行為がひどく勝手なものだと理解して、どっと口から溜息が漏れた。
寒さに耐えかねて両手をズボンのポケットに深く突っ込み、いつもの猫背をより深め、寒さに身を縮ませるように誰もいない道を独り歩く。
そして気づく。
自分が歩いて登校している事に。
いつもであれば自転車で登校するのに対して何故か俺は理由もないのに、20分かけて歩いている。理由はない。なのに歩いている。
不可解なのに、俺の心は自然と答えを出していた。
余裕がなかったのだ。そこまで考えが及ばず、失念していたのだと。
俺はたしかに未練を振り払って、あの暖かな居場所を切り捨てた。曖昧なものに割くほど俺に余裕はないのに、それでも俺には余裕が出来なかったのだ。
それどころか以前よりも余裕がなくなっている気がする。
やれ休校だの、やれ帰宅だのとくだらないことをいくら頭で捏ねくりまわしてもそれは決して形を得ずにもうもうと消え失せ、どうしてもあの部活のことを思い出す。
どうすれば......
これは落ちてはいけない坩堝。落ちてしまえば抜け出すことのできなくなってしまう悪循環だ。
あのときの最善はあれだけだった。それ以上もそれ以下も存在しない。俺の中ではあれが唯一無二の解決法だったのだ。いや、正しくは解消法か。
どちらにしても俺があの場にかかわることは二度とないのだからもう考える必要性もない、
何のためにあの夢の中であの二人と、その他と決別したのかがわからなくなってしまう。
アスファルトの道路を革靴の裏でつったかつったかと鳴らしながら歩く。
もう学校は目の前まで迫っていて、時間を見ればちょうどいい、授業の終わる頃だ。
誰にも気づかれないように入って、何もなかったかのように堂々としていればいい。俺を意識のうちに入れる人間なんてこの学校ではきっと数少ないだろうし、俺を誰も気にとめることはない。
それが今までの俺だ。こえからもそれはきっと変わらないのだろう。
人は簡単に変わらない、変わるのであればそれはきっと確固たる自分ではないのだ。
俺の中での自分のあり方。
それを救われないからと否定するやつも真っ向から否定するやつもいたけれど、俺は今のこの孤独に満足している。
これ以上を望まないし、何も願わない。
むしろ周囲を変化させ、救うという発想自体が間違っている。
そんなものは正しさでも何でもなくてただの傲慢だ。勝手な価値観を押し付けて、それ通りのものを強要して。
人が他人を救うだなんておこがましい。そしてその理想は押し付けがましいにもほどがある。
俺は校舎を見上げる。
見上げても何も見えないというのに、何かを探すように校舎の隅から隅までを見た。何かを探しているわけでもないのに。
突如背後から声がした。
それは透き通った純粋さを感じさせる極上の音色、だなんてことはなくて普通に女子生徒の声だった。
なにかしたかしらん、と声がした後方へ振り向くと、一人の女子生徒が俺をじっと見ていた。
肩口で切りそろえられたゆるい曲線を描くやや短めの髪は柔らかそうで、そこから覗く小作りな顔は柔和といった言葉が一番近いように感じて、身に着けている制服のリボンからひとつ年下の一年生だということが判断できる。あとついでにかわいい。
じっと俺の目を見据える相貌。
......これあれだわ。不審者と勘違いされてるわ。本能がそういっている。
やはり俺レベルになると、学校の制服を着ていてもにじみ出る不気味さから皆不審者だ、と感じ取ってしまうのだろうな。なにそれ悲しい。制服着てて不審者と間違われるって理由がわからん。
弁明するために口を開こうとして、
「どうしたんですか?」
先手を取られる。
それよりも。この時間に登校ってこいつも俺と同類だろ。やーいやーい遅刻だー!
いまだ見据える目に鋭さが宿った気がした。心を読まれた.....!? 心の中で馬鹿にするのやめよう。
「い、いや、なんでも」
ようやく出した俺の声は多少震えていて、顔が熱くなるのを感じた。いや、今日はずいぶん暑いですね.....って俺だけ?
彼女はくすっとだけ笑うと、少し俯いて、
「遅刻したんですよね......私遅刻するの初めてで、その......」
なるほど理解した。ここから運命の出会い的な?なんだそれ。ここはラブコメなんて発生するところじゃありません。よそでやれよそで。
じゃなくて。
「つまり、遅刻の際にどうすればいいかわからないってことか」
まあ、これくらい、遅刻常習犯の俺からすれば余裕だ。今の俺なら無表情で寝坊したと理由を述べて反省しろと愛の込められた拳を受けるまでがワンセットだな。殴られるのかよ。
まあ、どの道俺も通らなければいけない道なので、彼女へ遅刻の際のことをいろいろとレクチャーすることにした。
彼女は無言でうなずく。俺はそれを肯定ととって、
「ついてこいよ。まずは学校に入らなきゃだ」
そう再び前を向こうとして。
彼女は90度、直角に腰を曲げて俺に「ありがとうございます!」と威勢のいいお辞儀をして、
「私は水島奏です!」
彼女は続ける。
「あなたはもしかしてあの比企谷八幡先輩ですか?でしたらその......あの......お願いがあるんです!」
なにやら口ごもったかと思うと、身を前へ乗り出して俺にそう告げた。
いや、初対面でお願いって。どんだけ厚かましいんだよ。きっとその厚かましさなら世界狙えるぞ、マジで。
「悪いが断る」
初対面のやつ相手の頼みを聞くほど俺は出来たやつじゃない。
葉山みたいな人間ならきっと聞くのだろう、そして想像を上回る結果を出して、より人としての価値を高めていく。
だが俺は違う。解決なんてできないから、思いつかないような斜め下の方法で解消する。そしてそれは全てを0にするだけでゴールへと導ことは出来ない。
それではきっとダメなのだ。俺にいきなり頼み込んできたこの女子の願いはきっと、解消を望んでいない。全てを救い、満足する解決を望んでいるのだろう。
なら俺が出る幕じゃない。そんなの奉仕の理念なんてものを掲げた奴らのところにでも行ってくればいい。
無性に苛立つ。
この場から早く立ち去りたかった。
俺はそう短く答えると、踵を返して足早に、次こそ昇降口へと向かった。
俺が昇降口へ向かう。
取り残された女子生徒の「やっぱり…」という呟きが俺に聞こえる事はなくて、その呟きは彼女の耳にだけ残り、よく晴れた青空に吸い込まれていった。
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