クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi 作:Kohya S.
曲を披露した日から、部員たちは新曲の練習に取りかかった。パートわけと振り付けは部員たちからさまざまなアイデアが出て、練習は順調だった。
翌日の部室、練習後。
「えー、それでは、第一回、『だってだって
部室でホワイトボードの前に陣取ったにこが話し始めた。花陽がパチパチと拍手をする。
海未はにこのすぐ横に座らされていた。恥ずかしいさといたたまれなさに、顔を伏せる。
新曲の衣装については意見が割れて、こうして全員で議論することになったのだった。
「まずは和服派、穂乃果、どうぞ」
「えー、ただいまご紹介いただきました、高坂穂乃果です」
ぺこりと頭を下げる。
「穂乃果、そういうのはいいから」と絵里。
「え、そう?」首をかしげてから続ける。「えー、海未ちゃんといえば大和撫子。大和撫子といえば和服、着物。日舞もやはり和服のイメージです」
うんうん、とうなずく凛。
「また、今までのライブでも似た衣装はありませんでした。そういう意味でのインパクトも期待できると思います。よって私たちは、和服を強く
毬穂がぱちぱちと拍手をした。
和服、ですか。と海未は思う。
着慣れているから、楽かもしれませんね。……いいえ、ことりのことですから、大胆なアレンジをしてくるかもしれません。油断できませんよ。
「次はドレス派。希、お願いするわ」にこがいう。
「えー、噫無情っていうたら、みんな、なにを思い浮かべるかな」
希はいったん言葉を切り部員を見渡す。
「レ・ミゼラブル?」と花陽。
「そう、それやん。ユーゴーの名作、やね。十九世紀フランスを舞台とした愛の物語!」
希はにっこりと笑う。
「となったら、やっぱりドレス! 和風な曲やけど、意外性もばっちり」
「それに、いままで、こういう正統派の衣装、なかったんですよね」
花陽も言葉を添えた。
「ていうことで、うちはドレスがいいと思うん」
「私も海未のドレス姿、見てみたいわ」
真姫がそう付け加えた。
ドレス……ちょっとあこがれますね。露出もすくなそうですし、悪くないかもしれません。
「そうすると、和服派は穂乃果、絵里、凛、毬穂の四人ね」
にこはホワイトボードに名前を書き出す。
「そしてドレス派は、希、花陽、真姫と」
「それじゃ、和服?」と凛。
「いいえ、まだ肝心の人物に聞いてないわ」にこが視線を送る。「……ことり、あなたはどうなの?」
「えっ、わたし?」
ことりは驚いたようにいう。
あの、そもそも私に聞かないのは、本末転倒ではないでしょうか……。
「うーん、わたしは、どうしても予算とか手間とか考えちゃうから……みんなに任せたほうが、いいかなって」
ことりは言い訳するように微笑んだ。
「そう、仕方ないわね。保留ってことね」
「やっぱり和服ですね」
毬穂が身を乗り出すようにする。
「いいえ」にこがぴしりといった。「私の意見を、いってないわ。私は……ドレス派よ」
ホワイトボードに自分の名前を書くにこ。
「えー、議長は中立じゃないんですかー」
「うるさいわね、これは部員としての意見よ」
にこは穂乃果に向けて指を立ててみせた。
「四対四だね」
凛がつぶやく。
自然に部員たちの視線が海未に集まった。
「海未に聞くと、どうせ、恥ずかしいからって基準で選びそうだから、あまり気乗りしなかったんだけど……。やむを得ないわね」
にこがはあっと息をついた。
「あんた、どっちがいいの?」
「和服だよね、海未ちゃん」
「ドレス、着いへん?」
「着物、きっと似合うわよ」
「あのあの、舞踏会風、とか……」
じりじりと海未に近づく部員たち。
ああっ、意見を聞かれるのはいいですが、こういうことになるとは……。
海未は壁際に追い詰められていき――。
「……しばらく考えさせてください」
がっくりとうなだれた。
「仕方ないわね。明日までに、決めてきなさいよね」
にこがあきれたようにいった。
「はい……」
海未たちは四人で帰宅した。
十一月に入って夕方の通学路は涼しさよりも寒さを感じさせた。
帰宅途中も穂乃果と毬穂は和服の良さをアピールしていたが、ことりが途中で止めてくれた。
海未は思いついて、ことりに話しかける。
「あの、衣装について、相談に乗ってもらえないでしょうか。このままだと、私、決められそうにありません」
「うーん、そうだよね。もちろんいいよ」
ことりは快諾した。
海未は、穂乃果と毬穂に、ことりとふたりだけで話があると告げた。ふたりは不満そうにしたが、衣装について相談すると話すと了解してくれた。
「それじゃ、穂乃果たちは、なにか食べにいこうよ」
「はい、穂乃果さん」
そういってふたりは別れていった。
「和服、検討してくださいねー」
毬穂は最後に大きく手を振った。
・
はあっ、と海未は今日何度目かのため息をついた。
「わたしたちも、なにか食べながら、話そっか♪」
ことりが微笑む。
「はい、そうですね」
海未たちは近くのカフェに入った。そこはいつか
そういえば、まだ二か月、たたないのですね。海未はすこし意外に思った。
海未は温かい緑茶とあんみつを、ことりはコーヒーにチーズケーキを頼んだ。
すこし雑談をするうちに注文が運ばれてくる。冷たく甘いあんみつに、渋くて暖かい緑茶がよくあった。
「うん、おいしいね♪」
ことりもケーキを口に嬉しそうだ。
「衣装、難しいよね」
一段落して、ことりがいった。
「わたしも、いつも悩んでるんだよ」
「そうなのですね」
「うん。かわいいだけじゃなくて、やっぱり曲の雰囲気とか、歌詞からのイメージとか」
なるほど、なかなか難しいものなのですね。
「それに、予算や、どう作るかも、考えているのですよね」
「そうだよ。ほんとうはもっともっと、かわいくしたいんだけど」
「頭が下がります、ことり」
海未は一礼した。
「ううん、わたしが好きでやってることだし、勉強にもなるから」
ことりは笑いながら首を振った。
「和服とドレス、ことりはどう思いますか、正直にいって」
「うーん、和服は、海未ちゃんっぽいと思うな。でも、ドレスも、悲劇の貴婦人、って感じで、素敵だよね」
「そうなのですよね……。予算とか手間は、どうですか?」
「そうだなあ」ことりは上を向いて考える。「……あんまり、かわんないかな」
そういって苦笑した。
たしかに、どちらも豪華そうですし、手間もかかりそうですよね……。
「どうしたものでしょうか……」
「まったく別の衣装でも、いいんだけど」
「急にそういわれても、思いつきませんね」
「うーん、そうだよね」
ふたりは腕を組んで考えた。
カフェの入り口で、ベルが「からんころん」と鳴った。
「あれ、海未さん」
考え込んでいた海未の頭上から聞きなれた声が響いた。
海未は驚きに飛び上がりそうになる。
「どうしたの、難しい顔して……」
「ひ、宏未さん」
海未は思わず笑顔になり、次に頬を赤く染めた。
海未がちらりとことりに目をやると、ことりはうなずいた。
「あの、よかったらどうぞ」
海未は隣の椅子に移り席を開ける。
「いいのかな、友達と一緒みたいだけど」と宏未。
「どうぞ」
ことりは手でうながした。
宏未は店員に相席する旨を伝えてコーヒーを頼んだ。
宏未が座ると、ことりが問いかけるように首をかしげた。
「あの……私が家庭教師をお願いしている、田辺宏未さんです」
海未は顔を赤らめたまま紹介する。
「田辺です、よろしく」
宏未は軽く会釈した。
「そして、同級生の……」
「南ことりです」
微笑むことり。
「あの、以前、留学について話を聞いた友人、というのは、宏未さんなのです」
「あっ、そうだったんですね」
海未の言葉にことりは合点したようにうなずいた。
「そういえば、先日は歌詞について、アドバイスありがとうございました」
「いや、たいしたことしてないけど」
海未が頭を下げると宏未はかぶりを振った。
「それで、宏未さん、今日は?」
「うん、気分転換とかに、ここのお店、ときどき使ってるんだ」
コーヒーが届いた。宏未は砂糖とミルクを入れる。
「ふたりは、どうしたの? なにか悩んでるみたいだったけど」
ひとくち飲んで宏未は話した。
海未はもう一度、ことりに視線を送った。ことりは微笑む。
「あの……実は、衣装で困っているのです」
海未はそう切り出した。和服かドレスかで部員の意見が割れていること、自分に最終決定が任されたことを話す。
「でも、海未さんは、決められない、と」
「はい。どちらも素晴らしいと思うのですが」
「それで、南さんは?」
宏未はことりに顔を向ける。
「わたしは、今回は中立なんです。あ、それと、ことり、って呼んでください」
にこりと笑う。
「わかりました。それじゃ、私も、宏未、でいいですよ」
「はい、宏未さん♪」
海未は、名前で呼んでほしいと自然にいえることりが、うらやましくなった。
私はあんなに苦労したというのに……。それに、殿方を前にしてなんでしょう、ことりのこの余裕は……。いえ、いまは置いておきましょう。
「それで……あの、もしよかったら、なにかご意見をいただけないでしょうか」と海未。
「うーん、衣装か……」
宏未は苦笑した。
そうですよね、急にそんなことをいわれても、困ってしまいますよね。
「あの……すみません、唐突すぎましたね」
「いや、そんなことないけど」
「宏未さんは、歌詞についても、海未ちゃんにアドバイス、されたんですか?」
ことりが聞く。
「うん、素人の意見だけど、ね」
宏未は照れたように笑った。
「それなら、どんな意見でも、きっと役に立つと思いますよ」
そういってことりは海未と宏未をじっと見つめた。
「そうだなあ……」
宏未はしばらく考え込んだ。やがてぽつりぽつりと話す。
「うーん、あえて、別の衣装でもいいのかな」
「それは、ありかもしれません」と海未。
「となると……。俺、こっちに……日本に来て、みんなの服装、結構新鮮に映ったんだよね。それこそ、制服とか」
「制服、ですか」
「うん。伝統のなかにも美しさがある、っていうか。だから、今回は和風の曲だし……。昔の制服のイメージ、とか、どうかなあ」
宏未は最後、自信なさそうにいった。
「昔の制服……。そうですね、女学生のような感じ、でしょうか」
海未はつぶやいた。
海未の脳裏で歌詞の女性のイメージが変化していく。
和服、ドレス、どちらもあいそうですが……。着物に
「ごめん、適当なこと、いっちゃって」
宏未はあわてたようにコーヒーを飲んだ。
海未はイメージが消えないうちに、とことりに話す。
「どうでしょうか、ことり。その、私も詳しくないのですが、たとえば昔の女学生のような……」
「うーん、袴姿、かな?」
「はい、そんなイメージでどうでしょうか」
「うん、いいかも。弓道も、袴だよね。あっ、
「ああ、羽根の模様ですね」
「それです! でも、ちょっと地味かなー。やっぱり花柄とかのほうが……。うーん、ことり、迷っちゃいます」
ふたりはしばらく衣装の話で盛り上がった。
宏未はコーヒーを飲みながら、そんなふたりを面白そうに見つめていた。
「それじゃ明日、みんなに話してみようよ」とことり。
「ええ、そうしましょう」
海未は宏未の視線に気づく。
「……すみません。すっかり熱中してしまって」
「いえ、ぜんぜん」
宏未は笑った。
「それじゃ、俺はそろそろ」
「あ、私たちも出ます」
窓の外はすっかり暗くなっていた。
宏未が手を伸ばしたが、それより先に海未が伝票を手にした。
「ここは払います。お相手をしていただいて、
宏未は微笑み、海未に譲った。
「今日はありがとうございました」
店の外で海未は宏未に頭を下げた。
「いえ、こんなことなら、いつでもどうぞ。今日はごちそうさま。それじゃ、海未さん、ことりさん、気を付けて」
「はい、宏未さんも」
「さようなら」
ことりが手を振った。
宏未は会釈してから歩いていった。
「わたしからも、ごちそうさまです」
海未とふたりになって、ことりが微笑む。
「いいえ。ことりも、ありがとうございました」
「ううん、それこそ、なにもしてないよ。っていうか、お邪魔だったかな?」
ことりは両手をうしろで組んで、海未の顔をのぞき込むようにする。
「な、なぜですか」
海未はひどく赤面した。
「えへへ♪ もう、海未ちゃんたら、すみに置けないんだから」
「そ、それはどういう意味ですか……?」
「なんでもありませーん」
ことりは手を解いて跳ねるように歩いていく。
衣装の問題は解決したはずなのに、海未の心はすこしも落ち着かないのだった。
・
翌日。海未は部員たちに説明した。
「あの、大正ロマン風の、女学生風の袴姿とか、どうでしょうか」
「海未ちゃんにはぴったりだと思うの。すこし現代風にアレンジして」
ことりがおぎなった。
「あっ、『はいからさんが通る』みたいな?」
穂乃果が少女漫画のタイトルを挙げる。
「はい、まさにそれですね」
またずいぶん古いのを、と思いながら海未はうなずく。そういえば穂乃果の部屋の本棚にあったかもしれません。
「でも、いいかもしれませんね。すごく新鮮な感じがします」
「たしかに、ほかのアイドルでも、あまり見ないです」
毬穂と花陽が話す。
「なるほど、愛した人が去って行ってしまう……きっと書生さんやね」
希はうんうんとうなずいた。
「それとも、軍人さんかしら」と絵里。
「どうでしょうか?」と海未は聞く。
「うん、いいと思うな」
穂乃果がにこりと笑った。ほかの部員も賛同の声をあげた。
海未は思いのほか評判がよくてほっとする。
「それじゃ、デザイン、考えてみるね♪」
ことりが微笑んだ。
数日後にはことりがデザインのスケッチを持参した。部員たちからいくつか意見が出て、ことりは微修正し――花陽やにこも手伝って、ライブの一週間ほど前には衣装が完成した。
完成した衣装は、着物に袴の雰囲気はそのままに、ワンピースへとアレンジされていた。デザインは大きく二種類で、膝上丈のミニスカートが穂乃果、絵里、凛、にこ、それに真姫。膝下10センチほどの長いスカートが花陽、希、ことり、そして海未だった。
スカート部分は海老茶――深い赤でプリーツが入っている。着物はそれぞれのメンバーのテーマカラーがあしらわれ、希と海未は矢絣、他は花柄だ。
メンバーはさっそく部室で着替えた。屋上に出て互いに確認する。
「みなさん、すごくかわいいです!」
毬穂が目を輝かせた。携帯端末で写真におさめる。
「ふふん、悪くないじゃない。にっこにこにー♥」
にこがいつものポーズを取る。
「どうかしら……?」
絵里はすこし恥ずかしそうだ。
「いいやん。ブロンドにも似合ってるやん」と希。
「むむむ……。あまり胸が強調されないのは、まだましなのかしら……」
「にこちゃん、ちょっと卑屈になってるわよ」
真姫があきれたようにいう。
「えへへ、かわいいかな?」
凛がくるりと回ってみせる。
「うん、すごく似合ってるよ、凛ちゃん!」
「かよちんも、かわいいにゃ」
「海未ちゃん、ばっちりだよ。ナイスアイデア!」
穂乃果が海未の背中を叩く。
「ありがとうございます。しかし、ことり、このデザインは……」
海未は顔を赤らめた。
「えっ。海未ちゃんが恥ずかしがると思って、丈は長くしたんだけど」
「それはいいのですが、このスリットはなんですか!」
海未のいう通り長いほうのスカートは、横にスリットが、ヒップラインのすぐ下まで開いていた。
「本番ではタイツをはくから、だいじょうぶだよ♪」
「そ、そういう問題でしょうか」
「うん、だいじょうぶ♪」
「はあ……」
なにかうまく説得されてしまった気がしますが……。ことりのセンスは認めざるを得ないですね。
しかし、ライブ、きっと宏未さんもいらっしゃる、のですよね。この服で、ですか。気が重いですね……。