まったく。
もう卒業までは面倒事は起こらないと思っていたのに、これだよ。
ジェネステラの力で振り下ろされたパイプレンチは、車のフロントウィンドウをあっさりと粉砕し、ハンドルとダッシュボードまで叩き割った。
運転していた男はパニックになったのか、妙な叫び声を上げて暴れている。とりあえずその顔面にレンチを突き出すと、ゴツンという手応えと共に壊れたハンドルに突っ伏して動かなくなった。
ふむ、後席はどうだ?
プリシラ・ウルサイスはまあ大丈夫か。そういえばリジェネレイトだったな。
その隣でもう一人の男が車から出ようともがいている。
どうやら自分の車が邪魔してドアが開ききらないようだ。
軽くジャンプしてルーフに飛び乗ると、男の頭を軽く蹴飛ばす。
あれ?それだけで奴は意識を失って崩れ落ちた。ああ、今自分は安全靴を履いていたな。重く堅い樹脂ハンマーで殴られたような物だ。
まずこっちは良しと。
向こうから奴らのもう一台の車が戻ってくる。
車から飛び降りると、狙いを定めてパイプレンチを投げつける。
今度もフロントウィンドウを直撃、粉砕した。
車は急に向きを変えて横の壁に突っ込み、停まった。
さて、どうするかな。
まずはこっちを無力化しておくか。できれば縛ったりしておけば・・・
ああ、良い物がある。
自分の車のトランクを開けると、バイトで使った資材がいくらか入っていた。
そこから強化樹脂製結束バンドを取り出す。これは鉄配管も束ねる事ができる強靭なやつだ。
ちょっと面倒だが、伸びている二人の男の腕や首を縛り、車のフレームに固定する。
よし、これで当面動けないな。
向こうで物音がする。
ああ、もう一台の方か。
見ると男が一人、ふらつきながら出てきた。ふむ、強いかどうかは別にして、こいつらもジェネステラか。
「貴様・・・ 一体何者だ?」
「何者って・・・見ての通り、通りすがりの作業者だけど」
嘘は言ってない。というかほぼ真実だな。
「ふざけるな!こんな事をしやがって、ただで済むと思うな!」
「ただで済むとは思ってないよ。そう言うおたくはどちら様で?」
うん。実は気になっている。レヴォルフの、いやディルク・エーベルヴァインの重要人物であるあの子に危害を加えても構わない、と考えているなら、馬鹿か余程強力な組織か、その何れかと思うんだよ。
答えは無かった。
その代わりに奴は拳銃を抜いた。
(来る!)
発砲までの動作は素早かったが、対応できない程じゃない。
銃声。実弾銃だ。
体を振って射線からずらす。ちょっときついが、今の自分は攻撃の意志、その方向は感じ取れる。ならば先読みして動けばいい。大丈夫、躱せる。
回避しながら左腕の袖を上げ、ルークスを起動。片方だけだが、馴染みの武器に心が高揚する。
良し、新装備のテストだ。ルークスの散弾ランチャーをスタンバイ。腕を奴に向けて掌のトリガーを押し込む。
軽いフィードバックと共に多数の光弾が飛び出すと、男のほぼ全身に着弾。
男は拳銃を取り落として倒れた。
うん、なかなか使えるな、これ。
落ちている拳銃を拾い上げる。ある意味当然だが、見たこともないタイプだ。まあ、この世界では実弾銃は少なくなったらしいし。と言ってコレクションしたい訳じゃない。いらんな。
路面に放りだすと、左拳を叩きつける。多分だがフレームが曲がった。もう使えないだろう。
顔を上げると、男が起き上がっていた。
ありゃ、散弾では一撃で意識を刈り取る事はできんか。ならばもう一発・・・
と思った所で。
「オラァ!!」
気合の入った叫びと共に、男の体が横にふっ飛んだ。建物のシャッターに叩きつけられて動かなくなる。
うん、来たか。しかし見境ないね。余程焦っていたのか。
「イレーネ・ウルサイス・・・」
お姉ちゃん、多分自分とは別にこのあたりを探し回っていたんだろうが。
(怖っ!)
鋭い目でこっちを見ている。大丈夫か?こいつ妹の事になるとアレだからな。
「・・・プリシラはどこだ!」
何とか話は通じそうか。
「無事だよ。こっちだ」
そう言ってバンの所へ歩く。後ろから強いプレッシャーを感じるが、大丈夫かな。
バンの後ろに回り、ロックを解除してバックドアを開ける。次にシートだが、これかな?目についたレバーを引くとシートが倒れた。
「プリシラ!おい!プリシラ!」
姉が呼びかけるが返事はない。ただ口が少し動いたのが見える。
「眠らされてるのか。薬か、魔法か・・・。一応治療院に連れていくか?」
「畜生!あいつら・・・!」
「気持ちはわかるが落ち着け。とにかくここから出そう」
「そうだな・・・。なあ、天霧が言ってた先輩ってのが、あんたか?」
「ん、ああ、そうだよ」
「おかげで助かったみたいだな。この事は―――」
「安心するのはまだ早いと思うね」
通りの先に数人の人影。振り向くと反対側も。距離はあるが、いかにもな連中がやって来た。
「挟まれたか」
「何だ?あいつら・・・」
「多分この子を攫った実行犯、だろう。そしてそこに転がっている奴が依頼か命令でもしてたかな?」
「そうかい・・・なら丁度いい。まとめて叩き潰す!」
まあ、この人ならそう言うよな。
「わかった。じゃあこっち側はまかせな」
通りの反対側を見る。四人・・・いや五人か。そこで気が付いた。自分は多人数を相手にした経験無かったよな。
これってまずいか?不安になるがもう遅い。
「うりゃあ!」「ぐわっ」「畜生」「何してる!」「うおっ!」
早速背後で始まった。こっちも覚悟決めるか。
さっと車に戻って、工具箱に手を入れる。引っ張り出したのは大型ソケットレンチのハンドルだ。
もちろん武器としては設計されていないが、手頃な長さ、何よりグリップが付いていて持ちやすい。
さて、やるか。
まずは先制攻撃。左腕の散弾ランチャーを向けるが・・・
エラー表示。空間ウィンドウを展開すると、リロード機能に問題発生。射撃不能。
(不幸だ・・・)
こんな時に!内心でボヤキながら突っ込む。こうなったら格闘戦で暴れ回るしかない。まあこれまでやってきた事だしな。
左腕を盾にして、右腕のレンチを振り抜く。ガキッという手応えと共に相手のルークスがはね跳び、すかさず蹴りを入れる。まずは一人、と言いたい所だが・・・周りから一斉に武器と拳が襲ってくる。防御と回避で手一杯になってしまった。
意識を集中して感覚を上げる。とにかく攻撃予測。いや、予測はできるんだが手数が多い。多対一ってのは想像以上にキツイ。
「くあっ!」
とうとう側面から強烈な打撃を喰らう。チッ。美咲がいてくれりゃあ簡単に終わるのにな。
何とか体勢を立て直すとジャンプして一瞬を稼ぐ。イレーネの方は・・・何人もの男が倒れているのが分かるが、まだ激戦中だ。
段々むかついてきたぞ。
自分の力の無さか、こんな奴らの存在か、それともこの状況そのものか。
半分自棄になって目についた奴に正面から飛び込む。
そいつは吹き飛ぶが、当然自分も地に倒れる。
ヤバイ。悪手を打っちまった。
慌てて起き上がろうとした所へ蹴りが来る。
顎が砕けるレベルのハードヒットを覚悟して歯を食いしばった。
次の瞬間、目の前を炎が通過した。炎?
「ロンギフローラム!」
周囲に次々と爆炎が上がる。
ああ、これで終わりだ。
「助かったよ。お姫様」
天霧とリースフェルト。並んで悠然とこちらに向かってくる。
うん、やっぱりお似合いの二人ではあるな。
結果として、敵の増援もほとんどが意識を失って倒れている。
逃げ出せた奴は多分、いないな。
今のところは安全か。
天霧達とウルサイス姉が話しているのを横目に、放り出した工具を回収した。
安全具と一緒に助手席に放り込む。
さて、この後どうするかな。
さっさとこの場を離れるべきだが・・・放置しておいて良いものかな?
あまり考える時間は無かった。
「そこで何をしている!」
厳しい声に振り返ると、警備隊の制服。シャーナガルムのお出ましかい。来るならもっと早く来て欲しかったよ。
「天霧、ウルサイス、先に行け!ここで足止めはマズイだろう」
「先輩はどうするんです!?」
「何とかするよ。さあ!」
天霧達は頷いて走り出す。ウルサイス姉も妹を抱えて飛び上がった。
「待て。止まれ!お前も動くな」
「動くつもりはありません。星導館学園、深見 令。状況を説明します」
二人の警備隊員の前ではっきりと言う。正面からこう来れば対応しない訳にはいかないだろう。
そして、自分は更に面倒を背負い込む事になるんだ。