異世界の朝。朝である。
目が覚めたら元の世界、なんて事はありえない。当然。
さて、『深見 令』という、特殊な場所にある特殊な高校生になってしまった自分だが、とんでもない事態に陥った割には落ち着いている。あきらめている、とも言えるが。
二度寝もあきらめよう。外はすっかり明るくなっている。
適当に顔を洗って、鏡を見る。見れば見る程、元の自分とは似ていない顔だ。少しだけ茶色が入った短い黒髪と、大きな目だけが共通している。それ以外はあまり印象に残らない。まあこの分なら外観で困る事もあるまい。妙な行動をとらなければ悪目立ちはしなくて済みそうだ。
適当に時間を見計らって、食堂に行く。
定番の朝定食を選んで、さっさと朝食を終わらせる。やはり味は中々のものだ。価格はリーズナブル、といった所で、今後食うには困らない事がはっきりして安心する。そう思いながら食器を返して周りを見渡すと、知識として知った顔があった。
第一レギュラー発見。といったところか。
見つけたのは星導館学園の情報屋(というのが自分の認識)夜吹 英士郎だった。奴がいるという事は、今が物語の中という事の裏付けになる。この分じゃ他の登場人物もすぐに見つかりそうだ。楽しみにしておこう。
3年の自分のクラスに向かう。やはり体が覚えている、という事はあるようで、あまり違和感なく教室の席に着く事が出来る。後は授業だが、こればかりは受けてみるしかない。前世では就職した後、高校レベルの学力を必要とした事は無かった(英語除く)。不安を感じながら席の端末とモニターを立ち上げていると、隣の席の男が話しかけてきた。どうやら世間話をする位の相手はいたらしい。とりあえず教師が来るまで、適当に話を返しておこう。
※ ※ ※
結果から見ると、授業は何とかなりそうだった。やはりこの体(頭?)がそれなりの知識と記憶を持っているため、頭の中でうまく知識のすり合わせをすれば、授業内容も理解できるし、宿題やテストも何とかなりそうだった。
放課後。
ほっとした気分で学園内を積極的に散策する。体が覚えているとはいえ、どこに何があるかはちゃんと認識しておきたい。そう思って歩き回って見ると、何となく知っていたが忘れていた物事を取り戻したような、何とも不思議で面白い感覚が得られる。
しばらくそんな状況を楽しみながら中庭を歩いていると、突然全く違う強い感覚に捉われた。
そうか、ここにいたか。
目に入ったのは明るめの長い赤髪、整った横顔、凛とした雰囲気。
この世界の主役級ヒロイン、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトがそこにいた。
中庭の外れの四阿に静かに座っているだけだったが、何と表現するべきか、存在感、プレッシャー?そういう物の感覚に強く押される。
〔その一部は彼女の持つ強力な星辰力=プラーナによる物だった事に、後で気がつく〕
全く大した物だ。さすが主役級の登場人物は半端ない。関心しながらも、あまり直接見ないようにする。こういう視線には慣れているだろうが、常識という物もあるし。
通りかかる他の生徒も、ちらちらとした控えめな視線は送る物の、立ち止まったり近付いたりはしない。
そういえば、この頃は所謂孤高のお姫様、だったな。
それはともかく、いつまでも見ている訳にはいかないので、その場を離れようとした時、それに気が付いた。
離れた所に、もう一人いる。
その女生徒は、ユリスにはっきりと、強い視線を送っている。
そこには好奇心や好意、尊敬といったポジティブな感情は無かった。むしろその逆だ。
(おいおい、そんな強い視線を送ったら、俺でもわかるぞ。これは敵意に近い)
そういえば序列上位者は下の者から挑戦を受ける、だったか。それにしたってそこまで睨んだりしなくても・・・
そんな自分に気が付いたのか、その子は踵を返して去っていった。女子にしては高い身長とポニーテールにした黒い長髪が印象に残る。
この世界、狙う者、狙われる者がいる。それも認識できた。
※ ※ ※
この世界の情報集を集めながら、再度の高校生活(一応)へ感覚を慣らしながら過ごす日を何日か過ごした後、自分的に調査の第2段階に進む。
それは、この体がどんな能力を持っているか確かめる事だ。
ジェネステラは常人を遥かに超える身体能力を持つと言われている。
ここに生徒をやっている以上、自分もそのはずで、前世の感覚でいると色々まずい事になるかもしれない。限界を知っておくに越したことはない。
そんな訳で、トレーニングウェア姿で運動場の外れにやって来た。
まずは分かりやすい走力だ。
適当にストレッチした後、100mのコースに入る。
携帯端末を使って計測準備。3Dモニターでカウントダウン。
カウントゼロでスタート。そういえば全速力で走るなんて何年ぶりだろう。確か最後は・・・
等と考えている間にラインを通過してしまった。あれ?モニターの表示を見る。
「嘘だろ・・・」
思わず声出てしまった。信じられない。計測タイムは7.23秒。全速とはいえ本気ではなかった。それでこの記録・・・
一体この身体の性能はどうなっているんだ?
その後も色々試してみて、どうやら今のこの身体、前世の高校時代の自分と比べて2~3倍の運動能力がある、という事がわかってきた。
実に衝撃的な体験だ。現時点で、前世のオリンピックのゴールドメダリストをあっさり超えている。
ある意味自分が超人になったような気がする。まあこのレベルではジェネステラとしては並以下、というレベルらしい。それでも充分と思うが、訓練次第でまだ伸びそうだ。
複雑な思いを抱えながら、夕陽を眺める。
もう考え始めなければいけないかな。
この世界でどうやって生きて行くのか。
普通の(?)高校生として特に何もせず卒業まで過ごすのが一番楽そうだ。そうなるとむしろ強さの追及は控えめにしておいた方がいいか?
それに毎年あるはずの星武祭だが・・・今年はフェニクスだったか。すぐに出る必要もないだろう。あれは本気で強さを証明したいか、強者の名声と利益が欲しい奴がやっていればいい。自分には無縁な事だ。
そもそも卒業してしまえば関係ないし・・・卒業?その後どうする??
高校3年という事は、普通なら就職か進学を考えなければならない時期なんだが・・・この世界ではどうなんだろう?
異世界に来ても進路の悩みとか。やれやれな状況だなあ。