星導館学園、男子学生寮。
久しぶり、という程ではないが、帰ってくるとほっとするな。
別に我が家という訳ではないが、この世界に自分の家なんてない。
つまりこの部屋が最も落ち着ける場所なんだな。数か月とはいえ、住めば都、というやつか。
まずは苦労して着替える。
腕を吊っている訳ではないが、両腕共に未だテーピングで巻かれているし、左前腕は強化樹脂の添え木がまだ外せない。
こりゃ着替えだけでなくシャワー浴びるのも面倒だな。
とにかく医師の指示に従って早く治るように気をつけないと。
端末に着信。
「よお。戻っていたか」
「クラウスか。お前まだ寮にいたの?帰省は?」
「俺の家はアスタリスクだ。意味ないよ」
「そうだったのか。で、どうした。昼飯にはまだ早いだろう」
「実はちょっと相談、というか頼みだな」
「はいはい何でも言ってみな」
こいつには世話になったしな。大概の事なら引き受けるつもりだったが―――
「カミラ・パレート?」
意外過ぎる名前に、少し考え込む事になった。
クラウスを指名して会いたいという連絡だそうだが、どういう事だ?
※ ※ ※
「よう。来たな~」
ロートリヒトの一角、BAR『KAJA』に、18時。
会見?の場所と時間はこちらの指定を受ける、との事だったので、好きにさせてもらったのだが。
「あのなあ深見。高校生には似合わない店だぞ、ここ」
「まあな。半分は俺の趣味だ」
「趣味って・・・。もう半分は」
「こういう所なら妙な小細工はできないと思ったんだが、まあ向こう次第だな」
「やはり、警戒はするべきか」
「その為に俺を同席させたんだろう」
「奴らに気をつけろと言ったのはお前だろ」
そんな事言ったっけ?あまり関わるなとは言ったが。
「そうかな?まあいいや。何か飲めよ。奢るから」
「いや奢るって、ここ酒しかないだろ。何飲んでるだよお前」
「おお、これはケストリッツァ-と言ってな。旧ドイツ東部原産の黒ビールだ。お前さんにとって故郷の味になるんじゃないか?」
「俺はまだ酒は飲んだ事・・・って、来たな」
ドアの前に、アルルカント・アカデミー最大派閥の代表が立っていた。
「時間と場所は任せると言ったが、まさかこんな所に呼び出されるとは」
「貴女の雰囲気的に、こういう場所も案外似合うんじゃないかと思ってね」
「成程、深見 令か。別に構わないが一応聞いておく。何故ここにいる?」
「ルークス絡みの話があるんだろう。ならば使用者の意見も必要かと思って。ああ、余計な口出しはしないから。あくまでオブザーバーとしての参加です」
「オブザーバーね。まあいい。それでは・・・」
「ああ、マスター、そこのテーブル席を頼む」
そう言って小さな二人掛けのテーブルを示す。この時間のバーは客がいないものだ。席は空いている。
自分はカウンター席に戻る。話の邪魔はしないということ。
流石に酒はまずいので、ミネラルウォーターのボトルとグラスが並ぶ。
さて、どうなるかな。
「では、改めて。はじめましてだな。私の事は知っていると思うが、アルルカント研究院、フェロヴィアスの代表、カミラ・パレートだ」
「星導館学園、煌式武装研究部、副部長、クラウス・ヒルシュブルガー」
そして二人が自分を見る。
挨拶替わりにグラスを掲げて笑ってみせた。ちょっとキザだったな。
照れ隠しに一気に呷る。改めて、退院に乾杯!
それを見てクラウスがため息をついて言う。
「それで俺に話とは?アルルカントのトップクラスと会えるのは光栄ですが」
おや、随分下手に出るな。
「今回のフェニクスで、幾つか興味を引くルークスがあった。君が作ったルークスもその一つだ」
いや、一番興味があるのは沙々宮の煌式武装でしょう。
「作ったと言っても、あれはメーカー品ですが」
「しかし君の改造、調整によってほとんど別物になっているね」
「それはまあ。ただし新しい機能は深見のアイデアですよ」
「ほう・・・だがそのアイデアを実現した技術力はやはり興味深い。幾つか質問させてもらいたいが構わないかな?」
「まあ、俺に答えられる内容なら」
それからしばらく、煌式武装についての技術的ディテールの議論になった。
自分も前世の関係から技術には理解があるつもりだが、落星工学となると全くの専門外だ。
こちらで多少は勉強したが、専門用語を良く知らないので、会話に集中する事はさっさと諦めた。
「マスター、ブラントンをロックで」
「・・・はい」
久しぶりにバーボン行ってみるか。
高校生?中身はおっさんだ。構いやしない。
「深見、おい、深見」
「ん?バトルは終わったのか?」
「何がバトルだ。ひょっとして酔ってるのか?」
「まあ、そうかもな。ジェネステラもアルコールには勝てない」
「しっかりしてくれよ。とりあえずこっちの話は終わりだ」
「無事でなにより。ではカミラさん、お元気で。今度は俺と飲みましょう」
「・・・まあ、暇があったらね。では失礼する」
「ああ、エルネスタさんには気をつけるよう言っといて下さいね」
「何の事だ?」
「あの子、まだレヴォルフの会長と付き合いを続けるみたいですよ」
「何だと?何を言っている?」
「さあ?何の事でしょう?」
「・・・君は何を知っているのだ?」
「知りたかったら今度は二人で、ね」
カミラさん、見つめるというよりは睨んでいますね。
でもそんな表情も実に良いです。
クールビューティーはそういう雰囲気も良く似合うな。惜しい。半身サイボーグじゃなきゃ完璧なのに。
そして彼女はそれ以上何も言わず、背を向けて去っていった。
うむ、やり過ぎたか?
クラウスも呆れ顔だ。
「で、結局どうなった?」
「聞いて無かったのか・・・ 例の煌式武装共同開発の件、星導館側のチームに参加する方向で検討する、という所までだな。決定はもう少し考える」
「まあそんなところだろう。それにしても妙な奴に目をつけられな。ご愁傷さま。マスター、もう一杯」
「その辺にしておけよ」
「そうはいくか。せっかく良い店見つけたのに、トレーニングと試合のせいで全然来れなかったんだ」
「それにしてもなあ・・・大体美咲が何て言うか」
「美咲・・・?あいつがどうかしたのか?」
「お前ねえ。退院初日でそれでいいのかよ」
「・・・あ」
そういえば、ここに来る事も言って無かった。
慌てて端末を・・・って忘れてきた!!
はあ、この後の展開が予想できるな・・・
「クラウス・・・端末貸してくれ」
※ ※ ※
次の日。
治療院にて。
「君は退院したはずだが、怪我が増えているのはどういうことだ?」
あきれ顔の主治医だが、それも当然か。
今の自分の顔面は相当酷い事になっている。
「打撲にすり傷、切り傷まであるな。何をされたか想像はつくが」
「まあその想像で間違っていないと思いますよ。仕事増やしてすみませんね」
「そう思うなら大人しくしていなさい。では、腕から見ようか」
診察室を出ると、美咲が寄ってきた。
昨日の件以後、自分の行く所、全てについてくるようになった。(男子寮除く)
まさかヤンデレの傾向が? うーむ。
「この後どうするの?」
「帰って寝る」
「はあ・・・仕方ないか」
「とりあえず2、3日は寮でゴロゴロしているかな。特にやる事もないし」
どこか行きたいなら、この顔の治療パッドが取れるまで待ってね。
※ ※ ※
8月も下旬に入る。
学園内も閑散、とまではいかないが、生徒の姿は少ない。
残っている連中は何をして過ごしているんだろう?
自分の体験では・・・昔過ぎて忘れたな。
いや、そうじゃない。
最近、明らかに前世の記憶が無くなってきている。
自覚したのは、自分の名前を思い出せなくなったからだ。
あるいは体だけでなく、心もこの世界に適合しようとしているのかもしれない。
それはそれで構わないのかもしれないな。
深く考えても答えは出ないし、それなら意味は無い。
引きこもっているから意味の無い事を考えるんだな。
やっと治った左腕を振って、起き上がる。
そろそろ身体を動かすとするか。