「恭也、美由紀」
朝食の後、出かけようとする恭也と美由紀に士郎が声をかける。
「今日はなるべく早く帰ってきてくれ」
二人が訝しげな表情をすると、士郎は真剣な声で告げた。
「ミロさんについてだ。本人から全部話しておきたいと言われたんだ」
「…」
ちらりと、恭也はミロを見る。
彼は、椅子に座らされ、なのはに髪をとかされていた。
美由紀はちらりと恭也の表情を見やったあと、士郎を見る。
「…分かった」
恭也もまたそれだけ言い置くと、二人は学校へと出かけて行った。
時間にまだ若干の余裕があるなのはは、ミロの量の多い金髪を必死にブラシで整えている。
「ミロさん、髪ちゃんととかしました?」
「面倒だからやってないな」
「もー。せっかく綺麗な髪なのに」
なのははそんなことを言いながら、グイグイと遠慮なしにとかし続ける。
「なのは。そろそろ時間じゃないか?」
「あ、はーい」
なのははひょいと椅子から降りると、カバンを手に取る。
ミロもまた椅子から立ち上がると、手早く片付けた。玄関までなのはと共に行く。
「学校までは歩きで行くのか?」
「バス停までは歩くんです。その後は学校までずっとバスで」
「なら、バス停まで送るぞ」
「え!? い、いいですよ、そんな!」
突然の申し出に、ワタワタとなのはは手を横に振る。
桃子はそれを聞いていたのか、口を開いた。
「そうね。せっかくだし、送ってもらったらどうかしら? 街の中も少し見れるし」
そこまで言われてしまっては、なのはが断る理由もない。
なのははちょっと照れた様子で、だが嬉しそうにミロとともに出かけていく。
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい。ミロさんも気をつけてね」
「ああ」
桃子が二人を見送った。
なのはとミロは並んでバス停を目指す。
「そういえば、ナノハ。ユーノはどうした?」
「私の部屋です。今は、ジュエルシードを探す魔法を使ってるって言ってました」
「そうか」
「あ。それと…」
と、なのはは言葉を切ると、
『聞こえますか?』
「!?」
突然頭の中に響いた声に、ミロは驚いてなのはを見る。
「ナノハ、今のは…」
「あ、良かった。聞こえたんですね。これ、念話っていう魔法なんです。ユーノ君に教えてもらいました」
私もレイジングハートがあれば使えるんですよ、となのはは首にかけていた赤い宝石を見せる。
「驚いたな。テレパシーかと思った」
「あ、私も初めて聞いたときはそう思って、びっくりしたんです。でも、これなら、遠くにいてもお話できて便利なんですよ」
「なるほど。何かあったときはそれで連絡する、というわけか」
「はい。あ、でも、ミロさんからは…」
「ああ、それなら問題ない。俺もテレパシーぐらいは使えるからな」
「えー!?」
テレパシーぐらいっておかしくないですか?
そんなことを話しながら、バス停にたどり着く。
数分もしないうちに、ちょうどバスが現れた。
「じゃあ、行ってきます!」
「ああ、気をつけてな」
なのはがバスに乗って、扉が締まる。ちなみにバスの乗客は、見慣れぬイケメンに思わず驚いた表情をしている人間が多かった。
ミロはなのはが乗ったバスが走り去るのを見送る。
一番後方の席に着いたのか、なのはが手を振っているのが見えると、軽く手を振り返した。
そして、今来た道を戻り始めるのだった。
「な、なななのは! 誰!? 今の人誰!?」
「お、落ち着いてアリサちゃん! すずかちゃん助けてー!」
「もう、二人ともダメだよ、バスで騒いだら」
「すずかちゃーん!?」
同じ頃、なのはは親友二人にいじられていたが。
(何か、さっきもこんなことあったような…)
なのははそんなことを思いながら、ガクガク揺さぶられるのだった。
「どうしたの?」
桃子に問われ、士郎は視線を彼女に向けた。
場所は『喫茶 翠屋』
開店準備をするため、桃子と士郎、そして、ミロはそこにいた。
士郎が見ていた先では、『翠屋』で働く従業員とミロが軽く挨拶をしているところだった。
「いや…」
「なのはとミロさんのこと?」
士郎は誤魔化そうとするも、桃子に図星を刺される。かなわないなと苦笑すると、
「ああ。なのはは、ミロさんに懐いているようだったから」
「それはそうよ。ミロさんにとって、なのはは普通の女の子なんだから」
「僕らの娘だ」
「そうね。でも…」
桃子は言葉を濁らせる。
士郎にもなのはの態度の心当たりがあった。
まだ、なのはが小さい頃、自分が仕事で大怪我をして入院した時だった。
美由紀や恭也まで仕事の手伝いを行い、桃子が一人で『喫茶 翠屋』を切り盛りしていた頃。
なのはは、ずっと一人ぼっちだった。
家に帰っても誰もいない。
休みの日も構ってもらえない。
同じ年頃の子達が両親と一緒にいるのを見て、羨んでいた。
だが、なのはは賢かった。
これは仕方がないこと。
お父さんがケガしているから仕方がないこと。
だから、なのはは『良い子』でいなきゃ。
お手伝いできないから『良い子』にしないと、じゃないと、みんな困るから。
なのはは『良い子』にならなきゃ。
なのはがそんなふうに考えていたことを、桃子は理解していた。
だから、士郎が退院してきたあと、高町家はなのはと一緒に過ごした。
過ごしていた。
…つもりだったのかもしれない。
『良い子』の時間が長かったのか、それとも、接し方をどこかで間違えてしまったのか。
なのははとても、とても『良い子』に育った。
ワガママを言わない。
家族を困らせるようなことも決して言わない。
そんなとても『良い子』に。
「今日の朝、なのははミロさんを困らせていたんだ」
その光景は、士郎にとっては新鮮であり、驚愕、そのものであった。
ふざけて、冗談半分の言動だった。
だが、なのははワガママを言って、ミロを困らせていたのだ。
士郎は目の前の光景が信じられなかった。
「驚いたよ。なのはがあんな行動をとるなんて」
「…」
「それと、少し悔しかった。僕らにはワガママの一つも言わないのに、って」
「士郎さん…」
「わかってるよ。彼にもなのはにも悪気なんてないことくらい」
なのはもミロも、お互いに思ったことを言い合って、行動しているだけ。
それは、当たり前のこと。
「ただ、彼を見て思ったんだ。僕らは、彼ほどなのはを見てあげていないんじゃないかって」
ここ最近の自分たちの行動を士郎は振り返っていた。
士郎と桃子、恭也と美由紀。それぞれで共通の話題があり、お互いに気をかけている。
なら、なのはは?
もしかしたら、自分たちが知らないうちに、彼女は疎外感を感じていたのかもしれない。
「まだ、間に合うかな」
「大丈夫よ。きっと」
そう言い合う士郎と桃子は笑いあった。
夕方、高町家リビング。夕食前の時間。
そこにいたのは、ミロと恭也、そして、美由紀の3人だ。
「…」
「…」
「…」
思い沈黙が降りる。
「まあ、これで俺から話すことは全部だな」
ミロが口を開いた。
美由紀は唖然とした表情のまま。恭也もまた信じられないと言わんばかりの表情でミロを見ていた。
よくできた物語といってもおかしくない話。
だが、それが作り話だとは、美由紀も恭也もどうしても思えなかった。
カチャカチャと桃子が夕食の準備をしている音だけが響く。
「あの…」
美由紀が恐る恐ると行った様子で口を開いた。
「ちなみに、証拠とか、あります?」
「…そうだな」
ミロは少し考えた様子だったが、美由紀を見て、
「さっきも言ったが、
「きゃっ?」
ふわりと美由紀の体が椅子ごと浮かんだ。
「
「わわっ」
トスンと椅子が床に戻る。
慌てて、美由紀と恭也が椅子を調べるが、無論、何もない。
「すごい、トリックとかじゃない」
「…」
二人は呆然とした様子でミロを見た。
そのミロが口を開く。
「しかし、美由紀。お前は意外とおm」
「はい?」
「い、いや、何でもない」
ミロの第六感が『これ以上はいけない』と囁く。
ニッコリと笑顔を浮かべる美由紀と、どこか呆れた様子で引いている恭也だった。
「お話し終わった?」
ユーノを連れたなのはが顔を出す。
ミロが肯定すると、なのはは美由紀と恭也の方を向いた。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも信じてくれた?」
「もちろん」
「…ああ」
二人の返事に、なのははホッとした様子で胸をなでおろす。
彼女なりに心配していたようだ。
やがて、士郎も合流すると、高町家の夕食が始まったのだった。
「さて」
夕食を終えると、全員の視線がなのはに抱かれているユーノに集まる。
「…ごめんね、ユーノ君」
なのはが謝る。
しばらくの沈黙の後、ユーノが口を開いた。
「君が謝ることじゃないよ、なのは」
「…ホントに喋った」
唖然とした様子で美由紀が呟く。恭也と桃子、士郎も驚きの表情になっていた。
すでにそのことを知っていたなのは、ミロの表情は特には変わっていない。
ユーノはスタリとなのはの手から降りて、テーブルの上に乗る。
そして、高町家の面々とミロを見回して、言った。
「改めて、ご挨拶します。僕は、ユーノ・スクライア。別の星…いえ、星系から来ました」
最初にあったなのはの謝罪。
それは、魔法やジュエルシード、ユーノのことを高町家の人間に打ち明けたいというお願いだった。
最初、ユーノは魔法という情報の拡散など、避けたいと思うことがらもいくつかあり、あまりいい顔はしなかった。
だが、自分はなのはを巻き込んだ身であり、ジュエルシードの回収には信頼できる協力者は多いほうが良いとも判断。
結局は折れて、すべてを明かすことを決意した。
無論、ユーノは既にミロの正体などについても聞いており、それもまた切っ掛けの一つになったこともある。
「まずは、謝罪させてください。僕らが処理すべきこの事件に、なのはを巻き込んでしまったことを。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、頭を下げる
「その上でお願いします。どうか、僕に力を貸していただきたいんです」
代表してか、士郎が口を開く。
「ある程度の事情は、なのはやミロさんから聞いているよ。顔を上げて欲しい」
「…はい」
単身、危険を顧みずに異星に飛び込んできたということ、ユーノには本来責任問題は生じないということも聞いている。
「君の口から、ちゃんと聞きたい。ジュエルシードというもののこと、そして、魔法のことを」
「分かりました。僕の知っている範囲なら何でもお話しします」
ユーノは凛とした雰囲気で士郎に向き合う。
そして、問われたことを語り始めた。
魔法のこと。自分の故郷のこと。ジュエルシードのこと。
そして、なのはに渡したレイジングハートのこと。
「なのはの体に害はないんだな?」
恭也の念押しの問いかけに、ユーノは答える。
「体に負荷がかかるような大きな魔法さえ使わなければ、です」
「例えば?」
「え、と、そうですね…。魔法を使うには、リンカーコアから供給される魔力が必要、ということはお話しましたよね」
「ああ。体内にある肉眼には見えないもので、魔力を生み出すのがリンカーコアという存在、だったな」
「はい。言うなれば、リンカーコアには常にある程度の魔力がキープされている状態なんです。ええと、そうですね。このグラスに常に水が注がれている状態を想像してみてください」
ユーノはそう言って、そばにあったグラスに触れる。
「魔法とは、その水、つまり魔力をグラスから取り出しながら使うようなものなのです」
「つまり、
「はい。グラスには常に水、つまり魔力が注がれているので、時間が経てば魔力は回復しますが」
「なるほどな」
ユーノの説明に、恭也は頷いてみせた。
桃子が口を開く。
「その、ジュエルシードを封印? だったかしら。それをするにはなのはの力が必要、ということなのね」
その問いかけに、
「…はい。簡単に言えば、ジュエルシードを捕まえる封印魔法には、多くの魔力が必要になります。さっきの例えで言えば、グラス1杯まるまる分の魔力です。これが僕の魔力量だとすると、なのははそれ以上、グラス3杯分の魔力があります。だから、安定した封印魔法が使えるんです」
一番最初のジュエルシードの捕獲にユーノが失敗したのは、魔力不足と体力不足が重なったせいでもある。と、ユーノ自身が説明している。
「みなさんの中でリンカーコアを持っているのは、なのはだけなんです」
「なのはだけ、か」
士郎は眉をひそめる。
ジュエルシードを捕獲するにはある程度の戦闘が必要になる可能性や、そのさいの危険性についても聞いていたからだ。
「ミロさんにも無理なのかい?」
士郎の問いかけにミロは少し考えた後、
「封印は、おそらく無理だな。破壊はできるが」
「壊したらダメですよ! ジュエルシードにはものすごいパワーが秘められているんです。壊したら周りにどれだけの被害が出るか…!」
「だ、そうだ。俺はそこまで器用じゃない」
ユーノの必死の様子に、ミロは肩をすくめてみせる。
「そうか…」
士郎が若干落胆した様子を見せる。
「…あの…」
そんな中、ずっと黙っていたなのはが口を開く。
「私…その、お手伝いしたいの。ユーノ君のこと」
「なのは…」
驚きと喜びが混ざった声音で、ユーノがなのはを見上げる。
「私、戦いとか、そういうのはダメだけど、でも、困ってるユーノ君をほっとくなんてできないよ」
なのはの訴えに、士郎はしかめていた表情を緩める。
そして、ゆっくりと喋り始めたのだった。
難産だった話。
何度も書き直しますた。
スマホがなければ書き上げられなかったZE☆