クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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プロローグ
1. 転校生


 曲がり角を曲がると、細い道は崖の上に出た。すぐに左手から上り階段が合流してくる。

 長い階段を見下ろすと、朝日が金属製の手すりや車止めにきらきらと輝いていた。いつもと同じはずの光景も園田(そのだ)海未(うみ)には今日は違って見えた。

 ちょうど階段のなかばあたりに見慣れた音ノ木坂学院(おとのきざかがくいん)高等学校の制服姿があった。海未に気づいたのか足を速める。

 

「おはよう、海未ちゃん」

 階段を上りきり(みなみ)ことりは首をかしげて微笑んだ。ベージュの長い髪がふわりと広がる。ことりは穏やかな雰囲気を持つ美少女だった。

「おはようございます、ことり」

 海未も微笑み返した。

穂乃果(ほのか)ちゃんは?」

「まだ来ていないみたいですね。きっと……遅くまで、宿題をやっていたせいですね」

 

 長かった夏休みも終わり、今日は二学期最初の日だった。

 

「あはは……。終わってればいいけど……」

「昨日、あれだけ手伝ったんですから……。終わってないとはいわせませんよ」

 海未はやれやれというように首を振った。海未は腰まであるストレートの黒髪に白い肌の持ち主で、ことりと印象は異なるもののやはり美少女といってよい容姿だった。

 

 話すうちに階段の反対側の路地から小走りの足音が聞こえてきた。

「おはよう、海未ちゃん、ことりちゃん」

 走り出てきた少女はふたりのところに駆け寄る。高坂(こうさか)穂乃果だった。

「あ、穂乃果ちゃん。おはよう」とことり。

「おはようございます、穂乃果。……宿題は、終わったんでしょうね?」

 海未は心配そうにたずねた。

「うん、ばっちりだよ。昨日はありがと」穂乃果は満面の笑みをうかべた。「結局、日付、変わっちゃったけど……」そういって舌を出した。

「そうですか。安心しました。……しかし、最後の日までため込むくせは、いい加減にしないとなりませんよ」

 海未の口調はすこし厳しくなる。

「えへへ。反省してます」

「去年も同じことを聞いた気がします。まったく、穂乃果は相変わらずですね」

「……そろそろいかないと、遅刻しちゃいますよ」

 ことりが困ったようにいう。

「おおっ、そうだね」

 穂乃果がこれ幸いと早足で歩き出した。海未とことりはそのあとを追った。

 

 海未は穂乃果の背中を見つめた。穂乃果はオレンジ色のセミロングの髪をサイドテールにしていて、それは歩みにあわせてぴょこぴょこと揺れていた。

 一学期から夏休み、本当にいろいろなことがありましたね……。そう海未は思う。

 

 海未と穂乃果、ことりは幼馴染だった。一緒に音ノ木坂学院へ進学して二年生になった今年、学院が廃校になるという話が持ち上がり――穂乃果はなにを考えたのかスクールアイドルになって廃校を阻止する、といい出した。

 昔からとにかく行動力は人一倍の穂乃果は、海未とことりを巻き込んでアイドルグループ「μ's(ミューズ)」を立ち上げた。ライブの開催やメンバーの勧誘など、彼女を中心に三人は奔走(ほんそう)し、気づけばμ'sは九人になり、それなりの人気も得るようになっていたのだった。

 

 夏休みもμ'sの練習に明け暮れて――忙しい毎日でしたが、充実していましたね。

 

「うん、そうだね」

 ことりが笑った。声に出していたらしい。海未は思わず顔を赤らめた。

「早く早くー。遅刻しちゃうよー」

 穂乃果が振り返ってふたりを呼んだ。ふたりは足を速めた。

 

 ふふっ、二学期も忙しくなりそうですね、と海未は思った。

 

        ・

 

 講堂での始業式が終わり、海未たちは教室に戻った。今日はこれからホームルームがあり、そのまま放課になる。そのあとにはμ'sの練習が予定されていた。

 

 担任の女性教諭、山田が教室にあらわれた。ざわついていた教室が静かになる。

「えー、みんな、体調をくずしたりはしなかったかな」

「大丈夫でーす」「昨日、徹夜して眠いです」「おなか壊しましたー」ばらばらと答える生徒たち。

「明日からは授業が始まるからな。いつまでも夏休み気分で、いないように」

 姉御肌の山田はそういって教室を見渡した。気のない返事が上がる。

 

「さて、宿題を回収する前に……。今日からこのクラスに新しい生徒が加わることになった。他の高校からの転学だ」

 いったん言葉を切る山田。教室はざわめいた。

 二年生の二学期から転学とは、珍しいですね、と海未は思う。

 

「転校生だって。どんな子かな?」

 海未の左斜めうしろの穂乃果がいう。

「気になるね」とことり。ことりは海未のうしろ、穂乃果の右の席だ。

 

「……高坂毬穂(まりほ)、入ってきなさい」と山田。

 高坂、という名前に教室は一段と騒がしくなる。

「失礼します」

 教室の前の扉を開けてひとりの女子生徒が入ってきた。教壇の真ん中、山田の隣まできて、ぴょこんと頭を下げる。

「高坂毬穂です。よろしくお願いします」

 

 毬穂と名乗ったのは、明るいオレンジ色のボブの髪、紫の瞳の少女だった。身長は平均よりやや高いくらいだろうか。やせても太ってもおらず、健康的な体形をしている。なにより明るく元気そうな表情が印象的だった。

 なかなか、かわいらしいですね、と海未は思った。

 

 山田は黒板に「高坂毬穂」と楷書で記した。

「えー、このクラスには高坂がすでにいるのは、みな承知の通りだが……」教室から上がる笑い声。「彼女の話だと、同じ苗字なのは偶然の一致で、親戚というわけでもないそうだ。知ってるか、高坂穂乃果?」

「いえ、ぜんぜん知りません!」

 宣言するようにいう穂乃果。彼女は好奇心に目を輝かせていた。

「そうか。高坂毬穂、自己紹介を」

「両親の仕事の都合で、こちらに引っ越してきました。高坂毬穂です。生まれは日本ですが、しばらく海外で暮らしていました。日本に戻ってきたばかりで右も左もわかりませんが、よろしくお願いします!」

 彼女は一気にいって、また頭を下げた。生徒から拍手が上がる。

 毬穂は顔を上げると、にこりと微笑んだ。

 

 海未は彼女のイントネーションがすこし奇妙なことに気づいた。海外にいたようですから、そのせいでしょうか、と思う。

 

「それじゃ、席は……高坂……穂乃果のうしろが空いていたな。とりあえずそこに座ってくれ」

「はいっ」

 毬穂はすたすたと席まで歩いた。

「まったく、やりにくいな」

 山田がつぶやいた。

 

 海未が席についた毬穂を見ると、彼女と目があった。彼女は微笑む。海未も軽く礼をした。彼女がどことなく穂乃果に似ているように海未には思えた。

 

        ・

 

 宿題を回収してホームルームはすぐに終わった。

 何人かの生徒が毬穂を取り囲んだ。穂乃果もそこに混ざっている。海未とことりは人垣の外でそれを眺めた。

 

「今までどこにいたの?」

「アメリカの西海岸。でも、日本人学校にいたから……あまり現地のことは、わからないんです」

「部活、なにかやってた?」

「なにも。でも、なにか始めようと思ってるの」

「ねえねえ、共学だったんでしょ。彼氏とかいなかったの」

「いないよー。そんなに甘くないですよ」

 毬穂は矢継ぎ早に繰り出される質問に笑いながら答えていた。

 

「なにかわからないことがあったら、聞いてね」

「うん、よろしく」

 

 一通り質問して満足したのか生徒たちは挨拶して離れていった。

 

 穂乃果が毬穂にずいっと近づいた。海未とことりも隣に立つ。

「こんにちは、穂乃果さん」と毬穂。

「同じ苗字なんだね、びっくりしたよ」

「うん、私も……そんなによくある苗字じゃないから」

「そうだよね。でも、なんか親しみ、感じちゃうなあ。よろしくね、毬穂ちゃん」

「こちらこそ、穂乃果さん」

 

 会話するふたりは、瞳の色こそ違え髪の色がよく似ていることもあり、海未にはまるで姉妹のように見えた。

 

「よく似ていますね」と海未。

 ことりもうなずく。

「もしかしたら、遠い親戚、とかかもね」

 

 毬穂は海未たちに視線を向けた。

「あ、私、園田海未と申します。穂乃果の幼馴染です。よろしくお願いいたします」

「わたし、南ことり。海未ちゃんと一緒で、穂乃果ちゃんの幼馴染なんだ。よろしくね、毬穂さん♪」

「はい、よろしくお願いします。園田さん、南さん」

 毬穂は白い歯を見せた。

 

「そういえば、部活、なにかやりたいっていってたけど……」と穂乃果。「よかったら……スクールアイドル、やってみない?」

 穂乃果の目はきらきらと輝いている。

 

 早速、そう来ましたか。穂乃果らしいですね、と海未は思う。でも、いきなり誘ったりして、引かれなければいいですが……。

 

 幸いそれは杞憂(きゆう)のようだった。

 

「はい。実は、ちょっと興味があって……。部活、見学させてもらえますか」

「おおっ、大歓迎だよ。これから練習だから、見ていって!」

「はいっ」

 

 穂乃果は海未とことりに話しかける。

「やったー、これでμ'sも十人かなー」

「そんな……捕らぬ狸の皮算用ですよ」

 海未はあきれたようにいった。

「まずは毬穂さんに、よく知ってもらわないと……」

 ことりもすこし困ったようすだった。

 

 海未がちらっと毬穂を見ると、彼女はにこにこと微笑んでいるのだった。

 

        ・

 

「部室、こっちだよー」

 穂乃果は毬穂を連れて廊下を跳ねるように歩いていった。

 新しい入部候補者を手に入れた嬉しさが全身からあふれていた。それを見て海未は微笑ましくなる。

 

「じゃーん、新しい入部希望者だよ。ほら、入って入って!」

 穂乃果は部室へ入り、毬穂を手招きした。

「失礼します」

 ぺこりと頭を下げてなかに入る毬穂。

「穂乃果、まだ入部すると決まったわけではありませんよ。気が早いんですから」

 海未はそういいながらあとに続いた。ことりが扉を閉める。

 

「ええっ、新しい部員ですか?」

 部室には一年生の三人が来ていた。真っ先に反応したのは小泉(こいずみ)花陽(はなよ)だった。

「うん、今日、うちのクラスに来た転校生の、毬穂ちゃん」と穂乃果。

「高坂毬穂です」

「あ、小泉花陽です。よ、よろしくお願いしますっ」

 あわてて礼をする花陽。

「へーっ、転校生かー。かっこいいにゃー。あれ、でも、高坂って……穂乃果ちゃんの親戚?」

 星空(ほしぞら)(りん)が立ち上がって聞いた。

「ううん、たまたまだよ。穂乃果もびっくりしちゃった」

「そっかー、でも、ということは、凛にも後輩ができるのかな?」

「あとから入ったからって、先輩は先輩よ……」

 西木野(にしきの)真姫(まき)があきれたようにいった。

「それに……今日は見学なんですよね?」

「はい。スクールアイドルに興味があって、見せてもらいたいなって」

 毬穂は真姫にこたえた。

 

「部員の紹介は……絵里(えり)(のぞみ)、にこが来てからが、いいですね」

 海未がいうと穂乃果とことりもうなずいた。

 

 毬穂は一年生組とおしゃべりを始めていた。

「へーっ、本当に偶然なんですね」と花陽。

「うん、私も驚きました。まさか同じ苗字の人がいるなんて」

「なんか、雰囲気も似てるよね」

 凛は毬穂と穂乃果を交互に見ながらいう。

「そうかな?」

 毬穂は微笑みながら首をかしげた。

 

「どうしたの、なにか騒がしいけど」

 扉が開いて三年生の絢瀬(あやせ)絵里が入ってきた。同じく三年生の東條(とうじょう)希と一緒だった。

「絵里ちゃん、希ちゃん。入部希望……違った。見学者だよ」と穂乃果。

「へえ、夏休みのライブの効果、あったんかな」

 希が笑う。

「ううん、転校生なんだ。……あ、にこちゃん。部長、見学希望者です!」

 μ's最後のひとり、三年生の矢澤(やざわ)にこが姿を見せた。

「見学? プライベートにそういうのは困るんですけど」

「そうではなくて、アイドル研究部への見学ですよ。転校生の方が、部活に興味があるそうです」

 海未はにこに伝える。

「それならそうと、早くいいなさいよ。こほん。いい、アイドル研究部は生半可(なまはんか)な覚悟じゃ入部できないわよ……って、見学者はどこにいるのよ」

「あ、ここです!」

 一年生に囲まれた毬穂が手を挙げた。

 

 おやおや、毬穂さん、すっかり人気者ですね。海未は微笑んだ。

 

「それじゃ、全員そろったことだし、自己紹介、しよっか」と穂乃果。

「そうね、ほらみんな、席について」

 絵里が呼びかける。

「あんたはここね」

 にこがパソコンの前の椅子をくるりと回して、座面をぽんぽんと叩いた。

「はい」

「それじゃ、あんたからどうぞ」

 毬穂が席につくと、にこがうながした。

 

「初めまして、高坂毬穂です」

 それを聞いて、ざわめきがメンバーのあいだに広がった。

「あの……何度目かわからないですけど、親戚とかじゃなくて……単なる偶然です」

 毬穂がおどけていうとざわめきは笑いに変わった。

「今日から音ノ木坂学院、二年二組に転校してきました。スクールアイドルに興味があって……実は、μ'sのみなさんも、ネットで見てました」

 顔を見合わせるメンバーたち。

「それじゃ、私たちのこと、知ってるってわけ?」

「ええ、矢澤先輩」

「私たちもメジャーになったものね」にこは胸を張った。

「それで、今日は穂乃果さんにお願いして、見学させてもらいに来ました。よろしくお願いします」

 毬穂は最後に立ち上がり頭を下げた。メンバーから拍手が上がった。毬穂はすこし頬を赤らめながら腰を下ろした。

 

「まあ、それなら話は早いわね」にこはうなずいた。「一応、自己紹介しておこうかしら。私は矢澤にこ、このアイドル研究部の部長よ。なーんか最近、穂乃果ばかり目立ってるけど、私が真のリーダーよ」

「そうかにゃー」

「誰よ、いま茶化したの。……まあとにかく、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 それからひとりずつ自己紹介が続いた。

 

「それじゃ、さっさと着替えちゃいましょ」

「はーい」

 絵里がいうとみな席を立って思い思いに着替え始めた。

 

「あの、私たちはこれから着替えて、屋上にいきますが……。毬穂さんはどうしますか? 先にいきますか?」

 海未は毬穂に聞く。

「えっと、待ってます。場所もわからないし」

「そうですね。では、しばらくお待ちください」

 

 メンバーたちが雑談に花を咲かせながら着替えているあいだ、毬穂は面白そうにようすを見守っていた。

 

「お待たせしました。……なにか気になることでも、ありましたか?」

 海未は聞いてみる。

「ううん、違うの。女の子って、いつでも同じなんだなって」

「ああ、なるほど。元の学校でも、こんな感じでしたか」

「あ……うん、変わらなかったです」

 毬穂はそういって笑った。

 

 たしか、日本人学校にいたって、いってましたっけ。それなら雰囲気は似たようなものでしょうね。さきほども花陽たちとおしゃべりをしていましたし、毬穂さんもきっと、すぐに打ち解けられますね。

 

        ・

 

「それじゃ、見学者がいるけど、いつも通りいくわよ。学園祭もラブライブも近いんだし」

 屋上に出たメンバーたちは絵里の呼びかけで早速、練習を開始した。九月に入ったとはいえ日差しはまだまだきつかった。

 毬穂は階段室の日陰で練習のようすを見守っていた。

 

 「ラブライブ!」はこの秋に開催が予定されている全国のスクールアイドルのコンテストで、いわばスクールアイドルの甲子園ともいうべき存在だった。開催が発表されてからというものμ'sも練習にはげんでいたが、その甲斐(かい)あってすこしずつ順位も上がり、出場も夢ではないところまで来ていた。

 

 ストレッチから始まって、基礎メニューへと練習は続いた。

 十二時をすぎていったん休憩になる。メンバーが日陰に避難してきた。

 

「ねえ、どうだった、毬穂ちゃん」

 汗をふきながら穂乃果がたずねる。

「みなさん、すごいですね。本職、顔負けっていうか」

「えへへ、まあ、練習しか取り柄がないからね」

「これだけ厳しいと……私、練習、ついていけるか、自信ないなあ……」

 毬穂はうつむき加減にいった。

「はじめは簡単な練習から始めますから、大丈夫ですよ」

 海未は安心させるように微笑んだ。穂乃果だって、最初はもうひどいものだったのですから、と心の中で付け加える。

「そ、そうですよ。花陽だって、なんとかなってますし」

 花陽も毬穂をはげますようにいう。

「ありがとう、園田さん、小泉さん」

 毬穂は笑みを浮かべた。

 

「私たちはこれから中庭で食事ですが、一緒に食べませんか、毬穂さん」

 海未はそう聞いてみた。

「あ……私、お弁当、持ってきてないんです。転学の手続きもあるので、今日はこれで帰りますね」

 海未にそういってから毬穂は全員に向けて話す。

「見学、ありがとうございました」

「一曲、歌って見せればよかったわね」と絵里。

「いえ、普段のようすが見られて、すごく参考になりました」

「入部はいつでも歓迎よ。入部届、持ってきてね」

「はい、前向きに検討します。矢澤部長」

 毬穂はにこに、そしてメンバー全員に会釈すると、階段室から降りていった。

 

「毬穂ちゃん、入ってくれるといいなあ」

 弁当を取りに部室に戻りながら穂乃果がいった。

「そうですね」海未はこたえる。

「でも、ちょっと不安そうだったし……。もうすこし、簡単な練習を見せたほうがよかったのかな?」

「そんな……。うわべをとりつくろって入ってもらっても、あとで悪いことにしかなりませんよ」

「うん、そうだよね」

 穂乃果は大きくうなずいた。

 

        ・

 

 翌日、新学期の授業が始まった。最後の時限が終わり、放課後。

「ねえ、入部するかどうか、決まった?」

 穂乃果はうしろの席の毬穂に話しかけた。

「はい、穂乃果さん。これ」

 にっこりと笑った毬穂が机の中から取り出したのはアイドル研究部への入部届だった。

「わーっ、ほんと? ありがとう、毬穂ちゃん!」

「いいえ、みんなのようすを見て……力になりたいなって、思ったんです」

 そのいい方に海未は若干の違和感を抱いた。ただ、それを口に出すより先に穂乃果が振り返った。

「やったよ、海未ちゃん、ことりちゃん!」

「……ええ、そうですね、穂乃果」

「うん、嬉しいな」

「よーし、早速、にこちゃんに出しにいこう!」

 穂乃果は立ち上がった。

 

「部員、部員、新入部員ー」

 スキップをして廊下を歩く穂乃果に続いて歩きながら海未はいう。

「……私からもお礼、申し上げますね、毬穂さん」

「そんな……とんでもないです」

「力になりたいって、いってましたが」

 一緒にやりたいではなく……それはつまり、と海未は思う。

「はい。……部室についてから、話しますね」

 

「にこちゃん、毬穂ちゃんが、入部するって!」

 部室の扉を開くなり穂乃果がいった。部室にはメンバーがそろっていた。わっと盛り上がるメンバーたち。

 毬穂はにこのところへいき、入部届を手渡した。

「よろしくお願いします」

「これは受け取るけど……アイドルへの道は厳しいわよ」

 にこは芝居がかっていった。

 

「あの……その件なんですけど……。私、μ'sには入りません。ごめんなさい!」

 毬穂は全員に向けて深く頭を下げた。一瞬、部室が静かになる。

 

 やっぱりそうでしたか、と海未は思った。

 アイドルにはならない、そういうことですよね。

 

「えーっ、どうして? 一緒にやろうよ」

 穂乃果は両手で毬穂の手を握りしめた。

「そういってもらえるのは、ありがたいんですけど、昨日の練習を見て……半年遅れだと、やっぱり厳しいかなって」

「練習のメニューは、いくらでも調整が効きますが……」

 海未は気遣(きづか)うように伝える。

「ううん、やっぱりμ'sはみなさんじゃなきゃだめだと、思うんです。それに……μ'sは九人、それ以上でもそれ以下でもない……そうですよね、東條先輩」

 毬穂は希を見つめた。

「うーん、たしかにうち、そういったけどな……」

 腕を組んで言葉を濁す希。

「μ's+1(プラスワン)とか、新μ'sとか、そういう名前にしたらどうかな?」

 穂乃果は諦めきれないようにいった。

「あまり無理をいってもよくないわよ」

 絵里が穂乃果をなだめる。

 

「あの、アイドル活動以外にも、やることいろいろ、ありますよね。ですから、その、マネージャとして、一緒にやらせてもらえませんか」

 毬穂は訴えかけるようにいった。

「たしかにそうね。いつもライブとか、苦労してるから……」

「穂乃果ちゃんのクラスメイトにお願いしたり、してますよね」

 真姫と花陽が顔を見合わせる。

「マネージャ……。たしかにアイドルを陰でささえる重要な存在よね。……ふふっ、ついにμ'sにもマネージャがつくのね」

「そんな理由でいいのかなあ」

 腕組みをするにこに凛があきれたようにつぶやいた。

 

「……毬穂さん。あなたは本当に、それでいいのですか?」

 海未はじっと毬穂を見つめた。

「そうだよ、毬穂さん。もし遠慮してるなら、そんな必要ないよ」

 ことりも言葉を添える。

「はい。あなたたちをささえたい。そう思ってます」

 毬穂はまっすぐに海未を見返した。

 

 たしかに私も、最初はステージになんか立ちたくない、そう思っていました。

 ことりが作ってくれた衣装、たしかにかわいいのですが、あんなに丈が短くて……。ああ、もう、思い出すだけで恥ずかしいです。もしかして毬穂さんも恥ずかしくて? それなら、お仲間なのですが。

 ……でも、実際には、得難(えがた)い体験だったのですよね。仲間がいて、見にきてくれて喜んでくれる人がいる。毬穂さんもやってみれば、気持ちが変わるかもしれません。

 ただ、毬穂さんが真剣に考えているなら……。それもひとつのあり方、かもしれませんね。

 

「そうですか、わかりました」

 海未は優しくうなずいた。毬穂も安心したように笑った。

 

「それじゃ、仕方ないわね。……どうかしら、みんな」

 絵里がメンバーを見渡す。異論はないようだった。

「しばらくは一緒に練習に来てもらって……すこしずつ、いろいろ覚えてもらいましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

 毬穂はもう一度、頭を下げた。

「もしアイドル、やりたくなったら、いつでもいってね」穂乃果はそういって毬穂の背中を叩いた。

 

 そうですね、毬穂さんもアイドルをやりたくなることは、十分あり得るでしょう。そう、穂乃果の、みんなのライブを見たなら。

 

「でも、マネージャか。えへへ。本当にアイドルみたいだね。学園祭にラブライブ、がんばっちゃうよ」

 穂乃果はガッツポーズをして宣言した。

 

「それで……部員になったからには、わかってるかしら?」

「えっ、なんでしょう。綾瀬先輩?」

「先輩禁止、よ」

 絵里が毬穂にウインクする。

「私も……いいんでしょうか」

 もじもじとする毬穂。

「もちろんよ、毬穂」

「あ、ありがとうございます。……絵里さん」

「絵里、でいいわよ」

「あ、あの、それはまたおいおい、ということで……」

 毬穂はあわてたように手を振る。

「ふふっ、仕方ないわね」

 絵里はかわいいものでも見るように微笑んだ。

 

「よろしくだにゃー、毬穂ちゃん」

「あらためて、よろしくお願いします! ま、毬穂ちゃん」

「うん、ありがと。凛ちゃん、花陽ちゃん」

 

 毬穂は頬を上気させていて、その目はすこし潤んでいるように、海未には見えたのだった。

 

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