クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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17. だってだって噫無情

 衣装のデザインも無事に決まって、μ'sは練習に明け暮れ、あっという間に本番の日を迎えた。点灯式は金曜日の夕方で部員たちは放課後、秋葉原へ急いだ。

 

 駅前広場には特設ステージが設けられ、広場やペデストリアンデッキから観覧できるようになっていた。

 

 ステージから近い高層ビル、五階に設けられた控室で用意した衣装に着替える。

 

 にこの提案でヘアスタイルにもこだわっていた。

 真姫と穂乃果はマーガレット――ふたつの三つ編みをくるりと輪にして頭に巻き付ける――にリボンを飾っていた。

 にこや絵里、希、それに海未は三つ編みのおさげをふたつ垂らしている。ことりも頭頂部の特徴的な一房はそのままに、同様におさげにしていた。

 凛や花陽はさすがに大きなアレンジはできないものの、衣装の柄にあわせて花をモチーフにしたヘアアクセサリをあしらっていた。

 お互いに髪を整えてから、それぞれステージ用に化粧をする。

 

 毬穂は例によって写真撮影に余念がなかった。

 

 海未たちは準備を終えてステージの裏に移動した。

 他のスクールアイドルが二グループほど来ていた。穂乃果は持ち前の明るさで彼女たちとも会話を交わしていた。

 

「そういえば、A-RISEは出ないんやね」と希。

「はい、ブログを確認したのですが、ラブライブ予選に集中したい、と書かれてました」

 ひとり制服姿の毬穂がうなずく。

「これはチャンスよ。ばしっとアピールしてμ'sの人気、盛り上げなきゃ」

 にこはガッツポーズで闘志を燃やしていた。

「うん、そうだよね」「みんな、がんばりましょう」「はい」「いっくにゃー」

 部員たちは盛り上がる。しかし海未はそれどころではなかった。

 

 考えてみれば学院の外でのライブは、数か月ぶりではないですか。そして、私がセンター……。いままでは練習に明け暮れて、意識していませんでしたが……いえ、意識しないようにしてきましたが……。ああっ、思い切り緊張してきました。そう、こういうときは……。

 

「観客は野菜……観客は野菜……観客は野菜……」

 そう唱えてみるが心臓はばくばくと打ち、体が震える。

 

「……うーみちゃん♪」

「ひいっ! あ、ことり……おどろかさないでください」

 うずくまっていた海未は顔を上げる。

「海未ちゃん、ほら、立って」

 穂乃果が手を差し伸べた。海未はその手を取って立ち上がる。

 海未を中心に三人は手をつないだ。

 

「海未ちゃん、こうしてると思い出さない? 最初のライブのこと」と穂乃果。

「そういえば、あのときは三人だけでしたね」

「海未ちゃんはやっぱり、緊張してたよね」

 ことりは思い出すように笑う。

「あれからずっと練習してきて、ここまで来たんだよ。ほら、お客さんもこんなに」

 穂乃果はステージのほうを右手で示して見せた。観客の歓声が聞こえる。

「それに、みんなもいるしね」

 ことりは部員たちのほうに目をやった。

 

 そうですね、μ'sも九人になりました。毬穂も入れれば十人です。廃校は無事に回避できて、ラブライブにも挑戦していて、一次予選を突破して……。私は、もうすこし自信を持っても、いいのかもしれません。そうでないと、穂乃果たちに面目(めんぼく)が立ちませんね。

 

「穂乃果、ことり、ありがとうございます」

「すこしは、落ち着いたかな♪」

「はい」

「それじゃ、いいステージにしようね」

 穂乃果が微笑み、海未とことりも笑顔を返した。

 

「海未さん、穂乃果さん、ことりちゃん、そろそろですよ!」

「はい!」

 毬穂の呼びかけに海未はこたえた。もう震えは収まっていた。

 

        ・

 

Mutant girls(ミュータント・ガールズ)でした。盛大な拍手をお願いいたします」

 女性アナウンサーの言葉にこたえるように盛り上がる観客たち。

「続きまして、μ'sのみなさんです。よろしくお願いします!」

 

 海未たちはステージに走り出た。一列に並ぶ。

 海未は大きく息を吸った。

 

「……音ノ木坂学院、μ'sです。このようなおめでたい席にお招きいただいたこと、たいへん嬉しく思っております」

 海未は深くお辞儀をした。

 意外性のある挨拶に観客がわいた。海未は笑顔を浮かべる。

「つたなくはありますが、私どもから一曲、披露させていただきます。この催しにすこしでも花を添えられたら幸いです。……それでは『だってだって噫無情』、お聞きください」

 海未はもう一度、頭を下げた。さあ、いよいよです。

 

 ステージが暗転する。イントロが流れ始めると一転して客席は静かになった。

 

 絵里、凛、海未の順にソロで歌い始める。穂乃果とことり、希があとを継いだ。にこ、花陽、真姫がBメロを担う。そして全員のサビへ。

 二番もメンバーを変えて歌っていった。

 

 間奏に入る。メンバーは片膝立ちや祈りを捧げるような姿勢など、それぞれポーズを取った。

 まず海未にスポットライトがあたる。

「……お待ちしています、永遠(とわ)に」

 海未は情感をこめて話した。

 海未の脳裏に、ふと宏未の笑顔が浮かぶ。あわてて海未はそのイメージを振り払った。続いて凛が照らされる。

 

「ねえ、いかないで」

 凛は切なそうにいった。

 

 間奏にメンバーがひとりずつ台詞をいおう、というのは毬穂のアイデアだった。

 

 メンバーがそれぞれ、光のなかでひとことずつ訴えた。まるで立ち去る想い人の背中に呼びかけるように。

 

「きっとまた、会えるわよね」

 最後に絵里が手を差し伸べる。

 観客席から歓声とも雄叫(おたけ)びともつかない喝采がわき起こった。

 

 次の大サビは海未のソロだった。もはや恥ずかしいなどと考えている余裕はなく――海未は必死に歌い、踊った。緊張感と高揚感とが、不思議に心地よかった。

 最後に全員でサビを繰り返して、アウトロは一列に並ぶ。最後に全員で三つ指をついたお辞儀から、しなだれかかるようなポーズを取り――ついに曲は終わった。

 

 刹那の沈黙のあと、いままでで一番大きな拍手が上がる。

「ありがとうございました!」

 海未は上気した顔で挨拶し、全員で頭を下げた。

 

 ああ、なんとか、やりとげましたね。大きな失敗もしなくて、よかったです。宏未さん、見てくれていたでしょうか……。

 

 海未の心は大役をはたした喜びと、観客の声援とで熱く燃えるようだった。

 

「μ'sのみなさんでした……」

 アナウンサーの女性がステージに戻っても、しばらく拍手は鳴りやまなかった。

 

 しかしその拍手もいつしか引いていった。

 

「それでは、いよいよイルミネーション点灯です。お集まりのみなさんと、スクールアイドルと一緒に、カウントダウンをおこないます!」

 ほかのグルーブがもう一度ステージに出てきた。

「それでは、五からいきますよ!」

 右手を上げる彼女。

「ご!」

 観客とアイドルたちが唱和する。

「よん!」

 海未は穂乃果、ことりと顔を見合わせて笑った。

「さん!」

 凛はひとつ数えるたびに飛び跳ねている。その隣で恥ずかしそうに声を上げる花陽。

「に!」

 希と絵里がVサインを見せあった。

「いち!」

 にこと真姫はいつのまにか手を握っていた。

「ゼロ!」

 

 最後の言葉と同時にイルミネーションが点灯された。

 まずは地上部分の端から、青白い光の帯が走るように灯っていった。反対側の端までいき、今度は折り返すようにデッキの上が温かいオレンジ色に順に光る。そして最後に広場中央のツリーが白く輝いた。

 

 ため息のような声が観客から上がった。一瞬ののちに、それは拍手と歓声に変わった。

 

「素晴らしいですね」「わあ、きれい」「すてきです♪」「いいやん」「きれいね」

 ステージ上で海未たちもそれに加わった。

 

「以上で、点灯式は終了です。……」

 最後にもう一度、観客の歓声にこたえてからメンバーたちは退場した。

 

        ・

 

「お疲れさまでした!」

 ステージ裏で毬穂が迎えてくれた。海未のところに駆け寄ってくる。

「海未さん、最高でした! こんなのが見られて、私、幸せです!」

 毬穂はそういって目をぬぐった。

「おおげさですね、毬穂は」

 海未は笑った。

「ううん、おおげさなんかじゃありません」

 毬穂は首を振る。

「そうだよ、海未ちゃん」

「すごく、かっこよかったよ」

「穂乃果、ことり……」

「海未ちゃんも、もう恥ずかしくなんか、ないよね?」

 ことりはにこりと笑う。

「そ、それとこれとは、別です」

 

 ああ、思い出すだけで足が震えてきました……。それに、あの間奏での台詞。

 

「毬穂、あの間奏の演出は、本当に必要だったのですか?」

 海未はすねるように聞く。

「あれは、絶対、必要ですよ。海未さん、想いがこもっていて、私、ぞくぞくしました!」

 毬穂は満面の笑みを見せた。

「そうよ、海未。お客さんもすごく盛り上がってたじゃない」と絵里。

「そうやね、みんな雰囲気、出てたやん」希もうなずく。「でも、一番、それっぽかったのは、やっぱり海未ちゃんやね」

「そんな……もう、知りません!」

 海未はつんと顔をそらした。

 

 でも、ステージでのあの感動は……すこし、癖になりそう、かもしれませんね。

 

「それじゃ、みなさん。控室に戻って着替えたら、打ち上げにいきましょう!」

「はーい!」

 毬穂の言葉に全員が笑顔でこたえた。

 

――――――――

 

 点灯式での日、宏未(ひろみ)はすこし早めに秋葉原にいき、ペデストリアンデッキのステージが見やすい位置に陣取った。

 十一月の末、日が暮れると風は冷たかった。それでも未来よりは暖かいかな、と宏未は思った。

 

 それにしても、海未さんがセンターか。あんな恥ずかしがり屋の海未さんが、うまく歌えるのかな……。

 

 宏未はすこし心配になる。ただ学園祭のときも、海未は堂々としたものだった。余計なお世話だよな、と思い直す。きっと、本番には強いタイプなんだな。

 

 やがて点灯式のイベントが始まった。芸能人のトークショーに続いて、スクールアイドルのライブがスタートする。

 最初のふたつのグループもなかなかのパフォーマンスだった。しかし、宏未はμ'sのほうが優れているように感じた。

 

 宏未の隣は、いつまのにか高校生らしい三人の少女と入れ替わっていた。白を基調とした服はどこかの学校の制服らしい。

 宏未は真ん中のショートカットの女の子と目があう。彼女は軽く微笑み、宏未も目で挨拶した。

 

 どこかで見たことがある気がするけど……。そうだ、ハロウィンライブのとき。制服姿だから、すぐには気付かなかったけど、A-RISEの三人だ。

 

 宏未はわざわざA-RISEが来ていることに、軽い驚きを覚えた。

 

 μ'sの名前がアナウンスされ、宏未はあらためて気を引き締めた。

 携帯端末を取り出す。端末の立体撮影機能で、3Dセンシングされた動画データを残そうと思っていた。端末の機能は専用機には大きく劣るが、それでも平面映像よりも臨場感はあった。

 

 前回のライブ、動画は忘れちゃったけど、今回は撮ろう。未来に戻ったらきっと毬穂が喜ぶよな。

 

 ちらりと横に目をやると、ステージからの光で照らされたA-RISEの三人は真剣に正面を見つめていた。

 

 メンバーたちがステージにあらわれた。海未が頭を下げて挨拶する。まるで――そう、披露宴のような台詞に宏未は苦笑した。ほんと、海未さんらしいよ……。

 袴を意識した衣装はかわいらしくアレンジされていて、彼女たちの魅力を引き出していた。

 

 曲が始まった。センターで歌う海未は内面からの魅力で輝いていた。自分で作詞した歌詞を表情豊かに情感を込めて歌っていく。透き通るような声は真姫の曲にあっていて、ソロでもコーラスでもよく映えた。

 そして間奏の呼びかけるような言葉。宏未はちらりと自分が呼びかけられたように感じて――すぐに苦笑した。

 

 宏未は端末をかまえながら、μ'sの、そして海未の魅力に引きこまれていくのを感じていた。

 やがて曲が終わる。観客も同じだったのだろう、一瞬、ペデストリアンデッキ全体が静かになった。そしてすぐに大きくわきあがる。宏未も端末を下ろしてそれに加わった。

 

 観客とアイドルたちでカウントダウンをして、点灯式は終わった。

 隣の少女たちはいつの間にか消えていた。

 

 宏未は余韻に包まれながらマンションまでの道を歩いた。風はもう冷たくは感じなかった。

 

 μ's、音楽の女神、か。毬穂がやりたかったこと、わかったよ。

 

 自宅のドアを開けて中に入り、照明をつける。自動で点灯しない照明にも、いつの間にか慣れていた。

 

 床に座り、携帯端末を手に取った。未来でダウンロードしてきたμ'sの記事を開く。

 

『コンサートで事故。照明落下、メンバー重体』

 

 メンバーのひとりが亡くなった事故を告げるニュース記事のアーカイブ。

 こんなこと、耐えられないよな。宏未は首を振った。

 

 やっぱりμ'sは、解散したほうがいい……。そのはずだ。でも、俺が時間遡航したことで、もう歴史は変わり始めてる。もしかしたら、このままでも最悪の未来は避けられるのかも……。

 ああ、もう、何度でも遡航できればいいのに。

 

 ふと宏未は思いつく。

 

 あの未来から送られきた歌詞……。そうだ、同じ人物が同時代に戻れないとしても、なにか情報を送ることはできるんじゃないか? このままだとたいへんなことになる、って。

 

 いや、だめか。宏未は思い直す。

 

 過去に情報を送って歴史が変わったら、新しい並行世界ができるだけだ。元の世界はそのままで……。もちろん、それを知ったうえで送ってもいいけど、送った人物がいる世界にはなんの影響もないからな。

 ということは、俺は俺の判断で、最善を尽くすしかない、ってことだな……。

 




「だってだって噫無情」の間奏のセリフですが、あえて変えてあります。ハーメルンの利用規約にあわせるための苦肉の策です。ご了承ください。
次回からSnow halation編です。
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