アスタリスクの冬も終わる頃。
快晴の午後。
風はまだ冷たいが、日差しは僅かに暖かい。
学園と市街をつなぐ湖上道路の途中に車を停めて、主役二人と向き合う。
要件はいくつか。まずはこの前の騒ぎについて。
「そういう事か。助かったよ、天霧」
天霧は警備隊長に関係する線から情報を持ってきてくれた。
プリシラ・ウルサイスを買おうとした連中も、そのバックについていた勢力も、結局のところ中途半端な力しか持っていなかったようだ。だからこそそんな無茶な行動をする気になったんだろう。
しかしこれ幸いと捜査を実施した警備隊、それにきっちりと報復するタイラント、両者から攻められてめでたく壊滅状態だそうな。因果応報だなー。
「ですからこれについては心配いらないそうですよ。それともう一方ですが・・・」
レヴォルフの反会長派だったか?こちらもあの場で自分達に叩かれ、警備隊に検挙されてやはり壊滅状態。そしてタイラントは何もせずに反対勢力を一つ潰した事になる。
「結果的に奴の為に働いてしまった事になるな。面白くない」
「それはまあ、そうだが。あんまり気にするなよ。お姫様。貸しを作ったと思えばいい」
奴が借りと思うかは微妙なところだがね。
「じゃあ、もう安心していいのね」
「はい、今後も何かあったらすぐに警備隊が動くそうです。大丈夫ですよ」
「美咲、心配かけてすまん。二人もご苦労だったな。ただ、聞きたい事はまだあるんだが」
君たち、何であんな所にいたの?
おかげで救援が早くて助かった面はあるけど。
「仮にも一国のお姫様が入り込んで良い場所じゃないだろう。ロートリヒトのホテル街は」
そんな場所を教えたのは自分だが・・・
「天霧も良く考えてよね。バレたらとんでもない事になるよ!」
「ち、違うんだ、先輩。あれは私が行きたいと言ったから、綾斗が無理をして」
「は・・・? あの~、お姫様?」
「い、いやその・・・綺麗な部屋もあったし、面白そうな物も置いてあるとか・・・」
「・・・」
絶句して美咲と顔を見合わせる。
これって、もう処置無しか。お姫様、引き返せない所まで行ってしまった。
「とにかく・・・!もう危ない事はするな。場所は選べよ。高級ホテルのデイユースを使うのも手だ。予約の事さえ何とかなれば一番無難だ」
他にも方法は考えるから、もう下手な真似は止めてね。
さて、疲れる話はもう終わりにして、戻ろうか―――
「あ、深見先輩。イレーネが会いたいって言ってきましたけど」
終わりにならなかった。美咲さん、冷たい微笑でこちらを見ないで!
※ ※ ※
「お疲れ様でしたー」
バイトに復帰して数日。
ようやく周りの自分を見る目が普通になってきたかな。
まあ先輩には元アスタリスクの学生も多いので、そういった面々からはいわゆる生暖かい目、というので見られてはいる。そうでない社員からは、注意、助言、小言と色々あった。公式には総務部長からの注意、だったが入社前の事なので記録には残らない事になっている。これは温情的な措置だな。
何にせよ、元より問題を起こすつもりは無いので、今は意識して生活には注意している。
そんな訳でバイト帰り、イレーネ・ウルサイスと会う場所は商業エリアのごく普通のハンバーガーショップである。
「待たせたか?」
「いや、しばらくだったな。ん・・・?」
結局美咲が強引についてきてしまった。
「ああ、こいつは瀬名 美咲。フェニクスで見たろ?」
「初めまして。こいつの彼女やってる美咲だよ。よろしく」
「ああ、そうか。まあよろしくだな」
適当に頼んでおいたハンバーガーの類が運ばれてくる。ジャンクフードの夕食だが、たまには良いかな。
「それで、用件は?」
「簡単な話だ。この前の礼をしたい。あたしにできる事は何でもするから言ってくれ」
ん?今、何でもするって言ったよね。
・・・等とネタやってる訳にはいかんか。
「礼と言われてもね。こっちが勝手にやった事だし。いらんよ」
「それじゃあたしの気がすまないんだよ。あの時はかなりヤバかったからな」
うーむ。それでは・・・
今欲しい物と言ったら金だが、借金抱えたこいつに言うのは酷だなあ。
金じゃなければ体か。結構いい体してるしな。
まあ、隣でプレッシャーを発している美咲の前で言える訳もなし。
そうだな、たまには捻くれた事はやめておこうか。
「ならば、これからも俺達と普通に付き合ってもらうか」
「はあ?なんだそれ?」
「別に難しい事でもないだろ。そういや妹は料理得意だったな。良かったな美咲。ヨーロッパ風家庭料理が学べるぞ」
「ん?教えて貰えるなら助かるけど」
「何だよ。そんな事でいいのか?」
「ああ。最初は夕食に招待してもらおうかな」
何しろ自分は友人が少ないからな。
今後は仕事次第だが、同僚は友人とは言いにくいし、そもそも同期入社が少ない。
天霧達は後輩だし、今後は生活の場が異なる。
学園の連中は・・・同じクラスの奴らも上辺だけの付き合いだったし、後は煌式武装研の2、3人だけだな。その中で本当に友達付き合いしてたのはクラウスだけじゃないか。
「わかった。プリシラに言って置く。楽しみにしておけよ」
そう言って笑うイレーネ・ウルサイスだが・・・惜しいな。こうしていると本当に良い女なのに。
「じゃあ、それで頼むよ」
ふむ。家族ぐるみの付き合いになるかな、これは。それも悪くないか。
※ ※ ※
いよいよ来週は卒業式か。
前世での高校卒業式なんて、すでに何の記憶もないが、今回は流石に感慨深い物になるだろうな。
それはともかく、転居の準備も進めないと。
「と言っても。ギリギリまで寮にいるつもりだよ」
しばらくぶりの煌式武装研にて。
「それで大丈夫なのか?引っ越しとか間に合うのか」
「寮暮らしだぜ。大して荷物がある訳じゃない。新居の準備をしておけば、すぐに生活を始められる」
「それもそうか。新居はどのあたりだ?」
「そういえば言って無かったな。今送るよ」
クラウスとは違う進路となったが、だからと言って付き合いが無くなる訳じゃない。
「こっちにはどれ位、顔出せるかな?」
「そりゃ仕事次第、としか言えない。まあ土日は何とかなるだろうが」
「それもそうだな」
うん、これからも世話になるさ。
「深見君、これ、記入しておいて。瀬名さんにも渡してね」
「ああ、どうも。ってなんで部長が?」
部長から手渡されたのは書類。見ると疑似校章の発行手続き申請だった。
「大学部から回ってきて、一応私の署名もしておいたから。提出すれば今月中には疑似校章が出るよ。多分学園内、どこでも入れるレベルになるかな」
ああ、卒業後も大学部の研究室の手伝いはすると言ったから、その為か。
「ありがとうございます」
うん、本当に付き合いは無くならないね。
一方で、なるべくなら付き合いを無くしたい人もいる。
「あらあら。悲しい事をおっしゃいますね」
「冗談ですよ、会長」
いや、本当は結構本気なんだけどね。クローディアさん。
「で、まあ先日のドンパチの件は片付いたよ。会社の方もそれで良い、と。と言う訳で、卒業はさせて貰えるんですよね」
「もちろん何の問題もありません。ご安心下さい」
「そいつは何より。まあ卒業しても大学部にはちょくちょく顔を出すけど」
「認識工学研究室ですね。聞いています。ご協力、感謝します」
うむ。把握していたか。
「できれば私の方にも、協力して頂けると助かるのですが」
「流石にそこまでは無理だ。それに必要も無いだろう。グリプスで優勝すればどうにかなるでしょ」
「どうしてそう思われますか?私のやろうとしている事は・・・」
「統合企業財体にしても、人が造る組織だろう」
つまり、完璧ではない。
「それに人間、我欲が無くなったとして、柔軟になれるのか?」
精神調整プログラム、か。どんな物かな。
「とにかく、今はチーム・エンフィールドが大事じゃないのかな」
「・・・そうですね」
「では、会長。お世話になりました。これにてイレギュラーは消えます。後は貴女方の努力次第。さようなら」
まあ、助けが必要な場合は、手を貸す事も考えておくけどね。