黄金の蠍と魔法少女   作:Keiko

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小宇宙と聖闘士と聖戦 の巻

ミロは最初に小宇宙(コスモ)の話をした。

 

「小宇宙は体内から生み出される命のエネルギーだ。それは全て宇宙の開闢(かいびゃく)に基づいている」

 

「か、かいびゃく?」

 

 聞き慣れない言葉になのはが首をかしげた。ミロは苦笑しながらなのはを見る。

 

「世界の始まり、という意味だ。宇宙の始まりの定説は知ってるか? なのは」

 

「え!? え、えーっと、確か、ビッグバン、ですよね…。一個の原子が爆発して分裂して、それで宇宙になったっていう」

 

 突然話を振られながらも、なのはは知識を総動員して答えた。先日見た教育番組が役に立った。

 

「分かっているなら、話が早い。つまりは宇宙も、星も、世界も、そして無論俺たちも、お前たちも、始まりは同じ。一番最初のそのビッグバンから生まれた存在だ。つまり、俺たちそのものも宇宙の一部であり宇宙そのものと言える」

 

 ミロのその言葉に、なのはは目を見開いた。

 

「…私たちも…宇宙…?」

 

 あまりにも壮大な考えに、なのはは思わず自分の胸に手を当てる。

 

(そんな風に考えたことはなかったの)

 

 そう思う。

 なのはにとって宇宙とは、夜空に広がっている星々や地球などという規模のもの。ミロに指摘されるまでは、自分が宇宙などとは思いもしなかったのだ。

 あまりにも壮大で、同時に震えるほどに響く言葉。

 

 ミロの説明は続く。

 

「そして、聖闘士とは、その自分の体にある小宇宙を自覚し、爆発、燃焼させることによって力にする。原子を破壊し、操り、奇跡を起こすことが出来るようになる」

 

 それが昨日俺が使った技の力だ。そう言ってから、ミロは水を飲む。

 

「じゃ、じゃあ、私にも、その小宇宙があるんですか!?」

 

 身を乗り出すような問いかけに、ミロは答えた。

 

「無論ある。だが、小宇宙を自覚し使いこなすためには、死ぬかもしれない程の修行が必要だ。実際にその修行には死人も出る。そして、その修行を乗り越えても、小宇宙に目覚めるとは限らない」

 

「…厳しいんですね」

 

 なのはが思わずといった様子で言う。

 魔法の杖であるレイジングハートを手に入れただけで使えるようになる魔法とは、まったく別次元の力だと、なのはは思った。

 

「ミロさんはその修行を受けて小宇宙を使えるようになったんですね」

 

「ああ。たまに修行をしなくても小宇宙に目覚める者も居ないことはないが、それは本当にごく少数だ」

 

 ふと、脳裏に浮かんだのは乙女座(バルゴ)の聖闘士セイントだった。当時の教皇が彼を聖域(サンクチュアリ)に連れてきたとき、幼いながらも既に小宇宙に目覚めていたその彼を、ミロや同じく聖闘士候補生は驚きの目で見ていたものだ、と。

 

「…あの頃はあそこまで唯我独尊ではなかったんだがなぁ…」

 

「?」

 

 そう思わず額を抑えてつぶやいていたミロの言葉が理解できずに、なのはは首をかしげたのだった。

 そこへ、料理を持った桃子が現れたため、話は一時中断となった。

 

 

 

「…なのは、楽しそうね」

 

 料理を運んだ桃子は、カウンターのそばまで戻ると、そんな風に呟く。視線の先では、なのはと会話で盛り上がるミロの姿が。

 会話の断片を聞く限り、どうやら、ミロの友人の話をしているらしい。

 

「人嫌いをこじらせてか、あいつは山奥で十何年もすごしていたな」

 

「山奥?」

 

「深い谷の先にある場所でな。会いに行こうにも10人中9人は生きて帰らなかった…」

 

「えっと、じょ、冗談ですよね…」

 

「…」

 

「何で目を逸らすんですかー!?」

 

 盛り上がってはいるが、会話の内容は少々アレだった。

 

(冗談、よね。ミロさんも笑ってなのはのことからかってるし…)

 

 と桃子は思う。

 

「珍しいね。なのはがあんなに懐くなんて」

 

 桃子の手伝いをしていた美由紀が、目を丸くしながら話しかけてくる。

 確かに、と桃子も思った。

 なのはという少女は大人びている。傍目から見ているとどこか一歩下がった印象を受けるのだ。

 なのはが下がっているのか、自分が下がっているのかは別にしても。

 だが、今のなのはは、よく喋り、よく笑っている。

 

「母さん。あの人、何者なの?」

 

「悪い人じゃないわ。重要なのはそこよ」

 

 パティシエールとして様々な人間を見てきた桃子は、それが何となく分かる。

 そして、美由紀を制する様に言った。

 

「なのはの恩人だもの」

 

「それは…そうだけど…」

 

 どこか歯切れの悪い美由紀の表情は複雑だ。

 

「大丈夫よ。さ、私たちは仕事ね」

 

「…はーい」

 

 桃子と美由紀はなのは達から視線を外すと、それぞれの仕事へと戻っていった。

 

 

 

 

 ミロの食事となのはのおやつが終わると、なのはは今度は聖闘士(セイント)とは何かと質問をする。

 話すべきかどうかとミロは少々迷うが、食事の礼だと思い、口を開いた。

 

 地上を守る聖闘士(セイント)。彼らの頂点に立ち、地上の人々を守る愛と正義を司る神、アテナ。

 自分はその聖闘士の一人であり、地上の人々を抹殺しようとした邪悪な神々と戦いと赴くべき存在であったことを。

 おとぎ話のような話に、なのはは目を丸くする。

 

「で、でも、私、聞いたことないです」

 

「当たり前だ。俺たちの存在は表向きには隠されているからな。それに、俺が話せるのは俺が体験したことだけだ」

 

 それでも聞きたいか? とミロが尋ねれば、なのはは大きく頷いた。

 

「お願いします」

 

 ミロは長い話になるが、と前置きし、自分が経験した聖戦を全ての始まりから語った。

 地上を守る神、アテナの降臨。

 その神は大きな戦いが起こる時、聖域という場所に人の肉体を得て現れる。

 それと同時に起こった、邪悪な欲望を持ってしまったある男の反乱。

 命をかけて赤子であったアテナを守った戦士と、その末路。

 それから14年後、再び動き始めたその事件。

 聖闘士の中でも最も力なき存在と言われ続けていた青銅(ブロンズ)の称号を持つ少年たちの最初の戦い。

 その中で、自分が行ったこと。

 その結果、親友を一人失い、その弟子を見続けることとなったこと。

 多くの仲間が失われる結果となったその事件が幕を閉じ、休む間もなく始まる次の戦い。

 地上を全て海に沈め、世界を我がものとしようとした海の神との戦い。

 アテナを守り、死したかつての戦士の力を受け継いだ少年たち。

 その戦いの末路。

 さらに続けて起こった、冥府の神との戦い。

 自分が出会った、かつて世界を手にしようとした男と、彼を許したアテナの御心。

 戦いの中で、さらに失われる仲間。

 判明したかつての親友たちの裏切りと、その真実の理由。

 彼らの苦しみを解き放つため、戦いを終わらせるために覚悟を決めたアテナ。

 そして、敵に力及ばなく地獄に落とされる自分と仲間。

 地獄の果てで見つけた死地。

 己の最期と、未来を願う戦士たちが起こした最後の奇跡。

 崩れゆく暗黒の壁。

 それが、ミロの記憶の終わり。

「…今話した『嘆きの壁』で俺の記憶は途絶えている。そこで死んたはずの俺が、何故ここにいるかはわからない。だが、俺は信じている。星矢たちならばきっとアテナを救い出し、地上を守り抜いたということを。だから…?」

 

 ふと、何気なくなのはを見たミロは言葉を失った。

 

「うぇ…ひぐっ」

 

 なのははいつの間にか泣きじゃくっていたためだ。

 

「ッ!? お、おい…!?」

 

 思えば、次々と人が死んだりする話である。しっかりはしているが、なのははまだ少女。戦いとは無縁だった彼女に血なまぐさい話をしすぎたかとミロは己の迂闊さを呪った。

 

「悪かった。言葉を選ぶべきだったな」

 

 だが、ティッシュで鼻をかみ、少しはマシになったなのはからは、意外な返答があった。

 

「い、いえ。違うんです…ヒクッ。確かに、ちょっと怖い話もありました。で、でも、違うんです」

 

 時折しゃっくりが混じりながらも、なのははハンカチで涙をぬぐうと、

 

「ミロさんが…ううん、ミロさんだけじゃなくて、星矢さんとか他の聖闘士の人たちがそれこそ、ホントに命を懸けてアテナさんを守ろうとしたり、世界のために戦ったりして…でも、悲しいこともたくさんありすぎて…カシオスさんとか、アイオロスさんとか、それにカミュさんとか…それでも、ヒック、ずっとずっと、ミロさん達は戦い続けて―――」

 

「それが、アテナの聖闘士のすべきことだからだ。地上の人々を、愛と正義を守るのが俺達の使命。力を振るうのも、命をかけるのもそのためだ」

 

 涙声のままの彼女に、無理をするなというようにミロはなのはの言葉をさえぎった。なのはは泣きじゃくりながらも頷く。

 彼の話はやはりおとぎ話のようにも聞こえた。だが、彼女には彼の語った話が真実だと思えた。

 なのは自身も完全に理解したわけではないが、ミロの話を疑うという選択肢は、なのはの中から消えていた。

 

「ひく、う、で、でも、どうして、ミロさんは、ここに?」

 

「…わからん」

 

 それは、ミロ自身にもさっぱりわからないことだった。

 世界中を空間移動を駆使して飛び回った結果、理解できたのは『ここが、自分の生きた世界に似ているが、違う世界』ということと、『ここにいるのは、自分だけ』ということ。

 守るべき神も、戦うべき敵も、分かち合う友も、誰もいない。

 それが、ミロにとっての真実であり、現実だった。

 

「何故、俺だけが生き残った…? いや、ここに生きている?」

 

「…ミロ、さん?」

 

 小さく、だが血を吐くようなつぶやきを聞いて、なのはは思わず聞き返した。ミロはなのはではなく、窓から外を見ながら続ける。

 

「…何故、俺が…俺だけが…!」

 

 自嘲をするような、どこか疲れたような表情と呻くように呟かれる言葉に、なのはは口が挟めない。だが、なのははなんとなく理解した。彼が嘆くのは、死ねなかったことではなく、ここにいるべき人間が自分ではないと思っているからだと。

 それは、今、話に聞いたほかの誰かかもしれないし、なのはの知らない人間かもしれない。

 しばらく二人のあいだに奇妙な沈黙が降りる。

 ミロはひとつ呼吸をすると、なのはを向く。

 

「すまんな、いらんことを言った」

 

「いえ…」

 

 なのははかろうじてそれだけを答える。そして、意を決して言った。

 

「あの」

 

「?」

 

「ミロさんが、ここで、生きていて、誰も怒る人はいません」

 

 なのはの言葉にミロはハッとして彼女を見る。

 

「その…あんまり知らないくせに、偉そうこと言いますけど。きっと、ミロさんがここで生きていて、ミロさんのお友達とか、仲間の皆さんとか、きっと、そのことを怒ったりなんて、しません」

 

 再び、奇妙な沈黙が降りる。

 そして、クッとミロは僅かに笑った。

 

「そうか?」

 

「そうです」

 

「…そうか…」

 

「そうです」

 

 二言、彼は同じことを言って、なのはもまた、二言、同じ言葉を返した。

 なのはは無論、同じ思いを込めて言った。

 ミロは、違う意味を込めた。

 

「ナノハ」

 

「…」

 

 なのはは一瞬何を言われるのか分からずに、身をすくめる。だが、ミロは笑みを浮かべた。

 

「…感謝する」

 

 告げられた言葉に、なのはの表情は不安げなものから笑顔に変わる。

 

「…はい!」

 

 なのはは力強く頷いた。

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