たとえ逃げることを選んでも   作:瓢鹿

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お久し振りです!今回はかなり視点が変わる気がします。
それでも最後まで読んでいただけると嬉しいです!


それぞれの秘めた思い

人にとって完璧さを備えた人間とはどんな人物を指すのだろう。

歴史上の偉人であっても、やはり何処かに隠すことの出来ない歪みが、狂気が、人間らしい心が見られる。

どれほどの偉業を成し遂げてもそこには必ず打算が付き物だ。

むしろその打算が、即ち利益を求めようとする心無くして、戦争を、政治を、この世界で大事を果たすことは不可能に近いのではないだろうか。

しかし大事は果たさずとも、世界を、学校という矮小と言っても差し支えない小さな世界の中で頂点に君臨する者がいる。

その者は理想をそのまま具現したような存在。まさに完璧だ。

誰にでも分け隔てなく優しく接し、あらゆる分野で素晴らしい実績を残し、容姿端麗な姿。

間違いなく完璧といっても過言ではないだろう。

人を嫌うことを知らず、疑わず信じる。聖人君子とも呼べるその者。

それは誰もが知る普遍の事実である。

いつだって彼はその求められた理想をその完璧さで実現させてきた。

しかし、彼はそうは思わない。思えない。

救いたいもの救えない、出したい答えも出すことの出来ない、人に頼ることしか脳のないこんな無能が理想だなんてなにかの間違いではないだろうか。

そう思っても、現実はそうは行かない。

あるべき形を取らされ、不必要だと思われたものはすべて捨てられてしまう、そんな他人主義なものだった。

そんななか一人の少年に出会う。

斜に構え、何時だってひねくれて、常に孤高の存在の彼が、とても羨ましかった。

昔救えなかったものも彼は携え、自分では出すことの出来ない答えをいつも出す。

解決の糸口すら見えない問題を彼は文字通り消し去ってしまっていくのだ。

その後ろ姿に憧れた。その光景を羨んだ。

―だから俺は彼が嫌いだ。

彼は日陰者な筈なのに俺には常に眩しく見える。

 

―――――――――――――――――――

淀みなく続けられる城廻先輩の説明がまるで極上の天上の音楽のように俺の耳には聞こえる。そんな俺の耳は究極に気持ち悪いことこの上ないな。キモ。

「ん?」

「どしたの比企谷君?」

「いや、今ドアの窓から誰か人影が……」

何か見覚えのあるようなシルエットな気が……特にあのビッグサイズな一部分とかな。何処とは言わないけど。あれほどの物を持ち合わせる者がこの学校に存在するのだろうか。まあきっといないだろう。将来有望な奴もいるんだがな……意識を向ければあまり思い出したくない顔が脳裏に浮かんだ。俺に万乳引力の教えを説いたあのニュートン先生、もとい由比ヶ浜。

今のは由比ヶ浜では無かった。彼女であればあの垢抜けた、明るく脱色された髪色で判断できる。よって違う。

ならば雪ノし……すいません。広がる山脈はもはや平地級と言っても過言でないものでしたね。………寒気を感じる。

まあ、必ずしも俺の知人である可能性もないだろう。むしろ俺の知人の数なんて両手で数えれる程だし、よっぽど知人よりも全く知らない奴である確率の方が圧倒的に高いだろう。

「もう、続けるよ?」

頬を膨らませ怒りを主張するそれは、城廻先輩がやるとあざとさよりも優しさが……癒される………尊い。

「どうぞ」

「はーい」

そして再び続く説明。

大切な、今回の依頼に当たる上での要所を頭の中に書き留める。

 

「先輩、例えばの話ですけど」

「うん?」

いくらかの逡巡の後、

「そうだね……やっぱり応援だけあるからなぁ……けど、状況が状況だからね」

一色の名を出すことによって見せた戸惑い、そして納得した表情。それらを合わせることで得られる答えはひとつ。

やはり生徒会も今回の件に関わっている。奉仕部が関わっているのは既に聞いた話だが、やはり選挙の話となると生徒会が絡んでくるのはまあ、当たり前だろう。

「そうですか」

「どうしてもだからね?」

クスリと微笑む姿を見ながら、その微笑みを裏切るのかと思うと、俺は―――

どうしようもないほどに胸の内がズキリと痛んだ。

 

それからいくらかして。

座っていたパイプ椅子からギっと音を立てて立ち上がる。

城廻先輩の背の窓から入る光は逆光となって、先輩の顔が黒く染まりどんな表情かが分からなかった。

「失礼しました」

「うん。頑張って!」

見ているだけで癒される笑顔が俺の眼前に広がる。

俺は笑顔ともに贈られた励ましに罪悪感からか直視出来ず黙って頷いて返すことしか出来なかった。

 

視界の隅に映る寂しげな深い憂慮を見せる優しい笑顔から必死に目を背けながら扉を閉めた。

 

俺はまたひとつ他人の思いを踏みにじる。

 

―――――――――――――――――

来客の去った自分だけの生徒会室を見渡す。

自分たちの生徒会室であることをアピールするかの様に私物と備品が入り混じって置かれた室内。

あと数週間でここと別れを告げるとなると胸を一抹の寂しさが過ぎる。

学校を良くするために、学校生活を楽しめるようにと尽くしてきたこの期間。

時間は駆け抜けるかのように過ぎて行ってしまった。

頭に浮かんだ案を惜しまず口にし、様々な口論を重ね、いつしか大切な何かとなったこの場所。

―――私の居場所

失いたくないこの場所も、時間には限りがある。

次の誰かへと継がなければいけない。

その誰かが自分よりも真摯に学校へと向き合ってくれる人であることを願っていた。

煮えきらない態度を取ったがために、文化祭では1人の生徒を学校一の悪役と仕立て上げてしまった。

例え自分は悪くないと他人に言われてもめぐりはそう思わずにはいられなかった。

――最低だね

背負う必要のなかった業を独りで背負い込み、むしろ彼は賞賛を、不当な悪意を受ける立場でなかったのに、私は彼にその一言でさらなる追い打ちをかけることとなった。

どうして気づけなかったのだろう。

自責の念がめぐりを襲う。

しかし、この世界にはもしもなんて机上の空論でしかない。

起こった出来事に伴った可能性。それは可能性であって、起きた事ではない。

だが、大事なのは―――――

「失礼するぞ」

不意に扉が開かれる。

そこに立つのは豊かな肢体をスーツと白衣に包んだ平塚静だった。

こんな時間になにかあったっけ?

とめぐりは記憶を探る。

そんなめぐりを見てか、

「ああ、特に予定はないぞ」

そう言って微笑んだ。

「ですよね……忘れてたのかと思いました」

「そうか……」

何やら言葉をつまらせた静にめぐりは不安を覚える。

いつもであれば相手を思いつつ、言葉をスッと出す彼女がその言葉をつまらせているからだ。

やがて重々しく口を開いた。

「比企谷はどんな用件でここへ来たか聞いてもいいかね?」

 

「はい?」

――――これからここで始まるであろう一つの幕間を彼は知らない。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

生徒会室を出て、教室へ戻ろうと廊下を歩いていると見慣れたシルエットが視界をよぎった。

爽やかさを、完璧さを放つその容姿は葉山隼人その人だ。

修学旅行の件もあってかどこか気まずく、目をそらそうとすると最早遅く、視線に気付いたのか葉山がこちらを向いた。

だが視線が合おうとも何も起こらないのが俺。

安全かつスピーディにこの現状から脱却しようと――――

「比企谷じゃないか」

こちらへと爽やかな笑みを向けながら葉山が近づいてきた。

脱却という試みはリア充の前に一瞬で消え去った。

 

「一体何の用だ」

面倒くさそうな声色で聞く。そうな、というよりも実際面倒くさいんだが。

「おいおい、そんな露骨に面倒くさそうにするなよ」

それを謎の爽やかさを醸し出す苦笑いで返した。

―おいおい苦笑いにまで爽やかさ同梱かよ。

目の前のイケメンにげんなりしつつ、

「んで、用件がないなら俺もう行くけど」

帰ろうとしても葉山はそれを許さない。

「少し話をしないか?」

やはり爽やかさを放つ陰鬱な表情で本題へと入り始めた。

――だから何でそんな顔でも爽やかさが出てるんだよ……

目の前のイケメンがぼくはやっぱりきらいです。

「何の話だよ」

葉山は答える。まるで俺が惚けているかのように、

「何の話かは分かってるんじゃないのか?」

「知らねえよ」

かぶりを振って答える。

そもそもこいつと話すことなんて何一つ存在しない。あってたまるか。

「今更何の用だよ。俺と話してる暇なんてあるのかよ」

皮肉をたっぷりを込めて突き放すように言っても、

「君のおかげで仲は何とか保てているからね」

サラッと受け流す葉山。

「俺のおかげね……」

戸部の思いを踏み躙ってなんとか保てた均衡。

叶わなかった想いと、叶った思い。

踏み躙った張本人が救世主と崇められるなんてなんて皮肉なものなんだろう。

思わず鼻で笑ってしまうレベル。

「どうかしたか?」

「何でもねえよ」

早く本題に入って終わらせてくんないかねえ……

そんな俺の表情を鑑みてか、慌てて葉山は話題の軌道を戻した。

「それじゃ本題にはいろうか」

ようやくですか。早くしてください。

「君は今の生徒会選挙の状況を知ってるか?」

「まあ、大体な。勝手に立候補されたって話だろ」

「やっぱりか……」

「なんだよ。その先でもあるのか?」

「君が知らないのも無理はないか……」

「だから何だよ……早くしろよ」

少し考え込んで重々しくその口を開いた。

 

「奉仕部の2人が立候補したらしい」

まるで時間が止まったかのような錯覚を受けた。

どうしてか心臓の鼓動が速く感じて、ポケットに突っ込んだ手は汗でじとっと湿り気を帯びている。

「は?」

ようやく出た声はかすかに震えていた。

俺は動揺を隠しきれなかった。

心臓が締め付けられて、冷や汗が体を伝って、震えを伴う。

 

――――――――どうしてだ。

 

「大丈夫か?」

俺の状態を心配してか葉山が顔を覗き込んでいた。

「あ、ああ……問題ねえよ」

あの2人が立候補……か。

2人が選んだ答えはそういう形なのだろうか。

違う候補の擁立、演説による心証の悪化、そして自身の立候補。

最後のものだけは俺には出来ないものであっても彼女らで可能だ。

しかし、しかしだ。

「立候補した役職はまさか同じなんてことないよな?」

「…………」

「おい。答えろよ」

「………………」

「黙秘権でも使うつもりか?」

「わかったよ…」

すっと息を吸い込んで、

「そのまさかだよ。二人共が生徒会長に立候補らしい」

この問題に直面してから、奉仕部も解決に臨んでいると聞いて想像しなかったことは無い。

なにしろ文化祭の時に雪ノ下は1度依頼の為自らが不調になるまで働き続けた前科がある。

由比ヶ浜にしても、あれはアホなようで聡く、責任感も強い。

そんな2人のみになれば――

想像するのに難くない。

依頼を最優先に自らを省みず、解決だけを求めてしまったのだ。

――――どうして俺は。

 

いやいや。待て。何を考えているんだ?

俺は確かにあの2人と、あの場所と決別したはずだ。

それでも。

どうして葉山の言葉がここまで 胸に深く深く、突き刺さるのだろう。

「それは君があの2人を大事に思っていたからだろ?」

「な……」

今すぐにでも言葉の限りを尽くして「違う」と言ってやりたい。

それなのに俺の口からは、それどころか喉からすら声が出ない。

掠れた音だけが口から漏れる。

「その動揺こそが答えだよ比企谷」

 

―――いつかの夜出た答え。

俺は再び歩き出したはずだ。

そうだ。

「俺はもう1度……」

紅茶の香りのする部屋。

交わす言葉は少なくても決して気まずいなんてことは無く、むしろ居心地が良いまであったあの場所。

強く在ろうとする少女と、優しさを持つ少女と乗り越えた様々な思い。

変わりたいという願いと変わりたくないという想いが交差し合った矛盾だらけの日々を駆け抜けたあの日常。

 

それはきっと。

 

俺の求め続けたものにどこか酷く似ているところがあったのだ。

だから求めた。

あの日々を。

けれど俺には既にその資格がない。

修学旅行のとき確かな否定を受けた俺にはもう―

「君は諦めるのか?」

腹立たしい声が俺を煽り立てるように聞こえる。

「うるせえよ」

 

「君は―――諦めちゃいけない」

やはり腹立たしい声は俺自身が分かりきった答えを口にする。

 

 

「俺は君が嫌いだ」

俺も嫌いだ。

「だけど、同時に憧れも抱いていたんだ」

 

ハッ。そうかよ。そりゃあ皮肉だな。お前に憧れられるなんてな。

「君はいつだって救ってしまう」

 

そんな事はない。この手から零れ落ちた、救えなかったものだっていくらでもある。

 

「修学旅行の時だってそうだ。俺達がバラバラになるのを阻止してくれた」

 

あれは依頼だったからだよ。戸部だって救われてないだろ。

「戸部はどの道今のままじゃダメだったんだ。それを君のおかげで知れたんだ」

そうかよ。

「結衣だって、君が変えてくれたようなものだよ」

 

あいつは元から変わろうと思えば変われたんだよ。バカだからタイミングが分からなかっただけだ。

 

「それはそうかもしれないな」

肩を竦めてそういう葉山は、皆の葉山隼人ではなく、本物の葉山隼人であるように見えた。

 

葉山隼人はいつだって完璧で、常に皆の理想であり続けようとする。

だが、彼だって霊長類ヒト科、すなわち人間の一人に過ぎない。

並外れた人としてのスペックを持ち得ても、あくまで人だ。

その完璧さには必ずどこか綻びがあって、理想を体現し続けるのは不可能に近い。

ならばきっとその綻びは今彼が放つ言葉こそであり、葉山隼人の人間の部分ではないのだろうか。

「その話はもしかして平塚先生からか?」

葉山がその言葉を聞いてフッと微笑む。

「笑うんじゃねえよ。こっちは恥ずかしい思いしてまで聞いてるんだからよ」

「それもそうだな」

 

「ああ。そうだよ」

その爽やかな微笑みに負けないくらいに微笑んだ。

向かい合う葉山の顔を見ればわかる程に俺の微笑みは爽やかでないらしい。微笑みが引き攣って爽やかさが欠けてしまっている。

貼り付けた笑みを剥がす。

「……助かった」

「これは礼だよ。助けてもらった時のね」

なんの気もなしに、あたかも当然だと言った風を装う葉山は。

「俺もやっぱりお前が嫌いだ」

 

―男の俺から見てもやはりカッコよく見えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました!
次回も宜しくお願いします!

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