クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi 作:Kohya S.
衣装のデザインも無事に決まって、μ'sは練習に明け暮れ、あっという間に本番の日を迎えた。点灯式は金曜日の夕方で部員たちは放課後、秋葉原へ急いだ。
駅前広場には特設ステージが設けられ、広場やペデストリアンデッキから観覧できるようになっていた。
ステージから近い高層ビル、五階に設けられた控室で用意した衣装に着替える。
にこの提案でヘアスタイルにもこだわっていた。
真姫と穂乃果はマーガレット――ふたつの三つ編みをくるりと輪にして頭に巻き付ける――にリボンを飾っていた。
にこや絵里、希、それに海未は三つ編みのおさげをふたつ垂らしている。ことりも頭頂部の特徴的な一房はそのままに、同様におさげにしていた。
凛や花陽はさすがに大きなアレンジはできないものの、衣装の柄にあわせて花をモチーフにしたヘアアクセサリをあしらっていた。
お互いに髪を整えてから、それぞれステージ用に化粧をする。
毬穂は例によって写真撮影に余念がなかった。
海未たちは準備を終えてステージの裏に移動した。
他のスクールアイドルが二グループほど来ていた。穂乃果は持ち前の明るさで彼女たちとも会話を交わしていた。
「そういえば、A-RISEは出ないんやね」と希。
「はい、ブログを確認したのですが、ラブライブ予選に集中したい、と書かれてました」
ひとり制服姿の毬穂がうなずく。
「これはチャンスよ。ばしっとアピールしてμ'sの人気、盛り上げなきゃ」
にこはガッツポーズで闘志を燃やしていた。
「うん、そうだよね」「みんな、がんばりましょう」「はい」「いっくにゃー」
部員たちは盛り上がる。しかし海未はそれどころではなかった。
考えてみれば学院の外でのライブは、数か月ぶりではないですか。そして、私がセンター……。いままでは練習に明け暮れて、意識していませんでしたが……いえ、意識しないようにしてきましたが……。ああっ、思い切り緊張してきました。そう、こういうときは……。
「観客は野菜……観客は野菜……観客は野菜……」
そう唱えてみるが心臓はばくばくと打ち、体が震える。
「……うーみちゃん♪」
「ひいっ! あ、ことり……おどろかさないでください」
うずくまっていた海未は顔を上げる。
「海未ちゃん、ほら、立って」
穂乃果が手を差し伸べた。海未はその手を取って立ち上がる。
海未を中心に三人は手をつないだ。
「海未ちゃん、こうしてると思い出さない? 最初のライブのこと」と穂乃果。
「そういえば、あのときは三人だけでしたね」
「海未ちゃんはやっぱり、緊張してたよね」
ことりは思い出すように笑う。
「あれからずっと練習してきて、ここまで来たんだよ。ほら、お客さんもこんなに」
穂乃果はステージのほうを右手で示して見せた。観客の歓声が聞こえる。
「それに、みんなもいるしね」
ことりは部員たちのほうに目をやった。
そうですね、μ'sも九人になりました。毬穂も入れれば十人です。廃校は無事に回避できて、ラブライブにも挑戦していて、一次予選を突破して……。私は、もうすこし自信を持っても、いいのかもしれません。そうでないと、穂乃果たちに
「穂乃果、ことり、ありがとうございます」
「すこしは、落ち着いたかな♪」
「はい」
「それじゃ、いいステージにしようね」
穂乃果が微笑み、海未とことりも笑顔を返した。
「海未さん、穂乃果さん、ことりちゃん、そろそろですよ!」
「はい!」
毬穂の呼びかけに海未はこたえた。もう震えは収まっていた。
・
「
女性アナウンサーの言葉にこたえるように盛り上がる観客たち。
「続きまして、μ'sのみなさんです。よろしくお願いします!」
海未たちはステージに走り出た。一列に並ぶ。
海未は大きく息を吸った。
「……音ノ木坂学院、μ'sです。このようなおめでたい席にお招きいただいたこと、たいへん嬉しく思っております」
海未は深くお辞儀をした。
意外性のある挨拶に観客がわいた。海未は笑顔を浮かべる。
「つたなくはありますが、私どもから一曲、披露させていただきます。この催しにすこしでも花を添えられたら幸いです。……それでは『だってだって噫無情』、お聞きください」
海未はもう一度、頭を下げた。さあ、いよいよです。
ステージが暗転する。イントロが流れ始めると一転して客席は静かになった。
絵里、凛、海未の順にソロで歌い始める。穂乃果とことり、希があとを継いだ。にこ、花陽、真姫がBメロを担う。そして全員のサビへ。
二番もメンバーを変えて歌っていった。
間奏に入る。メンバーは片膝立ちや祈りを捧げるような姿勢など、それぞれポーズを取った。
まず海未にスポットライトがあたる。
「……お待ちしています、
海未は情感をこめて話した。
海未の脳裏に、ふと宏未の笑顔が浮かぶ。あわてて海未はそのイメージを振り払った。続いて凛が照らされる。
「ねえ、いかないで」
凛は切なそうにいった。
間奏にメンバーがひとりずつ台詞をいおう、というのは毬穂のアイデアだった。
メンバーがそれぞれ、光のなかでひとことずつ訴えた。まるで立ち去る想い人の背中に呼びかけるように。
「きっとまた、会えるわよね」
最後に絵里が手を差し伸べる。
観客席から歓声とも
次の大サビは海未のソロだった。もはや恥ずかしいなどと考えている余裕はなく――海未は必死に歌い、踊った。緊張感と高揚感とが、不思議に心地よかった。
最後に全員でサビを繰り返して、アウトロは一列に並ぶ。最後に全員で三つ指をついたお辞儀から、しなだれかかるようなポーズを取り――ついに曲は終わった。
刹那の沈黙のあと、いままでで一番大きな拍手が上がる。
「ありがとうございました!」
海未は上気した顔で挨拶し、全員で頭を下げた。
ああ、なんとか、やりとげましたね。大きな失敗もしなくて、よかったです。宏未さん、見てくれていたでしょうか……。
海未の心は大役をはたした喜びと、観客の声援とで熱く燃えるようだった。
「μ'sのみなさんでした……」
アナウンサーの女性がステージに戻っても、しばらく拍手は鳴りやまなかった。
しかしその拍手もいつしか引いていった。
「それでは、いよいよイルミネーション点灯です。お集まりのみなさんと、スクールアイドルと一緒に、カウントダウンをおこないます!」
ほかのグルーブがもう一度ステージに出てきた。
「それでは、五からいきますよ!」
右手を上げる彼女。
「ご!」
観客とアイドルたちが唱和する。
「よん!」
海未は穂乃果、ことりと顔を見合わせて笑った。
「さん!」
凛はひとつ数えるたびに飛び跳ねている。その隣で恥ずかしそうに声を上げる花陽。
「に!」
希と絵里がVサインを見せあった。
「いち!」
にこと真姫はいつのまにか手を握っていた。
「ゼロ!」
最後の言葉と同時にイルミネーションが点灯された。
まずは地上部分の端から、青白い光の帯が走るように灯っていった。反対側の端までいき、今度は折り返すようにデッキの上が温かいオレンジ色に順に光る。そして最後に広場中央のツリーが白く輝いた。
ため息のような声が観客から上がった。一瞬ののちに、それは拍手と歓声に変わった。
「素晴らしいですね」「わあ、きれい」「すてきです♪」「いいやん」「きれいね」
ステージ上で海未たちもそれに加わった。
「以上で、点灯式は終了です。……」
最後にもう一度、観客の歓声にこたえてからメンバーたちは退場した。
・
「お疲れさまでした!」
ステージ裏で毬穂が迎えてくれた。海未のところに駆け寄ってくる。
「海未さん、最高でした! こんなのが見られて、私、幸せです!」
毬穂はそういって目をぬぐった。
「おおげさですね、毬穂は」
海未は笑った。
「ううん、おおげさなんかじゃありません」
毬穂は首を振る。
「そうだよ、海未ちゃん」
「すごく、かっこよかったよ」
「穂乃果、ことり……」
「海未ちゃんも、もう恥ずかしくなんか、ないよね?」
ことりはにこりと笑う。
「そ、それとこれとは、別です」
ああ、思い出すだけで足が震えてきました……。それに、あの間奏での台詞。
「毬穂、あの間奏の演出は、本当に必要だったのですか?」
海未はすねるように聞く。
「あれは、絶対、必要ですよ。海未さん、想いがこもっていて、私、ぞくぞくしました!」
毬穂は満面の笑みを見せた。
「そうよ、海未。お客さんもすごく盛り上がってたじゃない」と絵里。
「そうやね、みんな雰囲気、出てたやん」希もうなずく。「でも、一番、それっぽかったのは、やっぱり海未ちゃんやね」
「そんな……もう、知りません!」
海未はつんと顔をそらした。
でも、ステージでのあの感動は……すこし、癖になりそう、かもしれませんね。
「それじゃ、みなさん。控室に戻って着替えたら、打ち上げにいきましょう!」
「はーい!」
毬穂の言葉に全員が笑顔でこたえた。
――――――――
点灯式での日、
十一月の末、日が暮れると風は冷たかった。それでも未来よりは暖かいかな、と宏未は思った。
それにしても、海未さんがセンターか。あんな恥ずかしがり屋の海未さんが、うまく歌えるのかな……。
宏未はすこし心配になる。ただ学園祭のときも、海未は堂々としたものだった。余計なお世話だよな、と思い直す。きっと、本番には強いタイプなんだな。
やがて点灯式のイベントが始まった。芸能人のトークショーに続いて、スクールアイドルのライブがスタートする。
最初のふたつのグループもなかなかのパフォーマンスだった。しかし、宏未はμ'sのほうが優れているように感じた。
宏未の隣は、いつまのにか高校生らしい三人の少女と入れ替わっていた。白を基調とした服はどこかの学校の制服らしい。
宏未は真ん中のショートカットの女の子と目があう。彼女は軽く微笑み、宏未も目で挨拶した。
どこかで見たことがある気がするけど……。そうだ、ハロウィンライブのとき。制服姿だから、すぐには気付かなかったけど、A-RISEの三人だ。
宏未はわざわざA-RISEが来ていることに、軽い驚きを覚えた。
μ'sの名前がアナウンスされ、宏未はあらためて気を引き締めた。
携帯端末を取り出す。端末の立体撮影機能で、3Dセンシングされた動画データを残そうと思っていた。端末の機能は専用機には大きく劣るが、それでも平面映像よりも臨場感はあった。
前回のライブ、動画は忘れちゃったけど、今回は撮ろう。未来に戻ったらきっと毬穂が喜ぶよな。
ちらりと横に目をやると、ステージからの光で照らされたA-RISEの三人は真剣に正面を見つめていた。
メンバーたちがステージにあらわれた。海未が頭を下げて挨拶する。まるで――そう、披露宴のような台詞に宏未は苦笑した。ほんと、海未さんらしいよ……。
袴を意識した衣装はかわいらしくアレンジされていて、彼女たちの魅力を引き出していた。
曲が始まった。センターで歌う海未は内面からの魅力で輝いていた。自分で作詞した歌詞を表情豊かに情感を込めて歌っていく。透き通るような声は真姫の曲にあっていて、ソロでもコーラスでもよく映えた。
そして間奏の呼びかけるような言葉。宏未はちらりと自分が呼びかけられたように感じて――すぐに苦笑した。
宏未は端末をかまえながら、μ'sの、そして海未の魅力に引きこまれていくのを感じていた。
やがて曲が終わる。観客も同じだったのだろう、一瞬、ペデストリアンデッキ全体が静かになった。そしてすぐに大きくわきあがる。宏未も端末を下ろしてそれに加わった。
観客とアイドルたちでカウントダウンをして、点灯式は終わった。
隣の少女たちはいつの間にか消えていた。
宏未は余韻に包まれながらマンションまでの道を歩いた。風はもう冷たくは感じなかった。
μ's、音楽の女神、か。毬穂がやりたかったこと、わかったよ。
自宅のドアを開けて中に入り、照明をつける。自動で点灯しない照明にも、いつの間にか慣れていた。
床に座り、携帯端末を手に取った。未来でダウンロードしてきたμ'sの記事を開く。
『コンサートで事故。照明落下、メンバー重体』
メンバーのひとりが亡くなった事故を告げるニュース記事のアーカイブ。
こんなこと、耐えられないよな。宏未は首を振った。
やっぱりμ'sは、解散したほうがいい……。そのはずだ。でも、俺が時間遡航したことで、もう歴史は変わり始めてる。もしかしたら、このままでも最悪の未来は避けられるのかも……。
ああ、もう、何度でも遡航できればいいのに。
ふと宏未は思いつく。
あの未来から送られきた歌詞……。そうだ、同じ人物が同時代に戻れないとしても、なにか情報を送ることはできるんじゃないか? このままだとたいへんなことになる、って。
いや、だめか。宏未は思い直す。
過去に情報を送って歴史が変わったら、新しい並行世界ができるだけだ。元の世界はそのままで……。もちろん、それを知ったうえで送ってもいいけど、送った人物がいる世界にはなんの影響もないからな。
ということは、俺は俺の判断で、最善を尽くすしかない、ってことだな……。
「だってだって噫無情」の間奏のセリフですが、あえて変えてあります。ハーメルンの利用規約にあわせるための苦肉の策です。ご了承ください。
次回からSnow halation編です。