再開発エリアの某中層ビル。
当然、利用されなくなってかなりの時間が経っている。
ある意味、その物悲しい建物が今日の現場だった。
最後のパネルを取り付けると、四隅をキャップスクリューで固定していく。
ソケットレンチを回すと、カチンという心地よいフィードバックと共に青い光が出る。規定のトルクに達した証だ。
バイトを始めた頃、ボルトをしっかり締めろと言われてその通りにしたら、ボルトの頭をねじ切ってしまった事から、可能な限りトルクセンサー付きの工具を使うようにしている。
「主任、パネルの方は終わりました」
「おう、配管はどうなった?」
「もう運び出しまで終わっています」
「よし、そろそろ終わりにするか。早い方がいいからな」
作業主任がスタッフを集める。後片付けと終了ミーティングに移行。陽は傾いてきたがまだ早い時間。でもあまり遅くまでいたい場所じゃないだろうな。何しろ再開発エリアなのだ。
もちろん然るべき機関に作業の届出はしているし、昼過ぎにはシャーナガルムの巡回員から声を掛けられたりはしたが、安全確保には気をつかい過ぎるという事はない。
作業終了。
今日は直行してきたので、他のスタッフと別れ、防寒ジャケットを着て一人フロアを出る。
車まで少し歩く間に美咲に連絡する。少し寄り道するが、夕食までには余裕で帰れるだろう。
※ ※ ※
気になった廃ビルはすぐ近くだった。
ちょっと不安だったが、目立たない場所に車を止めてビルに入ってみる。
確か天霧達が戦っていたのは上のフロアだったな。
非常階段らしき者があったので登ってみる。
適当な階で中に入ってみたが、これは違ったかな?構造はともかく、天井の形とか高さとか、微妙に違う気がする。うーむ。本篇の舞台の一つとして興味があって来てみたんだが、無駄足だったようだ。
いや、別の意味でそうでもなかった。
微かな声に気がついた。
声、というより怒鳴り声、か?
下のフロアかな。耳をすますとある程度内容もわかるか。どうも揉めているみたいだ。
足音を立てずに近くの階段を途中まで降りる。
以前の自分なら考えられない行動だ。前世ならさっさと離れている。いや、こんな所に来たりはしない。
いかに強くなったとはいえ、自分も変わったものだな。
影に隠れて下のフロアの様子をうかがう。
見えたのは10人位の男達。一見して気が付いたのは、二手に分かれている。いかにもDQNといった連中と、マフィアっぽい黒服?な奴らだ。
「―――話が違うと―――」
「そんな事は聞いてねぇ―――」
「―――いいから持ってきやがれ!」
「俺達を何だと思って―――」
うわー。悪党連中の仲間割れ?それとも分け前でトラブル?いずれにしても関わりたくないね。ここはさっさと離脱すべき―――
気になる物が目に入った。
いや、物じゃない。半分壊れた机の上に乗せられているのは、縛られた人だ。女の子。見覚えがある!
(プリシラ・ウルサイス!?)
フェニクス4回戦で天霧達と戦ったレヴォルフの生徒。ウルサイス姉妹の妹。
これは素直に帰る訳にはいかなくなった。
どうする?いや、まあ当然助けるべきだが、自分一人でか?応援は必要だ。ちょっと待て。本当にあの子か?見覚えあるとは言っても、会った事はない。ならば。
端末を取り出すと、撮影機能を選択。動画記録を開始。気付かれないように注意して数秒、撮影する。
静かに階段を上がると、通話に切り替え。天霧をコール。出てくれよ。
「はい、天霧です。先輩ですか?」
サウンドオンリーでつながったが、まあいい。
「ああ、俺だ。緊急事態」
小声で話しかける。
「どうしたんです?」
「今、再開発エリアだ。動画送るから見てくれ」
「はい・・・。これは!プリシラさん!?」
「綾斗、どうした?」
向こうで声が重なる。ありゃま。お姫様も一緒か。丁度良い。
「やはりな。なあ、これってどう見ても誘拐か、それに近い状況だろ。ほっとけないよなあ」
「ええ、助けないと。俺もすぐ行きます。ユリス、早く服を着て」
こいつら・・・まさかロートリヒトのホテルにでもいるのか?こんな時に。
いや、好都合か。ロートリヒトならここから近い。
と、下のフロアの騒ぎが大きくなった。いかんな。
「天霧、そういう事だから俺はここで監視する。位置情報は送ったぞ。それから、イレーネ・ウルサイスに連絡しろ!」
「はい、すぐに。ユリス急いで!」
端末をしまうと再び階段から下をみる。そこでは見事に乱闘が繰り広げられていた。煌式武装での斬り合いと銃撃まである。あの子はどこだ。ん?黒服の一人に担がれている。行先は・・・階段。ここを出る気か。
「逃がすな!」「追え!」「邪魔するな!」「くたばれ!」
見失う訳にはいかないが、あの乱闘の中を抜ける訳にもいかない。少し考えて、奴らの移動方向を予測しつつ、自分の認識を広げるイメージ。実験と戦い以外で使うのは初めてだが、どうだ?
何となくだが、勘のような物が来る。あっちか。
その方向の窓に駆け寄る。下を見ると、1階まで降りた奴らが車に乗る所だった。2台か?普通のセダンとミニバンだ。畜生。自分の車は反対側だ。
フロアを走り抜けると窓から下を見る。かなりの高さだが、大丈夫、行けるな。
そのまま飛び降りた。
着地の衝撃はかなりの物だが、余裕で耐えられた。
車に駆け込むとエンジンをかけて即発進。空間ウィンドウに付近のマップを表示。道路状況から動きを予測する。どこへ行く気だ?
とりあえず奴らの車のあった方向にハンドルを切りながら、素早く考える。
マップに目を通すと、この方向で近い大通りは環状8号線、そこからなら外縁道路に出易い。その先は・・・主要道か。ん、という事は、市外に出る事も可能だ!まさかあいつら、市外に?いや、あり得る。
半分勘で方向を決めていたが、視界に一瞬車が入る。奴らの車だ。よし、見つけた。追跡開始!
だがどうする?
追跡は可能でも、市外に出られたら?
奴らはわからんが、自分は確実にゲートで止められる。ここの学生は申請無しにアスタリスクの外には出れない。
それで終わりだ。
その手前で仕掛けるか?いや、良い手ではない。距離が離れるから天霧達の支援が遅れる。
ここでやるしかない。
前方に奴らの車。交差点を曲がった。その先はビルの谷間の細い道だろう。ならば!
急ハンドル。車体が一気に回るが、リアも流れる。カウンターステアで強引に立て直すと、クラッチを蹴ってギアを2速にシフト、フルアクセル。
タコメーターの針が跳ね上がるのと同時に、奴らのバンが目の前に迫る。慌ててノーズを右に向けて躱し、3速に入れる。車体は勢い余ってバンを追い越すと、先行するセダンタイプに並走した。
ちらっと左を見る。前席に男一人。こちらを怪訝そうに見ている。後席は・・・多分誰もいない。やはりあの子は後ろのバンの中だ。
一瞬だけアクセルを戻すと、バンに並走する。後は止めるだけだ。
自動車の構造上、最も強固なのは四隅、コーナー部だったな。
雑学知識を思い浮かべると、ハンドルを切って左フロントノーズをぶつける。狙いは運転席ドア前方だ。
衝撃は思った程ではないが、まだ止まらない。さらにハンドルを回して左側に押し込む。バンは歩道に乗り上げ、建物の壁に接触。よし、このまま挟みこめ!車格は向こうが上だが、構造は金属部品を多用しているこっちが強力だ。旧車で良かった。
と、歩道脇に何かの表示用ポールが立っている。バンは衝突コースだ。よし!
予想通り、バンはポールに正面から突っ込み、なぎ倒して停まった。ざまあみろ。
自分もブレーキをかけエンジンを切る。
戦闘準備。
ヘルメットとセーフティグラスを装着。作業手袋をはめて防御力は良し。攻撃力は・・・助手席に置いていた工具箱からパイプレンチを取る。そうだ!左腕には腕時計替わりにルークスを付けていたんだった。ラッキー!
車から飛び出す。
先行していたセダンは慌てて戻ろうとしてスピンしている。バカめ。素直にバックすりゃいいものを。
まあこれで数秒稼げる。
車の前を周りこみ、バンの前に立つ。
パイプレンチを振り上げると、思い切りフロントウィンドウに叩き込んだ。