ガルパンはいいぞ~。
静岡県にある広大な陸上自衛隊の演習場の東富士演習場では、ガタガタと重い車体を振動させながら動く深緑色の鉄でできた乗り物、陸上自衛隊第1戦車大隊所属の「10式戦車」がゆっくりと進んでいた。
そんな10式戦車の車長席のハッチが開かれると20代半ばと思しき迷彩服に持を包んだ二等陸尉の階級章を身に着けた男性「伊田耀一」が顔をのぞかせる。
「よし。操縦手、あそこの丘で停車。」
「了解です。」
操縦を担当する部下の女性自衛官に指示を出してから、伊田は周囲を自前の双眼鏡で見渡す。
元々、彼の妹分の子がバードウォッチングをしたいと言い出した為に購入した物だが、意外と長持ちしたため仕事にも利用している。
かれこれ10年、伊田が自衛隊に入ってからは2年間世話になっている双眼鏡で周囲を見渡すと、対戦相手の74式戦車が彼の目に入った。
「こっちには気づいてないな・・・・。砲手、左15度にナナヨンだ。」
「了解、射撃用意。」
「しっかり狙えよ。」
砲手の操作によって砲塔が旋回し、74式戦車をとらえる。
10式の精度から考えて外れるには相当な下手でない限りは無いが、伊田は念押しをしておく。
そして息を吸い込んだ。
「撃てぇ!」
伊田の号令と共に轟音が演習場に響き渡った。
*
訓練の結果、伊田たちの乗る10式は敗退してしまった。
例の74式を狙っていると、別の74式が10式の転輪を撃ち抜いて走行不能、そこから更に別の74式がエンジンルームに砲撃を行い大破。
10式から白旗が上がり、敗退となった。
車長としては何とも間抜けな負け方であり、伊田は上官である蝶野亜美一尉からお叱りを受けることとなり、現在絶賛説教中である。
「全く、それでも西住流を学んだ者なの?」
「申し訳ありません・・・ですが戦車道と戦車の訓練は違うので・・・。」
「それは私も分かっているわ。同じ西住流を学んだ者としてね。まぁ、今回の説教は周囲への風紀を重視した上での説教だからそんなに言う訳ではないけれど・・・・・師範にバレたらただじゃ済まないかもしれないわよ?」
「うへぇ・・・・師範が怒れば三時間は説教だな・・・・。」
蝶野一尉の言葉に出てきた「西住流」。
それは戦車道と呼ばれる武道の一つの流派であり、一説では日本最古といわれる由緒ある流派で、西住しほが師範として存続させている。
戦車道は華道や茶道と並ぶ武道で、嘗ては盛んなものだった。
だがしかし、時代を追うとともに衰退してしまい、現代では全盛期よりマイナーな武道となってしまっている。
乙女の武道とされていたが、伊田は偶然にも戦車道を習う機会があり、西住流を受ける機会もあった。
それ故、戦車道をやっている者の中でも珍しい男の戦車乗りとなっている。
そのせいで若い女性自衛官からは変態を見る目で見られる上に、彼がオタク気質のせいで妙な目線を向けられることもある。
だが、伊田自身は戦車道を楽しんでいる為、変な目で見られても気にしていない。
「そういえば・・・・伊田君は今度の第62回戦車道全国高校生大会決勝戦に行くんでしょう?」
「ええ、職務上ですが・・・・・師範と会うのは避けたいですね。」
「気を付けないとティーガーの餌食ね!」
あの西住しほならやりかねないことをさらっと笑いながら述べる蝶野一尉にひきつった顔で笑う伊田。
実際に伊田はそれに近い仕置きを受けていたため、冗談に聞こえなかったのだった。
だが、今回の決勝戦は黒森峰対プラウダ校。
伊田にとっては妹分である西住まほや西住みほと出会う機会になり数年ぶりに会う二人に心躍らせていた。
それは顔にも表れており、蝶野一尉は笑いながら指摘した。
「伊田君、にやけてるわよ?もしかして恋人のこと考えてた?」
「それは独身の自分に対して喧嘩を売ってるんですか?上官でも殴りますよ?」
「怖いわね~レンジャーに殴られたらボコボコ確定ね。」
伊田の言葉に笑ってる事から、蝶野一尉も本気でやると思っていないことが分かる。
その辺は大らかな上官であると言えるだろう。
その事から一息ついて時計に目をやると、すでに説教開始からかなり時間がたっていた。
「一尉、そろそろ決勝戦へ出向くための書類作成が・・・。」
「そうね、頑張ってきて頂戴。」
「了解、失礼します。」
伊田は蝶野一尉に敬礼をした後、部屋を出て自分のデスクへと向かう。
そして、デスクに置いてあった黒森峰マグカップを手に取ってコーヒーを入れに向った。
「書類作成は面倒だなぁ・・・まぁ、職務だし仕方ねえな。あづっ!」
ぼやきつつもとりあえず入れたブラックコーヒーを喉に流し込む伊田。
だが、熱々のコーヒーを躊躇なく流し込んだ所為で、口を焼いてしまって零しかけた。
昔から考え事に没頭すると周りが見えなくなることが多い伊田は溜め息を吐き出す。
「とりあえず書類を書くかぁ・・・・。」
コーヒーを飲みほしてから冷たい緑茶を注いでデスクに戻り、マグカップを脇に置いてからノートパソコンを開いてExcelで書類作成を開始する。
派遣書類作成と戦車訓練の報告書作成でかなりかかることが早々に判明し、伊田は肩を落としながらもキーを叩いて作成を始めた。
*
書類作成から数日後、第62回戦車道全国高校生大会決勝戦は予定通り開催されることとなった。
伊田は数名の女性自衛官を引き連れて、会場本部横に配置された天幕で準備を行っていた。
今回の彼らの任務は負傷者の適切な治療と搬送だった。
戦車道も柔道と同じく怪我の危険性がある。
砲弾での死傷は特殊カーボンでありえないが、戦車内で叩き付けられて気絶や川に転落という可能性もある。
そのため、11式装軌道回収車や高機動車、73式小型トラックを率いて「陸上自衛隊救援支援隊」としてこの大会にやってきたのだ。
天幕内で備品の確認を行っていると、部下の三等陸曹が伊田に声をかけてきた。
「隊長、黒森峰女学園の生徒二名が隊長に会いたいと・・・。」
「西住まほと西住みほだろ?点検は終わったから他の奴らには自由時間って言っといて~。」
「は、はあ・・・・。」
三曹の報告でまほとみほの二人が来たことが分かった伊田は、自由時間のであることを伝えてひらひらと手を振りながら天幕を出る。
三曹が呆れ顔だったが、伊田は気にしていなかった。
天幕を出ると、伊田にとっては自衛隊に入ってから2年ぶりに見る暗い茶髪の凛々しい少女、西住まほと、明るい茶髪に愛嬌がある顔の少女、西住みほが立っていた。
二人は2年前に比べて十分に成長し、前会った時に見えた少女らしさが薄れ始めていた。
「久しぶりだな、まほ、みほ。」
「久しぶりです兄様。」
「久しぶりだねお兄ちゃん・・・・。」
引き締まった表情で挨拶をする姉のまほとは違って、妹であるみほは、もじもじしながら挨拶をした。
それを見た伊田に悪戯心が芽生え、少しからかうことにした。
「よう、みほ。引っ込み思案なのは2年前から変わってないそうだな。」
「あうぅ・・・。」
伊田が少しからかうと、みほは声をあげながら縮こまる。
実はみほは小さい頃、まほよりやんちゃな子で伊田の手を煩わせていたのだが、中学辺りからだんだん物静かになった。
今では他人に声をかけることも難しくなってしまい、伊田としては社会に出てから馴染めるかどうかが気がかりになっている。
そんな変わらないみほの性格に安堵した伊田は、今度はまほに話を振ってみる。
「どうだ、まほ。黒森峰の状況は?」
「今年も勝利します。」
「堅いなぁ~偶には昔みたいに甘えてくれてもいいんだぞ?」
「そういえば、お姉ちゃんは良くお兄ちゃん甘えてたね。」
「なっ!そ、そういうことは言わないでください!みほも思い出させるな!」
「ははは!まほはこういうことには弱いな!」
伊田のイジリにみほも乗っかってまほの過去を口に出す。
それによって、まほは顔をみるみる赤くさせて慌てながら否定した。
我に返ったまほは咳払いをして姿勢を正すが、伊田の目には慌てる可愛いまほの顔が残っており、伊田は悪い笑みを浮かべた。
「まあ何だ。何かあれば俺たちが向かうが、お前たちも気をつけてな。応援してるぞ。」
「黒森峰と西住流の名に懸けて優勝します。」
「頑張るね、お兄ちゃん!」
試合時間も迫ってきているので二人を返すために、伊田は応援の言葉を贈る。
まほは勝利を宣言し、みほは笑顔で頑張ると言って自分の持ち場へと戻っていった。
二人の成長を心身共に知ることができた伊田は、警務隊に連行される前にさっさと天幕へと戻った。
中で自分の装備を確認していると、あの二人ともかれこれ13年の付き合いになる伊田は昔の記憶を浮かびあげた。
伊田が二人に会ったのは、彼が12歳の時に出会ったのが初めてだった。
彼の母親は元々、戦車道ではそこそこ有名な人物であった。
だが結婚から20年超経つ今も、戦車整備員をしている父親と年甲斐もなくイチャイチャしている為、伊田にはそんなに凄い親には見えなかった。
その代わり、苦いものが甘くなったり砂糖を吐き出しそうになり、たびたび伊田は頭を抱えている。
それはさておき。
伊田の母親は、西住流師範である西住しほと戦車道関連で知り合い、とても仲が良かった。
更には両親共に各方面に人脈があった為、伊田もまほとみほに出会うことができ、西住流や戦車道を学ぶこともできたのだ。
そんなことがあり、今ここに伊田がいるわけだが、本人は今回の出動が必要になることだけは避けたく思っていた。
ましてやこの天幕に運ぶのがあの二人なんてのはまっぴらごめんだった。
「・・・・・常に最悪のケースを考えて行動すべし、さっさと行動するか。」
ごめんでもやってくる可能性もある。
その際に迅速に対応できるようにしておくのが伊田たちの任務である。
気が進まない伊田だったが、いざその時にすぐに動けるように準備を進めた。
*
試合開始から1時間経過した現在、会場一帯は雨が降ってきて地盤が緩んできている。
試合は黒森峰が優勢ではあるが、今は幅がギリギリである崖を走行していた。
中継を見ていた伊田は、嫌な予感が常に体を包み込むような感覚に襲われていた。
だがそれは現実となり、黒森峰の三号戦車が崖からずり落ちて豪雨によって氾濫する川に転落してしまった。
「不味い!全員出動!」
「ですが隊長!今は戦闘中で!」
「なら俺一人で行く!11式と搬送の準備だけしとけ!」
伊田が出動を呼びかけるも、部下たちは戦闘中の戦車道の会場で、その上雨が降って氾濫している川に近づくことを躊躇する。
躊躇している部下に構っていられない伊田は、88式鉄帽と防弾チョッキ2型を着用して天幕から飛び出し、高機動車で現場へと向かった。
雨が降っていて視界も悪く地面もぬかるんでいたが、運よくはまったり転落することもなく現場に到着した。
すでに乗員は救助されたらしく岸に上っていて、その中にはみほの姿もあった。
「みほ!全員無事か!?」
「お兄ちゃん・・・・全員大丈夫だよ・・・・だけど。」
伊田が高機動車から飛び出してみほに近づく。
やってきた伊田を見たみほは、悲しそうな目を戦車に向けた。
そこには白旗が上がった黒森峰のフラッグが掲げられた戦車が停車まっていた。
戦車道の試合の内、フラッグ戦というルールでは、フラッグを掲げたフラッグ車が行動不能を示す白旗を上げられた方が負けとなる。
つまり黒森峰はこの決勝戦に負けたのだ。
だが、そんなことは伊田にとってどうでも良かった。
彼には今すぐやるべきことがあるのだ。
「みほ、そんなこと気にしてないで高機動車に乗るんだ。君たちも早く乗車してくれ、三号は陸自と戦車道連盟が回収する。」
「は、はい・・・・。」
伊田は川の更なる氾濫を危惧し、負けたことで士気が無くなって目に見えて落ち込んでいる生徒たちとみほを高機動車へと誘導した。
ついでにフラッグ車の乗員も乗せてから、最後尾の車両の生徒に撤収することを述べた上で伊田も高機動車に乗り込んだ。
「一応、みほと三号の乗員は陸自の天幕に搬送するから。他の人は本部まで別のトラックで輸送する。」
一応は説明したものの、全員黙り込んでいていかにもお通夜な状況であった。
そんな思い空気に息苦しさを感じるが、伊田は構わずアクセルを踏み込んで天幕へと向かった。
*
「隊長、全員の検査が終わりました。多少体温が下がっていますが、着替えも支給しましたし、大丈夫そうです。」
「分かった、念のためベッドに寝かせといて。副隊長が戻ってきたら戦車道連盟に文句入れとくから。」
「も、文句ですか・・・・とりあえず面会は避けますか?」
「彼女たちの希望によるね。個人個人にきいて決めよう。」
「了解です。」
何とか全員には怪我もなく、体が冷えている程度で済んだ事に伊田は胸を撫でおろした。
今、伊田と医務官の一等陸曹以外は三号と走行不能車を回収に向かい、誰もいない状況だ。
今回こんな状況になった上、陸自救援支援隊以外の救援隊は即座に動くこともできなかったことに伊田は怒りを覚えており、副隊長の三等陸尉が戻ってきてから本部に苦情を入れることを決定していた。
「早速で悪いが・・・・みほと話してもいいか?」
「・・・・・大丈夫ですが気を付けてくださいね。」
医務官に許可を受けてから伊田は天幕の中に入る。
中では迷彩服を支給された生徒たちが仕切りで分けられた中にあるベッドで休息をとっていた。
だが、未だお通夜空気は晴れておらず、人一倍その空気が濃いのがみほだった。
伊田は、項垂れて頭を抱えてベッドに座っているみほの隣に座ってから声をかけた。
「みほ、大変だったな。」
「お兄ちゃん・・・・・私、お兄ちゃんや先輩たちが頑張ってきたのに・・・・。」
「気にすんな、別に責めて無いさ。みほは頑張って自分の仲間を助けたんだ。」
「お兄ちゃん・・・・。」
みほが悔やんで項垂れるのも無理はないだろう。
黒森峰10連勝が掛かった今回の大会で負けてしまった。
しかも自分が原因となればかかる重圧はすさまじい。
更には目の前に、その10連勝の1、2、3勝目に携わった伊田がいるのだから圧力は増加するだろう。
実は一時、黒森峰は男子生徒も受け入れていた。
その時期に伊田は入学し、戦車道を選択。
しかし、彼しか戦車道履修者は存在せず、生徒数も20人以下だった。
それが原因で一期生だけで廃止になってしまったのだが、伊田は戦車道で副隊長を二年、隊長を一年務め上げた。
その間に三連勝を成し遂げて、名誉生徒に選ばれたこともある伊田が気にしていないと言えば問題ないと彼は考えていた。
「みほ、俺だってああしていたさ。勝利より仲間、それが俺が教えたものだろ?」
「うん・・・・・。」
「確かに師範や生徒の中にはお前を責める奴がいるかもしれないが・・・俺はお前の味方だ。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
伊田が励ますと、少しだけみほの笑顔が戻る。
その表情を見て大丈夫そうだと確信した伊田は懐から名刺を取り出した。
「これは俺の名刺と携帯の電話番号だ、いつでも連絡してくれ。勤務中は場合によっては出られないかもしれないけどな。」
「本当にありがとう、お兄ちゃん。」
「いいってことさ。俺は外に出るからな。」
元気になったみほの頭を撫でてから伊田は立ち上がる。
みほの母親であり、伊田の師匠でもある西住しほが絶対に怒り心頭であることを予想した伊田は、きりきりと痛む胃をさすりながら天幕の出入り口へと足を進める。
とはいえ今の自分にできるのはここまでだろうと考え、後は戦車道連盟への苦情を入れるだけだと気持ちを切り替えて天幕を出る。
「・・・・・・。」
「うわっ!西住師範!?」
天幕を出たら目の前に師匠である西住しほが仁王立ちで待ち構えていた。
下手なホラー映画より恐ろしい現象に伊田は思わず飛び退くが、しほは伊田を睨み付けたまま仁王立ちの状態から動かなかった。
伊田が脂汗を垂れ流し、唾を飲み込む。
気を付けの姿勢で固まっている伊田に対し、しほは低い声で尋ねた。
「・・・耀一。みほは?」
「現在は療養中です。面会はできませんので話したければ帰宅なさってからにしてください。」
真面目に聞かれた伊田は、自衛隊で鍛えた真剣表情で勝負をかける。
あえて低い声と真剣な表情で取り繕うが、先ほどの行動でまったく意味はなかった。
言い返すようになった伊田を、それこそ切り刻むような視線で睨み付けるしほは重い声を出した。
「・・・・言うようになったわね耀一。貴方が美緒の息子でなかったなら細切れにしてでも行く所だけど・・・・。」
明確な殺人方法を現役幹部自衛官、しかもレンジャー徽章持ちに躊躇なく言うしほに、伊田は大量の冷や汗と脂汗を掻く。
今更ながら、しほに対して挑発的な言動をとったことを後悔するが、これも美穂のためだと思い、悲鳴を上げているメンタルに鞭を打つ。
「今回は引きます。ここで面倒は避けたいので。」
「では、後で自衛隊としてみほを送りますので・・・・。」
伊田が送ることを伝えるとしほはその場を去っていた。
その事によって、一気に緊張から解放された伊田は膝に手をついて肩で息をし始める。
「はぁはぁ・・・・・師範はやっぱり怖えぇ・・・とはいえ面倒なことになったぞこりゃ・・・。」
作業帽を脱いで額の汗を拭う伊田は、これから起こるであろう面倒ごとに気後れしていた。
事実、ここから彼は大きな物語に巻き込まれていくことになるのだ。
稚拙ですみません・・・。
次回辺りから大きく動くかな?(未定)