初めての実戦、私は何もできなかった。いや、何もできなかったのならまだいい。実際のところ、私はみんなの足手まといになっていた。何もできずに、ただやられるだけ。とんだお笑い種だ。だけど、今の私には立ち止まっている暇はない。地面に這いつくばってでも前に進まなきゃならない。そして、いずれは兄さんは、ランスターの弾丸は役立たずなんかじゃないって認めさせてやるんだ…………ッ!
▽▽▽
ヘリで本局まで戻ってきた私はスバルによって直ぐにシャマル先生の待つ医務室へと運ばれた。
擦り傷や打撲の治療はもちろん、脳に異常がないかCTを使って調べるなどの検査を行い、だいたい1時間ほどですべての検査が終了した。今はシャマル先生がカルテとにらめっこしているところだ。
「検査の結果、脳に異常は見られず、骨折などの大きな怪我もなし。うん、明日の訓練に参加しても大丈夫そう。なのはちゃんには私の方から報告しておくね」
「わかりました。宜しくお願いします」
検査の結果は異常なし。今日のところはしっかり休んで、明日の訓練に参加すること、だそうだ。私の体も案外、丈夫なものだ。
「睡眠はしっかりね」
立ち去ろうとする私にシャマル先生はそう声をかけた。
「善処します。それでは、今日はご迷惑をおかけしました」
シャマル先生が言いたいことがわかっていながら、私はそのような曖昧な返事をして、その場を去った。
それから数日後、訓練の最中、なのはさんの一言で急遽決定したことがあった。
「それじゃあ、ちょっと休憩したら今までのおさらいってことで、ライト、ギンガのコンビとスバル、ティアナ、エリオ、キャロの4人チームで模擬戦してみよっか?」
なのはさんがそう言った時の反応は実に様々だった。
「ギン姉と戦えるのっ!?」スバルは驚き、嬉しがり。
「大丈夫かな……?」キャロは不安を募らせ。
「心配ないよ。胸を借りるつもりで頑張ろう?」エリオはキャロを励ましている。
そして、私はーーーー
「私はあいつになんか負けない。負けて……たまるか…………ッ!」
そう、自分に言い聞かせるように呟いた。今までになかった、あいつと戦える機会。見せてやる。あいつに、私の実力を。
今回の模擬戦のルールは至ってシンプル。制限時間内に規定のダメージを与える、もしくは、意識を損失させ、どちらかのチームが全員脱落した時点で終了し、勝敗を決める。もし、制限時間内に勝敗がつかなかった場合は、残り人数の多いチームの勝利。規定のダメージ量も全員統一なので、実力差があるとしても、人数の多い私たちのチームが有利なのは明白だ。
「さて、まずはどうするかだけど…………」
スバル、エリオ、キャロの3人を集め、粗方の作戦内容を決める。まず、はいつ! と元気よく手を挙げたのはスバルだった。
「正々堂々正面から!」
「却下。そんなことたら速攻狙撃されて負けるわよ」
あいつや、ギンガさんがいない場合、必然的に1番年上の私がチームリーダーになる。そもそも、スバルとエリオは猪突猛進を体現しているようなものだし、キャロは人に指示を出すのが苦手。そういうところも私が4人でのチームリーダーになっている理由の1つでもある。
だから、こうやって出された意見、1つ1つを吟味し、工夫して、指示を出す。
「なら、二手に分かれて挟み討ち、なんてどうでしょうか?」
「悪くないわね…………」
エリオが言った意見はシンプルかつ、効果的なものだった。あの2人相手に通用するかどうかはわからないが、悪くはない。
作戦方針はそのようにして、あとは具体的にどのようにして追い詰めるかの話を模擬戦に備えた。
「それじゃあ、作戦通りに」
3つの返事と共に、私たちは一斉に駆け出した。
▽▽▽
あんまり気乗りしねーなぁ。
もう既にダミーをばら撒き終わり、多少の余裕が出来た。あいつらは今、ダミーに引っかかって慌てふためいているに違いない。俺は近くのビルに身を潜め、壊れた窓から覗く青空をぼうっと眺めながら、そんなくだらないことを考える。そして、そんな俺の心のつぶやきが聞こえたのか、隣に座っているギンガは語彙を強めるようにして言った。
「ライト、これは訓練なのよ? そんな弛んだ気持ちで一体どうするつもりなの?」
「そうは言ってもよ…………」
俺が言うのもなんだけどさ。
「撃ちたくねーんだよ、味方はよ」
「味方はじゃなくて、ティアナを、でしょ?」
間髪入れず、突っ込みを入れるギンガに俺は反論しようとしたが、思わず声が詰まってしまう。ギンガが言ったことは当たっていた。
「別にそういうわけじゃ…………」
「へぇ。つまり、私には容赦なく撃てるのに他の人には撃てないってことなんだ?」
「うぐっ」
ギンガの冷ややかな視線が痛い。これ以上、下手なことを言って怒らせてしまったら後が怖い。俺はなにも言わないように口を噤んだ。
「はぁ…………私だって少しぐらいあなたの気持ちを察することぐらいできるのよ?」
盛大なため息、そして呆れたような口調。しかし、その顔は何故かとても得意げだった。だが、すぐに真面目な表情になり、ギンガは俺に問うてきた。
「もし、もしだけど、ティアナが敵になってライトの前に立ちはだかることになったら、その時、あなたはどうするの?」
ギンガの質問を聞いた瞬間、俺は体の動きが硬直したような気がした。
「それは……あまり考えたくない可能性だな……」
なんとか、その言葉だけは絞り出すことができた。俺は一度、大きく息を吐き、頭を落ち着かせる。
「考えれば考えるほど、嫌な状況だよ。まったく。だけどな、俺はどんなことがあろうとも極力、人に銃を構えたくはない。それはあいつでも、お前でも同じことだ」
俺の言葉にギンガは静かに耳を傾けてくれている。だから、俺は話を続けた。
「それでも、俺のことを殺す気でくるっていうんなら、俺は撃つよ。俺だってまだ死にたく無いしな。それに、殴り合わなきゃ伝わらないこともあるはずだ」
「私たちがそうだったようにね」
「いや、あれはギンガが一方的に俺をボコボコにしていただけだろ」
俺がそう言うとギンガは思い出したかのようにクスクスと笑い始める。こっちとしては笑い事では済まされない出来事だったのに…………
今、思い返しても、あれほどタコ殴りにされたのは後にも先にも無いんじゃないだろうか。あの時のギンガの鬼の形相は一生、頭から離れることはないかもしれない。それほど恐ろしかった、あの時のギンガは。
しかし、その出来事がなければ、俺がギンガとコンビを組むことはなかっただろう。
ふと、左腕に付けている腕時計に目を向けた。いい頃合いか。
「そろそろ動くとするか。準備はできてるか?」
「えぇ、もちろん。いつでも行けるわ」
「そうかい、そうかい」
ばら撒いておいたダミーが全て破壊されるであろう、このタイミング。動くにはちょうどいい機会だ。俺たちは見つからないようにビルを後にした。
▽▽▽
「『クロスミラージュ』周りに反応は?」
『ありません』
「ここもハズレか……………」
廃墟と化したビルの1階、私は舌打ちとともに、破壊したばかりの小さなドローンの破片を蹴飛ばす。これは管理局内でよく使われている自分の居場所をカモフラージュする為のドローンだ。自分の魔力を少量注ぎ込むことによってしばらくの間、魔力の反応を表示させながら空中を漂う。小型で使い勝手の良いことから多くの局員に親しまれている道具。
そういう、応用の効くアイテムをあいつは好む。昔っからそうだった。
「ティア〜!」
名前を呼ばれ、顔を上げるとちょうど他の場所を見に行っていた3人が集まってきていた。だが、3人とも、表情は芳しくない。
「こっちはハズレだったよ」
「すみません、こっちもハズレでした」
「ごめんなさい」
「あー、いいのいいの、見ての通りこっちもハズレだったから」
もう、かれこれ合計で30体ぐらいは破壊しているはずだ。もう残りは少ないか、すべて破壊したかのどちらかだとは思っている。流石のあいつでもこれ以上、ドローンを保持していないだろう。
「どうしよう…………」
このドローンの所為で最初に予定していた作戦はパーになり、ドローンを壊し回ることになってしまった。
もうしかしたら、もう既にこちらを射程に収めていてスコープ越しに私たちが慌てふためいている様子を眺めているんじゃないか、そんな考えが頭をよぎる。
違う、大丈夫だ、落ち着け。焦ったら相手の思う壺だ。
ネガティヴな考えを頭から弾き出す。今はどうすればこの模擬戦に勝てるのかを考えるべきだ。
「ティア、どうかした?」
「うわっ!?」
ぬっと顔を近くに寄せてきたスバルに私は驚いて、飛び退く。
「お、驚かすんじゃないわよッ!」
「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけど、ティアが何か考え事しているようだったから、ね? あ、それとエリオが残り時間も少なくなってきたから早く次に行きましょうって」
そう言って、スバルが指差す方向を見てみると、エリオが慌てた様子でホログラム上に映し出された時間を指差す。
「うっわ、残り10分もないじゃない」
この時間になっても、あの2人は現れない。一体どういうことだろう?
いや、考えても仕方ないか。今は動かなくては。
「エリオ、悪いんだけど、外の様子、見てきてくれない?」
「わかりました!」
元気の良い返事とともにエリオは駆け足で出入り口の方向に向かっていく。そして、エリオは恐る恐る出入り口から顔を覗かせーーーー
『いいか、ティアナ。お前は疲れてきたり、イライラしたりすると、少し考えが甘くなる。楽な方に、楽な方にってな。現場ではそれが大きな隙になるんだ。いつか、お前が現場に出るようになったら、このことを常に頭に入れて置くんだぞ?』
ふと、いつだったか兄さんが言った、その言葉が頭の中を過ぎった。
「エリオ!」
気が付いたら、私は叫んでいた。エリオがこちらに振り向き、スバルとキャロも何事かとこっちを向く。だけど、私にはそんなこと気にしていられる余裕はなかった。何か、確信めいたものが私の体を動かす。
「伏せてッ!」
だが、その声は届かなかった。音もなく、小さい、黒き弾丸がエリオのこめかみに直撃し、体を大きく吹き飛ばす。
「スバル! キャロ! エリオのことお願い!」
そう指示を出して、私は2人に目もくれず走り出した。
これは、私のミスだ。私があいつをーー倒すッ!
私はそのまま一直線に駆け抜ける。その時、私の後ろで何が起こっているのかを知らずに。
▽▽▽
ほんと、馬鹿だな、あいつ。
少し大きめの建物の上層部から見えた光景に思わずため息が漏れる。あれほどティーダに言われていたことをもう忘れてしまっているらしい。
『ライト、キャロとフリードを拘束できたわ。今は2人を抱えてあなたと反対側に走っているところ。案の定、スバルも追いかけてきてる』
耳につけている小型無線機へ、ギンガからの報告が入る。相手が俺への念話が使えないためか、念話を使うことができない俺からするととても重宝している代物だ。
「オーライ。 後はそっちに任せるよ。テキトーに2人をほっぽってスバルを撃破しておいてくれ」
そうギンガに伝えて無線機を収納しておく。壊されたら堪らないからな。
俺たちの作戦は単純に「疲れたところを倒してしまおう」というものだった。というより、なのはさんに「後半の集中力が心配だから、なるべく模擬戦を長引かせて」とお願いされたのだ。上司の頼みなら断れないし、できれば俺だって楽をしたい。そういうわけで、小型のドローンを使った、あの作戦になったわけだ。
「おおっと」
ドンッ!といった爆発音が建物全体を揺らす。設置していた『幽霊弾丸』の地雷が作動したのだ。
「まぁ、流石にこの程度じゃあくたばらないと思うし、あと、数分でもすれればここに来るかねぇ」
手元のアンカーガンを弄びながら、そう呟く。残り時間はそう多くない。それでも充分過ぎるぐらい残ってはいるが。
カン、と何か金属がぶつかるような音が聞こえた。続いて、プシュッという何かが糸を巻き取るような音。
「なるほど、そうきたか」
そう俺が呟くのと同時にコンクリートの壁が粉砕した。立ち込める砂埃。風によって砂埃が無くなると、そこに少女が立っていた。
「よぉ、ティアナ。遅かったな」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、ライト」
元気そうに憎まれ口を叩くティアナだが、よく見るとバリアジャケットは所々、破けていた。とりあえず、1つ目のトラップは効果を発揮していたらしい。その代わり、他に用意していたトラップはおじゃんになってしまったわけだが。
右手で『罪と罰』を構え、左手にはアンカーガンを携えて、宣言した。
「相手をしてやるよ、ティアナ。ティーダの敵を討ちたいなら、俺を倒してみな」
「言われなくても…………わかってるわよッ!」
ティアナの絶叫とともに『クロスミラージュ』から橙色の魔力弾が撃ち出される。その弾は俺の顔を掠り、後ろの壁を蹴散らしていった。そして、次に発射された魔力弾を左に避け、そのまま、弧を描くように時計回りで接近した。
「おらよ、もってけ」
すれ違いざま、爆弾のように魔力弾を置き、外へと離脱を図る。
「させるかッ!」
だが、ティアナもそうやすやすと逃がしてはくれない。爆弾になど目もくれず、俺に『クロスミラージュ』を向けてくる。
だけど、もう遅いんだな、これが。
俺がティアナの壊した壁から外へと飛び出すのと、爆弾が爆発したのはほぼ、同時だった。俺はアンカーガンを使い隣のビルへ移動した。
「そんなに威力ないはずだが、気絶ぐらいはしてくれるとありがたーーーーかったんだけどな!」
顔面めがけて飛んできた橙色の魔力弾をぎりぎりのところでしゃがんで回避する。起き上がる頃には砂埃も全て無くなり、隣りのビルから俺を見下ろすようにして、ティアナは立っていた。
「私はあんたなんかに負けていられない……」
そう言いながら、ティアナは苦しそうな顔をして、俺に銃口を向けてくる。その手は微かに震えていた。
「きっと、今の私はあんたに勝たないと前に進めないから…………だから…………ッ!」
「そうか」
昔みたいには戻れない、それが痛いほどわかってしまう。それが悲しくもあり、同時に、嬉しくもあった。これで、もうティアナを傷つけることはない。
だから、あえて俺は言おう。
「悪いが、今回勝ちは譲らねーよ」
「…………ッ!」
ティアナの立っている穴のすぐ横、そこに爆弾替わりの『幽霊弾丸』を置いておいた。
「今は大人しく寝てろよ、ティアナ」
そして、見えない弾丸はその場で眩い光を放ち、爆発した。爆発に巻き込まれたティアナは後方へと大きく吹き飛ばされ、俺が見に行く頃にはちょうどフロアの中央辺りでのびていた。
「おい、ギンガ。こっちは終わったけど、そっちはどうだ?」
『こっちはもうとっくに終わってたわよ。あとはこの2人をどうするかだけ』
「あー、まぁ、そのままでいいんじゃないか?」
『んー、それもそうね』
何故か物騒な話をしつつ、俺はティアナを担いで歩き始める。
「おー、今日は夕日が綺麗だなぁ」
太陽が沈んで月が出る。いつか、また、太陽が昇ってくることはあるのだろうか。