クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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16. 衣装決め

 曲を披露した日から、部員たちは新曲の練習に取りかかった。パートわけと振り付けは部員たちからさまざまなアイデアが出て、練習は順調だった。

 毬穂(まりほ)も基礎練習――体力トレーニングと発声練習――には参加するようになっていた。

 

 翌日の部室、練習後。

 

「えー、それでは、第一回、『だってだって噫無情(ああむじょう)』、衣装検討会議を始めます」

 部室でホワイトボードの前に陣取ったにこが話し始めた。花陽がパチパチと拍手をする。

 海未はにこのすぐ横に座らされていた。恥ずかしいさといたたまれなさに、顔を伏せる。

 

 新曲の衣装については意見が割れて、こうして全員で議論することになったのだった。

 

「まずは和服派、穂乃果、どうぞ」

「えー、ただいまご紹介いただきました、高坂穂乃果です」

 ぺこりと頭を下げる。

「穂乃果、そういうのはいいから」と絵里。

「え、そう?」首をかしげてから続ける。「えー、海未ちゃんといえば大和撫子。大和撫子といえば和服、着物。日舞もやはり和服のイメージです」

 うんうん、とうなずく凛。

「また、今までのライブでも似た衣装はありませんでした。そういう意味でのインパクトも期待できると思います。よって私たちは、和服を強く()すものであります」

 毬穂がぱちぱちと拍手をした。

 

 和服、ですか。と海未は思う。

 着慣れているから、楽かもしれませんね。……いいえ、ことりのことですから、大胆なアレンジをしてくるかもしれません。油断できませんよ。

 

「次はドレス派。希、お願いするわ」にこがいう。

「えー、噫無情っていうたら、みんな、なにを思い浮かべるかな」

 希はいったん言葉を切り部員を見渡す。

「レ・ミゼラブル?」と花陽。

「そう、それやん。ユーゴーの名作、やね。十九世紀フランスを舞台とした愛の物語!」

 希はにっこりと笑う。

「となったら、やっぱりドレス! 和風な曲やけど、意外性もばっちり」

「それに、いままで、こういう正統派の衣装、なかったんですよね」

 花陽も言葉を添えた。

「ていうことで、うちはドレスがいいと思うん」

「私も海未のドレス姿、見てみたいわ」

 真姫がそう付け加えた。

 

 ドレス……ちょっとあこがれますね。露出もすくなそうですし、悪くないかもしれません。

 

「そうすると、和服派は穂乃果、絵里、凛、毬穂の四人ね」

 にこはホワイトボードに名前を書き出す。

「そしてドレス派は、希、花陽、真姫と」

「それじゃ、和服?」と凛。

「いいえ、まだ肝心の人物に聞いてないわ」にこが視線を送る。「……ことり、あなたはどうなの?」

「えっ、わたし?」

 ことりは驚いたようにいう。

 

 あの、そもそも私に聞かないのは、本末転倒ではないでしょうか……。

 

「うーん、わたしは、どうしても予算とか手間とか考えちゃうから……みんなに任せたほうが、いいかなって」

 ことりは言い訳するように微笑んだ。

「そう、仕方ないわね。保留ってことね」

 

「やっぱり和服ですね」

 毬穂が身を乗り出すようにする。

「いいえ」にこがぴしりといった。「私の意見を、いってないわ。私は……ドレス派よ」

 ホワイトボードに自分の名前を書くにこ。

「えー、議長は中立じゃないんですかー」

「うるさいわね、これは部員としての意見よ」

 にこは穂乃果に向けて指を立ててみせた。

「四対四だね」

 凛がつぶやく。

 

 自然に部員たちの視線が海未に集まった。

「海未に聞くと、どうせ、恥ずかしいからって基準で選びそうだから、あまり気乗りしなかったんだけど……。やむを得ないわね」

 にこがはあっと息をついた。

「あんた、どっちがいいの?」

 

「和服だよね、海未ちゃん」

「ドレス、着いへん?」

「着物、きっと似合うわよ」

「あのあの、舞踏会風、とか……」

 じりじりと海未に近づく部員たち。

 

 ああっ、意見を聞かれるのはいいですが、こういうことになるとは……。

 

 海未は壁際に追い詰められていき――。

「……しばらく考えさせてください」

 がっくりとうなだれた。

 

「仕方ないわね。明日までに、決めてきなさいよね」

 にこがあきれたようにいった。

「はい……」

 

 海未たちは四人で帰宅した。

 十一月に入って夕方の通学路は涼しさよりも寒さを感じさせた。

 帰宅途中も穂乃果と毬穂は和服の良さをアピールしていたが、ことりが途中で止めてくれた。

 

 海未は思いついて、ことりに話しかける。

「あの、衣装について、相談に乗ってもらえないでしょうか。このままだと、私、決められそうにありません」

「うーん、そうだよね。もちろんいいよ」

 ことりは快諾した。

 

 海未は、穂乃果と毬穂に、ことりとふたりだけで話があると告げた。ふたりは不満そうにしたが、衣装について相談すると話すと了解してくれた。

 

「それじゃ、穂乃果たちは、なにか食べにいこうよ」

「はい、穂乃果さん」

 そういってふたりは別れていった。

「和服、検討してくださいねー」

 毬穂は最後に大きく手を振った。

 

        ・

 

 はあっ、と海未は今日何度目かのため息をついた。

 

「わたしたちも、なにか食べながら、話そっか♪」

 ことりが微笑む。

「はい、そうですね」

 

 海未たちは近くのカフェに入った。そこはいつか宏未(ひろみ)と最初に入った店だった。

 そういえば、まだ二か月、たたないのですね。海未はすこし意外に思った。

 

 海未は温かい緑茶とあんみつを、ことりはコーヒーにチーズケーキを頼んだ。

 

 すこし雑談をするうちに注文が運ばれてくる。冷たく甘いあんみつに、渋くて暖かい緑茶がよくあった。

「うん、おいしいね♪」

 ことりもケーキを口に嬉しそうだ。

 

「衣装、難しいよね」

 一段落して、ことりがいった。

「わたしも、いつも悩んでるんだよ」

「そうなのですね」

「うん。かわいいだけじゃなくて、やっぱり曲の雰囲気とか、歌詞からのイメージとか」

 なるほど、なかなか難しいものなのですね。

 

「それに、予算や、どう作るかも、考えているのですよね」

「そうだよ。ほんとうはもっともっと、かわいくしたいんだけど」

「頭が下がります、ことり」

 海未は一礼した。

「ううん、わたしが好きでやってることだし、勉強にもなるから」

 ことりは笑いながら首を振った。

 

「和服とドレス、ことりはどう思いますか、正直にいって」

「うーん、和服は、海未ちゃんっぽいと思うな。でも、ドレスも、悲劇の貴婦人、って感じで、素敵だよね」

「そうなのですよね……。予算とか手間は、どうですか?」

「そうだなあ」ことりは上を向いて考える。「……あんまり、かわんないかな」

 そういって苦笑した。

 

 たしかに、どちらも豪華そうですし、手間もかかりそうですよね……。

 

「どうしたものでしょうか……」

「まったく別の衣装でも、いいんだけど」

「急にそういわれても、思いつきませんね」

「うーん、そうだよね」

 ふたりは腕を組んで考えた。

 

 カフェの入り口で、ベルが「からんころん」と鳴った。

 

「あれ、海未さん」

 考え込んでいた海未の頭上から聞きなれた声が響いた。

 海未は驚きに飛び上がりそうになる。

「どうしたの、難しい顔して……」

「ひ、宏未さん」

 海未は思わず笑顔になり、次に頬を赤く染めた。

 

 海未がちらりとことりに目をやると、ことりはうなずいた。

「あの、よかったらどうぞ」

 海未は隣の椅子に移り席を開ける。

「いいのかな、友達と一緒みたいだけど」と宏未。

「どうぞ」

 ことりは手でうながした。

 

 宏未は店員に相席する旨を伝えてコーヒーを頼んだ。

 

 宏未が座ると、ことりが問いかけるように首をかしげた。

「あの……私が家庭教師をお願いしている、田辺宏未さんです」

 海未は顔を赤らめたまま紹介する。

「田辺です、よろしく」

 宏未は軽く会釈した。

「そして、同級生の……」

「南ことりです」

 微笑むことり。

 

「あの、以前、留学について話を聞いた友人、というのは、宏未さんなのです」

「あっ、そうだったんですね」

 海未の言葉にことりは合点したようにうなずいた。

 

「そういえば、先日は歌詞について、アドバイスありがとうございました」

「いや、たいしたことしてないけど」

 海未が頭を下げると宏未はかぶりを振った。

「それで、宏未さん、今日は?」

「うん、気分転換とかに、ここのお店、ときどき使ってるんだ」

 

 コーヒーが届いた。宏未は砂糖とミルクを入れる。

「ふたりは、どうしたの? なにか悩んでるみたいだったけど」

 ひとくち飲んで宏未は話した。

 

 海未はもう一度、ことりに視線を送った。ことりは微笑む。

「あの……実は、衣装で困っているのです」

 海未はそう切り出した。和服かドレスかで部員の意見が割れていること、自分に最終決定が任されたことを話す。

「でも、海未さんは、決められない、と」

「はい。どちらも素晴らしいと思うのですが」

 

「それで、南さんは?」

 宏未はことりに顔を向ける。

「わたしは、今回は中立なんです。あ、それと、ことり、って呼んでください」

 にこりと笑う。

「わかりました。それじゃ、私も、宏未、でいいですよ」

「はい、宏未さん♪」

 

 海未は、名前で呼んでほしいと自然にいえることりが、うらやましくなった。

 私はあんなに苦労したというのに……。それに、殿方を前にしてなんでしょう、ことりのこの余裕は……。いえ、いまは置いておきましょう。

 

「それで……あの、もしよかったら、なにかご意見をいただけないでしょうか」と海未。

「うーん、衣装か……」

 宏未は苦笑した。

 

 そうですよね、急にそんなことをいわれても、困ってしまいますよね。

 

「あの……すみません、唐突すぎましたね」

「いや、そんなことないけど」

 

「宏未さんは、歌詞についても、海未ちゃんにアドバイス、されたんですか?」

 ことりが聞く。

「うん、素人の意見だけど、ね」

 宏未は照れたように笑った。

「それなら、どんな意見でも、きっと役に立つと思いますよ」

 そういってことりは海未と宏未をじっと見つめた。

 

「そうだなあ……」

 宏未はしばらく考え込んだ。やがてぽつりぽつりと話す。

「うーん、あえて、別の衣装でもいいのかな」

「それは、ありかもしれません」と海未。

「となると……。俺、こっちに……日本に来て、みんなの服装、結構新鮮に映ったんだよね。それこそ、制服とか」

「制服、ですか」

「うん。伝統のなかにも美しさがある、っていうか。だから、今回は和風の曲だし……。昔の制服のイメージ、とか、どうかなあ」

 宏未は最後、自信なさそうにいった。

 

「昔の制服……。そうですね、女学生のような感じ、でしょうか」

 海未はつぶやいた。

 

 海未の脳裏で歌詞の女性のイメージが変化していく。

 和服、ドレス、どちらもあいそうですが……。着物に(はかま)、というのも、悪くなさそうですね……。

 

「ごめん、適当なこと、いっちゃって」

 宏未はあわてたようにコーヒーを飲んだ。

 

 海未はイメージが消えないうちに、とことりに話す。

「どうでしょうか、ことり。その、私も詳しくないのですが、たとえば昔の女学生のような……」

「うーん、袴姿、かな?」

「はい、そんなイメージでどうでしょうか」

「うん、いいかも。弓道も、袴だよね。あっ、矢絣(やがすり)なら、弓道をやってる海未ちゃんにぴったりかな」

「ああ、羽根の模様ですね」

「それです! でも、ちょっと地味かなー。やっぱり花柄とかのほうが……。うーん、ことり、迷っちゃいます」

 

 ふたりはしばらく衣装の話で盛り上がった。

 宏未はコーヒーを飲みながら、そんなふたりを面白そうに見つめていた。

 

「それじゃ明日、みんなに話してみようよ」とことり。

「ええ、そうしましょう」

 海未は宏未の視線に気づく。

「……すみません。すっかり熱中してしまって」

「いえ、ぜんぜん」

 宏未は笑った。

 

「それじゃ、俺はそろそろ」

「あ、私たちも出ます」

 窓の外はすっかり暗くなっていた。

 宏未が手を伸ばしたが、それより先に海未が伝票を手にした。

「ここは払います。お相手をしていただいて、(ばち)が当たります」

 宏未は微笑み、海未に譲った。

 

「今日はありがとうございました」

 店の外で海未は宏未に頭を下げた。

「いえ、こんなことなら、いつでもどうぞ。今日はごちそうさま。それじゃ、海未さん、ことりさん、気を付けて」

「はい、宏未さんも」

「さようなら」

 ことりが手を振った。

 宏未は会釈してから歩いていった。

 

「わたしからも、ごちそうさまです」

 海未とふたりになって、ことりが微笑む。

「いいえ。ことりも、ありがとうございました」

「ううん、それこそ、なにもしてないよ。っていうか、お邪魔だったかな?」

 ことりは両手をうしろで組んで、海未の顔をのぞき込むようにする。

「な、なぜですか」

 海未はひどく赤面した。

「えへへ♪ もう、海未ちゃんたら、すみに置けないんだから」

「そ、それはどういう意味ですか……?」

「なんでもありませーん」

 ことりは手を解いて跳ねるように歩いていく。

 

 衣装の問題は解決したはずなのに、海未の心はすこしも落ち着かないのだった。

 

        ・

 

 翌日。海未は部員たちに説明した。

「あの、大正ロマン風の、女学生風の袴姿とか、どうでしょうか」

「海未ちゃんにはぴったりだと思うの。すこし現代風にアレンジして」

 ことりがおぎなった。

 

「あっ、『はいからさんが通る』みたいな?」

 穂乃果が少女漫画のタイトルを挙げる。

「はい、まさにそれですね」

 またずいぶん古いのを、と思いながら海未はうなずく。そういえば穂乃果の部屋の本棚にあったかもしれません。

 

「でも、いいかもしれませんね。すごく新鮮な感じがします」

「たしかに、ほかのアイドルでも、あまり見ないです」

 毬穂と花陽が話す。

「なるほど、愛した人が去って行ってしまう……きっと書生さんやね」

 希はうんうんとうなずいた。

「それとも、軍人さんかしら」と絵里。

 

「どうでしょうか?」と海未は聞く。

「うん、いいと思うな」

 穂乃果がにこりと笑った。ほかの部員も賛同の声をあげた。

 海未は思いのほか評判がよくてほっとする。

「それじゃ、デザイン、考えてみるね♪」

 ことりが微笑んだ。

 

 数日後にはことりがデザインのスケッチを持参した。部員たちからいくつか意見が出て、ことりは微修正し――花陽やにこも手伝って、ライブの一週間ほど前には衣装が完成した。

 

 完成した衣装は、着物に袴の雰囲気はそのままに、ワンピースへとアレンジされていた。デザインは大きく二種類で、膝上丈のミニスカートが穂乃果、絵里、凛、にこ、それに真姫。膝下10センチほどの長いスカートが花陽、希、ことり、そして海未だった。

 スカート部分は海老茶――深い赤でプリーツが入っている。着物はそれぞれのメンバーのテーマカラーがあしらわれ、希と海未は矢絣、他は花柄だ。

 

 メンバーはさっそく部室で着替えた。屋上に出て互いに確認する。

 

「みなさん、すごくかわいいです!」

 毬穂が目を輝かせた。携帯端末で写真におさめる。

「ふふん、悪くないじゃない。にっこにこにー♥」

 にこがいつものポーズを取る。

「どうかしら……?」

 絵里はすこし恥ずかしそうだ。

「いいやん。ブロンドにも似合ってるやん」と希。

 

「むむむ……。あまり胸が強調されないのは、まだましなのかしら……」

「にこちゃん、ちょっと卑屈になってるわよ」

 真姫があきれたようにいう。

 

「えへへ、かわいいかな?」

 凛がくるりと回ってみせる。

「うん、すごく似合ってるよ、凛ちゃん!」

「かよちんも、かわいいにゃ」

 

「海未ちゃん、ばっちりだよ。ナイスアイデア!」

 穂乃果が海未の背中を叩く。

「ありがとうございます。しかし、ことり、このデザインは……」

 海未は顔を赤らめた。

「えっ。海未ちゃんが恥ずかしがると思って、丈は長くしたんだけど」

「それはいいのですが、このスリットはなんですか!」

 

 海未のいう通り長いほうのスカートは、横にスリットが、ヒップラインのすぐ下まで開いていた。

 

「本番ではタイツをはくから、だいじょうぶだよ♪」

「そ、そういう問題でしょうか」

「うん、だいじょうぶ♪」

「はあ……」

 

 なにかうまく説得されてしまった気がしますが……。ことりのセンスは認めざるを得ないですね。

 しかし、ライブ、きっと宏未さんもいらっしゃる、のですよね。この服で、ですか。気が重いですね……。

 

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