旭日と欧州の血を継ぐ翼の系譜   作:東海

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これは、ある歴史的的転換期に起きた話である。
 祝 インデペンデンス・デイ続編に合わせてつい書いてみたかったので書いてみました。


前章

 1966年(昭和41年)に第2次F-XによりF-86Fの後継機種選定の際の多数の国内外のゴタゴタな結果。何と欧州の永世中立国のスウェーデンのサーブ 37 ビゲン(SAAB 37 Viggen)が選定された。理由としては主に核攻撃を受けて主要な航空基地が能力を失っても、通常はシェルターに格納しておき、一旦有事には高速道路のような非正規の滑走路からでも迎撃可能な優れたSTOL性を有する、堅牢な単発戦闘機と言う点と参画の程度や技術開示の程度が他の機種よりも高い(その頃、スウェーデンは国内の産業の停滞していた)。また、国産機器による大規模改修後に搭載可能であることは、アメリカ製機器のコストの高さやアメリカ側の輸出規制等の問題の影響を受けないという点でアメリカ機よりも有利と受け取れる事、メーカー側でも運用コストの低さを強調している。更に日本独自に徹底的な改修可能等が挙げられた。ライセンスコストも他の選定機種よりも安価であった為。日本政府と防衛庁はそれにすぐに飛び付いた。しかしながら、その結果、日米間の軍事的経済的な摩擦が発生した為に,アメリカ政府の嫌がらせの様な日米安保の凍結と日本の陸海空自衛隊から米国製製品のライセンス装備の一時凍結回収剥奪等が行われた。その激震は日本を揺るがした。折しも冷戦の真っただ中の時代であった為に一時的に混乱した。更にそれに拍車に掛けたのが、1968年にソ連からの亡命者であるベレンコ中尉亡命機体爆破事件と呼ばれる。ソ連海軍の潜水艦から発射された対艦ミサイルがMiG-25の機体を跡形もなく吹き飛ばした事件である。折しも自衛隊は国内の政治状況による束縛を受けた為に上手く行動出来ず,ただ静観するしかない状況にあっていた。事件後、自衛隊の及び警察等が静観している映像が終始中継されており、それを擁護するために通常は反対する立場のはずのマスコミやメディア関係による擁護とその事件直後に退役した自衛隊高官による暴露発言がきっかけ当時の内閣は解散。すぐさま新たな内閣が発足後、その年からの防衛費の莫大な増額とその固定化及び有事関連法案の大規模修正を閣議決定後すぐさま施行された。また、その時、サーブ 37 ビゲンも未だに初期ロット数が合わずに配備が遅れ見送られたが、この事件をきっかけに、すぐさまスウェーデン政府に導入予定であった140機とは別に更に100機の大量注文を打診し、それに飛びついたスウェーデン政府は、すぐさま国内向けに生産されたの物を輸出するという離れ業をやった。更に翌年、日本全土を中規模な地震が襲った。その影響で日本本土全域の地下深くに眠っていた。世界最大の巨大油田と天然ガス田、更に世界最大の各種巨大希少金属鉱脈地層が日本各地に突如として現出した。結果として、日本は世界最大の輸出加工国家に成り上がりを見せ、高度成長を更に助長する結果となった。それらの莫大な資源と日本が得意とする加工生産開発技術により、瞬く間に高品質かつ高精度の国産製品に日本が埋め尽くされていった。自衛隊もその恩恵を貰い、すぐさま、各国に早期警戒管制機と対潜哨戒機2機種の大量購入を打電し、それに食いついた米国をはじめとした西側諸国だったが、日本はアメリカの度重なる嫌がらせ(その前年に沖縄問題、安保問題等も丸投げ及び白紙にして返還した)に苦渋した為に米国製から欧州製に切り替えを見せた。その結果。イギリス空軍が運用していた対潜哨戒機および電子戦機である。早期警戒管制機BAE ニムロッド(ブラックボックス等の機密関係は無し)を日本国内での独自改修等もイギリス政府は快く許可した。更にフランスのブレゲー アトランティック(Breguet Atlantic) (ブラックボックス等の機密関係は無し)を日本国内での独自改修可能を購入を決定した。その後、日本国内での景気の急上昇を受け、完全国内開発派と欧州との共同開発派の衝突を受けたが自衛隊は、フランスからクレマンソー級航空母艦3,4,5番艦とその搭載機等一括購入すると打診し、それがすんなりと許可された。当時のフランスは国内生産の悪化等を受けたが、日本政府の空母購入を受け、莫大な金塊を受け取った。更に日本はイギリス政府から解体予定のオーディシャス級航空母艦(オーディシャス、アーク・ロイヤル)を購入した。更に日本は密かにソ連政府に独自接触後、大量の日本産金塊を手土産にソ連から建造中止されていたモスクワ級ヘリコプター巡洋艦3番艦キエフを購入し、1974年代に全艦海上自衛隊に配備させた。勿論その事は、アメリカ政府の知ることが無く配備当時はアメリカ政府によるあらゆる圧力や非難の嵐だったが、その当時日本の経済投資の恩恵を受けたイギリス、フランス、ソ連が日本を擁護した。イギリス政府は、日本からの資金を基にセントー級航空母艦の追加発注と強襲揚陸機能の追加の資金にし、フランス政府も日本からの資金を基に改ジャンヌ・ダルク級ヘリ空母及びウラガン級揚陸艦の追加建造等を決めた。また、ソ連も日本からの金塊を基にウリヤノフスク級原子力空母の前倒し建造と日本に北方3.5島の返還(択捉島、国後島(半分)、色丹島、歯舞群島)を打診後、すぐさま日本政府はそれを了承施行された。

 

 そして、1980年代に入り、日本はより一層欧州との軍事的経済的を中心とした多方向関係強化を打ち立て、続々と日本国内から無限蔵に溢れ出る資源と金塊銀塊等を元に濁流の様に技術開発を推し進め、欧州との共同開発された各種軍事民間双方技術等を更に日本で発展進化改良された商品類は飛ぶように売れに売れた。また、日本の国防警備等を担う防衛庁及び警察庁、警視庁、海上保安庁は1978年の大改編後、再編統合されそれに合わせて大幅な憲法改正も行われた。そして、その結果。大幅な防衛軍事行動(但し、侵略的軍事行動は固く禁じられた)が許された結果。防衛庁は、国防省に改められ、警察庁、警視庁、海上保安庁は統合され、国土保安警備省として新たに出発した。また新たに、この年から日本国内において公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる「メディア良化法」が制定されたが、検閲が合法化し執行に抵抗する者には武力行使さえ許可されている。として、 強権的な「メディア良化委員会」とその実行組織「良化特務機関(メディア良化隊)」の表現弾圧に対抗するため、図書館は「図書館の自由法」を制定。図書館及び全国書店連盟は不当な検閲から本と表現の自由を守るために武装した防衛組織・図書隊を持つに至る。良化特務機関との永きに渡る抗争は激化の一途を辿り完全な武力闘争と化し、双方とも中小国並みの陸空重武装化高性能化が進む。と言う結果になった。一方近隣諸国特に中国、朝鮮、韓国との国交は未だ成立しておらず、両国間とも未だに平行線のままであり、冷え切っていたが、ソ連とは、非公式ながら順調にある一定の距離を取りながらも友好的な関係を模索する過程で国後島を両国間の友好の証として共同開発共同運営する両国間特別自治区に指定されていった。

 

 一方のアメリカは、日本との軍事的経済的関係の完全なる悪化とベトナム戦争の長期化(史実では1975年終結)泥沼化に首まで浸かり、遂には禁断の兵器である戦術核の使用(北ベトナムに対してキロトン級を5発)まで手を出したが、いっこうに抜け出せずにいた。さらに国内におけるテロや内紛の多発化を受け、国外に脱出する企業が多発した事を受け、アメリカの信用なガタ落ちになっていった。国外に脱出する中小企業の多くは、欧州方面に向かった。そして大企業の多くは日本国内の豊富な資源と資産を狙い向かったが、日本企業主体の合同会社として一部は買収され、殆どは統合されていった。最終的に1983年後半に実質的に敗退と言う形で軍と現地領事機関の全面撤退が開始され、1984年3月に完了した。

 

 

  また日本でも1980年代後半から1990年代前半まで国内で幾つかのテロリストや過激派宗教団体等による細菌化学テロや大規模各種災害等を幾つも経験した。また国外では、中東やアフリカ諸国の紛争等に巻き込まれた邦人の救出戦等を幾つも経験し、その幾つもの経験と反省と教訓を得たが、幾ばくかの代償の支払いも余儀なくされた。その結果、日本国国防省は、この年から完全国産品と日本独自路線を貫く事を主体とする「第一次飛車角金銀計画」を発表。しかしながら、一部欧州との国際共同開発も規模を縮小しながらも継続すると発表された。特にスウェーデンのサーブ社が中心となって結成されたJASグループと日本国内航空会社共同開発予定ドラケン及びビゲンの後継として設計の『アクティブフェイズドアレイレーダー、IRST、曳航式デコイ、コンフォーマルタンクなどを追加し、殆ど別の機と言っても過言では無い"SUPER-GRIPEN"』が計画を実行。スウェーデン60% 日本40%の配分で開始。

更に、ほぼ同時期にまた別の国内企業とイギリス・ドイツ・イタリア・スペインの4ヶ国のメーカーが共同で開発中だった『JECA(Japan European Combat Aircraft)』計画も其のまま実行に移された。イギリスと西ドイツにそれぞれ23%、イタリア21%、スペイン13% 日本 20% の配分で開始された。

また、フランスも当初『JECA(Japan European Combat Aircraft)』計画に賛同したが、フランス国内世論の影響で脱退後、日本の中小企業連合が共同開発を提案後。それを了承後に『Rafale』計画をすぐさま実行に移され、フランス75% 日本25%の配分で開始されていった。その後1980年代後半には、これらの計画はすべて完了し、第一陣の納入が始まった。

 

この年から官民共同の宇宙開発事業が本格な宇宙進出を実現した。また、欧州における宇宙開発事業もこの年から本格稼働していった。

 

 そして時代は1990年代 日本国国防省は、この年、完全国産品と日本独自路線を貫く事を主体とする「第一次飛車角金銀計画」の完了を宣言した。また、この同年官民共同の宇宙開発事業の主軸である『月面における恒久的宇宙基地計画』も途中で欧州における宇宙開発事業も合流後この計画の完全稼働を宣言し、人類の未来への第一歩を刻んだ。

 

 

 しかし、それは着実に新たな人類の脅威に迫りつつあった。

 

 運命の日 1996として

 

 

 




これから物語が始まります。どうかよろしくお願いします。 出来ればアンケートにお答えください。活動報告に書いてあります
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