春休み。
いや、卒業しているので違うな。
あくまで便宜上の措置だが、3月31日までは星導館学園の学生寮に滞在は可能だ。
正確には自分達は既に生徒ではないのだが、ありがたいサービスだね。
という訳で、ギリギリまで寮に居ようと思っていたが、生活に慣れる期間が欲しいという美咲の意見もあり、1週間前に退寮とする。
うん。自分はともかく、美咲はマンション生活など初めてだ。仕事も合わせると生活環境が激変するな。その辺り、慣れてる自分が配慮しないと。
あれ? でも自分も女と同棲なんて初めてだぞ。
3月も中旬、生活用品、家電等を揃え終わって、新居の方は生活環境が整う。
寮の私物はほとんど引き上げてしまった。こっちはもうホテル住まいと変わらんな。
進学組以外の3年生達は、大半が出て行った。そして1,2年生も含め帰省者が多いので、学園は閑散としている。そんな静かな敷地内を一人で歩く。
ちなみに美咲は入社説明会で1日出ている。
あいつの仕事は基本、販売員だった。そう聞くと前世なら激務?とも思えるがどうだろう。土日の仕事は普通にありそうだが。そういう自分の職場も休日出勤は普通にあるのでいいのか?
ふと、何でもないような物が目に入る。
そうか、ここはこの世界に来て、最初に覚醒した場所だったな。
人生延長戦、その全てはここから始まった、とでも言おうか。
そのベンチに座って、空を見上げる。思えば何とも凄まじい人生の激変だったな。
そういえばあの管理者とか言った野郎はその後、一度も出てこなかったな。フェニクスで死にかけた時は出てきても良さそうだったが。まあどうでもいいか。
つまらない考えは見知った顔が目に入った事で中断する。
「深見か」
「おう。しばらく」
同じクラスの・・・名前はうろ覚えだが・・・松井だったか?
「卒業式以来かな。まだ居るのか?」
「ああ。お前さんは今日までか」
「うん。そろそろ出るよ」
こいつとは多少は話す仲だった。確か地元就職組だな。出身は北関東だから、地元と言っても近くだったはず。だが、アスタリスクを離れてしまえば会う事もないだろう。住む世界が変わるような物だな。
「元気でな」
去って行く知人を見送る。
自分も来週は同じ立場になるな。
※ ※ ※
退寮のタイミングを決めたので、準備を始める。
といっても部屋の方はほとんど終わっているので、手続きが少々ある位。
それも終わると後は暇になるだけ。
バイトも一旦終了。会社も時期的に忙しくないみたいで、入社前に少しはゆっくりしろ、との配慮らしい。
研究室の方も刀根さんが論文の執筆に入ったとかで、実験はしばらく無し。
煌式武装研は春休みでそもそも活動していない。とりあえずは学園に残っているメンバーに挨拶周りをしたが、すぐに終わってしまった。
「で、俺で暇つぶしをしようという訳か」
「そう言うなよ、クラウス。一応最後の挨拶周りの一環としてだな」
「そうか。悪いな。でもなあ・・・」
「確かに。どうせまた会うしな」
「で、暇そうだが、瀬名はほっといていいのか?」
「来月からは一緒に暮らすんだ。今位は良いだろう」
でも仕事中は別か。案外学生やってる時よりも一緒の時間は減るかな。
「とにかく1年、世話になった。まずはひと区切りだな。来月、また研究室で会おう」
「それもそうだが、学園祭もあるぞ。その時も来いよ」
「そうだったな。わかった。確か夜吹の奴が大きなイベントに関わっていたはずだ。なかなか面白そうだぞ」
「そいつは初耳だ。何をするんだろう?」
しばらく雑談で時間を過ごした後、改めて一人、学園内を回ってみる。
結構広い校内、じっくり見る機会はもうないだろうな。せっかくだから、今の内に覚えておこう。
それから数日、校内のあちこちをうろついて、飽きると市街地に繰り出す。
そんな事を繰り返して過ごす。
トレーニングを本格化させているレギュラー陣にはあまりちょっかいをかけずに、まずは様子見に徹する。
今のところ彼らの関係は安定しているようだ。このままで終わって欲しいものだな。
そんなゆっくり流れる時間を楽しんでいるつもりだったが、実際には日々はすぐに流れる。
本当にあっさりと学園生活最後の日が訪れた。
※ ※ ※
その日。
空はやや雲が多いが、晴れ。
風は少し冷たい程度。
いつもと変わらない朝。だが、この世界に来て最初のステップが今日、終わる。
約1年、自分の拠点であった寮の自室。今は空っぽになったね。
最低限、残しておいた私物も一つのバッグに収まった。
室内を一瞥。とりあえず綺麗にはしたつもりだ。
適当にジャケットを羽織ると、部屋を出る。
玄関前の管理室で、退寮を申告する。長い間、お世話になりました、だな。
制服もここで返納する。結構気に入っていたので、かなり名残惜しいよ。
一旦外に出ると、学園外周の共有エリアに出る。
そこではこれまで通り、愛車が待っていた。こいつとも長い付き合いにしたいものだな。
車を女子寮前まで回すと、既に美咲は待っていた。
今日の装いはソフトジーンズに赤いタートルネックのセーター、厚手のレザーベスト。
まったく。何を着ても似合いやがるな。
その美咲、何も言わずに助手席に収まる。
車を出す。
正門前。
車を停め、エンジンを切る。
そうか。車外に出て、向き合おう。
待っていてくれたか。
「よう。お二人さん」
天霧君とお姫様がそこにいた。
こうして制服姿で並ぶと、本当にベスト・パートナーだな。この二人。君達なら、どんな困難も飛び越えてしまう。そんな気にさせる雰囲気があるよ。
「せっかくですから。見送りに」
「わざわざすまないね」
いわゆる転生をして1年弱、チート能力も無く、大した活躍もせず、妙な暗躍だけやってメインステージを降りる事になったが、最後に主役二人から見送られるという事は、充分満足できる結果になったね。
「先輩方、お世話になりました」
確かに、色々あったね。お姫様。
「過分なお言葉、恐悦至極。姫様」
「・・・何なのよ。令、その言い方」
「最後位良いだろう。今までがラフだったんだから」
「俺からも。今までありがとうございました」
いや、天霧君。君にはあまり感謝される事はしなかったと思うが。
「本当に、二人共、上手くやりなよ。特に天霧、ユリスを泣かすんじゃないよ」
「うむ。天霧は気をつける必要があるな」
「俺ですか!? いや、その・・・ わかりました」
天霧君と一緒に苦笑い。
「ならばよし! じゃあ、そろそろ・・・」
「そうだな。お二人さん。こちらこそ世話になった。もう会う事もないだろうが、元気でな。とカッコよく言いたいところだが、残念ながらまた顔を出す事もあるだろう」
ま、学生じゃなく、一般人としてだが。
「だから、また会おうね。二人とも!」
「「はい」」
二人の返事が重なる。
思わず顔がほころぶ。見れば美咲も、天霧もお姫様も笑顔だ。
笑って別れるならば、もう何も言う事はない。
車に乗る。エンジンスタート。クラッチを踏んでシフトを1速に入れる。
アクセルオン、クラッチミート。
窓を開け、二人に一度手を振ってから静かに発進、そして加速。
バックモニターには手を振る二人。
その姿はやがて小さくなり、見えなくなる。
目の前はアスタリスク市街に向かう湖上道路。
今までなら、ここでローギア、フルアクセルで加速するところだが、今日は無理だな。
それでも後ろの星導館学園がどんどん小さくなって行く。
そして前方に中央区の高層ビル群が近づいてくる。
今、自分の一つの時代が終わった。
失う物もあったが得た物も大きい。
シフトノブを離し、美咲の手を取る。
「終わったな」
「そうだね」
「そして次が始まる」
「それも、そうだね」
「ああ、俺達はまだ続く。続いている。これからも」
そう、まだ終わっていないさ。
この異世界体験は、まだまだ続いていくのだろう。
~ FIN ~