ある日の真夜中のことだった。
海鳴市の人気のないビルの屋上が、突然発光をはじめる。
光が床を走り、円模様を描くと、一層強く光を放った。円の中に様々な幾何学模様や文字が描かれ、最後に、ふっと光が消える。
それと同時に、4つの影が先程まで光っていた床へと降り立った。
否、正確に言えば、二つの影は降り立ち、二つの影は床に落ちた。
ガシャン、と落ちた影の一つが音を立てた。
「…え?」
音に驚いて振り返ったのは、ひとりの少女だった。
長い金髪をツインテールにまとめ、黒い装束をまとっている。
「フェイト!」
その少女をかばうように構えたのは女性だった。
どこか狼を思わせる八重歯に、活発そうな印象を与える表情をしている。
二人の視線の先には、落ちた二つの影の正体があった。
ひとつは、まるでオブジェ。大きな音を立てて落ちたのはこれだろう。漆黒の闇を思わせるモノが落ちている。
もうひとつは、人。床にうつぶせになっていて、動かない。
「何だいこいつは!?」
女性が驚きの声を上げながら油断なくオブジェと人物を見比べる。
「わ、わからない…」
フェイトと呼ばれた少女は、首を横に振った。
が、ハッと何かに気がついたらしく、言った。
「もしかして…転移魔法に巻き込んだの?」
「はぁ!?」
女性の方は思わずといった様子で目を見開く。
「うそだろ、フェイト! ってか、あのババア失敗してんじゃんか!」
「落ち着いて、アルフ。まだ、そうと決まったわけじゃないよ。私のほうが失敗したのかもしれないし…」
「転移先の座標は、間違っちゃいなかったよ。やっぱりあいつの仕業だよ」
「アルフ。母さんを悪く言うのはやめて」
「…」
女性、つまりアルフは不満げな表情ながらも口を閉じる。
フェイトはほっと息を吐く。
アルフはフェイトに対して動かないように言うと、倒れている人物に近づいた。
「…息は…してるね。ケガもないし。気絶してるだけだね」
「とりあえず、部屋に運ぼう」
「えー。ほっとこうよ、フェイト」
「ダメ。悪いのはこっちだから」
「うう…」
フェイトという少女の方が年下に見えるが、アルフという女性は何故か彼女の言う事を聞いている。
見るものが見れば首をかしげざるを得ない状況だが、この二人にとってはそれが普通らしい。
「仕方ないな。目を覚ましたら叩き出すからね」
「ら、乱暴はダメだよ」
「わかってるよ」
アルフは倒れていた人物を軽々と担ぎ上げる。見た目以上に力持ちらしい。
フェイトは落ちていたオブジェの方に近づき、
「これ、この人のかな?」
「一緒に落ちてきたから、そうじゃない?」
「じゃあ、一緒に持っていこう」
フェイトはオブジェに手をかけるも、かなりの重さにびくとも動かない。
「お、重い…」
「私がもう一回来て運ぼうか?」
「ううん。大丈夫」
アルフが尋ねるも、フェイトは首を横に振る。
「バルディッシュ」
『Yes.Sir』
フェイトのグローブについていた飾りが声を放つ。
「浮遊の魔法で運ぶよ。手伝って」
フェイトの言葉に答えるように、オブジェの周りを黄色い光のリングが取り囲む。
それはそっとオブジェを浮かばせた。
「それじゃあ、行こうか」
フェイトがそう呼びかけると、アルフが頷いて扉へと向かう。
その後ろをフェイトと、浮かんでいるオブジェが追った。
三人とオブジェの姿が扉の向こうに去り、後には何も残らなかった。
ジュエルシード集めを始めてから2週間はたっただろうか。
プールで、美由紀が水で形成された暴走体へ必殺技を叩き込んだり、真夜中にミロがなのはを背負って海鳴の街を駆け抜けたり、恭也が普通に落ちていたらしいジュエルシードを拾ってきたりと、ジュエルシードもなんとか5個は集まっている。
そんな高町家のある日曜日。
「…?」
鍛錬から戻るなり、妙な緊張感に包まれていたのを感じたミロは、リビングに漂うその雰囲気に何か起こったのかと見回す。
「あ、おかえりなさいミロさん」
なのはがトテトテと駆け寄ると言った。ミロはそれに応えると、
「何かあったのか?」
「あ、いえ。今日はお父さんのサッカーチームの試合なんです」
「ああ、そう言えば…」
なのはの父である士郎が子供たちのサッカーチームの監督をしているというのは、先日知ったことだった。それで士郎に気合が入っているため、家の中の空気も張り詰めたものになっているのだろう。
「私もアリサちゃんたちと応援に行くんですけど、ミロさんはどうします?」
「興味はあるが、仕事があるからな」
仕事までもらっている居候の身分で、それを放り出して一緒に見たいと言えるほど、ミロも大人げないわけではない。
「なら一緒にくればいい」
士郎はそう笑いながらミロに言った。ミロが渋れば、美由紀が店番は任せて欲しいと後押しする。彼女なりに、ほぼ毎日無休で働いてもらっているミロには感謝しているのだ。珍しく恭也もそれに乗っかり、結局のところミロはなのはに付き合って応援に行くことになったのだった。
朝食をとると、桃子の見送りを受けて3人は集合場所である『翠屋』に向かう。
既に集まっていたチームメイトの少年たちとマネージャーは、現れた監督である士郎に挨拶し、見慣れたその娘のなのはと、見慣れない外国人の青年を不思議そうに見比べた。
士郎がその少年たちと共に移動用のバスで先にその場を去り、しばらく待つなのはとミロ。そして、ミロの肩に乗るユーノの前に、一台の車が止まった。
扉が開けば、すずかとアリサがなのはに向かって手を振り、ミロに挨拶をする。後部座席に少女3人が座り、ミロが助手席に乗ろうとするが3人の少女たちによって後部座席に乗せられた。
後部座席では椅子は向かい合わすように設置されており、前を向く側の席にはすずかとアリサが座っており、なのはとミロは進行方向に背中を向ける椅子に座った。
最初のうちはユーノが遊ばれていたのだが、試合会場に着くまでそれが持つまでもなく、興味の対象はミロへと移った。何故日本に来たのか。何故なのはの家に居候しているのか。そんな質問に対してミロとなのはは当たり障りのない方向で返答する。
やがて、車は試合会場にたどり着くと、4人を降ろした。応援席に彼女たちがたどり着くと、グラウンド内では子供たちがウォーミングアップを行い、士郎や他の大人たちがサッカーゴールやテントを立てたりと準備をしている。
ミロはなのはたちに一言断ると、手伝うつもりなのか士郎たちの方へと歩いていった。
「で? どうなのよ」
「な、何が?」
声が聞こえない距離になると、早速と言わんばかりにアリサはなのはに問う。
「ダメねー、なのは。こういうのはアピールが大事なのよ」
「もう! アリサちゃんたらそればっかり!」
いつものやりとりに、すずかはクスクスと笑うと、
「でも、人気あるよミロさん。カッコイイし」
だが、そのミロといえば「イケメンとは何だ」などと美由紀に問いかけており、美由紀が「端正な顔立ちという意味」と答えると首をかしげているのをなのはは見ていた。ミロにしてみれば端正な顔立ちといえば、
「…キュ~…」
そして、同性であるのに自分は「カワイイ」で相手が「カッコイイ」と呼ばれているのを聞くと、複雑な心境になるユーノは小さく鳴いたのだった。
やがて準備が終わってミロが戻ってくると、すぐに試合が始まった。ベンチになのはたち3人が座り、ユーノはなのはの膝の上。ミロ自身はその少し後ろで立って見ていた。
一進一退の攻防が続く中、なのはや少年たちの応援の声が響きわたる。士郎から指示が飛び、マネージャーの少女もあちこちと働きながらも声をだした。何度か敵のチームにシュートを打たれるが、士郎のチームのキーパーが好セーブを連発する。そのたびに観客からは歓声が上がった。
終わってみれば、士郎のチーム『翠屋JFC』は2-0で試合に勝利していた。
「よぉーし、お疲れさん! いい試合だったぞ!」
少年たちに労いの言葉をかけると、士郎は少年たちを引率し、再びバスで『翠屋』へ向かう。なのはたちもその後を追ってたどり着くと、『翠屋』は貸し切りで少年たちの昼食場所になっていた。
「試合が終わった後は、いつもうちでご飯を食べるんです」
なのはの説明に、ミロは納得の表情を見せる。
サッカーチームの少年たちは『翠屋』内でほぼ貸切状態の食事を行い、席がなかったなのはたちはテラスで食べることとなった。今日一日にはお休みを言い渡されたミロも少女たちに促され、同じ席に着く。
先程の試合について会話に花を咲かせる少女たち3人に対し、ミロはユーノにテレパシーで話しかけた。
【面白かったか?】
『え!? あ、はい』
ユーノはそれに応えると、聞き返した。
『ミロさんはサッカーってやったことないんですか?』
【真似事ならしたことがあったような気がするが、ほぼ無いな】
ミロは遠い記憶を探りながら言った。
【お前の世界にもスポーツくらいはあるだろう?】
『あります。僕はあんまりやったことないですけど…』
【何だ、俺と同じか】
ミロの言葉にユーノは内心苦笑する。やったことはないことは同じでも、その理由が全く違うということを、なんとなく理解していたからだ。
【そういえば、ジュエルシードのあずけ先との連絡はとれたのか?】
『…いえ…何度か試してはいるんですけど…』
【…そうか】
ユーノとミロがそんな会話をしている食後のデザートの最中、ふと、すずかが言った。
「でも、ユーノ君って変わってるよね。フェレットともなんか違うし…」
ビクッとなのはがその言葉に反応する。アリサはそれに気がつかず、
「そうよね。獣医の先生も何だか変わったフェレットだって言ってたし」
コーヒーを飲んでいたミロがちらりとユーノを見る。彼はテーブルの中心で居心地悪そうに冷や汗をかいていた。実際のところ、異世界の存在であるユーノは明らかにフェレットではないのだが。
「え、ええと、ちょっと変わったフェレットってことで…。ほら、ユーノ君、お手」
「きゅ」
ごまかしにかかったなのはの手に、ユーノはちょこんと右手をのせる。それを見て、アリサとすずかがは追求も忘れて歓声を上げると、ユーノを「賢いねー」と撫でまくる。
(…
健気にただのフェレットの振りを続けるユーノを見つつ、ミロはそう思うのだった。
そうこうしている間に、サッカーチームの昼食も終了し、少年たちは解散する。何人かは珍しそうに外国人であるミロを見ながらも、士郎から説明でもあったのか軽く頭を下げて去っていく子もいる。だが、ミロは少年たちよりも、撫で回され抱き回されるユーノのほうが気になり、テレパシーを送る。
【ユーノ。嫌ならば引っかくなり噛み付くなりしろ】
『う。で、でも、なのはの友達にケガさせたくないんで…』
【…お前、そのうち本当にペット扱いしかされなくなるぞ】
『ううう…』
士郎が声をかけてきた。
「それじゃあ、こっちも解散かい?」
「あ、はい。私は午後から用事がありますから」
「私も、パパとお買い物に行きます」
すずかとアリサが口々に言うと、席を立つ。そして、そのままなのは達に別れを告げてその場を去っていった。それを見送ると、士郎が再びなのはに問いかける。
「なのははどうする?」
「えと、おうちでゆっくりする」
士郎も一時帰宅し休んだあと、午後から仕事に入ることを伝えると、
「ミロさんも今日くらいはゆっくりしてくれよ。何だかんだで毎日働いてもらってるからな」
ミロはその言葉に素直に感謝した。士郎は『翠屋』内に一言かけたあと、高町家へ歩きはじめた。どうやら彼も今日は休みをもらうらしい。なのはがそれを追い、隣を歩きながら学校の話をし始める。
その後ろをミロと彼の肩に乗ったユーノが続いた。何とはなしに、ミロはその親子の姿を見つめる。
『どうかしたんですか?』
その表情を見て不思議に思ったのかユーノが念話で問いかけてきた。
【…いや。なんでもない】
ミロは短くそう答えるだけにとどめるのであった。
高町家へ帰宅すると、士郎は風呂へ向かい、なのはとユーノはなのはの部屋へ。そして、ミロは貸し与えられている自分の部屋へと一度入ったものの、なのはが少し気になり、彼女の部屋へと向かう。
トントン。
軽くノックをするも、返事がない。気配はするので、部屋に入るはずだがと思いながら、もう一度ノックをしようとすると、
『あ、すみません、ミロさん。なのは、寝ちゃったんです』
ユーノからそんな念話が跳ぶ。それを聞いて、ミロは音を立てぬように注意深く扉を開けた。机の上にはレイジングハート。ベッドの上にはうつぶせで寝ているなのは。そして、その同じベッドの上にユーノがチョコンと座っていた。
机の上にはユーノのベッドであるバスケットが置いてあり、ミロは機会があればあれはこの部屋から移動させるべきものだとも思った。
だが、それより今問題なのはベッドで眠っているなのはである。
【…やはり、疲れているか】
『はい。ここのところ、ジュエルシードの封印が連日でしたから』
申し訳なさそうにユーノが言えば、ミロは落ちていたタオルケットを拾うとなのはに掛ける。なのはを気遣って、会話は念話とテレパシーで行なった。
【今日はジュエルシードの反応はなかったのか?】
『えと、たぶん、なかったです』
【たぶん?】
『なのはの友達に撫で回されてるときはちょっと…』
もみくちゃにされていたその時の様子を思い出しながら、ミロはどこか納得した。
【やはり、完全にペット扱いだな、お前は】
『…返す言葉もありません』
ふと、ミロがなのはを見下ろすと、苦し気な表情で枕に顔をうずめている。
「…」
ミロは少し考えたあと、右手をそっとなのはの頭の当たりにかざして、癒しのための小宇宙を集中させた。右手がわずかに光を放ち始める。それを見ていたユーノは首をかしげる。
【何をしているんです?】
『体力の回復だ』
【小宇宙ってそんなこともできるんですか!?】
『あまり俺は得意ではないがな』
得意、といえるのはおそらくアンドロメダ座の少年だろう、とミロは思い出した。凍傷で死ぬ寸前であった
そう言えば、
ミロにはそこまでの細かい技術はなく、今もやっているのは自分の命のエネルギーである小宇宙を、なのはへ害が出ない程度に少しずつ分け与えているということである。だが、それでもなのはの険しい表情が少しずつ和らいでいく。それを見計らって、ミロは手を離した。
【こんなものだな。とりあえずは―――ッ!?】
『?』
ミロの言葉が不自然に言葉が途切れたことに、ユーノは首をかしげる。ミロの目が見開かれ、思わずといった様子で口から言葉が漏れる。
「この
「え?」
ユーノが聞き返すよりも早く、彼の姿はテレポーテーションによって消える。
『ミロさん!?』
【ユーノはなのはから離れるなっ!】
念話に返されたテレパシーを最後に、ミロの声が聞こえなくなる。
(一体何が…?)
その問に答える者はいない。
テレポーテーションで家の外に出たミロは、すぐさま
数度繰り返したところで、彼はビルの屋上に立っていた。
「ダメだったか」
ぽつり、と呟く。
ほんのわずか、しかも一瞬だけ感じた小宇宙の残滓すら、消えていた。
だが、ミロの目は鋭いままだ。
彼はその小宇宙に覚えがあったのだ。
「何故この世界に…」
思わず拳を握る手に力が入る。
全て終わったはずだった。
だから、自分は戦いのない日常というものに入ることもよしとしたのだ。
脳裏に蘇るのは最期の戦い。
闇を思わせる漆黒の鎧。それを纏う者達。
「
リアルの事情で更新速度ががっつり落ちました。
次回も未定ですので、ご了承くださいませ。